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午後一時半
陽子は保健室に戻るのだが、中が慌ただしくなっていることに、気付いた。
廊下から、何人かの家族の声が聞こえてきたのだ。
何事?
陽子は、保健室に入る。
保健室に入った陽子は、周りを見た。
部屋の中には家族が三人、美玲、一、そして遅番で看護師 福田 陽太郎がいる。
今ではあまり珍しくなくなった、男の看護師でもある陽太郎は、一と同じ位の体格をしているが非常に物静かで、あまり喋らない。
歳はまだ二十代で、陽子ぐらいだ。
ついさっきまで、三人の家族が一人の居候に、手を焼いていた。
居候は、将太……だった。
将太は、ベットで横たわっている。
家族達が、それを介抱していたようだ。
「遅い!陽子さん」
陽太郎は、ぽつりと小声て言う。
大きな体からは、考えられない小ささだ。
「ゴメンナサイ、少し時間がかかったわ」
陽子は、詫びる。
「将太君、発作なの?」
続け様に、陽子は聞いた。
「解らん、ほんの少し前まで、何もなかったのに、ここを通り過ぎようとしたら、急に暴れ出した。」
一は、言った。
「だけど、急に静になったの」
美玲は、頭を捻る。
「保健室を通った時? ここに何かあるの?」
陽子も、頭を捻る。
「だから、わかんねぇんだ!」
一は、声を上げる。
ベットでは将太が相変わらず、目を閉じていた。
寝てる?
陽子が恐る恐る、覗いてみる。
閉じられた目蓋から、液体が出ていた。
涙だ。
泣いているのだ。
「何故?」
陽子は将太が泣いていることを確認すると、皆に将太が泣いている理由を聞いた。
美玲、一が考えている時、陽太郎がポツンと言う。
「カツーンと、音がして、からだ……」
「音?」
陽子は、言う。
「おっ、そう言われりゃあそうだ!」
一も、同意した。
「確か……」
「玄関辺りからのかしら?」
陽子は、言い切った。
陽子は、これしか無いと、確信した。
「そう言われてみれば……そうかも!」
美玲も、言い切る。
陽子は、将太の母親に会おうと、思った。
今回のこと、ポストのこと、そして先程黙った質問などを聞いて見たくなった。
「あっ、ゴメンナサイ。透さんに少し呼ばれてました。すぐ、帰ってきますから……」
陽子は、一度保健室を出た。
三人の家族達は、何事? と顔を見合わせ、陽子を見送った。
「失礼します」
陽子は、総務に顔を出す。
「なんですか?」
透は、書類のチェックをしている。
笑子は、今回は何も食べていない。
「渡辺夫妻は、中ですよね?」
陽子は、恐る恐る透に聞く。
「はい、そうですよ。それが何か?」
不思議そうな顔で、透は陽子を見た。
「いつ頃、終わりますか?実は、将太君のことでお話があります。
今、保健室で将太君がいて、両親を待っています」
陽子は、言い切った。
先程保健室内で言っていた、透に呼ばれたは、嘘である。
しかし、あの状況では、これが保健室を出やすかった。
透は書類に目を通すと、陽子を見る。
なんだか、怪訝そうだ。
「スミマセン、でも、将太君泣いてます。おそらく、将太君両親……詳しく言えば、お母さんが来てることを知っています」
陽子は、透に言い切った。
陽子の目には、間違いないの確信がある。
しかし、透の顔は優れない。
「将太君がここに、来た理由は知ってる?」
透は言う。
「あっ……」
陽子は、思い出した。
「家族の身の安全、ですよね?」
陽子は、言う。
「だったら、会うと思うかい?」
透は違う書類に目を通しながら、答えた。
陽子は、少し考えた。
「……そうですね。止めます、失礼しました」
ここは、あっさりと退こう。陽子は、背中を向けた。
「陽子あまり、お節介はやめたほうがいい」
背中越しに、透が言葉をかける。
陽子は何も言わず、総務室を出た。
陽子が保健室に戻ると、将太は居ない。
一に連れられ、作業場に戻っていた。
美玲は、姫の部屋に行っている。
午後の回診は終わっていたが、急な呼び出しを受けたみたいだ。
つまり、今、家族は陽太郎と二人だけだ。
あまり時間は経っていないが、二人欠けていた。
もしご両親が来た所で、すれ違いもいいところだ。
何を私は、やりたかったのかしら……
ため息を陽子はついた。
グー!
陽子のお腹がなった。
そう言えば、お昼ご飯まだだ。
陽太郎が、ニヤニヤしていた。
音を聞いたの笑いだ。
陽子は、陽太郎を睨む。
どうぞ……と
食堂辺りの方を、陽太郎は指差している。
「いいの?」
陽子は、聞いた。
陽太郎は、コクンと首をふり、笑顔を見せる。
グー!
陽子の腹の虫がまたなる。
どうやら、待ってくれないようだ。
陽子は、「お願い」とすると部屋を出る。
陽太郎はいってらっしゃいと手を振って、ドンと扉を閉めた。
それを見た陽子は、言いたいことは口にしな! と思いながら食堂に向かった。