インターミッション 天地くんの秘密
ヴァルマ戦隊本部。
喫茶溶鉱炉ようなカモフラージュ施設では無いそこは、如何にもしっかりとした作りの大きなビルだった。
まるで大企業のような大きなビルの全てが、ヴァルマ戦隊の本部なのである。
常に悪と戦うことを義務付けられたその組織では、朝も昼も関係なしに人々が忙しく働いている。
「おかえりなさいませ」
そう言って入り口で数人の人間がやうやうと礼をした。
「戻りました」
天地は素っ気なくただ一言そういった。
ソレは、緑川をはじめリゾフォルノンジャーのメンバーが見たら異様だと感じるほどに素っ気ない態度だった。
いつも笑顔を絶やさず、人当たりのよい天地の態度とはかけ離れた。何処か近寄り難い高圧的な雰囲気だった。
「今日の戦闘の様子は録画してありますね」
「はい」
そこに居た一人の男がそう返事をした。
「すぐに見れますか?」
「現在編集をしていますのであと1時間ほどで見れるかと思います」
その言葉に天地の動きが止まった。
「編集?なぜそれをする必要があるんですか?」
不思議そうにそう尋ねる天地。
そして、その天地の様子に、周りの人間は一気に体温が下がるような錯覚に陥った。
「いえ、なにぶん量が膨大ですので…」
しどろもどろな様子で男がそう言うが、天地はその言葉を遮るようにして言った。
「だから?」
「え?」
「量が膨大だから、あなた方の裁量で、見るべき部分と見なくて良い部分を勝手に決めてしまうわけですか。そこに私の意思は関係なしに?私はそんな指示をだしましたっけ?あるいは貴方の判断ですか?それとも世界の常識?」
「す…すいません、至急すべてのデータをお持ちいたします!」
すっかり怯えた様子で、担当者がそういった。そして大急ぎで記録映像を取りに行くべく、担当者は走ってその場から消え去る。
その後姿を冷たく見る天地。緑川や他のリゾフォルノンジャーメンバーを前にした時のような優しい表情はそこにはなかった。
この天地の様子は今日に限ったことではない。
こと、この場所において、天地は常にこの様な態度をとっている。そして、そんな天地はこのヴァルマ本部においてゲルニッカーズ以上に恐れられても居る。
理由は、天地が単純に高圧的な態度だからではない。
ソレに加え、天地は無能だと判断した人間を、容赦なく切り捨てるからだ。
『首切り長官』
それが、天地が此処で呼ばれている呼び名だ。
もちろん、ソレを直接言われる事はまずないが、天地自身、自分がそう呼ばれていることを知っている。
しかし、彼はその悪意のこもったアダ名を全く気にしては居ない。いや、寧ろ誇りにすら思っていた。
天地にとって、このヴァルマ戦隊本部はさして意味の有るものではない。
そもそも、ヴァルマ戦隊は世界の平和を悪から守るための組織だ。そしてそのその実行部隊はフォルノンジャーである。いわばフォルノンジャーこそがヴァルマ戦隊の肝であり、フォルノンジャーこそヴァルマ戦隊の本質といっても良い。
だというのに、今までのヴァルマ戦隊は、このフォルノンジャーをあまりにも軽視していた。それどころか、切り捨てすらした。
自らの本質を切り捨てた存在に如何程の価値があろうか。天地にとって、フォルノンジャー解散後のヴァルマ戦隊は、無価値極まりない存在だったのだ。
そんな無価値な組織をただ無意味に運営してきた人材に、天地は全く魅力を感じられなかった。
いっその事、別の組織を立ち上げたほうがよっぽど早いとも思ったが、それでもこのヴァルマ戦隊には嘗て悪と戦ってきたというネームバリューと資料、ノウハウが存在している。それを捨てるのも惜しいと思った。
だから天地としては、この施設と資料さえあれば、人員は全て入れ替えても良いと思っていた。いや、寧ろ入れ替えたほうが良いと思っていた。ヴァルマ戦隊の中に居た無駄な人間を切り捨ててきたということはそれだけ自分が無駄を省いてきたということでもある。
この『首切り長官』という称号は、自分が現状に満足せず、組織を良い方向に導いて来たという証明でもあるのだ。
そんな首切り長官に、彼以外のスタッフは唯々諾々と従いつつも、恐れや嫌悪の視線を向ける。
天地はそんな彼らの様子など、全く気にせずに自分の部屋へと向かった。
天地の部屋。
長官の仕事部屋。
まるで死体置き場のようにしんと静まり返ったその場所。
その部屋に入った天地は、奥のイスに座ると、おもむろに机の上の内線の受話器
「ああ、すいません、しばらくの間部屋には誰も通さないで下さい…ええ、そうです、資料は共有に…ええ、そのサーバに乗せてください。電話も回さなくて結構。後1時間程度仮眠を取りますので」
そう言って天地は受話器を置いた。
これで今後一時間は誰も部屋に入ってくる事は無い。
「ふう」
天地はやっと落ち着けるといった様子でため息を1つ吐いた。
仮眠を取ると言うのは嘘だ。
実際、天地は一人になる時間が欲しかったのである。
本当の自分に戻れる瞬間が欲しかったのだ。
喫茶溶鉱炉のマスターとしての自分。
リゾフォルノンジャーをまとめる優しい指令としての自分。
ヴァルマ戦隊を統括する、厳しい指令としての自分。
ヒーローに憧れ、嘗てのフォルノンジャーの幻影にすがる自分。
緑川を慕う少年としての自分。
それらを剥ぎとった。本当の自分に戻る瞬間が。天地は欲しかったのだ。
「しかし何というか…まさか本当にあの人がリゾフォルノンジャになるとは」
そこには、まるで、緑川の前にいる時とは別人のような様子の表情があった。
ふと。天地は机の上の写真立てに目をやった。
「たしかに勧誘はした、ほぼ強制に近いこともした。最後の手段では拉致して無理やりにフォルノリングを手に取り付けようとすら思っていた」
まるで写真に語りかけるように天地は言葉を続ける。
「最初は僕も不安だった。あの人が本当にヒーローなのか、その資格があるのか疑問にすらおもった。いや、未だに何処かで疑っている。でも、最終的には強制だったけれど、それでも彼はあの場所に自分からやってきた。口では否定しつつも、自身がヒーローであることを受け入れた」
そして、天地はその顔を歪めた。
「フォルノグリーン…いや、すでにリゾブラックか…。真実を知ったら彼はどう思うだろう………僕の発したあの言葉。その全てが、僕の心にも無い物だと知ったら。彼はどうするだろう。怒るだろうか、悲しむだろうか、それとも絶望するだろうか」
そして、天地は写真立てを手に握りしめ、自分の顔の直ぐ目の前まで持ってくる。
天地の視線の先。写真の中には。
そこには嘗てのヴァルマグリーン。嘗て、若かった頃の緑川の姿があった。
「でもね、でも緑川さん。貴方は、貴方は絶対にヒーローに成らなきゃいけないんだ。他の誰でもない。貴方は。貴方だけは、絶対に。」
誰もいない部屋で。
ただ、天地の声だけが木霊した。
◆◆◆◆用語解説
・内線
内線電話のこと、一般的な電話網を使用せずに、組織内で通話できる電話。
・資料は共有に…ええ、そのサーバ
この場合の共有は『共有フォルダ』を意味する。つまりはこの場合のサーバとは『ファイルサーバ』のこと。『共有サーバ』では無い。『共有サーバ』だと、1つのサーバーを複数の人間で利用するという意味になるので注意。