第一話
「痛たたた……ったく、こんなに風通し良くしてくれちゃってさぁ」
彼らはしばらく俺の体に槍を突き刺してから去っていった。訓練と言っただけはあって容赦なく急所を狙ってきたのだが、やはり同性ということもあってか本当の急所だけは貫かないでくれた。
まぁ、どっちみち再生するのだが、何というか……目に見えない何かがすり減っていくのである。残念ながら、心の傷までは癒せないのも不老不死の欠点だ。
「はぁ……怠い」
ここにあるのは冷たい石の壁と鋼鉄製の檻とドア。ついでに言うなら手足には鉄球付きの枷。つまるところ……俺は地下の牢獄に監禁されている。しかも、数百年前からずっとだ。たまにある場所に連れられるため外には出るが、それ以外はここに籠りっきりである。
「ふぅ……」
トン、と後ろの壁に背中を預けたところで誰かが階段を下ってくる音。しばらくして現れた人物に、俺はふっと笑いかける。
「やぁ、また君かい?」
「……はい」
そこにいたのは兵装に身を包んだ青年。まだ幼い顔つきの残る彼は最近ここに配属されたばかりだ。他の者たちとは違って、なぜだか俺の話に付き合ってくれる。
「今、何時?」
「正午です」
「ああ、そうか。ありがとう」
「いえ……」
彼は申し訳なさそうに頭を下げたかと思うと、檻の隙間からまずはトレイを挿入し、その上にコッペパンをそっと載せる。俺はゆっくりとそこまで歩み寄り、ドカッとその場に腰を下ろした。
「大変だろう? こんなところに寄越されてさ」
「そうでもありませんよ。先輩たちは優しいですし、お給料はいいですし」
「優しい? 俺には優しくしてくれないのに……酷い。差別だ」
わざと落ち込んだような態度を取りながらパンに手を伸ばし、口元に運ぶ。そして、一口。
「……美味い」
「それ、数日前のですよ? 乾燥してパサパサじゃないですか?」
「いや、美味いよ」
嘘は言っていない。少なくとも兵士の泥だらけの汚い靴でマッシュされたポテトや、蛆虫がたかっている肉よりははるかに上手いのだから。
口の中の水分を容赦なく吸収していくそれを何とか嚥下したところで、青年が神妙な顔つきになっていることに気づいた。彼はしばらくためらっていたが、覚悟を決めたのか、恐る恐る口を開く。
「あの……一ついいですか?」
「何だい?」
「自分にはあなたが悪人に見えません。一体なぜ……」
「おい、何している」
彼はハッとした様子で後ろを振り返ったかと思うとすぐに顔を引きつらせる。そこには先ほどの兵士たちが立っていた。青年が立ち上がると同時、ガタイのいい兵士が彼の元へ進み出る。
「貴様、今何を話していた? 言え!」
「いえ、あの、自分は……」
「おい、おまえ」
「なん……っ!?」
思い切りその兵士の胸ぐらを掴み、こちらに引き寄せる。檻に勢いよくぶつかって苦しそうなそいつの目をしっかりと見据えつつ、ぼそりと告げた。
「さっきそこのガキに言ったことをお前にも言ってやる。顔は覚えた。声も覚えた。いつかここから出てお前を殺す。いや、お前だけじゃなくて親族や恋人、関わりのある奴も全員殺す。ただ殺すんじゃない。お前の目の前で一人ずつ、じっくり時間をかけて飽きるほどいたぶってから殺す。女は犯してから殺す。泣こうが喚こうが助けを請おうが、男だろうが女だろうが子供だろうが、等しく平等に全員殺す。わかったか?」
「ヒ……ヒィイイイイイイッ!」
悲鳴に続いて聞こえてくる水の音。まさかと思って視線を下に向けると、彼の足元には水たまりができていた。
「貴様!」
「ぐっ!」
老兵が突き出してきた剣でのどを穿たれ、思わずよろめいた。その隙を逃さず彼らは情けなく震えている兵士を傍まで引き寄せる。可哀想に、その兵士は顔を涙でぐしゃぐしゃにして怯えていた。
「今からいい所に連れていってやる。そこでその腐った性根を叩きなおしてくるがいい」
「じゃあ、とっとと連れていけよ」
「言われなくともやってやる。おい!」
老兵に一喝され、それまで及び腰だった兵士の一人が檻のドアを開けた。直後、それ以外の兵士たちが一斉に槍をこちらに向けて構えてくる。別に怖くもなんともないのでスキップしながら檻の外まで出てきた。
すると間髪入れず老兵が俺の首筋を掴み、ぐいぐいと引っ張っていく。他の兵士たちもその後をぞろぞろとついてきていた。
「っと」
完全に階段を上りきる前に後ろを見やると、俺と話していた青年はどうやら心配してくれているようで、戸惑いの混じった眼差しを向けてきた。
そんな彼を安心させるためにウインクを返し、俺はそのまま兵士たちに連れられていく。しばらく長い螺旋階段を上っていくと、見えてくる光。今まで暗い場所にいたせいで妙に明るく感じてしまい、つい目を塞いでしまった。
と、そこで老兵の言葉が俺の耳朶を打つ。
「覚悟しろよ、貴様。この先にあるのは……」
わかってるって。この先にあるのは……
「最悪の地獄だ」
見慣れた日常だ。