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第2話 それいけ少年探偵団

 初夏の陽気も深まって、もう初夏というより夏本番に入りかけていた。

 風はますます熱気を帯びて、生ぬるい風が頬を刺す季節。

 とある場所にあるとある汚いアパート。

 

 俺はその一室で、肉体労働で疲労した体をゴキゴキと鳴らしながらビールを飲んでいた。

 

 あの死にかけた日。

 あの日から、がむしゃらに働いた。

 もう二度とあんな悲劇が繰り返されないように。金を貯めるべく働き続けた。

 おかげで貯金も多少増えたし、こうしてビールを飲む余裕もある。

 命があるって素晴らしい。

 

 思えば嘗てフォルノンジャーだった時、日々命の素晴らしさを感じていたはずなのに、平和な生活で忘れてしまっていた。

 ああして死にかけて改めて思い出す、命の尊さ、素晴らしさ。

 ああ、平和って素敵だ。

 少なくとも、多少の金銭があるならば。

 

 そんなことを考えながら俺はもう一口ビールを口に入れる。

 美味い。

 冷えたアルコール飲料が五臓六腑に染み渡る。

 俺の体は幸福に打ち震え、歓喜の渦に巻き込まれる。


 そして、俺がそんな幸福の余韻に浸っている時。

 

 

 ピンポーン。

 

 

 玄関のチャイムが鳴った。


「おう、こんな時間にだれだろな」

 そう言いながら、俺は立ち上がり、玄関の扉を開ける。

 するとそこには中肉中背、青年の面影がどことなく残る若人。如何にも気持ちのいい若者と言うやつを具現化したような。そんな男が立っていた。

 容姿も整っており、どこぞのモデル事務所に所属していると言われても違和感のないような男。

 そこそこに高そうなスーツをピリッと着こなしていた。

 

「お久しぶりです!」


 そう言って彼は俺に対し頭を下げた。

 その動きときたらとても綺麗で、頭を下げるという行為なのになんだかとっても様になっていた。

 

 そして、そんな彼に対して、俺の抱いた想いはただ一つ。

 

 即ち。

 

 

 

 誰だ?




 全く記憶にない。

 見たこと無い。

 何処かで会っていればこんなに整った容姿の若者を忘れるはずがないのだが。

 

 そんな俺の困惑を悟ったのか、目の前の男はこう言った。

「あ、僕ですよ、僕…」

 僕って誰だよ。

 僕僕詐欺か?

 金ならないぞ?


「…僕です天地です」

「天地?」

 

 その名前に何処か聞き覚えがあった。

 なるほど、何処かで会っているのだろう。

 

 でも誰だったか。


 聞いたことは有るはずなのに、ソレが何処の誰だったのかが出てこない。

 いかんな年を取ると人の名前と顔が思い出せなくなる。

 

「えーっと、あ、天地って確か~…」

 とりあえず探りを入れよう。

 頭を抱えて必至に思い出す素振りを見せれば、向こうの方から何処何処で会ったとかなんとか言ってくれるだろう。

 

「ええ、その節はお世話になりました」

 どの節だ。


「しかし…久し振りだね」

 よし、この言葉で彼とどれくらいぶりに会うのかを引き出そう。

 

「ええ、本当に」

 引き出せない。

 此処はそうですね○○年ぶりくらいですねとか言うべきところだろ。

 なに肯定してんだよ。

 

「最後に会ったのは何時だったかなあ」

 ちょっと深めにつついてみるか。

 最後にあった日が解ればさすがに思い出すはずだ。


「ええっと、さあ、何時でしたっけ?」

 知るか!

 それが知りたくてこっちは質問してんだよ!!

 何だこいつは!

 何処の誰だ!

 ええい、埒があかない。

 

「まあ…立ち話もなんだから部屋に入る?」

「あ、良いんですか?」

 良くないよ。ホントは。

 何処の誰かも知らない奴を入れたくないよ。

 でも、お前が誰かがわからない限り下手げに扱うこともできねーんだよ。

 お前を邪険に扱って、日雇いのバイト先の社長の息子でしたとかだったら、今後のバイトライフが潰れるだろ。


 俺は渋々彼を部屋の中に招き入れる。

「ままま、汚い部屋だけど」

 ちなみに、これは謙遜ではなくて事実である。

 

 俺の下宿するアパートはお世辞にも綺麗な部屋とはいえない。

 畳はボロボロに擦り切れてるし、壁紙も黄ばんでいる。

 だいたい、俺にしてもきれい好きというわけではなく。男やもめだ。

 ゴミ屋敷とは行かないまでも部屋は相応にして散らがるのが道理と言うものだろう。

 

 しかし、そんな散らかった部屋に、男は嫌な顔ひとつせず笑顔で入室した。

「あ、おじゃまします」

 そう言って部屋に入る彼。

 笑顔がこれまた憎らしいくらい似合っている。


 どうぞどうぞと、彼をちゃぶ台の前へと誘導するが、そこでこの部屋に座布団なんて小粋なものが無い事実を思い出した。

 しかたがないのでそこら辺に干してあったバスタオルをたたんで彼の前に置く。

「あどうぞ、座って座って」

「ああ、どうも」

 男はそのバスタオルの横に正座した。

 正座するその姿もピシっと背骨がまっすぐで憎らしいくらい様になってる。

 

 しかし本当に誰だっけ。

 親戚…じゃ無い。

 バイト先で知り合った奴でも無いと思う。

 あとは…近所の飲み屋の常連…でも無いなあ。

 

 こんな整った容姿の人間は一度見たら忘れないと思うのだが。

 こうして顔をつけあわせていても一向に思い出す気配がない。

 俺は脳内を必死で検索しながらもそれを彼に悟られ無いように、極めて平静を装う。

「まあ何か冷たいものでも…」

 そう言いながら俺は冷蔵庫を開けて飲み物を準備する。


「ゴメン麦茶で良い?あと飲み物はビールしか無いけど」

 どうしてもと言うのならば目薬もあるが。

「いえ、お構いなく」

 彼はそう言って頭を下げたが、此処で言葉通りに彼を構わないで居られるほどに馬鹿でもない。

 とりあえず麦茶をコップに注いで彼の前に差し出した。


「あれ?変わった形のコップですね、何処かのブランド品ですか?」

「それカップ酒の容器?」

 残念ながらコップの類はそれしか無いのだ。

「カップ・ザ・ケノョーキですか?初めて聞くブランドですね」

「…」

 まあいいや。


「いやーしかし本当に久しぶりだ、一瞬誰かわからなかったよ」

 とりあえず再度探りをいれてみる。


 この探りで間違いは無いはずだ。

 久しぶりと言うのは彼の受け答えから事実であるらしい。

 で、俺が思い出せないということはそれなりに容姿が変わっているのだろう。

 髪型か、格好か、兎に角、前に会った時は今と違う様相だったに違いない。


 青年よ。君は一体何物なのだ。

 

「そうですね、前あったときは僕まだ小学生でしたもんね」

 へえ…。

 小学生かあ。

 

 

 

 って、小学生!?

 見覚えが無いはずだ。

 だって前に会った時は子供だったんだもん。

 青年に成長すれば見覚えなんてあろうはずがないじゃないか。

 っていうかこの眼の前の男は小学生以来会って居ない人間に対して「僕です、僕」で思い出して貰えると本気で思ったのか?

 どうにも彼の感覚が理解できない。

 彼は見た限りでは20代の中盤と言ったところだ。そんな彼が小学生となると10年以上は前になるはずだ。

 見覚えがないほうが普通だ。思い出せなくても致し方なし。

 それなのに当然こっちが覚えていると、どうして彼は考えられるんだ?

 そんなに俺と親密な関係だったってことか?

 

 ん?

 

 親密?少年?

 

 

 

 

 

 その時。俺の脳内で一件の検索結果が見つかった。

 

 

 

 あ!!!!!!!

 

 天地って!あの天地か!


「天地くん!?」

「はい!?」

 そうだ!完全に思い出した。


「いや、天地くん久しぶりだね!!」

「え?…え、ええ」

 そう、天地だ!

 天地くん。

 確かに面影がある。


「しかしでかくなったねえ。まあ当たり前だけど」

「ええ、本当にその節はお世話になりました」


 そう言って再度頭を下げる彼。

 天地くん。

 確か名前は星夜だったかな。天地星夜。

 

 嘗て、フォルノンジャーと共にゲルニッカーズに立ち向かった。少年探偵団、元副団長だ。

 

 

 少年探偵団。

 ソレは、元々子供の遊びでしかなかった。ただ日々、探偵ごっこに興じる子供たちの集まり。

 しかし、ある日彼らが悪の組織ゲルニッカーズの怪人に関わってしまってから、彼らの探偵業は遊びの域では済まなくなった。

 少年探偵団はその行動力と運命のイタズラから、社会に潜むゲルニッカーズの怪人の正体を突き止めてしまったのだ。

 そして、その怪人を調べる内に、フォルノンジャーの正体をも知るに至る。

 こうして、少年探偵団は、悪の組織ゲルニッカーズと、俺達フォルノンジャーの戦いに巻き込まれてい行く事になった。

 時に彼らはゲルニッカーズに捕まり人質として扱われ、俺達を困らせた。

 時に彼らはゲルニッカーズの秘密基地の場所を見つけ、俺達ですら出来ないような大金星を上げた。

 フォルノンジャーの心配の種であると同時に心強い味方。

 それが少年探偵団だった。

 

 そして、その少年探偵団の副団長をしていたのが彼。

 天地くん。

 いつも少年探偵団の団長であるガキ大将の一歩後ろをひっつき歩いていた、大人しい少年だった人物だ。

 団長の影に隠れがちな、縁の下の力持ちで有るところの少年探偵団副団長。

 そして元々フォルノンジャーで一番地味なポジションで有るところのフォルノグリーンこと俺。

 何となく気が合うのか、俺と彼とは妙に話が合ったのを覚えている。


 そんな彼が、こうして久しぶりに会いに来てくれたことはとても嬉しかった。

 しかし、一つだけ疑問がある。

 

 ソレは。

「でも、どうして俺の住処が解ったんだ?」


 フォルノンジャーのその後は誰にも知らされていないはずだ。

 それこそメンバー同士ですら、皆が今何処に住んでいるのか知らない。

 いくら元少年探偵団とはいえ、それを調べるのはまず無理なはず。

 それを彼がどうやって知り得たのか。俺は不思議に思った。


 俺の質問に対して、彼は恥ずかしそうに頭を掻くと、はにかみつつこう言った。

 

「実は、僕、ヴァルマ戦隊に入ったんです」

「え?」

 危うく、右手に持つビールのカンを落としそうになった。


「あ、どうぞ、これ名刺です」

 そう言って彼が俺の前に名刺を一枚差し出した。

 

 『ヴァルマ戦隊 長官 天地省吾』

 

 あ、名前、星夜じゃなくて省吾か。全然違った…

 

 

 

 

 っていうか長官!?

 

「長官!?」

「はい」

「長官って、あの長官?ヴァルマ戦隊トップってこと?一番偉いって事!?」

「ええ、まあ」

 恥ずかしそうに天地くんが答えた。

 

「へえ。凄いね。若いのに。いや凄いわ」

 ほんとに凄い。

 

 ヴァルマ戦隊は確かに大きな組織ではないが、それでも結構重要な組織で。それこそそこで働いているのはお偉い人たちばかりだったような記憶がある。

 そんな場所でトップになる。

 生半可なことでは無理なはずだ。

 

「いや、といっても、今のヴァルマ戦隊は前に比べればずっと小さな組織なんです。平和な世の中になって、仕事も無いですから当然ですね。僕も長官なんて言いながら、やってることはほとんど雑用ですよ」

 

「いやいや、それでも凄いよ。そうかあ、長官になったのか」

「ええ。まあ」

 俺の言葉に、天地くんはますます恥ずかしそうにする。


「ん?じゃああのクール便は、君の判断?」

「ええ?届いたんですね?」

「ああ、ケーキは美味しく頂いたよ」

「じゃあ、あの手紙も読んでいただけましたね?」

「破り捨てた」

「え?」

 驚きの声を上げる天地くん。

 

「ソッコーで破り捨てた、中身は読んでない」

 ケーキは食った、手紙は捨てた。


「えええ?」

 天地くんは信じられないといった表情をしていたが、俺としては当然の行動だったと思う。

 むしろ、命の危険がなければあのケーキだって食べはしなかった。

 

「そりゃあ破り捨てるだろ。今更、手紙なんぞもらっても困るよ、マジで」

 できるだけ冷たく俺はそう言い放つ。

 

 そう。

 俺たちはもうフォルノンジャーじゃない。

 今の俺は一般人、緑川良太だ。

 そこにヴァルマ戦隊なんて差出人の届け物が来たとしても、それを快く受け取れるなんてできようはずがない。


 今更過ぎる。

 これが、例えば、退役フォルノンジャーへの恒例の特典で、毎年絶対にケーキが贈られます!…とかだったら俺の反応も違っただろう。あの手紙も快く読んだかもしれない。

 しかし、実際には今までそんな特典はあった試しがない。

 18年ヴァルマ戦隊本部は俺たちとは何の関わりも持たなかった。いやそれどころか、そういった行動を取ることを禁忌として扱った。俺たちがヴァルマ戦隊の本部、あるいはその関係者と持つことを一切禁止したのはヴァルマ戦隊本部自身の判断だ。

 社会に出るに当たって職業訓練のサポートも無し。

 仕事の斡旋も無し。

 雀の涙の退職金を渡され、ハイそれまでョ、そして二度とヴァルマ戦隊に関わるなと、ソレはまるでアッサリと俺達を捨てるが如く俺達との縁を切ったのだ。

 しかも、フォルノンジャー同士の接触まで禁止と来た。

 おかげで当時のフォルノンジャーのメンバー同士で交流を持つことすら出来やしない。


 まあ、その理由は俺達や社会全体の混乱を防ぐためと言うのはわかる。

 俺達が元フォルノンジャーと、いや、フォルノンジャーでなかったとしても、元ヴァルマ戦隊所属だったと周りの人間に知られれば、大変面倒な事態になるというのは当時若かった俺にも十分に理解出来た。

 それくらいフォルノンジャーの社会に対する影響力と言うのは強かったんだ。そういう意味で、彼らの非道に思える処置も仕方のないことだったんだろう。

 

 だから我慢できた。

 たとえもうフォルノンジャーと関わりが持てなくても。

 たとえもう嘗ての仲間とあえなくても。

 たとえ惨めな生活に落ちぶれても。


 それこそが混乱を呼ばないためだと。

 俺がヒーローに関わらないことこそが、社会の秩序のため、平和のためなのだと思えばこそ。

 

 俺は我慢し続けられた。

 

 なのに、なのに。

 なんで今さらヴァルマ戦隊の方から俺達に接触してきてるんだよ!!!

 あの手紙の差出人を見た時、そんな怒りが俺のに膨れ上がった。

 そりゃあ、手紙ぐらいビリビリにやぶきますよ。


 そんな俺の感情を表情から読み取ったのか、天地くんは少し悲しそうな表情をした。

「すいません、僕が無配慮でした」

 そう言って彼は俺に対して頭を下げる。

 つくづく出来た青年である。

 

 思うに、別に彼に悪意はなかったのだろう。

 大体、ヴァルマ戦隊が俺達と縁を切った時、彼はまだ子供だったのだ。

 彼としては、ただ誠心誠意、嘗て知り合いだったフォルノンジャーに接したに過ぎない。

 俺の怒りのほうが理不尽なんだ。

 それなのにこうして俺に頭を下げる。 

 これじゃあ、まるで俺のほうが子供じゃないか。

 

「良いよ、別に怒ってるわけじゃあ無いんだ」

 そう言って俺は笑った。

 寧ろ悪いことをしたと思う。

 今のヴァルマ戦隊の長官が彼だと知っていれば、恐らく破らずに中身を読んだはずだ。


「いえ、お怒りは当然のことだと思います。

 あなた達フォルノンジャーは一般人になった。いやそうさせられていた。

 18年も一切の関係をヴァルマ戦隊が禁止していた。なのに、突然こちらから一方的に手紙を送りつける。

 正直、怒鳴られても、殴られても文句は言えません。 

 今の貴方はヴァルマ戦隊とは無縁です。ソレは理解しているつもりです。

 しかし。

 それでも、それでも貴方に連絡を取る必要があったんです。

 手紙を出したり、僕が直接ここに来たのも。ある『理由』からなんです」


「理由?」



 俺のその言葉に、天地くんはその表情をキッと結んだ。

 そして、その真面目な表情で、言いにくそうに、しかしハッキリとこう言った。


「ええ、ゲルニッカーズが復活しました」


 彼の発したその言葉は、あまりにも衝撃的な事実だった。

 ゲルニッカーズの復活。 

 嘗てこの世界を恐怖の底に落とし入れた存在が、再度現れたのだ。

 

 なるほど確かに緊急事態だ。

 禁忌を破って俺達と接触しようと言うのも素晴らしく納得。

 

 それ程に恐ろしい事態。恐ろしい状況。恐ろしい理由だった。

 しかし、そんな恐ろしい事実を聞いた俺の反応は。

 

「ふーん」

 この程度だった。

 

 俺の反応に寧ろ天地くんのほうが驚愕していた。

「驚かないんですか?」

「まあ、何となく予想してたしな。もう18年も音沙汰なしのヴァルマ戦隊から手紙が来る理由を考えれば、その可能性が一番に高いからね」

「なら話は早いです。緑川さん、またフォルノ…」

「断る」

 天地くんが言い終わるよりも早く、俺は彼の申し出を断った。

 

「まだ、言い終わってませんよ」

「言わなくてもわかる、ヴァルマ戦隊に協力しろって言うんだろ?アドバイザーか、司令部か、どんな形かは知らない。兎に角いまさら俺をヒーローに関わらせようとしてるんだろう」

 ヴァルマ戦隊は恐らく、新しく対ゲルニッカーズのチームを組むのだろう。

 さしずめ2代目フォルノンジャーだ。しかし、経験の無い新造戦隊。

 嘗てゲルニッカーズと戦った経験が有る俺達旧フォルノンジャーに協力を求めるのは当然のことだと言える。

 しかし、俺はヴァルマ戦隊に協力する気はなかった。


「いや、別にヴァルマ戦隊に恨みを持ってるとか。ヴァルマ戦隊の待遇に不安が有るとか、そういうんじゃないんだ。ただな。俺はそこら辺のオッサンだ。今更ヒーローの手伝いなんて出来やしないよ」

 そう。

 これが彼の申し出を断る理由。

 俺は、もうフォルノンジャーではなくオッサンなのである。

 たとえアドバイザーだろうが、コメンテイターだろうが、まともなことを言う自信が無い。

 麒麟も老いては駑馬に劣る。今の俺がヴァルマ戦隊に役立つとは思えない。


 しかし、そんな俺の言葉に対して、天地くんはやれやれと言った様子で首を振った。

「…緑川さん…、貴方勘違いしてますよ」

「え?」

 勘違い?一体何を勘違いしていると言うんだ?

「僕は貴方に、ヒーローの手伝いをしてもらう気はありません」

「え?マジで?」


 つまり…。

 

 俺の予想は完全に間違ってたわけだ。

 そもそもヴァルマ戦隊は俺の協力を必要としていない。

 なのに、俺はなんか先読みして、協力は出来ない、キリッ!みたいなこと言ってしまったわけだ。

 

 ふむ。

 

 これは。

 これは相当恥ずかしいですぞ!

 俺、自意識過剰もいいところじゃないか!痛すぎるぞ!

 

「ええ、僕が緑川さんにそんな事を頼むはずが無いじゃないですか」

「え…あ、はい。そうだよね」

 そうですよね。

 俺みたいなオッサンに、協力なんて頼むはずが無い。

 ホント、何でだろ。

 なんで俺、上から目線で協力しないとか言ってんだろ。

 馬鹿じゃね?俺。

 

 カアっと俺の顔が熱くなるのを感じた。

 恐らく今の俺の顔は真っ赤になっているんだろう。


 そんな俺に対して天地くんは、予想外の一言を投げてきた。

「僕は貴方にヒーロの手伝いをしてもらうのではなく。緑川さん、あなた自身に、またヒーローになってもらいたいんです」








「は?」

 その言葉は俺の予想外の言葉だった。

 

「緑川さん、お願いします!また、フォルノンジャーをやってください!」

「…」

 唖然。

 唖然とするしか無い。

 彼は、天地くんは何を言っているんだ?


「やってくれますよね!?」

「え…断る」

「何故!?」

 何故ってお前。

 当然だろうが!


 何で手伝いすら嫌だって言ってる相手に、ヒーローそのものをやれって言って承諾してくれると思えるんだ?

 ありえんだろ。



「緑川さん、いや、フォルノグリーン」

「辞めろ、その名前で呼ぶなよ」

「いいえ、呼ばせて頂きます、フォルノグリーン!どうか!どうかもう一度フォルノンジャーを!!!」

「えっと…天地くん?

 あのさ、もう一度言うよ?俺、もう、35歳よ?

 35って言ったらアレよ?君が思っている以上にオッサンだからね?」

「いえ!年齢は関係ありません!」

 有るよ!

 すごく有るよ!

 フォルノンジャーって結構体力勝負だからね?

 オッサンの体力じゃ勤まらないからね?


「フォルノグリーン、当時フォルノンジャーで一番最年少だった貴方は、若いながら、誰よりも真面目に悪と戦っていました。

 ヒーローに必要なのは年齢じゃない。

 正義の心があれば、たとえ若くてもフォルノンジャーだ。貴方の存在はそれを僕に教えてくれたんです。

 僕が、僕が憧れたのは、

 強いレッドでもない。頭の良いブルーでも無い。優しいピンクでも、元気なイエローでもない。

 貴方だ。僕は、僕はグリーンに。貴方に憧れていたんです!!」

「…ええっと」

 正直、突然「憧れていたんです!!」って言われても困る。

 どう返せば良いんだ?

 

「大切なのは年齢じゃありません。正義の心!だからこそ、フォルノグリーン!貴方にもう一度フォルノンジャーをやってほしいんです」

 天地くんは、大声でそう言った。

 

 恐らく、彼の言葉に嘘はない。

 なにせ、彼は昔から嘘を絶対につかない真面目な少年だった。

 いつも人一倍努力して、たとえそれが報われなくても、さらに努力していた。

 きっとこの若さでヴァルマ戦隊の長官になれたのも、その性格故なのだろう。

 彼が俺に憧れていたというのも、俺にフォルノンジャーを再度やってほしいというのも、何かの冗談とか、俺を引き込むためのリップサービスと言うわけでは無いはずだ。


 彼の言葉は、正直嬉しかった。

 たとえ、俺みたいなオッサンでも、こうも必要としてくれる。

 とてもありがたいことじゃないか。

 しかし、

 それでも、

 俺の答えは変わらなかった。

「お断りだ」

「何故!?」

 信じられないと言った様子で天地くんが叫んだ。

 

「逆に聞くが俺の前に他のメンバーのところには行っているんだろ?誰か一人でもその誘いに乗った奴がいたか?」

「…いません」

 言い辛そうに天地くんがそう答える。

 だが、俺にしてみればソレは解りきった答えだった。

「だろうな。それが普通なんだよ」

「なぜ…なぜ誰も、ヒーローに戻ろうとしないんですか?」

「そりゃ当然だ、何故…と言うよりは、そうなって然るべしなんだ。あれから18年だぞ?」

「時間は関係ないじゃないですか。ヴァルマ戦隊フォルノンジャー!

 決して負けない無敵のヒーロー。常に正義の心を持ち、悪と戦う戦士。

 フォルノグリーン、貴方が最後、解散する前に僕に言った言葉を覚えていますか?」

 

「さあ、何だったかな」

 18年も前の事だ、覚えているわけがない。


「貴方は僕にこう言ったんです。フォルノンジャーはもう解散する。

 でも、ソレはフォルノンジャーが消えるわけじゃない。

 皆の心に正義の炎がある限り、フォルノンジャーは永久に消えはしないって」

 

 ああ、そんな事言ったっけ。 

 

 俺だいぶ痛いな。


「アレは、あの言葉は!嘘だったんですか!?」

 まるで泣きそうな震える声で彼はそう怒鳴った。

 

 そんな彼に対して。

 

 

 俺は静かにこういった。

「天地くん、ソレは違う。

 確かに言ったさ、その言葉に嘘は無い。でもね、それを言ったのは18年前だ。

 18年。生まれたての子供も大人になるくらいの時間だよ。

 すべてが変わるのには十分過ぎる時間だ」

 俺のこその言葉に、天地くんは絶望的な表情を浮かべる。

 

「見捨てるんですか?皆を。貴方が嘗て助けた人々を、貴方は見捨てるんですか?」

「天地くん、勘違いしてるよ」

「え?」

「18年。この時間で変わったのは、俺達フォルノンジャーじゃ無い、その『人々』だよ。

 皆の心に正義の炎がある限り、フォルノンジャーは消えない。ソレは事実だ。

 だがね、この18年、人々の心から正義の炎なんてものは消え去った。

 人は、正義のヒーローをその心から消してしまったんだ」

「そんな!そんなことはありません!実際僕は…」

「君はそうかもな。でも、ソレは少数の人間の考えだってことは君も解ってるんだろ?

 ヒーローが好きでたまらない人間が、世間でどれだけ冷たい視線を浴びせられるのか、

 君が一番に良く解ってるんじゃないか?

 社会を生きる大人はな、ヒーローなんかに熱くなってる暇は無いんだよ」

「…」

 俺の言葉に天地くんは押し黙った。

 きっと、彼自身が一番に痛感しているんだ。

 悪の居なくなった世界。そんな世界でヒーローを熱く思い続ける人間は寧ろ異常。そして、社会はそんな異常な人間に対して、とても容赦がない。


「変わったのは俺達じゃない。

 何人の人間が、ヒーローを覚えている?

 何人の人間が、ヒーローを信じている?

 何人の人間が、ヒーローに憧れ続けていられる?

 人々がヒーローを忘れた時。俺たちフォルノンジャーもまた、この世の中から消えたんだよ」

 フォルノンジャーは、忘れられて、そして初めて本当の意味で解散したんだ。

 完全に終わったんだ。

 

「あれから18年、ヴァルマエネルギーの適合者は俺たち以外にも現れているだろうよ。俺みたいなオッサンより、もっと若くて力の有る奴らを使えば良い。俺達みたいに終わったヒーローじゃない。これからを担う新しいヒーロー。それを作るべきだ」

 

「…」

「…」

 お互いに無言になった。

 きっと天地くんも判ってくれたんだろう。


 時代と言うのは変わっていく。

 これからは新しい人間の時代なんだ。

 ヒーローだってそうだ。

 古いヒーローは忘れられ、新しいヒーローが現れる。

 

 それでいい。

 そうあるべきなんだ。

 

 そして、天地くんは顔を上げ、俺の目をしっかりと見据えると。こう言った。

「僕は信じていました。貴方の中に、まだ正義の炎が燃えていることを。そして、ソレは今日ここに来て確信に変わりました」

「はいぃ?」

 意味がわからなかった。

 何故この状況でそんな言葉が彼の口から出てくるのか。全く理解できなかった。


「貴方はやはりフォルノンジャーなんです。どんなに年寄りぶっても、どんなに否定しても。貴方のその目。その心にはフォルノンジャーの炎が宿っているんです」

「いや、別に宿って無いけど…っていうか、さっき俺の言ったこと聞いてた?俺もう、ヒーローじゃないって」

 まさか、さっきまでの俺の言葉を全否定するとは思わなかった。

 俺、さっきからさんざん自分がヒーローとして終わったということを理由付きで語ったよな?

 どうして、彼はこういうことが言えるんだ?


「それでも変わらない、貴方はヒーローなんですフォルノグリーン」

「だから違うって」


 …天地くんって、ちょっと思い込みが激しいタイプだったんだな。

 18年目にして初めて知ったよ。

 っていうか、ちょっと引いてるよ。


「僕は待ちますよ。

 貴方がまた立ち上がるのを」

 そう言って天地くんはスクっと立ち上がった。

「待たなくていいから」

「今日は帰ります。でもフォルノグリーンさん。僕は諦めません」

 そう言って天地くんは出ていった。


「いや…だから、俺はやらな…ああ、行っちゃった」 

 まるで台風だ。


 18年ぶりに会った少年はすっかり、変わり者の青年になっていた。

 それが良いことなのか悪いことなのかの判断はしかねる。

 

 しかし、迷惑なのは事実だ。

 もう終わったことをほじくり返し、俺を混乱させるのは辞めて欲しい。

 

 

 誰もいない部屋。

 俺は一人彼の座っていた場所をぼんやりと見ていた。



 

 ビールを口に入れた。

 冷たかったビールはすっかりぬるくなっていた。

 

 きっとぬるくなったからだろう。

 アレだけ美味かったビールは。

 

 全く味がしなくなっていた。



 





◆◆◆


 次回予告


 ヒーローとは縁を切った緑川だが、思いがけないところで彼は新しいフォルノンジャーと出会うことになる。

 彼らを前にして、緑川は何を思うのか。

 そして、緑川を見て、新しいフォルノンジャーたちは何を思うのか。


 次回!ヴァルマ戦隊リゾフォルノンジャー!


 「哀愁喫茶 溶鉱炉」

        お楽しみに!


用語解説



・ビール

 実際はその他雑酒。ビール風の酒。本物のビールを買う根性はなかったようだ。


・目薬

 つい冷蔵庫に入れちゃう


・カップ酒

 名前の通りカップの形状をした容器に入れられた酒のこと。大抵は日本酒である。

 カップ酒に使われる日本酒は安酒で有ることが多く、良くも悪くもリーズナブルな酒の代名詞となっている。

 容器の素材にはガラスが使われる事が多く、飲み終わった後に残るカップはその後利用されることも有る。

 コップ代わり、物入れ、筆洗い等等、利用方法は様々。コストパフォーマンスも相まって、中身以上に重宝されることも多い。


・少年探偵団

『ヴァルマ戦隊フォルノンジャー第4話 スパイと少年探偵団!!』で初登場。

 普通の家で我々と同じ生活をしているゲルニッカーズのスパイ、ダークG。

 ある日、地元の少年探偵団は偶然街に住むある夫婦がそのダークGで有ることに気がつく。

 少年探偵団は夫婦の正体を探るうちに、ゲルニッカーズの正体、そしてフォルノンジャーの正体を知るのであった。


・確か名前は星夜だったかな

 違います。

 この間違った名前に気が付かないというのもオッサンの特徴だったりする。


・天地省吾

 嘗て少年探偵団の副団長。

 冷静沈着で子供の頃から大人しく礼儀正しかった。なぜか一番グリーンになついていた。

 その後、誰よりも努力し、ヴァルマ戦隊にの長官の地位へと上り詰める。

 現在ヴァルマ戦隊全体の構造改革に着手中。

 彼自身はフォルノンジャーを邪険に扱ったヴァルマ戦隊本部に対し、大きな憎しみを持っている。彼が長官に就任した直後、ソレまでの役員や幹部が一斉に処分された。本部では別名『首切り長官』と恐れられている。

 フォルノグリーンに対しては崇拝に近い憧れを持っていた。それは、今回落ちぶれた緑川を見ても変わっていない。


・騏驎も老いては駑馬に劣る

 騏驎のようなすぐれた名馬であっても、年老いると足ののろい駄馬以下になるという意味。転じてすぐれた人物も老いによってその才覚は鈍り、普通の人にも劣るようになるということ。

 ちなみに麒麟では無く騏驎である点に注意。


・ヒーローが好きでたまらない人間が、世間でどれだけ冷たい視線を浴びせられるのか。

 レンタルビデオ店で戦隊物のDVDを借りようとした時。

 隣の子供の、この人大人なのに…という視線。

 そのさらに隣の子供の親の、社会の屑を見るかのような視線。

 そして店員の生暖かい視線。


 

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