プロローグ
不老不死――そんな言葉を誰でも一度は耳にし、そして憧れたことだろう。どんなに時を経ようと若さと美貌を保てる。どんなに深い傷を追おうともすぐに回復し、死ぬことはない。確かに、一見すれば魅力的な力だ。
だが、俺からすればそんなものはクソったれだ。
死ぬことがない? 死ぬことが出来ないの間違いだろう。
自分の愛する者が老いていくのに自分はまだ若いままであり、その死を見なければならず、死に至る傷を負ったら回復するまでその痛みに耐えなければならない。
そして、この能力の最大のデメリットが一つ。この世に絶望した時も死ぬことが出来ないのだ。
ありとあらゆる方法で自殺を試みようとしても無駄。結局は痛みを得るだけだ。
さて、なぜ俺がここまで不老不死を批判するのか。それは俺が――
キィ……。
と、そこで鉄のドアがゆっくりと開かれる音。ハッと目の前を見れば、そこには複数の兵士たちが立っていた。背丈も身なりも違うが、共通することが一つ。全員が、その手に槍を持っていた。
「もう朝か?」
「別に関係あるまい、貴様には」
俺の問いに一人の兵士がそっけなく答えた。確かに、朝食らしきものは持っていない。どうやら、別件のようだ。
「で? 俺に何の用だ?」
次の瞬間、寄越されたのはそっけない返事ではなく――鉄の槍だった。それは俺の腹を貫き、後ろの壁にまで達している。異物が体に挿入されているという奇妙な感じを得ると同時、喉元まで上がってくる熱い液体。何とか吐き出すのをこらえようとしたが、それは口の端からぽたぽたとこぼれ落ちていき、地面を赤く染めていく。
「相変わらず口の減らない男だ」
「悪いね。昔っからおしゃべりが好きなんだ」
槍を突き出していた兵士は不満げに鼻を鳴らして、強引に槍を引き抜いた。
直後、腹部にぽっかりと空いていた穴の周辺の肉が蠢き、そこに寄っていく。膨張と伸縮を繰り返していくうちに、いつの間にか俺の傷跡は完璧に塞がっていた。数分前との差異は、血がついているかいないかというだけである。
ああ、そうだ。先ほどの話。なぜ俺が不老不死を毛嫌いするのか、それは――俺自身が不老不死だからである。もう、かれこれ四百年以上も生きている。いや、死ねずにいる。
「全く……気味が悪い化け物だ」
「おいおい、年上には敬意を払えってママに教わらなかったかい?」
再び槍が俺の体に穴を作る。
やれやれ、最近の若い奴はこれだから。
「それで? 今日の目的ってのは何なんだい?」
「決まっている」
年配の兵士の合図を待っていたかのように、彼らは一斉に槍をこちらに向ける。
「人体を用いた訓練だ」