番外 黄色い声援
横山イスカ。
横山イスカは物事を深く考えないことをモットーとしていた。
物事というのは実際の所単純なのである。
そこに、色々な理由やら理屈やらをこねくり出すから、ややこしくなるのだ。
世の中の人全員が、単純に生きれば世界は平和になる。
彼女はそう思った。
だから、彼女がフォルノンジャーというヒーロー組織に入隊しないかと誘われた時。
フォルノンジャーになってみたいと思ったという至極単純な理由でそれを承諾した。
実際、リゾフォルノンジャーとなって、何度か戦いを経験した今でも、横山はこの選択を悔いては居なかった。
理由は実に単純で。横山はフォルノンジャーが必要な物だと思っていたし。誰かがメンバーに成らなきゃいけないと感じていた。そして、その誰かが自分なんだと。ただ単純にそう考えていた。
基本的に横山は疑問を抱えない。
ただ、目の前に存在することをありのまま受け入れる。そういう人間だったのだ。
例えば、リゾレッドこと檜山や、リゾブルーである海貝が、疑問に思い戸惑うメンバー。オッサンである所のリゾブラック、緑川の存在も。横山は特に疑問に思うこと無く受け入れた。
確かに緑川はオッサンだ。
リゾイエローである横山の2倍以上の年齢である。
しかし、司令であるところの天地が彼の入隊を勧め、そして緑川がそれを認めたならば、別にそれに戸惑う必要も、悩む必要も、疑問を感じる必要もない。
しかし、そんな彼女でも。
疑問に思わざるをえない事はあった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ほれ、戦勝祝だ。今日は店のオゴリだぞ?」
「オゴリって言いながら、材料は全部店のモノで、オッサンは一銭も払って無いじゃないか」
「うるせーな、作ったのは俺だ。労働奉仕してんじゃねーかよ。文句があるなら食うな」
「あ、やめろ。皿を下げるな。食べるよ、食べますよ」
「しかし、本当に凄い料理の数々ですね」
そういう天地の目の前、喫茶溶鉱炉のテーブルの上には沢山の料理が並んでいた。
そのどれもが美味そうな見た目をしていて、更には良い匂いを立ち上らせていた。
「もう趣味ってレベルじゃねーよ、なんか修行とかしてたんじゃねーの?」
「まあ、たしかに、立派な料理の数々。下手な主婦よりも料理スキルは高いですね」
「…」
「いえ、緑川さんならばコレくらい当然。緑川さんには不可能は無いんです」
「いや、有るから。俺の辞書の中には不可能って文字はかなり大きく乗っているから、天地くんの中で俺はどんだけ完璧人間に昇華されてるのか、もうちょっと怖いわ」
「ところでもう食って良いのか?俺、腹へって死にそうだよ」
「ええ、私もさっきからいい匂いのせいでお腹が鳴りそうになってますよ」
「おう、好きに食え」
緑川がそう言うと、檜山、海貝、そして天地は皆、テーブルにあった沢山の料理の中から、各々好きな料理を選んではそれを自分の皿へと盛ってく。
ただ一人、横山は。
「質問いいっすか?」
手を上げて緑川に質問をした。
「はい、チミっ子、何ですか?」
「なぜ私の目の前にはカレーが置かれてんの?それも鍋ごと」
「ああ、それにはマリアナ海溝よりも深い理由が存在する」
「え?あ、はい」
「この前の戦いで俺達はこのカレーの力で勝てただろ?」
「え?まあ・・・うん、正確には玉ねぎの毒が原因だったらしいけど…」
先日の戦い。合成怪人キメラニアという怪人との勝負だ。
キメラニアは強く、レッドもブルーも太刀打ち出来ず、イエローである横山も、襲いかかってくるキメラニアを前にほとんど動くことが出来なかった。
実力でいえば、キメラニアは圧倒的にリゾフォルノンジャーよりも強かった。
そんなキメラニアを倒したのは、たった一つのカレーパン。
緑川が何故かリゾイエローのポシェットに半ば無理やりにねじ込んでいたカレーパンを、キメラニアが誤って口にしてしまったからだ。
カレーパンの中に入っていたカレーの材料である玉ねぎが、どうやらキメラニアにとっては猛毒だったらしく、勝負はあっさりとリゾフォルノンジャーの勝利に終わった。
それは、横山に理解できる。
だが。
「だからカレーを食べなさい」
「はあ?」
これだ。
この意味不明の理論だけは、横山が疑問を感じる部分だ。
「イエローであればカレーを食べる。それはイエローの絶対の宿命であり、義務なのだ。事実として、俺達はイエローのカレーに助けられたのだ!」
そう言って緑川ズイズイとカレーを横山の前に差し出した。
これが、横山の唯一の疑問。
どういうつもりなのかは不明だが、緑川は横山に対して奇妙な行動を取る。
ことある毎にカレーを食べさせようとするのだ。
果たしてなぜ彼がこんな行動をするのか横山には理解できなかった。
いや、横山だけでなく、檜山も、海貝も理解はしていないだろう。
何故彼がこうも横山にカレーを勧めるのか?その理由を理解できる者はメンバーにはいないのだ。
だが。
「そうそう、今回はカレーに救われたし、カレーを食べるべきだ」
「カレーって凄いですね、美味しいうえに怪人を倒してしまうんですから」
二人共、他人事だからか、緑川のこの謎の行為を特に止めようとはしない。
いや、それどころか何処か肯定的ですら有る。
おそらく緑川のこの謎行動に戸惑う横山の様子を楽しんでいるのだろう。事実としてニヤニヤしている。
別にカレーを強要されるくらい、さしたる問題ではないと感じているのだろう。
しかし、現実にカレー無理強いをされている横山はたまったものじゃない。
なにせメンバー最年少の横山は体格も一番に小さく、食べる量もあまり多くない。
別段カレーが嫌いと言うわけではないが、大量に食べさせられるカレーに横山は辟易とせざるをえなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
さて、騒がしい戦勝記念祝いも終わり。喫茶溶鉱炉には静けさが残った。
檜山と海貝は既に帰宅し、緑川もふらりと店を出て行った。
店内には天地と、そして横山だけが残された。
カウンターの向こうで、天地は一人。今日の食事で使われた食器を洗っている。
「マスター」
ふと、横山が天地に向かって言った。
「なんですか?」
天地は食器を洗いながら答えた。
「私、緑川さんに嫌われてるのかな?」
「はい?」
横山のその言葉に、天地が不思議そうな声を出した。
「なんだかメンバーの中で私だけ扱いが違うと言うか…こと有る毎にカレーを強要してくるし。なんだかオジサン、私のこと嫌いなのかな…って」
横山がそう言うと、天地は何かに気がついたようにこういった。
「ああ、そういうことですか。ソレは、アレですよ。別に緑川さんが貴方のことを嫌っているというわけではないんです。ただ、緑川さんは先代のイエローと特に仲が良かったですからね」
「先代のイエロー?」
「ええ、カレーは先代イエローの一番の好物だったんです、きっと緑川さんは同じイエローである貴方に先代を重ねてしまっているんでしょうね」
「そう…なんですか?」
理由は解らないでもない。人は過去に縛られるものだ。
特に先代と言うものは厄介なもので、人は何かと過去の人間と現代の人間を比較したがる。
名店のコック、話題の噺家、職人、芸術家、映画監督。先代が存在する仕事である限り、先代と比較されるのは宿命であるとも言える。
だが、そんな過去の人間に重ねられても困ると横山は思った。
「そもそも、その先代のイエローってどんな人だったんですか?私みたいに若かったの?」
「そうですね…まあ、メンバーの中では緑川さんの次に若かったですけれど、20歳は超えていて、メンバーの平均年齢からするとあまり若いという印象はありませんでしたね」
「じゃあ背は低かった?」
「いえ?むしろメンバー内では一番高かったですよ?
「私とあんまり共通点無いじゃん…あ、じゃあ可愛かったとか?」
「いや…可愛いというか凛々しいというか…」
「え?ああ、出来る女って感じだったの?」
「いえ?頼りになる男って感じでしたよ?」
「…」
「…」
「…あの、マスター。一つ聞いて良いですか?」
「はい、何でしょう」
「先代のイエローって男?」
「ええ。そうですが?」
「なんでやねん!」
思わず横山はそう叫んでしまった。
「なんで、男のその先代と私は重ねられてるんですか?完全に共通点無いじゃないですか?重ねようがないじゃん?」
「さ…さあ。私に言われても…」
「おかしくないですか?あのオジサンは何故に私に男メンバーを重ねてるんですか?」
「そうですね…いや、緑川さんにとってイエローという存在は、他のメンバー以上に大きな存在だったからじゃないですか?」
「大きな存在?」
「先代イエロー。それがどんな存在か、あなた達は知りませんでしたね」
水道の蛇口を締めながら天地が言った。
「うん、私が生まれる前だったし。私は全く知らないってのに、オジサンもマスターもこと有る毎に先代と比較してくるよね」
「先代のフォルノンジャーはそれだけ凄い戦隊だったと言う事ですよ」
「でもさ、それってさ、オジサンの思い出補正が入ってるんじゃない?」
そう言う横山は知っていた。人は時に過去にすがる。昔の誰々は今の奴らよりずっとすごかったとか、昔は良かったとか、最近の若いものはとか、兎に角物事を過去中心で語りだす事が相応にある。
しかし、それは美化された思い出であって、必ずしも真実ではないと。横山はその短い人生の中で理解していた。
「いえ、まあ、確かにそういった思い出が過去を美化するのは確かです。しかし、緑川さんが言っていることは正しいですよ」
「うーん。でも、マスターだって当時は子供だったんでしょ?記憶違いとか…そもそも、マスターの記憶だって結構美化されているかもしれないし…」
「そうですね、確かに私の記憶もすべてが正しいと言うわけでは無いでしょう。しかし、根拠が無いことでは無いんです」
「根拠?」
「例えば現在のレッドの練習時の体力測定の記録を知ってますか?」
「え?ああ。確か候補生の中でダントツで、私やブルーよりも頭ひとつ抜き出てるんでしょ?」
「ええ、しかし、先代のレッドはその2倍近い記録を出していたそうです」
「嘘!?」
天地の言葉に横山は驚愕とも言える程度の驚きを覚えた。
リゾレッドこと檜山はメンバーの中でも特に強い男だった。過去何度も模擬戦をした事があったが横山はほとんど勝つことが出来なかった。そのレッドよりも強かったと言われれば驚きを感じて当然である。
「いえ、事実です。本部に残されていた数少ない書類の中にフォルノンジャー結成時のメンバーのデータがありました。当時の緑川さん、つまりフォルノグリーンの平均数値も、レッドの数値の平均より高いです」
「え?じゃあ、ホントにあのオジサンって昔は今のレッドより強かったの?」
「ええ、まあ強さの概念は曖昧ですから、数値が絶対と言うわけではありませんが、純粋な能力と言う意味では今以上ですね。当時のフォルノンジャーはハッキリ言ってゴールデンメンバーと言えるでしょう」
書類という確実な証拠。そしてそこに書かれた数値という事実。それを言われれば緑川のいう過去のフォルノンジャーの優秀さは事実であると横山にも認めざるをえなかった。
「そんな旧フォルノンジャーの中で、イエローは…」
「ダントツで数値が高かったの?」
「ダントツで低かったんです」
「へ?」
「ダントツで低かったんです」
「あ、いや、聞こえてるからわざわざ2回言わなくていいから。え?一番数値が低かったのがイエローなの?あのオジサン…グリーンじゃ無くて?」
「ええ、グリーンは下から2番目です。平均点が一番低かったのはイエローです。イエローは力に特化してましたからね、腕力の類は特別に秀でていましたがそれ以外が非常に低い数値でした。筆記なんてヒトケタの点数でしたし。ですから平均の点数ではイエローはフォルノンジャーの中でも最低だったんです」
「つまり、力しか取り柄が無かったてこと?」
「まあ、悪い言い方をするならばそのとおりですね」
「そんな、人間と私は重ねられているの?え?力バカと?」
「まあ…そういうことです」
「…」
天地のその言葉に横山はとても沈んだ気持ちになった。
自分は力しか脳が無い人間と比較されていると言われればそれも無理からぬことである。
「しかし。緑川さん、いえ、当時のフォルノグリーンはメンバーの中でイエローを一番に買っていましたよ」
「え?」
「いえ、緑川さんだけではありません、当時のフォルノンジャーは皆、須らくイエローを尊敬していたんですよ」
「なんで?」
フォルノンジャーの中で能力が低く、単に力しか利点が無いイエロー。そんな奴を他のメンバーが尊敬する理由。横山にはそれがさっぱりわからないかった。
「そもそも、先代のイエローの一番の利点は力では無いんです。イエローの一番の利点それは…」
「それは…」
「イエローだけが持つ、メロウなムードです」
「は?」
「イエローは他のメンバーが出すことが出来ない、メロウなムードを醸し出す能力を持っていたのです」
「え?え?チョット待って?醸しだすって?私の記憶違いじゃなければ、『メロウ』って毒ガスでも化学兵器でもなくって、円熟したとか、柔らかいとか、馥郁とかそういうような意味だよね?先代イエローはまったりとした雰囲気を出していたって意味?」
「ええ、そうですよ?」
「そうですよ…って、それが先代イエローの利点だったの?力以外で唯一の?」
「ええ」
横山はひょっとして天地が自分をからかっているのかもと思って彼の顔を見るが、天地の顔は至極真面目そうなものだった。
「ムードを馬鹿にしてはいけません。ことムードは全てにおいてとても重要なファクターなんです」
「いや。…それは否定しないけれど…」
確かに雰囲気は大切だ。何事に対しても影響を及ぼすのである。
しかしそこまで重要視するべきものなのか、横山には疑問に思える。
そんな横山の疑問を感じ取ったのか、天地はとある話をすることにした。
「緑川さんがなんであんなに料理が上手いか知ってますか?」
「へ?いや、一人暮らしが長いからじゃないの?」
突然突拍子も無い質問をされて横山は戸惑いながら答えた。
「まあ、それも理由の一つではあります。ですが、彼がああして料理を始めたのは、此処でフォルノンジャーをしていた頃からなんですよ。彼がああして料理を始めたきっかけは、この店で初めてイエローに作ったことなんです」
「そうなんですか・・」
「嘗て、緑川さんは作戦中に失敗をしたことがあったそうです。幸い、その失敗はすぐに挽回することができたんですが、仲間をピンチに陥れ、もう少しでフォルノンジャーは全滅するところだったそうです。その出来事にショックを受けて緑川さんは相当に落ち込んだそうですよ」
「へ…へえ」
あの何時も飄々としているか、見苦しく逆切れしている緑川が落ち込む姿が想像出来なかったが、そんな緑川でもさすがに若い頃は普通の若者らしい感情の起伏があったようだ。
「そのせいで緑川さんは一人、この店で落ち込んでいました。そんな時、店内に入ってきたイエローがこう言ったそうです。開口一番『オイドンはお腹が空いたでゴワス!』と…」
「そんな口調だったんだ…先代…」
「そして緑川さんに向かって『オイドンは料理はからっきしなので、緑川どん、オイドンにライスカレーおば、作ってはくれはせんぞなもし!』と」
「とんだ我儘野郎じゃん、そしてそれ何弁?色々混ざってない?」
「緑川さんは料理なんてしたことが無かったんですけれどとりあえずその店にあった材料を使って、そして当時のマスターの作っていたところをおもいだしながらカレーを作ったそうです。でも今みたいにカレールーが普及して居るわけではなく、結局出来上がったカレーの出来はお世辞にも良いものとは言えず、味見した緑川さんからしても酷い味だったそうです、でもどう考えてもマズイ料理だったのに当時のイエローはそれをまたたく間に食べて『マズイバイ!まずかバイ。でもおかわり!』といって瞬く間に食べてしまったそうです」
「とんだ食いしん坊じゃん」
「そしてこう言ったそうです『カレーは誰でも簡単に作れると言うけれど、初めから完璧に作れる人間はそうはおらんバイ。初めて作るなら不味かカレーを作ることもありうることですたい。でも、永遠に料理が下手な人間は早々おらんでゴワス。その気があれば、上手くなると思うでゴワスマッシュ!』と…」
「えっと…それって」
「つまり、イエローは緑川さんを励ましていたんです。でも、ただ言葉で励ましても無駄だって事が解ってたからそういう行動を取ったようですね。実際その時、緑川さんは救われた気持ちになったそうです」
「…」
「その日から緑川さんはミスをすることは無くなったそうです。そして、あの人がカレーを良く作るようになったのもその頃からです。ヒーローにとって。いや、すべての人間にとって、心の救いはとても重要なことだと緑川さんは言っていました。そして、私もまた、そう思います」
そして天地は真剣な顔をするとこういった。
「今回の件もそうですよ」
「今回?」
「横山さん、今、檜山くんや海貝君が何処に居るか知ってますか?」
「あの二人なら帰って…」
「いえ、あの二人は帰ってませんよ。今本部の地下にある練習場で訓練しています」
「え?でも練習のスケジュールは…」
「ええ、規定の練習量は既にこなしていますから、完全なオーバーワークですね」
「それってマズイんじゃ…」
過ぎたるは及ばざるが如し。練習もやりすぎれば体を壊す要因になると言う事は、横山もよく知っていた。
「マズイです…でも、してしまうんです。先日の戦い、勝つことは出来ましたが、それは実力ではありません、緑川さんの綿密な計画の勝利だったのです。実力で言えば二人は怪人に全く敵わなかった。だから焦りが生まれているんです。そう。嘗ての緑川さんのように」
「…」
「今日、緑川さんが貴方にしきりにカレーを薦めていたのも、緑川さんなりに、この場のムードを何とかしたいと思ってのことでしょうね」
そう言われて、横山はあの時の事を思い出していた。
あの時、確かに檜山と海貝は笑っていた。
それは空元気の類だったのかもしれない。しかし、そこに暗い雰囲気が無かったのも事実だ。
つまり、緑川はああして横山を誂うことで場のムードを盛り上げようとしていたのだ。
「そんな…私…なんにも考えて無かった」
横山は自分を恥た。
横山は何も気がついていなかった。
檜山と海貝が焦っていることも。
現在のフォルノンジャーの本当のムードも。
そして、それを何とかしようとしている緑川のことも。
ただ、単純に戦勝祝いを楽しみ、そして与えられるカレーに辟易としていた。
ただ、目の前の出来事を単純に受け取ることしかしなかった。
そんな単純なことしか考えていない自分を…。
「いえ、それでいいんです」
「え?」
「貴方のその単純な明るさが、場を明るく照らすこともあります。だからこそ、緑川さんは貴方に先代を重ねるんですよ。横山さん。いや、リゾイエロー。貴方はそのままで…そのままが良いんです。」
そう言って天地が笑った。
その時。
「忘れ物したあ!」
そう言いながら緑川が店内に入ってきた。
「うわ!」
突然の緑川の乱入に横山は驚いていたが、天地はそれを予想していたのか、カウンターの下から何やら取り出しながら言った。
「あ、緑川さん、忘れ物って、このポーチですか?」
そう言いながら天地は小さな物入れを緑川に差し出した。
「そうそう、それそれ中に免許入ってるんだよ。いやあ、やばかった、全く、エライ目にあったぞ。また職務質問されてさあ、身分証ないからもう大変だった」
「またですか?」
「おお」
「今月入って何回目でしたっけ」
「5回目」
「格好がダメなんじゃないですか?スーツ着たらどうです?」
「おまえ、ヴァルマスーツ着たら職質どころじゃすまないだろ」
「あ…いや、そのスーツではなくて」
「え………あ、ああ、ビジネススーツな。確かにあれを着てるとされないな。でも、意味もなくビジネススーツってなんかやじゃね?窮屈で、動きにくいし。それより一人で歩いてるのがマズイのかなあ。さすがに数人で居るとされないし。兎に角あいつら異常だよ、異常。なんか俺を虐めて楽しんでるとしか思えん」
「はあ」
「これから練習場に行こうと思ってるんだけど、それまでに何回職質されることやら…」
「練習場に行くんですか?」
「あ?ああ、ほら、昔オレらが書いた落書き、消しとかなきゃなって…」
その言葉を聞いて、さっきまでの横山ならば何の疑問も感じなかっただろう。
だが、今なら理解できる。
緑川はなにかするつもりなのだ。
過去の落書きを消しに練習場に行きそこで『たまたま』出会う檜山と海貝に対して、オーバーワークをやめさせるような事をしに行くのだろう。
「私、ついてこうか?」
横山はそう言った。
「あん?」
「複数人ならされないんでしょ?ショクシツ」
「…まあな」
「私、今日これから予定ないし」
「そうか…」
そう言いながら緑川が笑った。
別に横山は緑川の手伝いをしたいと思ったわけではない。檜山と海貝に何か言うつもりも無い。
ただ。
ただ単純に緑川が何をするのか見たいと思った。
だから、緑川と二人一緒に、店の扉から出ていく。
そんな2人の背中を見ながら。
天地は、案外この二人は良いコンビなのかもしれないと。そう思った。
18年前。
いつも一緒に行動していた、先代フォルノイエローとフォルノグリーンの姿のそれと同じだと。
その姿を微笑ましく感じた。
◆◆◆
さて。
その微笑ましい状況だが、一つだけ問題があった。
緑川は30を過ぎた中年であり、容姿もそれ相応である。
そして、横山はまだ17歳でかつ、実年齢よりもいくらか幼い容姿をしている。
親子…にしては年が近く、
兄弟…にしては年が離れた2人。
そんな男女が、寄り添うように歩いていれば。世間の人間はどのように思うだろう。
この後。
2人の関係が売春のソレと勘違いされ。
警察による長時間の職務質問を受けるハメになるとは。
この時の2人はまだ知る由もないのであった。
◆◆◆
次回予告
フォルノンジャーの間で屡々交わされる論議。
時にそれはお互いに譲れない言い争いへと発展することが有る。
そんな言い争いをするメンバーに対して、緑川は何を思うのか。
・次回!ヴァルマ戦隊 リゾフォルノンジャー!
『進め!それぞれの気持ち!』
お楽しみに。
◆◆◆◆用語解説
・イエロー
当時最年少だったグリーンは現在の横山のように無垢な青年だった。そしてイエローは単純な性格のようだが周りの雰囲気を良くする術を知っている男だった。
現在最年少の横山。緑川は彼女に対して、嘗てのイエローを重ねると同時に、嘗ての自分を重ねているのかもしれない。そして、今の自分の中に嘗てのイエローを求めているのかもしれない。
実際、天地が見た横山と緑川の関係は、若き緑川と先代イエローのそれを重なる物だった。
・メロウ
イエローはメロウな雰囲気を醸し出している。メローなのだイエローは。メローなイエロー。メローイエ……。
判る人だけ判れば良い。チョット前から復刻販売しているので比較的簡単に手に入るかもしれない。
・カレールー
実際はかなり昔からカレールーはあるので、『当時は』というのは天地の勘違い。
ただ、カレールーは家庭用という雰囲気があったのは事実で、先代マスターはカレー粉を使ってカレーを作っていた。
・職務質問
ちなみに筆者は上京してから2週間目で人生初の職務質問された。これが世に言うウェルカムドリンクならぬウェルカムポリスである。
・5回
ちなみに筆者は電車に乗る直前と、降りた直後に職質されたことがある。なんだあいつら。自動改札機とセットなのか?
・隣に誰かいると
比較的確率が下がるのは確かだが、筆者は友人と一緒に歩いている時にされたことがある。しかもなぜか筆者だけピンポイントで。
あの時、友人たちの「こいつ怪しいやつじゃないですから」のフォローは嬉しくもあり、悲しくもあり。
・落書き
嘗て地下練習場の目立たないところに緑川が書いた落書きの数々。
当時のメンバーの悪口や、自作のポエム等。