第16話 アイドルリダクション
好みと言うのは人の数だけ有る。
アイドルが好きな人間は居るし、それを否定する気は無い。
ただ正義の味方がアイドルオタクってどうよ?って思ってしまうのは仕方がないことだ。既に言ったが、正義の味方にはアイドルにうつつを抜かすようは暇は無いのだから。
青瓢箪もそれを自覚していたからこそ、自身がアイドルオタクだということを隠していたのだろう。
そして、それがバレた今、青瓢箪は。
皆に距離を置かれていた。
「マジでかあ。あいつ、アイドルオタクだったんだ。長いこと一緒に居て、初めて知った」
「驚きだよ」
「そう、言ってやるなよ。誰だって好きな物の一つや二つあるだろ」
俺達三人は、喫茶溶鉱炉のテーブル席でこれからの青瓢箪の扱いに付いて会議中である。
ちなみに、青瓢箪本人は、カウンターで一人うなだれている。完全にハートブレイク太陽族だ。
「ビックリした、まさかあんなにも揺るぎなく白鳥様が好きだとは?」
「私、ちょっと引くかも」
「引いてやるなよ。あいつだって頑張って生きてるんだからさあ」
そう言いながら俺は哀愁のカルバナル状態の青瓢箪をチラリと見る。
「大体、俺達ヒーローだぜ?さっきオッサンも言ってたけどさあ、俺達にはアイドルなんかにうつつを抜かす暇は無いんだぜ?」
「だよね」
「まあ、まあ。たとえヒーローだって好きなものも嫌いなものも有るんだ。俺達だって、好きなモノもあれば嫌いな物だって有るだろ?」
確かにあいつの白鳥様にかける情熱は異常の域だが。しかし、だからってそんなことを言うなよ。
青瓢箪だって頑張って生きてるんだよ。
しかし困った。
確かに、アイドルオタクと言う存在は他者に距離を置かれることがある。
気持ちはわかる。ちょいと好きなアイドルを馬鹿にしただけでああも大声を上げる青瓢箪。
俺だってちょっと距離を置きたい。
だが、俺達はヒーローだ。
正義の味方の俺達が、仲間がアイドル大好き人間だとわかったからって距離を置くのは如何なものだろう。
ましてや俺達にはチームワークは特に大切なものだ。
仲間がアイドル好きと言う理由でチームの絆が決壊するのは避けたい。
そして、その絆を保つのは。
きっと俺の役目なのだと思う。
このリゾフォルノンジャーで一番の年上。年長者である。
此処はこいつらのチームワークを取り戻させるべく、ビシッと大人らしい事を言うべきなのだろう。
というわけで、俺はコホンと咳を一つつくと、赤坊とキ印に向かって語りかける。
「良いか?お前たち。確かに……確かにあいつは気持ち悪い!!」
「「…!!」」
「そりゃもうごまかしようが無いくらい気持ち悪い、ヒーローのくせにアイドル好きなんだもんな。でも気持ち悪くたって関係ない。仲間じゃないか」
「あ、チョット、オッサン?うん、わかった、わかったからそれ以上言うな」
「うん、わかってる、私達もわかってるよ?だからそのへんで…」
「いや、言うね、お前らがちゃんと心で理解するまで俺は言い続けるね!」
それが大人としての使命だからな。
「なんなんだお前たち、あれほど強い絆があったっていうのに、あいつとこんなに距離をおいて。確かにあいつはキモい。怪人の前では蒼き静寂なる炎とか名乗っておきながら、私生活では白鳥様大好き野郎だ。ちょっと白鳥様を馬鹿にされただけであの怒鳴りようだ。そりゃあもう、とてつもなく気持ち悪い。でも気持ち悪くてもヒーローだ。仲間じゃないか。気持ち悪くても、近づきたくなくても、それでも妥協して仲良くやってくってのが正しい大人の付き合いかたじゃないのか?」
苦手な人とも笑顔で付き合う。それ即ち大人の社交術だ。
「ちょ…オッサン、言い過ぎ…そして声がデカイ。聞こえてる、ちょっと声のトーン落とそうか、な、な」
「う…うん。私達もそこまで思ってないから」
「俺達は仲間だ。気持ち悪い!本当に気持ち悪いあの男とだって、今まで通り、一緒に仲良くやっていけば良いじゃないか」
「解った、もうわかりました、うん。心に響いてる、というか響きまくっている、だから部屋中に反響するような声は抑えて!」
「私達、別に気持ち悪いとまでは言ってない…あ!海貝君!思ってないよ!気持ち悪いとまでは思ってないよ!…ダメだ、完全に落ち込んでる。オジサンのせいだよ?」
そう言ってキ印が指差す先では、青瓢箪がカウンターに頭をくっつけてブツブツと独り言いはじめていた。
可哀想に、仲間に距離を置かれた事が相当にショックだったのだろう。
その時。
カランカランと音を立てながら店の扉が開いた。
「…おや皆さんお揃いで…あれ?どうしたんですか?」
そう言いながら天地くんが店に入って来る。
「いや…まあ、ちょっとな。メンバー同士の絆の再確認だ」
そしてその結果、青瓢箪がハートジャックWarしただけのことさ。
「は…はあ。そうですか」
カウンターで一人寂しそうに落ち込んでいる青瓢箪を見ながら天地くんがそう言った。
俺は天地くんにことの次第を言うべきか一瞬迷ったが、黙っていることにした。
この状況を説明するためには青瓢箪がアイドルオタクだと判明したところから話さなくてはいけない。
彼に青瓢箪の性質を伝えて、司令である天地くんにまで距離を取られたら青瓢箪が完全に孤立してしまう。
というわけで俺は話題を変えるべく天地くんに話しかけた。
「ところで、天地くん今日もゲルニッカーズに動きなしか?」
「え?…ええ、未だ動きなしです」
「なんだ今日も動きなしかよ!」
残念そうに赤坊が叫んだ。
「おいおい、残念そうな声を出すなよ、平和なのは良いことなんだから」
「っていっても待機してるだけじゃ何時までたってもゲルニッカーズを倒せないじゃないか」
「まあ確かに、待機もこう長く続くとうんざりするよね」
赤坊とキ印の言葉に天地くんは困った顔をした。
「コレでもしっかり情報収集はしているんですよ?ただ信ぴょう性が低くて…」
「信ぴょう性が低い?」
「実はちょっとした情報…というか噂のレベルなんですが、どうもゲルニッカーズが襲撃作戦を計画しているという情報があるんです」
「襲撃作戦!?」
「動き有るじゃん」
「いえ、だからコレはあくまで信ぴょう性の低い情報なんです。むしろ、こういった情報って結構有るんですよ。しかも、その大半はガセなんです」
「ガセだろうがなんだろうが情報は情報だろ?ガセでも良いよどんな情報なんだ?」
目をキラキラと輝かせながら天地にそう尋ねる赤坊。こいつ、ガセの意味を解ってないのか?
「ええ、ゲルニッカーズがどうも水面下で公共機関を狙っている…というものです」
「公共機関ねえ。今も昔も、あいつらの狙う所は変わらないなあ」
公共機関。
昔からゲルニッカーズは公共機関をよく狙っていた。
その明確な理由は知らないが、おそらく公共機関を麻痺させれば多くの人間が困るからだろうと俺は予想している。
「ああ、まあ、あくまで可能性の話なので確証は無いのですが、どうやら中央警察署が狙われているらしいですよ」
警察。
確かに警察は公共機関である。
そして、警察機能が麻痺すれば、この国はかなりの混乱をきたすことになるだろう。
襲撃場所としては悪くない。
「なに?ゲルニッカーズは今度は警察を襲うのか?」
「あくまで可能性の話ですけど」
ゲルニッカーズが警察を襲撃する。
これは。
「良い事じゃないか」
頑張れゲルニッカーズ。
「良いことじゃねえよ!!」
俺の言葉に対して赤坊が怒鳴った。
「うわ、どうした坊主。突然大声出して」
「大声も出すわい!おっさん、なに警察が襲撃されそうなことを喜んでんだよ」
「いや、だって、警察ってあれだぞ?何時も俺を職務質問してくる、ムカツク奴らの集まりだぞ?」
懐疑的な目で俺を見るし、酷い時なんてボディチェックまでしてくるんだぞ?
シートベルトしてないとか、一時停止違反とか市民の些細な罪に目くじらをたて、そのくせ暴走族をさして取り締まらないし。
街を歩く一般人にしつこいくらい職務質問してくるくせに、ストーカーとか深刻にヤバい奴らはさして注意しないんだぜ?
「いやいやいやいや。大切だから!警察とても大切な存在だから。オッサン間違ってるよ、ほら、海貝もなんか言ってやれ!」
「…ダメだ…私はもうダメだ…ダメだ…もうダメだ」
青瓢箪はうなだれたままブツブツ言ってる。
「…えっと…完全に落ち込んでる……じゃ…じゃあ横山、横山、お前からオッサンに言ってやれ、アンタの考え方はとてもダメですって…」
「…ファッキンポリス!」
キ印が叫んだ。
「何故!?」
キ印のその叫び声に赤坊が驚いた声を出した。
「あの野郎ども、私を売女扱いしやがって、一生許さない」
俺と彼女は共に警察の職務質問を受けた仲だと言う事を忘れてはいけない。
あの時、奴ら明言こそしなかったがあの対応は明らかにキ印を売春婦として扱っていた。
「だよな!警察ってもうホントに失礼極まりない奴らだよな、こんな善良な市民を捕まえて、懐疑的な視線を浴びせてくるんだ!」
「警察許すまじ!」
「というわけで俺達としてはこの襲撃作戦をむしろ応援したいとすら思っているのだが」
がっしりと肩を組む俺とキ印。
「いや!いやいや、アウトだから!お前らの発言はヒーロー的にドンアウトだから!」
いちいち五月蝿い赤坊。
「うるさいなあ。さっきも言ったように、たとえヒーローでも好き嫌いは存在するのだ。それに、別に警察を助けないとは言って無いぞ?心情的に助けたくないってだけだ」
「いや…それでも、なんかダメだろ。色々ダメだろ。ダメ…何じゃないのか?そういうのは」
「そもそもさあ、その警察襲撃だってガセ情報っぽいんだろ?そんな起きるか判らない事をチョット応援したくらいでそんなに怒るな」
「まあ、確かに微妙な情報ですね、具体的な襲撃場所も、襲撃時間も不明。そもそも襲撃が有る可能性すら低いです」
「何時頃に襲撃があるとかの目星なんかも無いのか?」
「実は明日、中央警察署で一日警察署長のイベントが有るので、万が一に襲撃が有るとしたらこの日が怪しいと思っているんですが…」
「一日警察署長ねえ」
一日警察署長。
有名人を一日限りの警察署長にするイベントで。有名人の知名度を使い、警察のイメージアップを図るためにするイベントなのだが…。イメージが最悪の奴らが今更そんなことをしたところで…。
「まあ、式典中は色々とゴタゴタしてますから、もし襲撃があるならばその最中が一番に怪しいとおもうんです」
「そうか。じゃあ、俺達もその式に出席して警戒したほうが良いんじゃないか?」
赤坊のその言葉に天地くんは首を横に振った。
「いえ、実は既にそれ相応の対策は取って有りますから皆さんが予め近くに居る必要はありません。僕としては、この程度の信ぴょう性の情報で一々動くのも危険だと思いますし」
「なるほどな」
ガセ情報に踊らされる危険と言うものもある。
例えば、天地くんがその情報を何処で手に入れたかは知らないが、もしかしたらその情報自体がゲルニッカーズが故意に流した嘘情報かもしれない。
そんな情報に踊らされて、ホイホイ警察のイベントに参加した結果、全然違う場所で襲撃が起きたりすれば俺達の出動はかなり遅れることになってしまう。
「でもどうせやること無いんだから、万が一に備えて近くに居たほうが良いんじゃないの?」
「まあ、そう言われればそのとおりなんですけど…」
「良いじゃん、そのイベントに行こうぜ、どうせ他にやること無いんだし、本当に襲撃があったら危険だろ?」
そして赤坊の言っていることにも一理ある。
信ぴょう性が低い情報でも、万が一実際に襲撃が起きたら大変だ。
「まあ…そう…なんですけどねえ」
天地くんは顎に手を当てて考えこんでしまった。
こういった曖昧な情報に対する対応と言うのは中々に難しいのだ。
天地くんの意見も赤坊の意見も正しく、どちらが正解というものでもない。
まるで天秤がピッタリと吊り合ってしまったような二つの選択肢に、天地くんもかなり悩んでいるようだ。
俺の経験上、こういったどちらを選ぶべきか難しい選択をする時は別の視点から物を見ると良い。
「結局の所、行くにしても行かないにしても相応のリスクが有るわけだし、どっちを選ぶも同じくらいの問題が有るわけだな?」
俺のその言葉に天地くんが頷く。
「え…ええ、そうなんですよ」
「そういう時はな、モチベーションで選べ」
「モチベーション…ですか?」
「モチベーション?」
「餅米しょん?」
「モチベーションってのは…要はヤル気だ。本来俺達ヒーローは世界平和のためにどんな仕事も常に本気で挑まなきゃいけないんだが、再三言っているように俺達だって人間だ、何事にも好き嫌いはある。そして、どうしても好き嫌いにどうしてもヤル気は左右されてしまう。ヤル気の有る無しも、本来は無視するべきことだ、仕事に私情を挟むのは良くない。でもやっぱり好きな仕事は効率が上がるし、嫌いな仕事ってのはどんなに頑張っても効率が悪い。これはもうどうしようもない事実だ」
「なるほど…まあ、確かに」
「確かに嫌なことって、中々効率良く出来ないもんね…例えば勉強とか、勉強とか、あと勉強とか」
「というわけで、此処は俺達のモチベーションを元に考えるべきだ。どっちを選んでも良いならば俺達がやりたいと思える方を選べばいい。そのほうが良い仕事ができるからな」
「なるほど、確かにそのとおりですね」
そう言って天地くんが頷いた。
「ちなみにお前は行きたいんだろ?」
そう言って俺が赤坊を指さすと、彼は大きな声でそれを肯定した。
「おう!行きたい」
「で。俺は行きたくない。面倒くさい。外暑い。警察嫌い」
「…おっさん、つくづくヒーローとしてダメだな」
「それでチミっ子。お前はどうしたいんだ?」
「え?私は…うーん微妙なとこネ。警察は嫌いだけど、ずっと喫茶店に居るのも飽きてきたし…正直どっちでも…」
「と言う事は『行きたい』が1。『行きたくない』が1。『保留』が1」
「見事に意見が別れましたね」
「まあ、そうなると、最終的に行くかどうかは、あいつの意見次第ってことかな」
そう言って俺はカウンターを指さす。
そこにはうなだれた青瓢箪が居た。
さっきから少しも様子が変わっていない。
どうやら奴の心の傷は思いのほか大きかったらしい。
「おーい、お前どうしたい?」
カウンターに向かってそう問いかけるが。
「…………もういっそ、消えてしまいたい」
消え入りそうな声でそんな返事があった。
「ダメだ、あいつ、完全にダメだ」
「モチベーションの欠片も見えない」
「て言うか生きる気力すら見えてこない」
「あの…海貝君…一体どうしたんですか?何かあったんですか?」
「まあちょっと一人で夢冒険してるんだよ。そのうち現実に戻ってきてくれると思うけど…しかし、あいつがあんな状態じゃもうどうしようも無いな。モチベーション以前の問題だ」
とてもじゃないが今の青瓢箪に警備が出来るとは思えない。
「まあ、確かに今一番するべきことはあいつのメンタルケアかもしれない」
「むしろ、いま怪人来たらヤバいかも」
心配そうに青瓢箪を見ながら赤坊とキ印がそう言った。
「…じゃ…じゃあ、天地くん、とりあえず俺達はその警備には参加セずに。今日から明日にかけで此処で待機しながらあの項垂れている男を励ますことにするよ」
「そ…そうですね。それがいいかもしれません」
しかし困った。
あんなにも落ち込んだ人間をどうやったら元気に出来るんだろう。
「ところでその一日警察署長イベントって誰が一日警察署長やるの?」
キ印が天地くんに尋ねた。
「えっと確か…急遽決まったんですけど…なんて言いましたっけあのアイドルグループの…メンバーの、えっと、今話題の…」
「いま話題のアイドル?それってひょっとして、ファンシーキャンディーか?」
「ええ、それです。緑川さんよく知ってますね、さすがです、そのファンシーキャンディーのメンバーの、白鳥さんという人…」
天地くんがそう言った瞬間。
「行きます!!!!!!」
青瓢箪が。
とても元気で素晴らしい返事をした。
◆◆◆◆用語解説
・アイドルオタク
当然ですが、この話のアイドルオタクに対する考えは緑川の偏見的考えであって、筆者の主張ではありません。どんなジャンルであっても溢れんばかりの情熱は他者に理解されづらいものなだけなのです。
・ハートブレイク太陽族
哀愁のカルバナル
ハート ジャック War
微妙なとこネ
夢冒険
アイドルネタ回だからこういうの入れてかなきゃなあと思って入れた。
・ガセ
お騒がせの略。ガセ情報とは騒がしいだけで中身の無い情報。つまりは嘘情報ということである。
・警察
当然ですが、この話に出てくる警察に対する考えも緑川による偏見的考えであって、筆者の主張や世間の主張というわけではありません。筆者は決して警察が無能だとは思ってません、例え月一ペースで職務質問を受けても、道を聞いた時に冷たい対応をされても、物を落とした時、ぞんざいな扱いをされても、更には凶器を持って無いのにボディーチェックまでされたことがあっても、筆者は警察を恨んではいませんよ。
・モチベーション
本来は動機付けというような意味だが、転じて「やる気」というような意味合いで使われるようになった。
一般的な言葉だが、横山は知らなかったようだ。ちなみに横山の想像の「餅米しょん」はもち米をつかったレーションの一種。戦場で正月気分が味わえる携帯食。