二話目
視界に映ってくるのは無数の器具。拷問用だが、中には遊具のようにしか見えない物や、水車のようなものも存在していた。しかし、そのどれもが禍々しい雰囲気を纏っている。あれらは立派に人の命を弄んできた悪魔の器具なのだ。それは俺自身がよく知っている。
「さて……覚悟はいいか?」
そこにいるのは覆面をかぶった大男。手には何も持っていないが、その後ろにはいくつかの小型拷問器具。きっと彼は覆面の下で笑みを湛えていることだろう。何となく、そんな気がした。
「さっさとやれよ。木偶の坊」
「ふん。相変わらずだな、貴様は」
まずそいつが手に取ったのは、小さな万力のようなもの。合わさる鉄板の部分には無数の鉄の棘が生えており、締め付けるために必要なねじは鉄板の中央を通っている。
「せいぜいいい声を上げてみろ」
それは俺の右の親指にはめられた。まだこの段階では十分な隙間があるので棘も刺さっていない……が、
「……っ」
徐々にねじが締められていくにつれ、俺の指が圧迫されていく。棘が肉にめり込み、血管を裂き、骨に到達。そこでいったん動きが止まった。
「ふんっ!」
「ぐ……」
力を加えると同時、聞こえてくる破砕音。骨が真っ二つに折れ――指が潰れた。
「ぎゃああああああああああっ!」
「ククク……いい声で鳴くじゃないか」
――もし、これが演技だと言ったら彼はどんな顔をするだろうか?
いや、確かに痛い。指が完全に潰されているのだし、それだけの痛みは感じている。だが、こんな痛みはもう慣れた。数百年も続けていればそりゃ、耐性も出来る。悲鳴をあげてはいるが、半分以上は誇張だ。
なぜこんな真似をするか? 決まっている。その方が盛り上がるからだ。
事実、目の前の男はますます楽しそうな様子で次に使う拷問器具を選び出し、万が一のため周囲に控えている兵士たちもにやにやと意地汚い笑みを浮かべながらこちらを見ている。その中には先ほどまで泣き崩れていた兵士の姿も見て取れた。どうやら俺の醜態を見れたことに満足したようで、満足げに笑顔を浮かべている。
「これはどうだ?」
次に男が持ってきたのは鉄の釘。それも工事用のものとは比べ物にならないくらい巨大で無骨で、重そうだ。
彼はそれを振りかざしたかと思うと――躊躇なく俺の左手に突き刺した。手の中央からはまるで噴水のように血が溢れ出てきている。
「ああああああああっ!?」
「右手ばかりでは不公平だからなぁ。これで釣り合いが取れただろう」
「馬鹿か、お前……親指と手のひらじゃ釣り合ってねえだろ。ちょっとは考えろ、脳筋」
そう言った直後、男の顔が羞恥で赤く染まる。俺がそれを嘲るように口の端を吊り上げたのとほぼ同時、彼の鉄拳が俺の頬を打った。
鈍い痛みと鼻の奥がツーンッとする感じ。結構効いた。
「こいつめ……覚悟しろ」
彼は立ち上がると同時、俺の髪を掴んで引っ張っていく。その度に手足に付けられた鉄球が地面と擦れ、ガツガツと耳障りな異音を奏でていた。
「ほら、入れ!」
男が見せてきたのは何の変哲もない椅子。これは俺も初めて見るもので、まだ真新しい印象を受けた――が、おそらくろくなものじゃないだろう。拷問器具は年々凶悪になっている。
「早く座れ!」
「はいはい。そう怒鳴るなよっと」
うん、いい座り心地だ。悪くない。ちょっと座高が低いのが気になるが。
「で? これ、何?」
「今にわかる」
「?」
別段他の拷問器具のような特殊な機能はなさそうだ。手足を拘束するバンドや剣山が生えているわけでもない。ぶっちゃけ、背もたれ付きのただの椅子だ。それも、座り心地が格別の。
「ふふふ、何か気づかないか?」
「? いや、別に?」
「その椅子、座り心地がいいだろう?」
「ああ。それが何だ?」
「その椅子はな……生物なのだよ。魔法で作り上げた新しい生体型拷問器具だ」
なるほど、それは確かに新しい。ということは、今俺が腰かけているのは椅子と何かの生物の合成獣なのだろう。どうりで座り心地がいいわけだ。
「ただ、扱いが極めて難しいのでな。対象者を喰らった後は私たちにも襲いかかる恐れがある。なので、我々はいったんここから出なければならない。しかし! その時こそがお前の最期だ」
いや、俺不死だって言ってんじゃん。何だよ、最期って。こいつノリで話してる感じがするなぁ……後先考えてなさそう。将来苦労するタイプだね、間違いない。
「さぁ、全員出てくれ。それを合図としてそいつ――《生体型拷問器具・バルドロス》は起動する」
そそくさとドアの方に向かっていく兵士たちと男。全員が醜悪な笑みを浮かべていた。
ガチャン――。
ドアが閉じられ、錠の音が響いた――その数秒後、俺の座っていた椅子が変形する。必然的に、俺は前に投げ出される形になり、ろくに受け身も取れず顔面から地面と激突した。
「痛たたた……ついてねえ」
鼻の頭を手でこすりながら椅子の方を向く。するとそこには……一匹の巨大な獣が立っていた。モデルとしてはウサギをモチーフにしているのだろう。だが、その額には大きな角が生えており、口内にはびっしりと剣山のように鋭い牙が並んでいる。おまけに背中には木――おそらく椅子の名残りと思われる材質で出来た甲羅を背負っていた。
「グルルルル……」
獰猛そうな唸りを上げる……あれ? こいつ名前なんだっけ? まぁ、椅子ウサギでいいか。
「グゥ?」
全く恐れる様子のない俺を不思議に思ったのか、椅子ウサギが怪訝そうに首を傾げる。その姿は全然強暴そうに見えず、むしろ可愛く見えた。
もしかしたらいい奴かもしれないという希望にかけ、手を伸ばしたその時――俺の右手が思いきり食いちぎられた。勢いよく吹き出る血が、椅子ウサギの顔面にかかる。
「ゲフゥ……」
そうかそうか。美味しかったか。だがな……ちょっとカチンときたぞ、俺は。
「グルゥ?」
やがて俺の鋭い視線に気づいたのか、椅子ウサギが臨戦態勢に入る。全身の毛を逆立て、その鋭い角を真っ直ぐ俺の心臓に向けてきた。しかも、体毛の下に隠れて分からなかったが、目が複数ある。椅子とウサギだけではなくクモの要素も取り入れているようだ。
「ガルゥアッ!」
目にも止まらぬスピードで飛び出し、俺の心臓を思い切り貫く。あまりの勢いに踏ん張りが利かず、そのまま反対側の壁まで角ごと突き立てられてしまった。
――が、どうってことはない。
「おい、椅子ウサギ」
「グルゥ?」
「あまり調子に乗るなよ、な?」
再生した右手で角を掴み、徐々に力を込めていく。椅子ウサギは抵抗する様子を見せていたが、それより早く俺の手が角をへし折った。
「ギュイイイイッ!?」
防衛本能からか、すぐさま後方に飛び退る椅子ウサギ。そして再び迎撃態勢をとろうとしたところで……
「ギ……ィ?」
ようやく気付いたらしい。俺の体に開いていた穴がすっかり塞がっていることに。今までの傷が癒えていることに。俺が――自分以上の化け物だということに。
「ちょっとお前に言いたいことがあるから言わせてもらうぞ?」
ゆっくりと椅子ウサギのもとまで歩み寄っていく。おそらく、こいつにとっては初めてだったのだろう。自分以外の人外を見たのは。すっかり萎縮しきってガタガタと震えて小さく丸まっていた。
そんな奴の目の前に立ち、
「なあ?」
ポンとその頭に手を置き、優しい手つきで撫でる。椅子ウサギは理解が追い付かないのか、呆けた表情をしていたが、構わない。
「大丈夫。俺も怪物(仲間)だ。仲良くしようぜ? な?」
そう言って、目の前にいる同胞の頭を撫でる。椅子の名残りがここにも表れていたのか、かなり撫で心地がよかった。