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自閉  作者: クレヨン
8/13

8

 午後零時

 駅前周辺は、賑わいがあった。

 食堂街があり、多くの客がごった返しているからだ。

 陽子は駅前近くの、駐車場にクルマを停めると、駅前シンボルのブロンズ像の下で、お客様まちびとを待っている。

 駅からたくさんの人が、出てくると同時に駅に吸われていくのを、陽子は見ていた。 

 午後零時十五分の駅前、駅が午後二度目のたくさんの人間を吐き出す中に、まちびとが居ることを陽子は確認する。

 『透さんの言った、ご夫妻だわ』

 陽子は、心の中でつぶやく。

 夫と思える男は、鋭い目をしていた。

 禿げ上がった頭を野球帽でごまかし、何か落ち着きがない。

 来たくなかった、そんな様子に見えた。

 そして、奥様と思える女は、黒髪のセミロングで、薄めの化粧をしている。落ち着きのない夫に比べ、どことなく冷静に見えるが……

 右手に掴んでいる金属製の杖は、自由の効かなくなった右足をかばっていた。

 陽子は、お客様まちびとに近づく。

 「こんにちは、渡辺さんご夫妻でよろしいですか?」

 二人の前に立った陽子は、「よろしいですか」と挨拶をした。

 陽子を見た二人は、顔を見合わして、同時に頭を下げた。

 『この方々が渡辺さん夫妻か……』

 陽子は、思った。

 「そうです、将太がお世話になって居ます。」

 声の主は、奥様だ。

 夫の方は、無言で陽子を睨んでいた。

 『この方々が、渡辺 将太のご両親!』

 再び陽子は、思った。

 「今、クルマ持って来ますから、少しだけ待って下さい。」

 陽子は、そう言うと、夫婦に背中を向けて走り出した。

 夫婦は無言で、陽子の背中を見送った。

 

 午後零時三十分

 陽子と渡辺夫妻は、クルマに乗っている。

 運転手はもちろん陽子で、夫妻は後部座席に座っている。

 来客用クルマで、そこら辺りを走るタクシーよりも、なかなかの装備だ。

 陽子が透と客人迎いの打ち合わせの時、二つ驚くことがあった。

 一つは、客人が将太の両親と言うこと。

 もう一つは、このクルマだ。

 なかなかの、高級車なのだ。

 透曰わく、「善意の寄付」らしい。

 『そう言うことにしておこう』と、陽子は何も言わずいたのは、今から一時間前のことだ。

 クルマは、街の郊外まで走り、もう少しで水田が続く景色になる。

 田植えにはまだ早ので、まだ荒れた状態なのだか、流石に雪は消えていた。

 「少し、お話しませんか?」

 陽子は夫妻に会話をしたいと、ストレートに言う。

 今まで無言で運転していた、陽子だかどこか重い空気を和ませたくなった。

 「お前らと話すことなどない」

 口を開いたのは、夫だ。

 重い空気の、元凶でもある。

 わからなくもない……だけど!

 「私はきずなの家に来て、まだ1ヶ月経ってない新米です。

 出過ぎたことを、お詫びします。」

 陽子はそう言うと、夫妻の顔色をバックミラーから伺う。

 『のってこい!今の一言に、口を開け!』

 陽子は、待つ。

 「新人さん、ですか?」

 奥様の声が、後から聞こえて来た。

 よし!

 「はい、厳密に言うと、私は再就職です。前の職場では少しありまして……。

 その時の上司だった……。」

 そこまで陽子は言うと、黙り込んだ。

 何かを考え込んでいた。

 「その時の上司だった方が何か?」

 たまりかねたかのように、奥様は陽子の話に乗ってくる。

 「その時の上司だったバカ野郎に、ここを進めてもらったんです。」

 陽子は、吐き捨てるように言い放つ。

 渡辺夫妻から、聞きたいことは、山ほどある。

 そのため、自虐的な自分の事実を言った。

 そうでなければ、この話はさわりてあっても、したくはない。

 陽子が、疲れるからだ。それは陽子が、未だそれに、憑かれているためでもあった。

 「スミマセン、取り乱しまして、ご夫妻は何故きずなの家を訪れたのですか?」

 陽子は、質問に係る。

 クルマのアクセルを少し緩め、スピードを落とす。

 夫妻もそれに気付くが陽子が、「ここら辺は午後から、ネズミ捕りを始める可能性がある。」と、嘘ではぶらかす。

 辺り一帯が、見渡す限りの水田に景色は変わってはいるが、田植え前であるため視界が良い。

 こんな周りが丸見えの場所では、普通ネズミ捕りは行わない。

 何もない平地の為、ネズミ捕り機を隠す場所がないからだ。

 しかし、夫妻を誤魔化すことが出来たようで、その事には、触れなかった。

 『多少の時間がとれそうね』

 陽子は、心で呟く。

 言い訳していた分の時間で、プラス、マイナスがゼロになっていたことも知らずに……。

 「もう一回、お伺いします。家に来られた目的はなんですか?」

 陽子は、聞く。 

 「お前たちの、社長からの呼び出しだ!」

 答えたのは、夫だ。

 「家長ですか……」

 「いきなり、由美子の携帯にお宅の、金なんとかから連絡が来た。」

 そう言うと、夫は面白くない顔をした。

 『奥様の名前は、由美子さんか』

 一つ判明した。

 因みに、金なんとかは、金子……つまり透のことのようだ。金と言う、漢字のつく家族は、透だけだ。

 「携帯電話の、呼び出しですか?」

 続けざまに、聞く。

 「私達は、お手紙でやりとりしていました。古風ですが、個人情報を教えたくありませんでした。ですけど、緊急時の連絡の為とつながりやすい番号教えてほしいと言われたんです。

 そして、教えたのが私の番号です。」

 奥様が、答えた。

 お手紙……

 将太のあの時の行動を、陽子は思い出した。

 ポストの入れ口にグルグル巻きにされたガムテープを、私の手を使って剥がそうとしていた。

 自分の手で剥がさない理由は、予想出来た。

 将太の腕力では、剥がせないからだ。

 人を引っ張る力はあっても、剥がす腕力がないのだ。

 自閉症を患う患者の特徴に、器用、不器用の不均衡がある。

 例えば、走ることが出来ても、ジャンプ上手く出来ない。

 その反対も、然り!

 椅子に座れないが、足が痛くなる固い地べたに、正座で何時間でも座り続けられる等、健常者がある程度出来ることが、自閉症を患うと極端に出来ない。もしくは、必要以上に出来てしまう。

 あの時の、将太が陽子にとった行動は、しゃがんでいた陽子の腕を思い切り引っ張る、つまり力の運動は出来る。

 しかしテープを剥がすことつまり、手先の器用さが無い為出来ない。

 だから、陽子の手を引っ張り、その作業をさせようとした。

 この様に人の手を捕って、何かをしよう、もしくは、何かをさせようとする行動……

 「将太が、何かしましたか?」

 妻が、聞いた。

 「わかりません。今回、お迎えを言われた以上は、何も聞いてないんで……」

 陽子は、答えた。

 あの時にことは、今のところ口にしてはいけないし、そもそもあれが、呼び出し理由ではないのだから。

 あんな事で、いちいち呼び出したら、切りがない。

 「将太君はコミュニケーションを……単刀直入に言います、喋れませんが、お父様やお母様にやってほしい要求は、手を引っ張りましたか?」

 唐突に陽子は、聞いた。

 夫は何をいきなりと、表情に出す。

 「はい、します。」

 妻は、素直に答えた。

 「クレーン……ですよね。」

 今度は、率直に陽子は聞く。 

 「やはり知ってらっしゃる。」

 妻は、笑顔で答えた。 

 しかし、その目に、この手のプロだから、知ってて当然なことを聞くのかしら?と言う風にも見える。

 人の手を捕って、何かをしよう、もしくは何かをさせようとする行動を、『クレーン現象』もしくは、『クレーンハンド』と言う。

 健常者なら、会話や指差しなどで意思疎通が可能なことが、自閉症者には出来ない。

 そうなった時に、自閉症者がする動作である。

 しかし、追憶だが幼児期に、指差しせずに替わりに手を引っ張る、つまりクレーンハンドがある子もいる。しかし、その子がそれだから自閉症だとは、言い切れない。

 つまり、健常者の幼児でも、クレーンハンドをするのだ。

 伸びしろがある幼児期には、判断がつかないのだ。

 将太は、成人している。

 成人しても、喋らない、つまりはコミュニケーションに異常が認められる。

 だからなのだ。

 「変なことを聞いてスミマセン。」

 陽子は、夫妻に言う。  

 クルマは水田地帯を抜け、山道に入る。

 ここからは登り坂になる。

 「後少しです。」

 陽子は、言った。

 「確か、山道続きますよね?」

 妻が、聞く。

 「はい、でもすぐ着きます。半分以上は走り終わりました。」

 陽子は、笑顔で言った。

 聞きたいことは、まだ二つある。 

 しかし、一つは絶対、今は踏み込めない。

 もう一つは、応えてくれるか?

 確信が持てない。

 陽子は、無言になった。

 無言が続くことになる。

 夫妻の方も、無言のままだ。

 陽子に問いかけることは、なかった。 

 いつの間にか、きずなの家の下り坂にクルマは来た。

 もうすぐ着く。


  午後一時十分


 きずなの家、総務室前に陽子と渡辺夫妻、それに透がいた。

 「陽子、少し遅かったかな?」

 透は、笑いながら言う。

 「スイマセン、この前、ネズミ捕りに引っかかったことを言った方が、良かったですか?」

 陽子は、嘘をつく。

 透は、そうなんだ!と、表情に出した。

 「私は、楽しかったですよ。」

 妻が援護をする。

 金属製の杖を、コツコツと床にさせていた。

 金属製の杖の下、地面と接する場所はゴムで出来ている。

 滑り止めでもあり、音の防音の為に、当たり前のことではあるが、先程から慌ただしく打ち鳴らしているように見えた。

 陽子や、透、それに渡辺の夫もそれを感じているようで、不思議そうな雰囲気がある。

 「お前、何してる?」

 夫が、妻に問う。

 すると妻は、持ち手と杖先を反対にして持ち、大きく振りかぶり打ち落とす。

 持ち手の外側、手のひらで握る場所は金属になっているため、キーーーーンと甲高い音がきずなの家に鳴り響く。

 「これで良し!お手数かけました。」

 そう言うと、妻は頭を下げた。 

 なんの意味?

 陽子を始め、周りに何なんだの空気が、漂っていた。

 「早く、行きましょう。」

 何もなかったかのように、妻は言うと透に部屋の中へ入る催促をする。

 「わっ、判りました。陽子、ありがとう。場所に戻って!」

 透はそう言うと、陽子からクルマの鍵を預かり、夫妻を部屋に入れた。

 それを見た陽子は、保健室に戻って行った。

 

  

 


 

 

 

  

 

 

 

 


 


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