第4話 オッサンの一日
あいも変わらず、ボロボロのアパートの一室。
そこで俺は目を覚ました。
今日は休日。
バイトも何もなく、一日自由に過ごしていい日。
慌ただしくない、快適な目覚めだった。
目を覚まして一番にすることは、生理現象の処理である。
寝ぼけた目をこすりながら、狭いトイレに入り踏ん張ること数分。
そこで一抹の苦労と、そして開放感を味わう。
その後、自分でも引くぐらい臭くなったトイレのドアをしっかりと閉めて、匂いが漏れ出ないようにし、その隣の洗面所で歯を磨く。
「オウウェ」
数回えずく。
口を濯ぎ、顔を洗ったら、今度はお茶を入れる。
電気ポットのおかげで常時、湯は沸いていた。
急須にお湯を入れ、お茶を欠けのある湯のみにそそぐ。
この熱いお茶が俺の一日のスタートの合図。俺の一日は熱いお茶と共に優雅に始まるのである。
たとえそのお茶が、すでに12回お茶を淹れた後の出涸らしで、今飲んでるのがほとんど白湯みたいなもんだとしても。
すでに時間が正午に差し掛かっていても。
優雅なんだ。
断固、優雅なんだ。
ただ、そんな優雅な生活にも、最近ちょっとした問題が出来た。
俺は、諦めにも似た感情を持ちながらため息をつきつつ郵便受けをチェックする。
これがここ数日の俺の習慣だ。
いつもならさほど頻繁に郵便受けなんぞ見ないんだが、ここ数日はそうも言っていられない。
なぜなら、
その中にはみっちりと手紙が入っているからだ。
中身は。
広告やダイレクトメールが少々。
そして残りは全て。
ヴァルマ戦隊からの勧誘、
ヴァルマ戦隊からの勧誘、
ヴァルマ戦隊からの勧誘、
ヴァルマ戦隊からの勧誘、
ヴァルマ戦隊からの勧誘、
ヴァルマ戦隊からの勧誘、
ヴァルマ戦隊からの勧誘、
ヴァルマ戦隊からの勧誘、
ヴァルマ戦隊からのうれしいお知らせ、
ヴァルマ戦隊内部広報誌、
「怖えよ!」
ナンボほど送ってきてるんだよ!
最近の俺の問題はもっぱらこれである。
ヴァルマ戦隊の、いや、天地くんからの病的なまでの勧誘活動だ。
兎に角ここ最近のこの勧誘攻撃が俺の一番の悩みである。
手紙程度ならばまだ良い。
纏めて古紙回収に渡せばいいだけなんだから。
しかし、あの男。
最近普通の手紙だとそのまま捨てられることを悟ったのか、
一見広告風に手紙を入れてくるから油断できない。
『ニコニコ・ピザ定番の美味しさをこの1枚に!
ニコニコピザの自慢の素晴らしい味をぜひお試しください。
今年の冬は新発売、緑川さん、どうかフォルノンジャーになってくれませんか?
いまならセットキャンペーン。無料でシーザーサラダが付いてきます』
とか、
『春の大感謝祭。
今なら全品40%OFF。
貴方が欲しいあの新作コスメはもちろんのこと。
フォルノンジャーは切実に貴方を必要としています』
とか。
わざわざ俺に読ませるために、こんな広告風のチラシを作ったのか?
ヴァルマ戦隊はそんなに暇なのか?
他にも。
電報、言付け、伝書鳩。
ありとあらゆる方法で俺らを勧誘してこようとする。
やっと理解した。
天地くんがあの若さで長官に上り詰めた理由。
真面目さとか、努力家とかそういうことじゃなくて。
この執念深さと、しつこさが一番の理由だ。
下手な借金の取り立てよりしつこいぞ?
兎に角、この家に居ると次にどんな勧誘が来るのか解ったものじゃない。
ここ数日のアイツの行動パターンからして、昼ぐらいに宅配ピザを装った勧誘や、家賃回収を装った勧誘あたりが来るだろう。
さて、そして、この問題の対処法は今の所ただ1つである。
逃げる。
つまりは外出だ。
現実逃避と言えなくもないが。
一応、天地くんにも人間として最低限の配慮があるらしく、俺の睡眠を邪魔するようなことは無く。夜は勧誘活動もしてこない。
外出して夜まで帰らなければ一応はこれ以上の勧誘をうけずに済むはずだ。
そうと決まれば善は急げである。
もたもたしていたら奴が来る。
俺は外出すべく、寝間着からクシャクシャのジャージに着替える。
如何にも酷い服装だが構いはしなかった。
いつからだろう。服装に頓着をしなくなった。
昔は、よれてくたびれた服を着て歩くオッサンが信じられなかったが、今では正に俺がそのオッサンだ。
自分がその立場になって初めて解る。服を気にしない生活というのが如何に楽であるかを。
今では服装に拘る事のほうがみみっちいことのように思えてしまう。
服で大切なのは見た目ではない。
着心地、動きやすさ。そして何より、最大に大切なのは。
値段なのである。
安さは正義だ。
なにせ。俺には金が無い。
そう。
金が無いのである。
これが結構大きな問題だ。
一応死なない程度の蓄えはあるが、無駄遣い出来る金銭は全くない。
そして、金がない人間は。自ずと行動が制限される。
外出するは良いが、金がない人間が行ける外出先と言うのは。
さほど多くは無い。
結局家から飛び出た俺が行ける選択肢は。
極、限られたものになってしまうのだった。
◆◆◆◆
まるで体温のように温い風が俺の体を包み込む。それでも、全身で浴びる風は中々に気持ちよかった。
木陰からさす光が地面を照らし、程よく俺の目に明かりを運び、俺の視界を楽しませる。
久しぶりに来る自然公園は、とても気持ちよかった。
金が無い俺が時間を潰すとなると、図書館か此処ぐらい。
とはいえ、この自然公園は決して悪い選択肢では無かったと思う。
仕方なく来た場所ではあるが、久しぶりの公園の自然は、俺の疲れた心を癒してくれる。
もともと自然や緑が好きだった。
フォルノンジャーでグリーンだったのも、あるいはこの性格が影響しているのかもしれない。
植物観察や自然観察が好きで、小さい頃はよく植物図鑑なんぞを読んでいた。
そして、植物を愛する気持ちは年をとっても変わらない。
この植物に関する興味のお陰で俺は。
「あ、野蒜が群生してる」
食える草が見分けられる。
この植物に関する知識は俺の食費におおいに貢献している。
そういう意味でこの自然公園は俺にとってとても素晴らしい場所だった。
自然に囲まれ、食料にもありつける。
正に最高のスポット。
実際フォルノンジャーだった頃から嫌なことがあるといつもこの公園に来ていた。
この公園には昔っから俺のいろんな思い出が詰まっている。
なのに、ここに来るのは久しぶりだった。
と言うより此処数年この公園には来ていない。
こんな好きな場所なのに、何故来なくなったんだろう。
俺はベンチに座りながら思案した。
たしか、何かキッカケがあったと思う。
それが理由でこの公園に近づかなくなったんだが、
いかんせん数年前のことだ。
そのキッカケが思い出せない。
ボンヤリとベンチに座り、何故俺がこの公園に来なくなったのか、思い出そうとしていると。
「「「わー」」」
遠くで子供の声が聞こえた。
恐らく公園内の何処かで子供が遊んでいるんだろう。
そして、その子供の声を聞いて。
俺は、思い出した。
俺がこの公園に来なくなった理由。
子供だ。
原因は子供だ。
あの子供のせいで、俺はこの公園に来なくなった。
否。
来れなくなった。
◆◆◆◆
あれは俺がフォルノンジャーを辞めてすぐの頃。
やはり金がかからず、居心地の良いこの公園は俺のベストスポットだった。
暇な時は大抵この公園を散策しているか。
ベンチで物思いに耽っていた。
陽気のいい日なんかはこのベンチで昼寝をするのが最高に気持ちよくて。
その日も俺は、このベンチで微睡んでいた。
しかし、そんな微睡みはあまり長続きしなかった。
「へーい」
「ヴェイ、ヴェイ」
「わあ、わあ」
子供たちの声で目を覚ました。
何事かと思い辺りを見渡すと、俺のすぐ前の茂みの近くで子供たちが円状に集まり何かをしていた。
どうやら子供たちの中心に何やら面白いものがあるようだった。
これはきっと楽しげなエンターテインメントがあるに違いないと、俺はちょいと背伸びをして、その中心にあるものを覗き見てみる。
そして、その子供たちの中心にあるものを見て。
そして子供たちがしていることを見て。
俺は激怒した。
彼らの中心に居たのは犬。
それも大きさから見て子犬だった。
如何にも不細工な斑模様の犬で、子犬特有の可愛らしさというよりは醜さのほうが目立つような犬だった。
そして、子供たちはその子犬を棒でつついたり、押し倒したりしていた。
つまり子犬をいじめていた。
俺も犬は好きじゃない。
というか小さい頃、脇腹をしたたかに噛まれいて以来嫌いだ。
しかし、嫌いだからって、虐めていいわけではない。その行動を許せるわけじゃない。
勿論そんな行動を目の前にしてする対応は1つ。
叱った。
元フォルノンジャーだからとか、元正義の味方だからとか、そういうことじゃない。
一人の大人として、これは叱らなくてはいけないと思ったから叱った。
それが当然のことだと思ったし。その時の俺はその行動を微塵も変なことだとは思っていなかった。
そして、その俺の子供を叱るという、当然の行動の。
その結果。
警察を呼ばれました。
あの糞ガキども俺が怒鳴った瞬間に蜘蛛の子を散らすように逃げ。
さらには子供を追い掛け回す変質者が出たと警察に通報しやがった。
おかげで警察と本気の鬼ごっこをするはめになった。
当時は今よりもずっと体力があたこともあって何とか逃げ切れたが。
その後ほとぼりが覚めるまで、この公園に来るのはやめようとなって、来ていなかったんだっけ。
あれ以来、子供と警察が嫌いだ。犬はもっと嫌いになった。
子供は無邪気なんていうが、とんでもない。
子供は悪意の塊だ。
まるで罪悪感なしで他者を潰そうとする。
それをさせないために誰かが怒らなきゃいけないのに。
その結果が警察とのリアルなケイドロである。
警察も子供の言うことは全面的に信じて、俺の言い分なんて聞く様子が無い。
ひどい世の中になったものだ。
天地くんには言っていないが。
俺がヒーローをやらない一番の理由はこれなんだ。
やれ、世間が俺達を忘れたとか。
やれ、フォルノンジャーじゃなくなったとか。
やれ、体力が無いとか。
そんな理由で天地くんの誘いを断っていたが。
そんな理由は所詮建前で。
俺がフォルノンジャーに戻れない一番の理由。
それは。
今、俺は嘗ての俺のように。人々を、この世界を愛することが出来ないんだ。
社会っていうのはとても厳しい。
弱肉強食で、優勝劣敗、生き馬の目を抜くような世界。
人々の心は正義に溢れているわけじゃなく。
モラルを守らない奴、他者を思いやらない奴、逆恨みする奴、そんな奴らで溢れていいる。
結局、俺が救ったはずのこの世の中は俺が想像していたよりもクソッタレだった。
フォルノンジャーを辞めてから18年。
それこそこの18年。俺はそんなクソッタレな世界を見てきた。
何度も挫折して。
苦労して。
そして打ちのめされた。
俺が救ったはずの社会に。
俺が愛したこの世界に。
ハッキリ言おう。
愛想が尽きた。
この世界には守る価値が無い。
そう考えると。もう俺の心にはすっかり正義の炎なんて無くなっていた。
俺の心のなかに正義が無くなったと言えば、天地くんもさすがに俺の勧誘を諦めるかもしれない。
しかし、さすがにそれを彼に伝えるのは嫌だった。
天地くんは、フォルノンジャーを信じている。
嘗てのフォルノンジャーに憧れ、そしてそれを目標に、今フォルノンジャーを作ろうとしている。
そんな彼に、嘗てのフォルノンジャーが、正義の心まで失ってしまったと伝えるのは、あまりにも残酷に思えた。
まだ、おもいっきり情けない姿を見せて幻滅してもらったほうが幾分かマシだと思えた。
なのに、
なのに、天地くんは思いっきり俺の情けない姿を見ても、未だ俺がフォルノンジャーにふさわしいとそう信じている。
本当に勘違い甚だしいと思う。
だって。俺は正真正銘本当に、本当に…
ヒーローにもどれないんだから…
いかんな。
公園のベンチで一人でいると、嫌なことを考えてしまう。
今からでも図書館に行くとしよう。
別に読みたい本があるわけではないが。
ここにいるよりは良いだろう。
あれから確かに数年経っているのでさすがにほとぼりはさめている…と思うが。
今の俺は昼間の公園に一人でヨレヨレの服を着た男。
如何にも不審人物だ。
これで職務質問から数年前の変質者騒動の主要人物とバレる、なんてコンボにつながった日には、俺の今後の人生がハードモードに突入する。
一応、その危険は少ないとは言え、念には念を入れ、やはりこの公園には居ないほうが良い。
というわけで俺は、そのまま公園を後にすることにした。
来る時に感じていた気持ちよさはすっかり消えて、嫌な気分が俺の心を支配していた。
思えば、とても好きだった公園も、心から楽しめなくなっている。
こんな感じで、俺は段々と世界が嫌いになっていったんだっけ。
嫌なことがあるたびに、それが嫌いになって。
いつの間にか、嫌いなものだらけだ。
そして、その嫌いなものは。とことん俺を苦しめる気らしい。
来た時よりも早歩きで公園を出ようとするとちょうど出口の辺に子供が居ることに気がついた。
クソ。
ひじょうに不愉快だが、子供に怯えて遠回りするのも嫌だったのでそのまま俺も出口に向かう。
ある程度近づくとその子供の手にリードがあってその先に犬がつながれいることに気がついた。
畜生!
俺の嫌いなものがダブルで居やがる。
何の陰謀だこれは!
まあ、落ち着け。俺。
別にあいつらが襲ってくるわけじゃあない。
平気な顔をしてその横を通り過ぎてしまえば良い。
公園の前は大きな交差点で交通量も多い。
そこさえ渡りきってしまえば、もう安全だ。
そのまま図書館に行って読書と言うなの現実逃避をしよう。
そう自分に言い聞かせ心を落ち着けると、俺はゆっくりと子供の隣を通り過ぎ。
そのまま交差点の信号が変わるのを待つ。
こういう時に限って信号が変わるタイミングが悪く、俺は中々青にならない信号にイライラとしていた。
間が悪いということは続くもので、どういうわけか、俺のすぐ後に居る糞餓鬼が犬のリードを外し、犬に向かって芸を仕込みはじめやがった。
犬嫌いにとって犬のリードを外す行為は、目の前で拳銃の安全装置を外される行為と同じぐらいの恐怖である。
しかも何故か公園の中ではなく入り口、俺の後でそれをする。
あと、『オテ』を仕込むのにリードを外す必要は無いだろ。
さらには、その犬も、『オテ』と言われてポカンとするばかりじゃないか。芸の教え方が下手すぎる。
色々と言いたい事はあったが、ソレは心のなかにしまって。俺はひたすらに信号が変わるのを待つ。
さっさと変われ。
万が一、あの犬があのまま走り出したら…
嫌な想像というのは何故か当たるものだ。
俺がそんな想像をするのとほぼ同時。
何を勘違いしたのか。犬が餓鬼の『オテ』の言葉を受けて、一目散に俺の方に走ってきた。
リードは付いていない。
「あほかああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
思わず叫んでしまった。
そして、犬は。
俺の…
俺の横を通り過ぎてそのまま赤信号の交差点に飛び込んでいった。
「「え?」」
俺の声と、犬の飼い主であるガキの声が同時に出た。
目の前の出来事に呆然とした。
突然交差点に飛び出す犬。
なるほど『オテ』が出来ない時点で薄々判ってはいたが、とんでもない馬鹿犬だ。
目の前の道路には当然車が走っている。
犬は自分のスピードならそれを避けきれると考えているようだが。
絶対に無理だ。
嘗ていろんな危険をくぐり抜けてきた俺には解る。
一瞬の内に、車の速さと、犬の速さを比較し、そして、このまま行けば犬が轢き殺されるというのが。
俺には解ってしまう。
しかし。
ソレはしかたのないことだ。
交通ルールを理解できない生き物は死ぬ。
これはこの社会の当然の理屈である。
まるでスローモーションのように見える犬が道路に入るさまを見ながら、俺は考えた。
もし、18年前の俺だったら当然、助けたんだろう。
たとえ嫌いな犬でも、道路に飛び込んで命がけで助けたんだろう。
しかし、今の俺は違う。
今の俺が考えたことはこうだ。
放っておけばいい。
自分はもうヒーローじゃない。
関わる必要は無い。別にあの犬は俺の飼い犬じゃない。
あの犬を飼っているガキにしても俺の知り合いじゃない。
だいたい俺は犬も子供も嫌いだ。
助ける理由も義理は無い。
放っておけば良い。
たかが犬。
だいたい犬なんてそれこそ毎日のように死んでいる。
保健所で大量に処分もされている。
たかが目の前の一匹を救ったところで、それは自己満足にしかならない。
だから無視しよう。
そう考えた。
考えていた。
はずなのに。
気がついたら俺は飛び出していた。
多分その場にの誰よりも、俺自身が一番に驚いていただろう。
何故だ?
何故動いている?
そんな疑問が俺の中を渦巻いたが、考えとは別に、俺の体はがっしりとその犬を抱きかかえ。
まるでスパイアクションさながらに俺はその犬を抱きかかえながらゴロゴロと地面を転がった。
馬鹿か俺は。
なんで俺が地面を転がってるんだ。
犬なんて放っておけばいいのに。
ブヲン!!!!
俺のすぐ脇を車が走っていく。
危ねえな!!
なんで俺は命がけでたかが犬を助けてるんだよ!
「くそう、いてえ」
服はホコリだらけ。肘をしたたかに擦りむいている。
あちこち痛いまま、俺は立ち上がった。
足も少しひねったらしく、くるぶしがとても痛い。
不愉快だ。
心底不愉快だった。
この目の前の犬が不愉快だった。
何故自ら死ぬような行動をとる。
そしてこの犬の飼い主が不愉快だった。
何故犬のリードを外すんだ。しかもこんな道の近くで。
そして、一番に不愉快なのは。
そんな不愉快な存在を、無条件で助けている自分だった。
「クソバカ。犬のリード外してんじゃねえぞ」
そう言って投げるように犬を飼い主の子供に渡した。
子供は突然起きた色々なことにまだ頭が追いついていないのか何処かボンヤリとした様子だったが、犬を手渡されおずおずと口を開いた
「あ…ありがとう」
「うるせえ!てめえの為じゃねえ!」
不快感を押さえきれず、思わず怒鳴っていた。
目の前の子供は身を震わせ固まった。
「糞!」
そういって、俺は走りだした。
信号が青になったばかりの交差点を全速力で走り抜けた。
くるぶしがズキズキいたんだけれど構いはしなかった。
先日天地くんから逃げた時と同じだ。
少しでも早くその場から離れたかった。
不愉快で不愉快でたまらなかった。
一体、
一体俺は何から逃げようとしてるんだよ。
犬が不愉快だ。
子供が不愉快だ。
犬を助けている自分が不愉快。
そして。
そして何より。
『あ…ありがとう』
子供が言ったその言葉を。嬉しいと思ってしまった事。
それがたまらなく不愉快だった。
◆◆◆
次回予告
ヒーローの心を無くした筈の緑川。
しかし、彼の心の奥底で、嘗て燃え盛っていた気持ちは消えては居なかった。
それを認められない緑川は、なんと酒に逃げるという行動をとってしまう。
果たして彼の肝臓は耐えられるのか!
次回!ヴァルマ戦隊リゾフォルノンジャー!
「誕生リゾフォルノンジャー」
お楽しみに!
用語解説
・いまならセットキャンペーン。無料でシーザーサラダが付いてきます
今フォルノンジャーになると、とてもお得のようだ。
勿論緑川が本気にした場合に備え、ヴァルマ戦隊本部にはシーザーサラダが常備されている。
・伝書鳩
本来伝書鳩は鳩の帰巣本能を利用するので、送り届ける先で鳩を飼育する必要がある。
どうやら緑川の自宅で秘密裏に鳩が飼育されていたらしい。ひじょうに無駄な手間である。
・借金の取り立て
恐ろしいイメージがつきまとうが、意外と制約が多く。例えば夜9時以降は取り立てが出来ない等、常識の範囲内で行われる。勿論取り立てがルールを守るという前提ではあるが。
・野蒜
地下に球根を持ち、小さな玉ねぎのような形をしている。線形の葉を食べることもできるが、球根部分を食べる事が多い。
古来より食べられており、今でも食卓に上がる家庭は多いはず。『食べられる草』というよりは『山菜』と言ったほうが良いだろう。
・ケイドロ
ドロケイ・アッカンケイサツ・ドロジュン・助け鬼等呼び方は様々。
警察側と犯人側に別れてする集団鬼ごっこのようなものである。
・犬のリードを外す行為
犬好きの人には理解できないらしいが、犬嫌いにとってこの行為はとても恐ろしいことらしい。
筆者は犬が嫌いではないが、家族に犬嫌いがおり、彼はリードを外したまま散歩をする人に対し聞こえる声で常識がないと言い放つ。
・『オテ』
犬に教える芸の中で一番メジャーな物。自分の差し出した手の上に犬が前足を乗せるというもの。