第7話 若き日の出会い
夏の夕暮れ。
黄昏時の空は、控えめな光でもって世界を照らし、世界はオレンジ色に染まっている。
その光は控えめに喫茶溶鉱炉の窓から入り込んでいるが。そのあまりにも控えめな光は、店内の輪郭をぼんやりと映すにとどまっている。
そして。そんな店内で。そんな控えめな光に照らされながら。
リゾブラックこと、緑川こと、俺は正座をしていた。
俺の前に仁王立ちするリゾレッド。こと赤いシャツを着ている坊主。名前は…確か檜山…たけろう?たけし?…たけ…もう、「赤坊」でいいや。赤坊が立っていた。
彼の身からは闘気のようなものがにじみ出ている。
「で?」
赤坊が俺に向かってそういった。
「で?って…何が?」
「遅刻の言い訳は有るか?」
薄暗くて表情はわからなかったが、それでも、その声色からこの男が怒り心頭であることは明白だった。
「…ぐう」
「寝たふりすんなよ!」
「寝たふりではない!リゾタヌキスリープだ!」
「知らねーよ!なんだよそのタヌキスリープって!」
「説明しよう!リゾタヌキスリープとは。オポッサムに代表される一部の哺乳類が使う死んだふりを技のレベルにまで昇華させたものだ!まるで本当に眠っているかのように振る舞うことで、敵の油断を誘い、というか、味方の油断も誘って、状況を有耶無耶に出来るのだ!」
「出来るか!」
「いや、コレが意外と有効なんだよ。いかにもスキだらけになることで相手は油断するか、あるいは訝しんで動きがぎこちなくなる」
「馬鹿か?相手が飛び道具を持ってたらどうするんだよ?」
「あ…」
「眠ったフリが永眠になるだろうが!」
「そこは周りの仲間が何とかしてくれる」
「味方頼りかよ!」
「檜山くん、檜山くん…論点がずれてます」
「は、そうだ!オッサン!俺はなんで遅刻したのかを聞いてるんだよ!というか、遅刻ってレベルじゃねーよ。もう会議も終わってマスターも本部に帰っちゃったぞ?」
ッチ!
せっかく話を有耶無耶にできそうだったのに。冷静なブルーのせいで話が戻った。
大体このブルー、なんて言う名前だっけ。たしか星野だが、星崎だか、馬頭星雲だか…もう「青瓢箪」でいいや。
兎に角青瓢箪のアシストで赤坊の怒りの矛先は再び俺の遅刻へと戻ってしまった。
「違うんだ、コレは、その、あの、アレだ、リゾ遅刻だ!!!」
「はあ!?」
「説明しよう!リゾ遅刻とは。嘗て巌流島で宮本武蔵が行った遅刻作戦と同様に、ワザと遅れることで相手の精神に苛立ちを生まれさせるという、リゾブラックの必殺技の1つである!」
「味方の精神に苛立ちが生まれてますけれどお!?テメエマジでフザケンナよ!」
ヒーローとして完全アウトの口調でレッドが叫んだ。
「しかたねーだろ!日雇いの仕事が入ってたんだよ!」
「やっぱりそれが理由かよ!!」
俺の逆切れとも言える言葉に、他の一同は呆れている様子だ。
「そもそもさあ、俺が米袋運んでる時にいきなり招集連絡なんてされても困るっての!作業中だ!事故ったら大変なことになるんだぞ?しかも今回のリフト担当が下手くそな新人で、こっちはただでさえハラハラしてる時だぞ?」
「いや…その、新人とか良くわからねーけど」
「結局あの新人、途中で米袋をリフトで刺しちゃって大惨事になるし」
「いや、その日雇いの話はいいから」
「そもそも世界の平和と日雇い仕事とどっちが大切だよ」
「両方」
「言い切った…」
仕事は大切だぞ?
ヒーローは確かに世界の平和を守る。
しかし、その世界の平和は人々の労働によって支えられている。いわば労働もまた、世界平和のための大切な行為なのだ。
「まあ、今日は別にそんな重要な集まりじゃなかったんだし、いいんじゃないの?」
とリゾイエローこと、黄色いアップリケをつけたTシャツを着た小さな少女こと、横…横…横手?…横殴?…ええっと…黄色い印が服にあるから「キ印」でいいや。
兎に角、キ印がいいことを言った。
「そうだぞ、大の男が小さいことをイジイジイジイジ。お前はイジイジ虫か」
「オッサンは反省しろよ!なんだよイジイジ虫って」
「まあ、まあ、レッド。確かに今回の集まりは簡単なブリーフィングでしたし」
「マスターも苦笑いしてたけど、そんなに怒ってなかったし」
「それだよ!そこが問題なんだよ!マスターはこのオッサンに甘すぎる!」
「そうか?」
天地くんが俺に対して甘い?そうだろうか?
あの容赦無い勧誘行為を思い出す限り、そうは思えないのだが。
「例えばだ、俺達が今回のオッサンみたいに遅刻したらどうなる?」
赤坊がそう言うと青瓢箪とキ印は少し悩んで。
「説教コースですね」
「1時間以上は確定だね」
「そうだよ、俺達なら間違いなく怒られるね。それなのにオッサンは遅刻しても苦笑いのみ。この待遇の差は何処から来るんだ?」
そう言って赤坊は怒ったが、俺にはむしろその赤坊の言葉が解らなかった。
「説教?あの天地くんが?」
天地くんは強引で行動的な男だ。
だが他人に説教をかますような人間では無いはずなのだが。
「するよ、説教」
「結構凄いですよ天地マスターの説教は」
「もう、膝から崩れ落ちるほどの正論と、批判。人間性すらも否定されるからね」
「まさか」
信じられない。
「いや、確かに普段は優しい人なんだけどさ、怒るときは怖いよ?まあ、司令って立場だし、俺らの上司なんだから、当然っちゃ当然だけどさ」
「まあ、メリハリと言うか、飴と鞭を使い分けてはいます」
「でも確かにオジサンには飴オンリーな感じだよね」
「まあ、飴をもらった記憶は無いが、確かに天地くんが俺に対して怒りを見せたことはないな」
「差別だ!俺らばっかり怒られてるのに!天地マスターはオッサンにばかり甘いじゃないか」
「しかし、なぜ緑川さんはあんなに甘いんでしょう。天地司令は昔の知り合いという理由だけで贔屓するような人じゃないはずなんですが…」
「弱みを握ってるとか?」
「「…」」
キ印の一言に、2人の動きが止まった。
そして。
「弱み…握ってるのか?」
「握ってるんですか?」
「あるの?弱み?」
神妙な表情でそう聞いてきた。
「どうしたんだよ改まった様子で」
「い…いやあ、別に?ただ純粋な興味だよ」
「そ…そうですよ、全く持って他意はありません」
「そうそう、もしその弱みを握れば、私達ももうチョット優遇されるかもとか微塵も思ってないよ?」
ああ、そういうことか。
「残念ながら、弱みなんて握ってはいないなあ」
「いやいや、でもさあ、アレだろ?オッサンってマスターとの付き合いが長いんだろ?」
「そうですよ、長い付き合いならば相手の弱みと言える部分の一つや2つ」
「そうそう、握ってて当然だよね」
こいつらは。
「付き合いが長いと言っても18年前、彼が子供の頃に少しばかり仲が良かったってだけで、それ以来18年も会ってなかったんだぞ?」
「マスターの子供の頃か…」
「全然想像つきませんね」
「あのマスターの子供時代?」
「でもさ、子供の頃って結構恥ずかしい思い出の宝庫だぜ?」
「なるほど、幼少期にしでかした数々の出来事こそが弱みと言うわけですね」
「おじさんが自覚してないだけで、実はマスターの秘密、結構握ってるんじゃない?」
「そもそも、オッサンとマスターってどうやって知り合えたんだ?昔はオッサンは秘密戦隊で天地マスターは一般人だったんだろ?」
「あ、それは確かに気になりますね」
「超興味深々なんですけど」
どうやら三人の興味は俺と天地くんの出会いへと移ったようだ。
「俺と天地くんの過去か…」
オレは少しばかり遠い目をしながら、かつての彼との出会いを思い出した。
◆◆◆◆
「そうだなあ、アレは忘れもしない、今と同じような暑い日だった。確か18…いや19年前か。それで季節は夏…あれ?初秋の残暑だっけ?」
「結構忘れてんじゃん」
「兎に角…暑い日だった。その日俺はある特殊任務をしていた」
「特殊任務?」
「スパイを探し出すことだ」
「スパイ?」
「ああ、当時、俺達の情報を含め、街全体の色んな情報がゲルニッカーズに掴まれて居てな。コレはどうやら街の中に情報収集をしている奴が居るとなった。そこでその情報収集をしている奴を見つけるべく俺が選ばれたわけだ」
「諜報員を探す諜報員といった感じですね?」
そう、まさに俺自身もスパイだった。
フォルノンジャーの正体は秘密、そんな中、自分の正体を隠しつつゲルニッカーズの正体を探るという、俺自身の正体がバレるリスクをおった作戦。地味ながらとても重要で危険な任務だった。
「と言っても然程派手な事はしなかった。今みたいに情報インフラが発達してなかったから、当時の情報は足を使って手に入れるしか無かった。そして俺は情報収集をすべく、街中を歩いた。俺は駄菓子屋でアイスキャンデーを買ってそれを舐めながら街を歩き、かき氷屋でかき氷を買ってそれを食べながら街を歩き、タバコ屋でVivoを買って飲みながら街を歩き…」
「飲み食いしまくりかよ」
「しかも冷たいものばかり」
「子供みたい…」
「違うの!当時は駄菓子屋や雑貨屋みたいな小売店は利用者も多くて情報収集には需要な場所だったの!それでもって情報収集する際に何も買わないと失礼だろ、だから仕方なく物を買って、それとなく話を聞き出してたんだよ!」
次の日俺はトイレで地獄の苦しみを味わったんだぞ?
「で、俺の必死の情報収集の結果、とある夫婦が最近この街に移り住んできたと言う事が解った。一見すると普通の夫婦のようだったが、一点だけ不審な点があったのだ」
「不審な点?」
「殆ど外に出ないんだ」
不審だろ?
「…それだけ?」
「そういう夫婦結構いますよ?」
「別に変じゃないじゃん」
「当時は変だったんだよ!今と違ってデリバリーとかも普及してなかったし、生協だって普及し始めたばかり、家から出ないで生活なんて殆ど不可能な時代だったんだよ!」
ユビキタス時代の若人共め、今と違って当時家から出ない生活と言うのはとても異常なことだったんだぞ?
引きこもりとかニートなんて言葉も無かった、そんな時代に家から出ないなんて異常極まり無かったんだ。
「兎に角、当時としてはその夫婦はあまりにも怪しかった。というわけで俺はその夫婦を重点的に調査することにしたのだが、その夫婦を怪しいと思ったのは俺だけじゃなかった。ある団体も、またその夫婦を怪しいと思い独自の調査をしていたんだ」
「ある団体?」
「公安ですか?」
「警察?」
「少年探偵団だ」
「「「少年探偵?」」」
「昔はそういうのが流行ってたんだ。全国各地に自称探偵団の子供の集まりがあってな。まあ、探偵団と言っても所詮は子供の遊びで、集団でそのへんをウロウロと探偵ごっこしているだけだったんだが、しかし偶然か、あるいは少年探偵団が優秀だったのか、その夫婦を怪しいと調査をしていたのだ」
「へえ…」
「そりゃあまた、アグレッシブな子供達ですね」
「探偵ゴッコのレベルじゃないような気がする」
いや、当時の子供は皆それくらいアグレッシブだった。家の中で遊ぶなんて一部のお金持ちか、病弱な子供ばかりで、殆どの供は外を歩き回っていた。
「結論から言うと、俺と少年探偵団が怪しいと思った夫婦は本当にゲルニッカーズのスパイだったんだ。その夫婦はその家を中継基地として、付近の電話回線を盗聴してゲルニッカーズ本部に報告していた。そしてそれが問題だった。いや、俺としては問題どころかむしろドンピシャだったわけだから幸運なんだが、問題なのはその少年探偵団だ。なにせスパイごっこのつもりが悪の組織ゲルニッカーズに関わってしまったんだからな。彼らの探偵業は遊びの域では済まなくなった。更にはその後が不味かった。夫婦の正体を知った少年探偵団はその事実を警察や周りの人間に伝えようとしたんだ」
「それって不味いことなのか?」
「別に普通のことじゃないですか?」
「むしろ自分たちで戦おうとか考えないあたり、普通の子供のより懸命だと思う」
「あのな、俺たちの基準じゃなくて、一般人の基準で考えろ。もし突然子供が現れて近所の夫婦の正体が悪の組織のスパイだって騒ぎ立てたらどう思う?」
「子供の悪ふざけだと思うな」
「まあ、本気にはしないでしょうね」
「うん、適当にあしらうかな」
「そうだ、実際周りの人間は本気にしなかった。さらに子供達のその行為はゲルニッカーズに知られてしまった訳だ。ゲルニッカーズは所詮子供とはいえど、自分たちの秘密を知った人間をそのまま放って置くような組織ではなく、少年探偵団にゲルニッカーズの魔の手がのびた。そこを間一髪で助けたのが俺たちフォルノンジャーだ。スパイ夫婦を倒し、子供達を助けて万事解決、こうして世界の平和は守られた」
思い返してみても、あの時の戦いはとても大変なものだった。
なにせあの怪人夫婦から子供たちを守りながら戦ったんだから。子供を庇って俺が怪人夫婦の合体技、マッスル・ドッ・キングを受けたときは死ぬかと思った。間一髪で他の仲間が助けに来てくれたから良かったけれど、タイミングがすこしずれていたら死んでた。
「なるほどそんな経緯が」
「まあ、確かにドラマチックと言える出会いかもしれませんね」
「…チョット待って!」
突然キ印が大きな声を出した。
「ん?どおした?チミっ子」
「その助けた時ってオジサンは変身してたんだよね?」
「当然だろ?じゃないとヴァルマエネルギーが使えないじゃないか。確かに当時の俺は今よりも若々しく、力強く、聡明で、カッコ良くて、ナイスガイだった。すごくナイスガイだった。でも、さすがに生身で怪人と戦える程では無かったさ」
「ナイスガイって…表現が古いな」
「古いですね」
「あのさ…オジサンが変身してたってことはさ、その時助けた天地マスターや他の少年探偵団はどうしてオジサンの正体を知り得たの?確かにフォルノンジャーの存在を知ることは出来たかもしれないけれど、それってオジサン個人と知り合えたわけじゃないでしょ?」
「あ…」
「そうか…」
キ印のその言葉に、赤坊と青瓢箪がハッとしたように目を見開いた。
このキ印なかなかするどい。一番年齢が若く常識知らずのようだがどうやら頭の回転は悪く無いようだ。
「いいところに気がついた。実は話はコレで終わりじゃない。その事件の後。少年探偵団の興味は、フォルノンジャーへと変わってしまった。果たして自分たちを助けてくれたフォルノンジャーの正体は何者なのか。彼らの活動はその正体を暴くことへと変化していった。とはいえ俺達もダテに秘密組織をしていたわけじゃない。子供達が俺達の事を調べようとしている事はすぐに解った。だがほうっておいた。しょせん子供の遊びだと思ったからな。だが、今思えば俺達は油断してた。少年探偵団が俺よりも早く怪人夫婦の正体に気がついたという事実を忘れていたんだ。子供たちはあっさりと俺達がフォルノンジャーだという予想をつけた。しかし俺達も、ハイそうです僕らがフォルノンジャーですなんて言う訳が無い。結局子供たちも、俺達が怪しいと思いつつ決定的な証拠を掴めなかったし、俺達はそのまま証拠を掴ませなければ、移り気な子供のことだ、すぐに興味が他に行ってフォルノンジャーのことを忘れると、そう思って居た。だが、そうはならなかった、あいつらトンデモナイ方法を使って俺らの正体を暴いたんだ」
「トンデモナイ方法?」
「どんな方法ですか?」
「ハンストとか?」
なんでハンガーストライキでフォルノンジャーの正体を証明するんだよ?トンデモすぎるだろ。
「ある日、喫茶溶鉱炉の近くで叫び声が聞こえたんだ、「怪物だ!」「友達が襲われてる!」ってな。店内に居た俺達は思わず飛び出たさ。フォルノリングに手をかけて何時でも変身できる状態でな。もうそれは身に染み込んだ行動だったんだ。条件反射的に動いてしまった。よく考えれば判るはずだったんだ、その叫び声が子供達だけのモノで、叫び声の割には辺りが騒がしく無いって事をな」
「それって…」
「つまり…」
「子供たちが…」
「そう。それはな、ブラフ。嘘だったんだ。本当は怪物なんて何処にもいなくてな。喫茶溶鉱炉を飛び出した俺達を待ち構えていたのはニヤニヤと笑う子供たちだった。つまりハメられたんだ俺達は。子供たちの罠にまんまと引っかかったわけだ。かくして俺達の正体は少年探偵団にバレるに至ったわけだ。ちなみにその罠を考えたのが当時の少年探偵団、副団長の天地。そう、現在ヴァルマ戦隊の司令でかつこの店の2代目マスターである天地くんその人だ」
「うわあ」
「当時から優秀だったんですねえ」
「でもマスターらしいと言えばマスターらしいよね」
「こうして俺達の正体は少年探偵団に知られてしまった。幸運だったのは彼らが子供だったことだろう。彼らから俺達の正体が他の人間にバレる心配はあまり無い。さっきも言ったように、子供の言う事を本気にする大人は当時少なかったからな。でもまあ、少年探偵団はしょっちゅう問題を起こしたな、時に怪人の情報を集めようとして捕まったり、時に怪人に俺達の秘密をばらしそうになったり。でも同時に怪人のアジトを本当に見つけたり、怪人の弱点を探り当てたり。良くも悪くも俺達と共に戦った戦友だった。今でも覚えているよ、あいつらが危険な事をするたびに、俺は良く説教をかましたもんだ」
「マスターに説教を…」
「なんか想像できませんね」
「あの人、怒られることとかあったんだ…」
「天地くんは頭が良い割にヤンチャでしょっちゅう問題起こしては俺が怒っていたさ。むしろ俺としてはその時の印象のほうが大きい」
もともと頭のいい子供だったがそれでもよく彼は無茶をしては説教をしてた。
特に当時フォルノンジャーでも最年少だった俺は子供たちと仲が良かったから説教役は何時も俺だった。
「あるいはその経験が故に俺に対して下手に出ちゃうのかもな。三つ子の魂百までって言うしな。嘗て叱られていた相手を叱るってのは、なかなか難しいことだし。むしろ俺としては、彼が怒るというところが想像できないけどな。そんなに怖いの?」
俺がそう3人に聞くと、三人は全員クビを縦に振った。
「怖い」
「怖いね」
「怖いよ」
「まあ普段あんなふうにニコニコしてるんだけどさ、怒るとすげー怖いんだよ。いや、怒っても表情は相変わらずニコニコしてるんだけどさ。だけど、いやだからこそ怖いんだよ」
「そうなんですよ、あの人、意外とすぐに怒るんですよ」
「なんか、無言の威圧感というかなんというか、言い知れぬ恐ろしさがあるよね」
「っていうか何だかんだで結構厳しい人だよな」
「そうそう」
「厳しすぎよね」
「アレ、絶対性格がネジ曲がってるぜ?」
「サディストであるところは間違い無いですね」
「悪魔の化身かと思う時とかあるもん」
三人の会話は何やら天地くん批判に発展していった。
怖いと言ってる割には言いたい放題に批判している。
「お前ら怖い怖いと恐れる割りには言いたい放題だな」
「大丈夫大丈夫、俺達も馬鹿じゃないから、マスターの前では言わないって」
「そうですよ、どうせ今はマスターいませんし」
「鬼のいぬ間になんとやらだよね」
「大体、悪口言われるってことはマスターにも問題があると思うんだ」
「まあ、確かに尊敬できる人ですけど、欠点はありますよね」
「というか、あの怒るときだけが唯一にして最大の欠点だよ」
まるで今まで貯めてきた物を吐き出すような悪口合戦。
こいつらの言う恐ろしい天地くん像は、俺には全く理解できなかった。
しかし、おそらく俺はすぐに彼が怒る姿を見れるはずだ。
再度フォルノンジャーと言う立場になり、司令となった彼とは今後長い付き合いとなる。彼の怒りの姿を目の当たりにする事は、今後多々あるに違いない。
彼の怒りがどんなものなのか、きっとすぐに知ることが出来るだろう。
「ああ。それといい忘れたけれど…」
天地くんに関する愚痴を言い合っている三人に向かって俺は口を開く。
「そもそも俺達の正体がフォルノンジャーと怪しまれた理由だが。少年探偵団の凄いところはその情報収集力だ。いつの間にか俺達の情報は筒抜けだった、何故かわかるか?」
「へ…?」
「さあ…」
「わかんない」
「子供特有の情報網に加えて、奴らは自作の盗聴器まで使ってた。当時、この店のテーブルに結んだ糸電話を使って盗聴をしてたんだ。原始的で如何にも子供らしい盗聴装置だけど、コレが結構有効でなこの喫茶店での会話はあいつらに筒抜けだった。そんな少年探偵団の副団長ももう大人。おそらく今じゃ本物の盗聴器も簡単に手に入るだろう」
「へ…」
「えっと」
「それって…」
「ましてや重要な情報が飛び交うこの喫茶店の中にそれが無いとは到底俺には思えない」
「「「……………」」」
「俺は天地くんがどんなことで怒るか知らないが、コレだけの悪口を言われて怒らない人間と言うのを知らない」
その時。
ギイ…
俺の後方で、店の扉が開かれる音が聞こえた。
「「「ヒィ…」」」
扉の方に視線を向けて、俺の前の三人は恐怖に歪んだ表情を見せる。
そう。それはまるで、とても恐ろしい物を目にした時の表情だった。
かくして俺はこの後。
天地くんの怒りと言うものを知るに至るのであった。
◆◆◆
次回予告
喫茶溶鉱炉に潜む潤沢な食料。緑川はそれを使い自分の食費を抑えようという壮大な計画を実行に移そうとする。
しかしそこに怪人出現の知らせが。
果たして怪人の正体とは。緑川の料理の腕前とは。
・次回!ヴァルマ戦隊 リゾフォルノンジャー!
『料理と怪人!!』
お楽しみに!
◆◆◆◆用語解説
・リゾタヌキスリープ
リゾブラック108の技の一つ。
まるで本当に眠っているかのような無防備な姿に敵を油断させる技。
このタヌキスリープから繰り出される睡拳の数々は沢山の敵を屠ってきた。
・オポッサム
死んだふりが得意なアメリカの動物。
舌を出しうつろな目をするだけではなく、体温を下げ死臭すら出す。時には死に至るまでの迫真の演技もするという、死んだふり界のトップスター。
・リゾ遅刻
リゾブラック108の技の一つ。
遅刻することで相手を苛立たせて戦闘を有利にすすめる技。
・リフト
ホークリフトのこと。
・刺す
米袋等に穴を開けること。ホークリフトの構造上屡々ありえることである。
実際には新人だけではなく、結構年齢がいった人でもやっちゃったりする。ぼんやりしてる時にやりやすい。
・名前。
当然だが、リゾフォルノンジャーは秘密戦隊であり、その正体は秘密である。そのためメンバーは変身時や作戦時でこそお互いのコードネームである色名で呼び合うが、普段はちゃんとお互いの名前を呼び合うことが多い(ブリーフィングや反省会の間は別)。ただ、オッサンというものは人の名前を覚えるのが苦手なものなのだ。
・赤坊
緑川がレッドにつけたあだ名。
赤いシャツを着ている坊主と言う意味。
・青瓢箪
緑川がブルーにつけたあだ名。長細い体格からこう命名した。
・キ印
緑川がイエローにつけたあだ名。黄色い印と言う意味。それ以外に意味は無い。他意などあるはずがない。あるはずがない。
・選ばれた
緑川がこの任務に選ばれた理由は当時グリーンが一番地味だったから。そう言った調査作業に一番向いていると思われていた。
・Vivo
『Vivoより美味なのはVivoだけ』というキャッチフレーズでお馴染み。正確には社名で飲み物の名前では無いが、「ヴィーボ烏龍ティー」や「ヴィーボコーヒーRX」等の社名が入った飲み物も販売している。ちなみに当時緑川が飲んでいたのは「梅干ネクター」。現在、Vivoという飲料メーカーは存在せず、一部で朽ち果てた自販機を見ることが出来るのみである。一説には五科コーラボトラーズに吸収合併されたという噂もある。
・ユビキタス
何時でも何処でも誰でも恩恵を受けることができる、インターフェース、環境、技術のこと。少し前に盛んに使われた言葉だが、実は明確な定義があるわけではなく、その解釈は様々。
概ね 便利でその存在を意識せずに、更には直感的に使える公衆サービスと言うような意味。
某起業家が、このユビキタスが実現されれば家から一歩も出ず生活が出来るようになると言ったことで一躍有名になった言葉。ちなみにその起業家はその後、刑務所というある意味、施設から一歩も出ない真のユビキタス社会へと入ることになる。
・引きこもりとかニート
確かにそんな言葉は無かったが、代わりにパラサイト(親に寄生して生活するという意味)、プータロー(ニートとほぼ同義だが、就労意欲がある者も含む)等という言葉は使われていたような気がする。結局言葉が変われど人の本質は変わらないのかもしれない。
・ハンガーストライキ
飢餓によるストライキ。相手が要求を飲み込むまで飲食を断つ行為。
天地「僕は!貴方が自身をフォルノンジャーだと認めるまでご飯を食べません!」
緑川「負けたよ、俺がフォルノンジャーだ」
的な展開をイエローは想像したようだ。