番外 青色吐息
リゾブルー。
海貝関戸は合理的な人間だった。
正確には合理的な人間と言うよりは、物事に対して常に合理性を求める人間だった。
機械的と言い換えても良い。
海貝は幼少の頃から無駄が嫌いで、常に効率の良い方法を考え、そしてその方法に沿って生きてきた。
効率的に勉強をして、効率的に運動をする。効率的に自分を高めようとした。そうすれば効率的に生きられると信じていた。
常に理性的に行動し、彼の行動は理にかなったものばかり。
欲望に身を任せ予定を狂わせることもなく、感情に押し流されて馬鹿な行動を取るようなこともなかった。
子供らしく遊ぶこともなければ、子供らしくはしゃぐこともない。それは海貝にしてみれば当然の事だった。
一時の感情や欲求で行動すれば、それが大きな失敗を呼び、そして人生が台無しになる可能性がある。
だから、彼は感情に流されず、常に合理的な道を選ぶのだ。彼は昔から成績優秀で、運動能力も優れていた。絵に描いたような優等生。
しかし周りの人間はそんな彼を不気味だと思った。
子供らしく遊ぶこともなく、ただ淡々と勉強と運動をする。行動原理は常に自分の為になるかどうか。
まるで機械のような彼の存在は周りの人間には異様に映る。
だから海貝は周りから孤立した。
しかし、海貝自身はそれをなんとも思っていなかった。
自分の事を他人に理解して欲しいとは思わなかったし、そもそも周りなんてモノに気を配ることすら合理的でないと思っていたからだ。
そして彼はそのまま成長した。
成長し、大人と言える年齢に達したある日、彼は気が付いた。
自分の今までの行動が間違いだと言う事に。
なにか切っ掛があったわけではない。ただ突然に気が付いたのだ。
大人になり、冷静に自分自身を見られるようになって初めて彼は自分の心の底に眠る大きな感情があると理解した。
彼の心には確かに『愛』があった。いや、有り余っていた。
そしてその感情があまりにも大きすぎて、自分自身でそれを押し込めていた事に気が付いた。
その感情のままに行動すれば、自分を押しとどめることができなくなる。
そうすれば自分だけではなく、周りすら傷つけてしまうから。
だから彼は無理矢理に周りに対して関心を向けないようにしていたのだ。自分自身を高めようと機械的に動いていたのは、その代償行為に過ぎないのだと。
その事実に気が付いたその日から、彼の生活は変わった。
今までのように機械的な生活には戻れなかった。
一度気が付いたその気持ちは、もはや押し隠すことができなくなってしまっていた。
そして、彼は冷静に考えた。
自分が何をすべきで。
どうすればこの愛を満たせるのかと。
ヴァルマ戦隊からの連絡が来たのはその直後だった。
まるで海貝の心が弾けるタイミングに合わせたように、彼にヒーローの誘いが来た。
現実主義的な海貝もこのタイミングには運命を感じた。
だから、彼は特に考える事もなく、その誘いに乗った。
それが海貝が、人生で初めて起こした衝動的なアクションだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
海貝の初めての衝動的行動は彼にとって良い結果を与えた。
少なくとも海貝はそう思っている。
檜山という男に出会った。
彼は感情的で、直情的だった。
直感で行動する、云わば海貝とは正反対の人間だった。
しかし、その彼の姿は海貝にとってはとても心地よく映った。
檜山のその性格は、海貝が心の何処かでこう有りたいと夢想した物だった。
横山という少女とも出会った。
彼女はとても純粋で、そして単純な思考を持っていた。
そんな彼女の考え方は有る意味直情的でありながら、合理的でもあった。
彼女は何時も物事を単純に考えるが、それは無駄のない考え方でも有るのだ。
いわば、彼女の考えは直情的な檜山と、合理的な海貝の中間的な考え方とも言えた。
海貝にとって檜山と横山はかけがえの無い仲間であると同時に、教訓でもあった。
自分のような合理的な人生で無くても、人は幸せになりうるという証明でもある。
そして、海貝が一番に教訓とする人物。
それが天地だった。
天地司令官。
天地は海貝と然程年齢が違わなかった。
しかし、天地は若くしてヴァルマ戦隊という組織のトップだったし、トップとして申し分の無い人物だった。
優秀であった海貝よりさらに優秀な人物。
天地は賢かった。
しかし、海貝が見る限り天才的と言うほどではなかった。ずば抜けてに頭の回転が良いわけでもなく、ずば抜けた発想力が有るわけでもない。
そんな彼がヴァルマ戦隊の長官になったのは、才能故にではない。
天地は誰よりも努力をしているのだ。
凡人が、大きな力を手に入れるために努力をする。
それは、惰性や欲望で出来ることではない。
正義の心。それこそが天地を突き動かしているのだと海貝は悟った。
だからこそ、海貝は天地を尊敬するのだ。
心の中の感情をごまかすために自分を高めるのではなく。
心の中の感情を満たすために努力出来る天地の生き方こそ。海貝が理想とする生き方なのだ。
彼のようになりたい。海貝は常にそう思っていた。
思っていたのだが。
◆◇◆◇◆◇◆◇
緑川宅。
何時もは緑川しか居ないその部屋には。現在リゾフォルノンジャーの全メンバーと、そして司令官の天地が居た。
「はい緑川さん」
天地がそう言った。
「いや、だから、腰がダメだけど、それ以外は健康だぞ?それに腰だって、一応は動くからな?痛いだけで…」
「ええ、でもまだ動かないほうがいいんですから、こうして食事を…」
「まあ、それはありがたいが、しかし、腰が痛いだけだから、態々、玉子雑炊を作る必要は無いからな?」
目の前に置かれたタマゴ雑炊を見ながら緑川が戸惑った声を出した。
「ですが、料理を自分で作ってまた腰を痛めたら大変ですから」
「いや、腰が痛いだけで首も腕も動くからね、料理くらい…」
「いえいえ、緑川さんは安静にして、お世話は僕がしますから」
そう言って天地が玉子雑炊をレンゲで掬うと、息を吹きかけてそれをさましはじめた。
「やめろ…フーフーするな」
目の前のこの状況。
それは今までの天地像を著しく替えてしまう光景だった。
病的なまでに甲斐甲斐しく緑川を看病する天地の姿を遠巻きに見ながら、リゾフォルノンジャーのメンバー3人はヒソヒソとささやきあっていた。
「ねえ、天地司令とオジサンって怪しくない?」
横山がニヤけながらそう言った、
「怪しいって?」
檜山が聞き返す。
「だってさあ、天地司令の献身さってオカシイと思わない」
「そりゃあ、思うよ。むしろあの様子を普通だと認識したら人としてヤバイ」
そう言って檜山が緑川と天地を指さした。
イチャイチャと寄り添うその様子はもう恋人同士と言うよりは新婚のそれだ。
「天地マスターってさ、浮いた話が全く無いでしょ?」
「まあ、仕事一筋の人だしな」
「でも天地マスターってこう、すごく格好良いじゃん?中性的でさ、宝塚的かっこ良さっていうの?こう清潔感あるいい男で、結構言い寄る女性も多いはずでしょ?」
「まあ、たしかに、見た目は格好良いよ?性格も良いし。頭もいいし、立場も司令官で…まあ組織のトップだし…。確かにモテモテ要素の塊みたいな人だな」
「それでもってオジサンも、まあ、なんて言うか見た目はアレだし身だしなみもアレだけど…。年齢的には本当なら結婚して子供が居てもおかしくない年齢なのに、ずっと一人暮らししてるらしいじゃん?」
「まあ、この前家に行った時も女の影は無かったな」
「つまりその、あの二人は、アレが、アレして、アレな関係ってことじゃないの?」
「アレって?」
檜山は横山の言葉が理解できずに首を捻った。
「鈍いなあ!アレって言ったらアレよ!二人は肉体関係ってことよ!」
「…男同士だぞ!?」
檜山は信じられないといった声を上げた。
「そう!男同士で!ヤバイわあ!ふけつだわあ!」
ふけつだわあと言いながらも横山は何処か嬉しそうだった。
「それは無いと思いますよ?」
海貝がそう言った。
「え?なんでそう思うの?」
「この前この家で緑川さんの看病をしてた時、押入れの奥で…その…えっと…まあそういう雑誌を見つけましたから」
「そういう雑誌?」
横山が首をひねるが、檜山はその言葉の意味を理解したらしく、頷いた。
「なるほど、つまりな。オッサンあの押入れの中にエロ本があったって事だ。勿論、健全なる男性用のエロ本がな」
「うわ、不潔」
先程とは打って変わって心の底から不快そうに横山がそういった。
「天地マスターは女性との噂は無いですが、男性との噂もありませんし…あの二人の間に恋愛感情は無いと思いますよ?」
「そうかなあ…だってあんなにくっついてるんだよ?手と手をとり合って」
そう言って横山が指差す先では、
「やめろ!雑炊をフーフーするのは美しい女性にだけ許された究極の行為なんだ!それ以外の存在がフーフーした雑炊を食べてたまるか!」
「まあまあ、そんなに遠慮なさらずに、はい、あーん」
「遠慮じゃねーよ!本気で嫌なんだよ!」
そう言いながら緑川は天地の腕を押さえつけるが、天地はそれでも緑川に雑炊を食べさせようと手に力を込める。
二人はお互いに力を込め合い、その握り合わされた手がプルプルと震えていた。
「アレは手と手をとり合うって表現で良いのか?」
「力比べしてるようにしか見えませんね」
「あの様子。少なくとも天地マスターはオジサンのこと好きなんじゃないの?」
「まあ、確かにマスターの方はそう見えなくも無いけれど…」
「あのオジサンをリゾフォルノンジャーのメンバーに誘ったのもさ、個人的に好きだったからじゃ無いかな?」
「いえ、それは絶対にありえません」
海貝はそう言い切った。
「天地司令は決して自分の好みや感情を仕事に持ち込むような事はありません」
海貝は天地をよく知っている。
一番に尊敬出来る人間だからこそ、メンバーの中で誰よりも天地を観察して理解もしているつもりだった。
だからこそ、彼には判る。
天地が感情を仕事に持ち込むことはあり得ない。
「重要な任務だって言ってオッサンの世話させられたぜ?」
「オジサンだけ異常に贔屓されてるけど?」
檜山と横山がそう言って首をひねるが海貝は確信している。
「それは、仕事に関係の無い…というか、戦いに関係の無い部分です」
天地は、感情豊かな人間だが、一方でシビアな人間でもある。
常にリゾフォルノンジャーのことを中心に考え行動をしている。常にゲルニッカーズを倒す事を中心に考えている。
彼が緑川を再度フォルノンジャーにしたのは彼が好きだからではなく、緑川が有用だと判断したからだ
「緑川さんに対する尊敬は確かに有るでしょうが、それを理由に緑川さんをリゾフォルノンジャーにはしなかったはずですよ」
「まあ、たしかにオジサン強いしねえ」
横山がウンウンと頷きながらそう言った。
「強いか?だってあのオッサンだぞ?練習でも何時も俺達にボコボコにされてるじゃないか」
「私は強いと思うよ?だって、結果を見れば今までの怪人は全部あのオジサンが倒してるじゃない。特に前回の戦い、凄かったじゃん」
横山の言うとおり、この前の戦い。最強皇帝ゲルニックとの戦闘で見せた緑川の実力は飛び抜けていた。
確かに身体能力は低いかもしれないが、それでも彼のヴァルマエネルギーの強さは誰にも負けない。
戦力として十分、それどころか現状では一番に強いと横山は思っていた。
だが、檜山はそうは思わない
「俺はあのオッサンはやっぱり弱い部類だと思うよ?最初の戦いでは崖から転がり落ちてるし、一体目の怪人との戦いは全く動いてないし、二回目の戦いは車を使って、しかも隣に座ってたお前は無事なのに、オッサンは怪我してるし。この前の戦いだって、勝ちはしたけれど、動けないくらいに怪我をして、しかも それを現在まで引きずってる。もし今この瞬間に怪人が現れてもオッサンは役に立たないだろ?怪人がオッサンの怪我に合わせて登場してくれるとは思えないし」
檜山は緑川の実力を認めていない。
少なくとも彼が怪人に勝ててきたのは運の要素が大半だし、皇帝ゲルニックを退けた時も結果満身創痍になるのでは話にならない。
怪人の数は未知数。新生ゲルニッカーズがどれほどの規模なのかは誰も知らない。つまり、これからの戦いの回数も不明。
たとえ一度の戦いで強さを見せても、それが続かなければ意味がない。檜山はそう思っていた。
「海貝はどう思う?」
檜山がそう海貝に聞いた。
「私は…私は…」
どう思っているのだろう。
海貝は自問した。
天地、と横山は緑川の実力を信じている。
一方で檜山は懐疑的だ。
二つの意見は相反しているが、どちらの考えも間違いでは無かった。
緑川には強いと思わせる部分も弱いと思わせる部分もある。
果たして緑川は強い歴戦の戦士なのか、衰えたオッサンなのか。
実際の所、海貝は緑川と初めて会った時からこの判断に悩んでいた。
そして、今日まで一緒に居て海貝が出した結論は。
「確かに檜山くんの言うとおり、緑川さんの強さは限定的すぎます、ヒーローとしてそれは致命的で、あの人は弱い部類でしょう…」
緑川は強くない。
それが海貝の出した結論だ。
すぐに怪我をする。
すぐに疲れる。
すぐに倒れる。
そんな存在を強いと認める事は海貝には出来ない。
しかし。
「…でも、あの人は誰よりもリゾフォルノンジャーに相応しいような気がします」
怪我をしても、疲れきっていても、倒れても。それでも緑川は立ち上がった。
むしろ、そんな満身創痍でありながら戦いに望む彼は、自分たちには無い『何か』が有るような気がする。
そして、その『何か』こそが、ヒーローに一番必要な物なのかもしれない。
海貝はそう思った。
「私達は、あの人を見習うべき部分が沢山有るのだと思います、純粋な強さ以外の部分で」
「見習うべきところねえ…」
そう言いながら檜山が緑川の方を見る。
「あの…天地くん、だから!だから一人で食えるから!」
「ダメです!ほら、ほら、ほら」
「いや、いや、いや」
「えいや!」
「やめろ!いや!ちが、ちょっと危な…………………あちいいいい!!!!」
「「「あ」」」
緑川の顔に熱々の雑炊が飛び散った。
ご飯粒まみれになりながら緑川が叫び声を上げる。
「あちいいいい…あひん!!!」
「緑川さん?え?ちょ?緑川さん!?」
そして、次の瞬間、熱さに悶えていた緑川が、今度は腰に手を当てながら悶えだした。
どうやら熱さに仰け反った拍子に再び腰を痛めたようだ。
あひあひと叫びながら腰に手をあてながら悶える緑川。
そしてその前で天地はオロオロとするばかり。
「あれを見習うのか?」
「………………………」
目の前で腰を抑えながらのた打ち回る中年を見ながら。
海貝は自分の判断をもう一度考えなおすべきかもしれないと思った。
◆◇◆◇◆◇◆◇次回予告
戦いの世界に身を置くリゾフォルノンジャー達。
しかし、私生活が無いわけではない。彼らにも趣味があったり、拘るモノがあったり。
普段表に出さない彼らの好みだが、時にそれが垣間見える瞬間もある。
次回 ヴァルマ戦隊フォルノンジャー
「ファンシーキャンディー!」
おたのしみに。
◆◆◆◆用語解説
・玉子雑炊
病気で食欲が落ちたり、胃の調子が悪い時などの定番料理。おじやとも言う。
米飯に調味料や出汁を加えて煮込み、タマゴをとき入れた物。
朝食や鍋物のシメとしても良く食べられる。
・フーフー
男性の憧れシチュエーションの一つ。
ただし、その場合、傍らに居るのは好きな女性で有ることが必須条件。
傍らに居るのが同性やオカンだった場合、がっかりシチュエーションに早変わりする。
・宝塚
宝塚は地名だが、どちらかというとそこにある有名歌劇団を指す名詞として使われる事が多い言葉。
女性だけの劇団であるため、男性役も女性が演じる。
そのため男性的な女性を、宝塚的、ズカっぽい等と表現することがある。また男性でありながら女性的、中性的な人間をそう表現することもある。ただし、どちらの例にしても容姿が整っていることが絶対条件。
・まあそういう雑誌
男性であれば須らく持っている雑誌。むしろ持っている事が当然であり、持っていないほうがオカシイ。
だから万が一、他人の家で発見してしまった時も見てみぬふりをしてあげよう。
例えそれが、アブノーマルな内容のモノであったとしても…。