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第3話 哀愁喫茶溶鉱炉

 夏もやっと本気になり始めたらしい。

 草木生い茂り、虫の声も聞こえるようになってきた。


 温かいというより暑いと言うにふさわしい陽気。

 

 そんな陽気の中。

 

 ある場所。

 あるビルとビルの隙間。

 建物同士の隙間に、ちょっとしたスペースがあった。

 それこそ、地図にも載っていないような。入り組んだ場所。

 

 その小さな場所に置かれた一枚の看板の前に、俺は一人立っていた。

 

 小さな看板。

 古臭いレイアウトに、色あせた文字。

 所々欠けたその看板にはこう書かれていた。

 


 喫茶 溶鉱炉。


 この大凡ふざけた名前の喫茶店。

 そこには沢山の思い出が詰まっていた。


 喫茶溶鉱炉はフォルノンジャー達の基地だった。


 正確にはヴァルマ戦隊の本部は別にあって、この喫茶店は数ある施設の内の一つでしか無かったのだが、それでもフォルノンジャー達が一番に長い時間を過ごしたのがこの喫茶店だった。

 フォルノンジャーの正体を隠すためのカモフラージュ施設ながら実際普通の喫茶店として機能していたし、そして普通の喫茶店というからには相応に居心地が良かったのだ。


 店の中にはいつも髭のマスターが居て、本当はその人はヴァルマ戦隊を統括する本部の偉い人だったのだが、それでも何時もその店ではマスターとして働いていたし。フォルノンジャーのメンバー達もその人の事をマスターと呼んでいた。


 優しく笑顔を絶やさないマスター。

 ジャズとクラシックが入り交じったBGM。

 時代遅れのメニューと、何処か間違った内装のコーディネート。

 そんな昔ながらの喫茶店を、フォルノンジャーは…少なくとも俺は愛していた。


 最後にこの店に来たのは何時だったか。

 たしか俺がこの店に寄り付かなくなったのは、フォルノンジャーが解散するよりも少しばかり前。

 マスターがゲルニッカーズに殺されたその日からここには来ていない。

 

 恐らくもう一生来ないだろうと思っていたこの場所に久方ぶりに来たのは、久しぶりにフォルノンジャーの名前を他人の口から聞いたからかもしれない。

 何となく。

 

 何となく来てみようと思った。

 

 

 あれから、店がどうなったか、少し気になっているというのもあった。

 恐らく、店は潰れているだろうと思っていた。

 最悪、更地になって、その痕跡すらなくなっているのでは無いかとも思っていたが。

 

 ところがどっこい。

 

 

 店はまだあった。

 

 

 しかも、何の冗談か、それは、在りし日の姿のまま。

 看板にはライトが灯り。

 そして、店の入口には嘗てマスターが自作した「OUPUN」という綴りの間違った看板が掛けられている。

 



 その看板を見た時。

 

 つい、体が自然に動いてしまった。

 それは嘗ての習慣がまだ俺に残っていたからかも知れない。

 あるいは、ただ懐かしさに体を動かされたのかもしれない。

 

 無意識の内に、その喫茶溶鉱炉の扉を。

 

 

 俺は開いてしまった。

 


 懐かしいカランカランというベルの音が響く。

 

 

 

 そして

「いらっしゃいま・・・」

 扉を閉めた。



 なにやら嫌な予感がした。

 というか、予感以前に嫌な事実が目に入った。

 出来ることならば会いたくないと思っていた人物がそこに居たような気がした。

 天地くん的な人が見えた気がした。


「帰るか」

 だから俺はそう言ってそそくさと帰ろうと…

 

「待って!待って!」

「ぐあ!」

 気がつくと、腰をがっちりと捕まえられている。

 それはもう渾身の力でもってがっちりとホールドされていた。

 お前、さっきまでカウンターの向こうに居ただろ。どんなスピードだよ!

 

「離せ、とにかく離せ!!」

「離しません、絶対に離しません!! 

 まるで万力のごとく俺の体がホールドされる。

 

「それ何でおまえが!お前がこの店に居るんだよ」

 俺の腰にしがみつく男。なんで、現ヴァルマ戦隊長官であるはずのお前がこの店のカウンターの中に居たんだよ!


「だって今は此処は今では僕の店ですよ、知らなかったんですか?」

「知ってたら絶対に来なかった!!」


 しまった。

 もう少し良く考えれば、当然解ったことだ。

 此処は喫茶店のようだが、同時にヴァルマ戦隊の基地の一つである。

 廃棄されない限り、此処には誰かしらヴァルマ戦隊の関係者がいるのは当然のことである。

 

 そんな店にホイホイ入れば、面倒なことになるのは当然だ。 

 なのに、俺ときたら。

 懐かしさに負けて、つい店の扉を開けてしまった。


 しかし、関係者が居るのは当然にしても、何でこいつがマスターをしてるんだ?ヴァルマ戦隊長官ってそんなに暇なのか?


「ほら、ささささ、入って、入って下さい。大丈夫、なんにもしないから。休むだけ。ちょっと休むだけですから」

 俺の腰をグイグイと引っ張りながら天地くんがそういった。

 どこからそんな力が出るのか、人より体力の有るはずの俺を、ズルズルと店の方に引っ張っていく。

「おまえのその言葉が寧ろ不安を助長させるよ」



 かくして、俺は引きずられるようにして、嘗ての古巣へと連れ込まれるのであった。

 

 

◆◆◆◆

 

 店の中。

 そこはまるで18年前のまま、時間が止まっているようだった。

 古ぼけたカウンター。ビニール椅子。

 シミの付いたメニュー。趣味の悪い小物が沢山置かれている。

 レコードプレイヤーからは、ジャズが流れ。

 時折、水飲み鳥が、水を飲む音が店に響く。

 

 しかし、昔と違う所もあった。

 

 まず、なんといってもカウンターにマスターの姿が無いことだ。

 次に、テーブル席でいつも騒いでいたフォルノンジャーの姿が無い。

 

 

 そして、一番の違いは。

 いつも俺達フォルノンジャーが座っていた場所で。

 3人ほど、見知らぬ人間がナポリタンを食っていることだった。

 

 

 

「だれ?」

 突然入ってきた俺の存在に驚いた様子で、3人の中で一番若い容姿をした少女がそう言った。

 

「むしろお前らが誰だ?」

 初対面の人間に対し、開口一番に「だれ?」は失礼じゃないか?

 最近の若者は皆こんな感じか?


 俺が天地くんの方を見ると。天地くんはその3人を指さして言った。

「彼らは、新しいフォルノンジャーのメンバーです」



「「「「!!??」」」」

 天地くんのその言葉に、俺とその3人は驚愕した。

 

 俺の驚きは、純粋にこの3人の若人が新フォルノンジャーであることに対する、驚きだ。

 なんだ、ちゃんと新メンバーを集めてるんじゃないか。

 俺にフォルノンジャーをやれなんていうからてっきり人材が集まっていないのかと思ったのだが、そんなことは無いようだ。

 しかし、俺にしてみればこれは良いことである。新しいメンバーがこうして集まっているのならば、俺はもうフォルノンジャーをする必要性は全くなくなる。

 嬉しいサプライズである。

 

 

 一方店に屯っていた3人が驚いた理由は。

「ちょちょちょ、マスター。それ、言っちゃっていいの!?」

「僕らの正体は秘密の筈じゃ…」

「しんじられなーい」


 なるほど。彼らの驚きはもっともだ。

 フォルノンジャーの正体は今も昔も秘密である。

 それこそ親兄弟にすら秘密にするほどのトップシークレットだ。

 そのトップシークレットを突然入ってきたオッサンにアッサリとバラせば、驚くのも当然である。


「いいんですよこの人は」

 そういって天地くんは俺をカウンター席へ誘導する。

 3人はぽかんとした様子でその様子を見ていた。


「緑川さんコーヒー派でしたっけ?」

 カウンターの後でゴソゴソとやりながら天地くんが言った。

「別に何でも良いよ・・・って言うか、この店にコーヒー以外の飲み物なんて無いんじゃないか?」

「いや、さすがに喫茶店ですから、紅茶とかラテとか、最低限の飲み物はおいてありますよ」

 そう言われて俺は首を擡げた。

 果たしてそうだっただろうか。記憶にある限り、この店にはコーヒー以外の飲み物は無かったように思う。少なくともラテなんてハイカラな飲み物は無かった筈だ。


「アメリカンでいいですか?」

「さあ、コーヒーの種類なんて知らんし。まあ、何でも良いよ」

「ちょっと、ちょっと!なんか、俺らを無視してコーヒーの話とかしてるけど!だから、オッサンは誰なんだよ!」

 3人の内、赤い服を着た青年が叫んだ。

 初対面でオッサン扱いとは、なんて失礼なやつだろう。

 たしかに事実ではあるが、それを堂々と口にするのは如何なものか。 


 俺のそんな不機嫌を他所に、天地くんはコーヒーを用意しながら良くぞ聞いてくれたと言った様子で不敵に笑った。

「ふふふ、この方ですか。いいでしょう。お教えしましょう。

 この方、この方こそ先代フォルノンジャー!

 緑川良太さん!

 あの!最強で最高のフォルノンジャー!!フォルノグリーンその人なのです!」

 興奮した様子で天地くんは俺のことを彼らに紹介するが。

 生憎と3人の反応は天地くんとは対照的に冷めたものだった。


「いや、『あの!』って言われても、俺18年前は赤ん坊だし」

「正直記憶にないというか…」

「私はまだ生まれてない」


 3人に微妙な雰囲気が流れている。

 そりゃそうだ。彼らの反応は当然だ。

 物心のつく前に活躍したヒーローなんて、覚えている方がおかしい。

 むしろ、彼らに対して、こうも仰々しく俺を紹介する天地くんのほうが間違っている。


 しかし、天地くんはそんな彼らの反応が大層不満だったようで、わかりやすくその顔を歪めた、

「全く、あなた達それでも新生フォルノンジャーですか!?」

 何故か彼はそういって怒るが。その怒りは理不尽と言うものだ。

 そもそも、俺達が解散して、嘗てのフォルノンジャーの正体は完全に闇に葬られた。

 たぶんヴァルマ戦隊本部にあった資料もその大半を機密保持の目的で処分しているだろうから。彼らが昔のフォルノンジャーを知っている方がオカシイだろう。

 

「えっと、よくわかんねーけど。オッサンは、昔フォルノンジャーだったってこと?」

「まあ…そうだよ」

 赤服の坊主に俺はそう返す。


「なるほど、僕達の先輩と言うことですね」

「オジサン凄い人だったんだね」

 3人は俺がこの店に入ってきたことに、やっと納得出来たようで、しきりに頷いていた。


 そこで話が終われば良かったんだが。

 なぜかヒートアップした天地くんが語り始めてしまった。

 

「良いですか?先代フォルノンジャーはですね。ソレはソレはもう凄い戦隊だったんです。もう、最強で最高の、無敵戦隊だったんですから」

「それは言いすぎだからな?」

 確かに、誰にも負けはしなかった。

 だが無敵戦隊は言いすぎだ。怪人との戦いでは何度もピンチに陥ったし、負けそうになったことも多々ある。

 あの戦いを勝ち抜けたのは、ちょっとした奇跡みたいなもんなんだ。

 

「迫り来る怪人たちをバッタバッタとなぎ倒し。それはもう凄い強さで怪人をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。何百もの怪人を屠り、悪の総帥ゲルニッカー総統を片手一本で打ち倒した、あの雄姿!」

「いやいやいや、誇張が入りまくってるぞ。そんな簡単に倒してないから、めちゃくちゃ苦労したんだから、っていうか、お前俺らが戦う所を直接見たこと殆どねーだろ」

 お前の目の前で戦ったことは数えるほどしかなかったはずだぞ?しかもその時って結構苦戦していたはずだ。


「たとえ直接見てなくても、僕にはわかります、緑川さんがその、正義の力で安々とゲルニッカーズを倒していくところを!」

「それ、俗に妄想って言うんだぜ?」

 だめだこいつ、はやくなんとかしないと。


「いいですか皆さん?この、此処にいる緑川さんこそ!あなた達が目指すべきヒーローの姿なんです!」

「…違うからな?」

 まさか、天地くんの言葉をそのまま鵜呑みにするとは思えないが、一応勘違いされても困るので、俺は3人の方を向いてそう言っておく。


 3人は、あまりにもヒートアップした天地くんの様子が珍しいのか、ぽかんとした表情で俺らを見ていたが。ここでその言葉を否定すればさらに彼がヒートアップすると理解したんだろう。

「ま…まあ、すごかったんだろうな」

「たしかに、修羅場をくぐってきたんでしょうね」

「オジサンスゴーイ」

 そう言って、天地くんの言葉をとりあえず肯定していた。


「わかればいいんです」

 そう言って、天地くんは満足そうに頷いた。


 が、俺はとても居心地が悪い。

 何で天地くんこんな露骨なヨイショをされた上に、それを若人に無理矢理肯定されているんだろう。

 なんだか、けなされる以上に惨めな気持ちになった。

 

 

 

◆◆◆◆◆



「どうぞ」

 そういって、俺の前にコーヒーが差し出される。

 黒いその液体からは芳醇な香りが立ち上り、俺の鼻孔をくすぐる。

 

 俺は一口それを口に含んだ。

 

「美味いな」

 其れはお世辞では無く、俺の心からの本心だった。

 そのコーヒーは、コーヒーの味をよく知らない俺にしても美味いと思わせる程に美味い。

 此処までのコーヒーを淹れるのは生半可なことでは無理だろう。きっと相当の努力をしたに違いない。

 

 思えば彼は昔からこういう男だった。


 天地くんは何時もがむしゃらに努力するのだ。

 どんな些細なことも、どんなふざけたことも、誰よりも愚直に、まじめにこなすのだ。

 少年探偵団の中でも、この男が、一番にまじめにそして真剣に取り組んでいた。


「で…新しいメンバー、なんだかんだで集めていたんじゃないか」

 テーブル席の3人を見ながら俺は天地くんにそう言った。

 

 最初俺のところに勧誘に来たときは、彼の長官としての資質をおおいに疑ったが、しっかりとやることはやっていたようだ。

 復活したゲルニッカーズに備え、ちゃんと新しい戦隊を組んで居る。 


「一応まだ仮なんですがね。新生フォルノンジャーを作るべくヴァルマエネルギーの適合者を見つけて訓練しています、ああ、そうだ、紹介がまだでしたね。

 ええっと、左から新レッドの檜山毅郎くん」 

「おう!」

 赤い服を着ていた坊主が返事をした。

 年は成人して間もない位だろうか。

 3人の中では一番体つきがしっかりとしていて強そうだ。

 元気もいいようだし、リーダーとしても心強そうだ。


「ブルーの海貝関戸くん」

「よろしくお願いします」

 その隣にいた、痩せ気味の青年が頭を下げる。

 年は隣の新レッドと同じくらい。

 頼りな下げに見えるが、体つきは華奢ではない。

 大人びた対応も好印象だ。

 

「イエローの横山イスカさん」

「どうもー!」

 背が低い女の子が元気よく声を出した。

 3人の中では一番若く見えるが、如何にも活発で元気な少女のようで見ていて気持ちがいい。


「この3人が今いる新しいヴァルマ戦隊の戦闘部隊です。しかし、正直な話、この3人だけでは心細くも感じています」

「マスターは心配性なんだよ」

「そうですよ、僕らだけでも戦えます」

「私達が居れば全然問題ないって」


 3人が天地くんの言葉を否定するが、俺としては天地くんの心配も最もだと思う。

 てっきり、彼ら以外のメンバーも揃っているのかと思ったが、どうやら新生フォルノンジャーの現在のメンバーは彼ら3人だけのようだ。

 俺達フォルノンジャーが嘗てゲルニッカーズと戦った時。俺達は5人いたが、それでもギリギリの戦いだった。

 たとえ優秀でも3人で立ち向かえるほどゲルニッカーズは甘い奴らじゃない。


 恐らく、猫の手だって借りたい状態なのだろう。

 それで俺みたいなオッサンを誘ったのか。

「まあ、メンバーが少ないのは確かにネックだが、ヴァルマエネルギー適合者は探せば他に居るだろう。そう悲観するものでも無いんじゃないか?」

 恐らく彼ら以外にも適合者は居るはずだ。俺なんかに声を掛けるより、他にヴァルマエネルギーを扱える人材を探し出せばよいだろう。


「しかし、人数の問題だけでは無いと思うんです。僕には、嘗てのフォルノンジャーにあって今のフォルノンジャーには無いものがあるような気がしてならないんです」

「そうか?」

 よく判らんが?


「緑川さんは、どう思いますか?嘗てのフォルノンジャーの目から見て。彼ら、現時点でヒーローとして合格ですか?」

 急にそんな質問をされてしまった。

 まあ、天地くんがそういうことを聞いてくる気持ちも解る。

 ヴァルマ戦隊長官と言えど、彼はまだ若いし、なにより実行部隊を組むのは初めてのこと。

 今、自分が育てた彼らがヒーローとしてどうなのか、気になるというのは当然の摂理なんだろう。


 此処で適当なことを言ってはぐらかすことも出来る。

 しかし、それをすると、この新フォルノンジャーのためにならないんだろう。

 これから命がけで戦うことになる彼らのためにも、俺は思ったことをそのまま口にした。

 

「まったくもって駄目駄目だな。話にならない」

「「「ええ??」」」

 突然の俺の発言に、3人は驚きの声を上げる。


「何で一目見ただけのオッサンにそこまで言われるんだよ!」

「僕達のこと何も知らないじゃないですか!」

「オジサン酷いよ!」

 3人が文句を言うが、駄目と言われるには当然として、理由がある。




「理由なら当然ある。まずレッド」

「んだよ!」

「お前、俺がこの店に入った時、こっちを見もしなかったな」

「ナポリタン食ってたんだよ」

「そりゃ、ナポリタンを食べたい気持ちもわかるが、俺がもしゲルニッカーズの怪人だったらどうしたんだ?」

「え?」

「この店はな、聖域か?中立宣言地帯か?違うだろ。この店だって安全じゃない。いつ怪人が攻めてくるかわからないんだ。もし、俺がフォルノンジャーの基地を叩くために送られたゲルニッカーズの刺客なら、お前は一番先に殺されてたぞ?」

 もう少し危機感持て。

 先代レッドは危機感の塊みたいな男だった。 

 いつも心は戦場にあるような。

 真面目で、熱くて、仲間思いで。

 気し過ぎなくらい、周りに気を配っていた。



「次にブルー」

「は…はい」

「君はそのテーブルに置いてあるのなんだ?」

「えっと、通信ブレスレットですけど?」

「それは肌身離さず持っとくもんだろ?通信ブレスレットはいざというときに武器にもなるんだ。

 何でテーブルに出しとくんだ。怪人が攻めてきた時、その手に無ければ意味が無いだろ」

 常に戦いに備えとけ。

 先代ブルーはそんなうかつなことはしなかったぞ。

 どんな不慮の事態が起きてもソレに対処できるように常に色々な用意をしていた。

 危機感が有りながら突っ走りがちなレッドをフォローするために、いつも色々な準備をおこたならなかった。


「最後にイエロー!」

「はひ!」

「君にはがっかりだ!」

「え!?」

「もうなんて言うか全てが駄目!」

「存在否定!?」

 だってお前、

 イエローは昔っから太めの大食漢でカレー大好きって相場が決まってんだよ。

 何で小さな女の子がやってんだよ!そしてナポリタン食ってんだよ。

 イエローがこの店で食べるのは、カレー以外にありえないだろ!

 

「そんなわけで、君等はこのままだとゲルニッカーズを倒すことは出来ない」

 俺はあえて厳しいことを言う。だが、これは彼らのことを思えばこそだ。

 

 彼らはまだまだ未熟だ。だがこれから強くなって行けば良い。

 この俺の厳しい言葉で彼らが奮起してくれれば良い。

 いや、奮起しなくてはいけない。

 これから彼らがする戦いは、慢心があっては生き残れない戦いだ。


 しかし。

 俺のその厳しい言葉は、どうにも俺の予想以上に3人を不愉快にしたらしく。

 赤い服を着た坊主が大声で怒鳴った。

「オッサン、さっきから言いたい放題言ってるけれど、アンタはどうなんだよ!

 俺らの戦う所見ても居ないのに、何でそこまで言えるわけ?

 嘗てのフォルノンジャーとは言うけれどよ、俺らその嘗てのフォルノンジャーての?

 知らねーんだよ。アンタは俺らより強いわけ?」

 

「たしかに、僕らの実力を知らないのに、言いたい放題言われるのは本意では無いですね」

「不愉快だあ!」

 他の2人も文句を垂れる。

 

「なんだったら今俺と差しで勝負するか?あ?」

 そう言って俺に詰め寄る赤服坊主。

 

 なんか、新レッドは不良っぽいんだが。

 これは人選間違えてないか?

 

 突然キレだした3人に俺が戸惑っていると、

 天地くんが

「ふむ、ソレもおもしろいかもしれませんね」

 なんてことを口走った。

 

 この男はつくづく変なことを口にする。


 面白い?

 俺とこの坊主が勝負することがか?


 嘗て、フォルノンジャーとして戦った俺と。

 まだ、実戦を経験していないこいつらとか?

 

「ふつうに考えて。勝負にならないだろ」

「…へえ」


 俺の言葉に赤い服を来た坊主が挑発的に笑った。

 

「面白いじゃないか、勝負になるかどうかやってみようぜ」

「あん?馬鹿かオマエ、何が楽しくてそんな事をするんだ?」

 わかってない。

 本当にわかってない。

 何が楽しくて恥をかこうとする?


「まあ、あなた達にとってもいい経験です。幸いこの店の前の広場にはまず人が来ません。店の前で緑川さんと模擬戦をしてみるのも良いでしょう。緑川さんには嘗てのフォルノンジャーの素晴らしさ。その鱗片をみせてもらいましょう」

「嫌だ」

 俺はにべもなくそう言った。


「……………見せてもらいましょう」

「だからヤダって」

「………………見せてもらいましょう」

「だから、ヤダっつってんだろ!?聞こうぜ!俺の意見!」

「この状況でそんな子供みたいな事言わないでください!状況的に見て、『ようし俺が手本を』…って状況じゃないですか!」

「そんな状況じゃねえよ!大体、おまえ何もしない、ちょっと休むだけって店に入る時言っただろうが」

「ここまでホイホイ付いてきて、それで済むわけ無いじゃないですか!わかってんでしょ!?」

「わかるかボゲェ!」




◆◆◆◆◆


 結局、俺は店の前で赤い服を着た坊主と戦うはめになってしまった。


 模擬戦だろうがなんだろうが、もう戦うなんて本当に嫌だったが、俺に拒否権はなかった。

 

 ヒートアップした赤い坊主は俄然ヤル気だし。

 他の2人も俺の実力を知りたいとしきりに囃し立てるし。

 天地くんに関しては相も変わらず俺の言葉に耳を傾けやしない。


 走って逃げようかとも思ったが、天地くんに地獄の底まで追いかけられそうだったからやめた。

 と、言うより諦めた。

 

 もう一々拒否するのもめんどくさくて。

 どうでもいいからさっさと終わらせたかった。

 終わらせて、早く帰りたかった。



「もうさっさとかかってこいや」

 目の前でやる気満々の赤坊主に俺はそういった。

 

 その言葉を挑発と受け取ったのだろう。

 坊主はわかりやすく怒り、そして俺に向かってきた。

 

 短気なことだ。

 まあ、そこは先代のレッドも同じく短気だったが、それでも怒りに身を任せて攻撃するようなことはなかった。

 怒ればこそ冷静になるべし。


 やはり、この目の前の新レッドは駄目駄目である。

 

 

 

 


 そして次の瞬間には勝負が終わっていた。

 

 読み合いも、駆け引きも、殴り合いも、無い。

 

 

 一瞬で勝負は終わった。







 そして、地面に崩れ落ちる。 







 俺。

 




 

「よ…弱い」

 驚いた様子で赤服のガキが言った。

「だから言っただろう。勝負にならないって。常識で考えて、オッサンが若人に勝てるわきゃねえだろ」

「勝負にならないってそういう意味!?」


 他にどういう意味が有るっていうんだ。

 だから俺はさんざん嫌だって言っただろうが。

 何が楽しくて、恥をかくと解っている勝負をしなきゃいけないんだ?

 

「なぜ年上を虐めてんだお前ら。告訴するぞ」

 マジで。法に訴えるぞ。


「なあマスター、これが本当に最高のヒーローなのかよ」

「レッド、口が過ぎるよ。年齢を重ねれば体力が落ちるのは当然だし。最高のヒーローだって年を重ねたら衰えるのはしかたのないことだって」

「おじさん…弱い」

 餓鬼共が三者三様に言いたい放題だ。

 なぜ俺がこいつらにこうも罵倒されなくてはいけないんだ。


 まあ良い。

 

 兎に角。兎に角だ。

 俺は天地くんの方を向いてこういった。

「まあ、これで解ったろ?俺なんざ不要なんだよ。これからのヒーローに俺みたいなオッサンは要らない」


 俺がもうヒーローと関わらないと言った理由。

 もう、俺はこれ程に衰えているんだ。

 予備戦力どころか、足手まといにしかならない。

 それを目で見て、今理解しただろう?


「そんなことはありません!」

 天地くんの声が響いた。


「たとえ体力がなくても、貴方の経験が、そして、貴方の心が!絶対に新生フォルノンジャーには必要だと!私は信じています」

 呆れを通り越して凄いと思った。

 

 どうして、彼はこうも俺のことを評価出来るんだろう。

 地面に横たわる俺を見て。

 こんな惨めな姿の俺を見て。

 どうしてまだ俺が必要だと。そう言えるんだろう。

 彼のその思い込みの激しさはもう凄いとしか言いようが無い。


 しかし、ソレがとても悲しかった。

 こんな俺を、彼が評価してくれることが悲しかった。

 おれはそんなに凄い人間じゃない。


 なんだか、俺の嘗ての行動が、目の前の青年の人生を狂わせてしまったような気がして。

 俺は妙な罪悪感を感じていた。



「うるせー、信じようが信じまいが、俺はもうヒーローは無理なんだよ」

 そう言いながら俺は立ち上がる。

 

「イテテテ、クソ、手加減なしで殴りやがって、もう少し年上を労るとかそういう配慮しろよこのクソバカども。やってられるか。もう帰る!」

 殴られた頬をおさえながら、俺はその場を後にしようとした。

 

 いや。

 逃げようとした。

 

 なんだか、天地くんの言葉を聞くほどに、自分の中の罪悪感が増していくような気がして。

 少しでもはやく、その場を後にしたかった。

 


 ただ、帰る前に一言。言っておこう。

「とりあえず、これだけは言っておくからな」

 そう言って、俺は年下共の方を向いた。






「お前らみんな大嫌いだ!こんな店二度と来るか、バーカ、バーカ、バーーーカ!!」

 そう言って俺は家路に向かって駆け出した。




「なあ、マスター。大人ってあんなにも惨めになれるものなんだな」

 俺の後方からそんな声が聞こえた。


 ああ、惨めだ。

 

 

 

 惨めで何が悪い。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 次回予告


 平凡な生活を熱望する緑川。

 しかし、そんな緑川にヴァルマ戦隊の魔の手が忍び寄る。

 ストーカーと化した天地に対して緑川がとった行動とは!


 次回!ヴァルマ戦隊リゾフォルノンジャー!


 「オッサンの一日」

        お楽しみに!

 


 

用語解説


・喫茶溶鉱炉

 ありえないネーミングセンス。

 しかし、これには一応理由がある。

 溶鉱炉はフォルノンジャー用の施設であると同時に世を欺くために喫茶店としても機能している。

 しかし、喫茶店として機能していると、一般のお客さんも入ってきてしまう。

 フォルノンジャーの秘密を守るためには、一般客の存在はひじょうに邪魔である。

 そこで、溶鉱炉という、入ることを躊躇させるような異様な店名になっているのだ。


・「OUPUN」の看板

 まさかのローマ字。

 この看板の異様さからも、かつてのマスターの人柄が伺える。


・アメリカン

 薄いコーヒーと勘違いする人もいるが、本来浅煎りのマメで淹れたコーヒーのこと。酸味が強いのが特徴。


・ヨイショ

 おだてられ、もちあげられる様子。

 

・赤い服を着た坊主

 名前を教えてもらっても、オッサンはすぐには覚えられない。

 結局今後当分は新レッドこと檜山は、主人公にとって『赤い坊主』として扱われる。

 

・イエローは昔っから太めの大食漢でカレー大好き

 実は戦隊物でイエローが太めの大食漢でカレー大好きである比率はかなり低い。

 それなのに、このイエローのイメージを持つ人間は結構多いようだ。

 純粋にイエロー=カレーの色という連想もあるのだろうが、一番の理由は、戦隊ヒーローの元祖のイエローがそういうキャラクターだったからだろう。



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