55話 作戦吐露、妄想テロ
また遅くなりましたが投稿します。
卒論ももう終わりましたので、そろそろ更新速度戻りそうです。
……来月には社会人ですが。
ともあれ、続き投稿。お楽しみ頂ければ幸いです。
義を見てせざるは勇無きなり。
加えて馬騰は気にするな、と言った。
これは漢の忠臣を救け、賊を討ち、娘に兵を率いさせる経験も含めてのこと。
だから、計二千の軍兵を率いる将帥は任せた、と彼女は言った。
当初、神坂は固辞するつもり満々で居たが、処罰対象の姜維や高順が軍を率いる訳にもいかず、かと言って客将身分の趙雲や程立は不適用。
馬超、馬岱は将帥など御免とばかりに全力拒否の上、馬騰も苦い顔で首を横に振った。
ならば自然にと副軍師の肩書きを持つ神坂が槍玉に上がり、「でも俺も客将」という言葉は見事に封殺された。
「今だから言うけど、今回の事は完全に計算外だった」
二千の兵の先頭を駆けるそんな神坂は、ふと漏らした。
左右に位置する高順と姜維は反応し、各々少しだけ隣側を窺った。
案の定、趙雲と程立は神坂に視線を向け、馬超と馬岱は何の事かと、互いに顔を見合わせた。
「元々処罰と称して軍を分け、皇甫中郎将への報告の後は分けた軍を雲隠れなり何なりし、黄巾党の意識外へ追い出て遊撃として動く心算だった。月さんと詠さんも了承してくれて、そのつもりだったのに」
「それがあの救援要請で計画が狂った、ですか」
「今はもう七月。穎川で戦い始めて三月は経って、終戦間近と踏んでいたけど」
姜維の言に甘かった、と返し、瞑目して悔恨残す表情。
思惑が外れてしまったばかりか、無駄に兵を死なせる羽目になりかねない事態へ転じ。
不覚にも馬騰への"借り"を作ってしまった。
「でも董卓の兵もそんな多くないだろ、軍を分けた所で無意味じゃないのか?」
「それは戦いが始まった時こそ無意味だよ、馬超さん。大軍相手に戦いの直前で兵を動かすのと、戦の最中で外部から兵を投入するのじゃ、効果が全く違ってくる」
ふうん、と、その借りを作ってしまった本人の娘に相槌を打たれた所で、再び思案。
姜維、高順の兵は合わせて千五百。そして馬超と馬岱が引き連れた軽騎兵五百。
機動を要するにも歩兵が居る為、救援に向かうにも動きは余り迅いとは言えず。
「でも勿体ないなぁ、輜重を途中で放棄したのは」
名残惜しそうに馬岱が後方をちらと見つめ、隣の馬超に窘められると少し不満顔。
ああは言ったものの、行軍速度を速める為には致方ないのは理解している。
「放棄する前に兵には十分な食事を与え、必要最低限の秣と兵糧袋を持たせてあります。ここは荷を引き連れて赴くより、兵のお腹を満たせて行軍した方が良いでしょう」
「そですねー。姜維さんの仰る通り、今大事なのは兵士さんのやる気ですし」
「風の言うやる気も良いが、神坂殿、行軍がちと遅めに感じるのですが」
「ああ、ややではあるけど、わざと遅めにしている」
表情を険しくさせた趙雲を意に介さず、神坂は右手を挙げ行軍を停止させた。
馬超も多少は驚きつつも、同じく引き連れた兵に停止命令。
「程立さんと趙雲さんは、天水に来る前は中原を渡ったそうだね。ここがどの辺りか分かる?」
「中牟ですね。今の行軍速度なら、長社には一日足らずで着けるかとー」
「そっか。なら明日の夜に着ける様、行軍を調整する。睡蓮さん、馬超さん、各軍にあの連なる岩場で休息を取る旨を伝えて」
二つ返事で二人は後方へ休息を伝え、岩場まで着くと神坂は下馬をし馬を地に座らせた。
姜維や高順、馬超らも地へ足を降ろし、各馬を休息させる。
しかし、それを良しとせぬ者が一人。
「神坂殿、何故ここで軍を休ませるのです」
「明日には決戦になる。趙雲さんも休める内に休んだほうが良い」
「皇甫中郎将は今も身命削り、十万の黄巾党相手に睨み合っておいでですぞ」
「知ってる。二刻前に斥候が戻ったばかりだし」
「ならば、ここは一刻も早く皇甫嵩殿の下へ駆けつけるべきでしょう」
「駆けつけてどうすんの」
「何を今更。賊を討つ」
はは、と笑い飛ばした。
その反応が気に入らないのか、彼女は眉根を寄せる。
「勇ましいのは結構だけど駄目だね、計画性が無い」
「賊如きに策も計画も不要。ここには一騎当千の猛者共に、斯様に勇猛な涼州兵ならば、皇甫中郎将を救けること、恐るるに足らないでしょう」
「ふうん。それはもう勇ましいってか、匹夫の勇だね」
「……何ですと」
「おい、神坂も趙雲やめろよ」
馬超が間に入るも彼は我関せずという態度。更に彼の言葉と態度が癪に障ったか、趙雲の怒気は徐々に増していき、それは言葉として皮肉へと。
「私の見込み違いか、神坂殿は既に臆病風に吹かれていると見える」
「そうだよ、俺は臆病で小心者。だから万全を期す」
「ほう、お認めになるのですな。ご自身は匹夫の勇にも劣ると」
「なんだと。……謝れ」
「お、おい神坂」
「おや、流石に頭にきましたかな。して、私は何に謝れば宜しいか」
「俺と比べた匹夫の勇に謝れ」
至極真面目で言った彼に、馬超と趙雲、密かに傍で聞いていた姜維と高順も少しコケた。
「ひ、匹夫の勇に対してですかな?」
「え、いや勿論冗談だからね? 本気にしないでっていう」
「何故ここでそんな冗談を……」
入りかけたシリアスパートを粉砕され、もう怒気やら何やらが何処へ消え失せた。
げんなり顔の趙雲を慰める様に、程立は彼女の肩に手を。
「星ちゃん星ちゃん、神坂のお兄さんも考えがあるんですから、落ち着いて下さい」
「しかしだな、風よ」
「勇猛とは言っても、二千の兵が十万の兵に立ち向かうなんて、普通は無茶だと星ちゃんにも分かりますよねー?」
肯定とばかりに閉口する彼女を尻目に、神坂は密かに思った。
なんで程立の言葉は素直に聞くんだ。
「神坂のお兄さんはまだまだ、星ちゃんとの話し方を心得てないだけですよ」
そして心を読まないで欲しい。
いや、もしかして表情か。
「程立さんには俺が考えてる事、解るようだね」
「おおよそですが」
「なら是非聞きたいかな、程立さんが読んだ俺の思考を。ついでに、皆が理解出来る様に説明もしてあげて」
「お望みとあらばー」
眠たげな半目で瞬きし、視線を趙雲へ。
「星ちゃん、雍涼の二州に比べ、中原はぽかぽか暖かいですねー」
「そう、だな。少し動いたら汗をかきそうだ」
「では寒い雍涼の出の兵隊さん達に、経験の無い中原の風土はとても辛いでしょう。加えてここまでの遠征です。無理は出来ません」
「む……」
だからやや緩やかに、そして急を付けず行軍。
それが一つ、と区切る。
「次に、報告では皇甫中郎将は十万の黄巾党に包囲され、危機的状況。それでも戦いに及ばず、未だ"睨み合い"という状況で収まっています。何故でしょー?」
「それは、皇甫中郎将は救援が来るのを信じ、援軍の到着と同時に、長社脱出の機を図っておられるのでは」
「ではそんな皇甫中郎将に、黄巾党が総攻撃を仕掛けないのは何故か」
「それは」
と、紡いだと所で先が続かず、閉口。
「黄巾党には皇甫中郎将を謀った、少しは知恵のある将が居ます。普通に攻めては抵抗に遭い、手痛い反撃を受けるのは目に見えちゃいます。そこで、官軍を兵糧攻めで弱体化させ、それから痺れを切らして出陣するであろう官軍を、討つ胆なのでしょう」
「ならば尚更、直ぐに馳せ参じるべきでは」
「それが、ここから二つ目の理由です」
岩場の影まで移動し、よいしょと腰を下ろした。
「そんな知恵のある敵将のこと、援軍を予想してない可能性は低いかと。そんな中に二千の兵でただ挑んでも、風たちは一敗地に塗れちゃいます」
「……そうだ、そうだな。なら明日の夜に到着させる理由は、何だ」
「今日は風が吹きませんねー。そよ風さえも」
何を、と問うが、程立は空を見上げたまま。
同じく空を見上げるが、そこにはただ、雲が流れているだけ。
「雲の流れが、とても早いのです」
「それがどうかしたのか?」
「明日には、とても強い風が吹くでしょう」
問い掛けた馬超の瞬きが、数瞬だけ早くなった。
「強い風が吹く前は、決まって風が無く、雲の動きが早まっちゃいます」
「そうなのか」
「はいー。そして中原ではここ最近雨が降らず、草木が乾いてますね」
地に生える僅かな草を撫で、摩る。
馬超も触ってみるが成程、言われてみればそうだ。
「加えて長社は葛が生い茂る場所、英明な皇甫中郎将ならこれに必ず気付き、この機を逃さず救援をアテにするのはやめ、自力で脱出する行動に移すでしょう」
「そうか、そういうことか。ならば夜陰に乗じ、黄巾党が皇甫中郎将の策で混乱に陥ったその時こそ、我らも動くべきと」
「そゆことです」
合点がいった趙雲に「解って頂けましたかー」と言い、程立は瞑目。
渦状の飴を口に含み、喋り終えたと嘆息。
そして、響く拍手。
「や凄い、凄いね程立さん。ほぼって言うか殆ど正解だよ、ここまで当てられるなんてびっくりだ」
「いえいえ、それほどでもー」
「はー、程立も凄いけど、それを考えてた神坂も凄いな。あたしにはとても無理だ」
「うんうん、お姉様には到底無理だよね」
瞬間、馬岱は軽い拳骨をお見舞いされた。
「けどよ、敵にゃ知恵のある将が居んだろ。敵も同じ考えだった場合、そこんとこどうよ」
「そこは大丈夫でしょう、黄巾党が包囲を未だ解かずに居座り、何も行動に移していないという事は、気付いてないと見て良いでしょう。しかも十万の軍勢で、指揮をするのが数人程度。このことから、敵将は"にわか"さんかと。だから勝算はありますよ、高順ちゃん」
「ちゃっ……おい、ちゃん付けはやめろ」
「ぐぅ」
寝るんかい、と、すかさず神坂がツッコミ。
「ぽかぽか陽気に当てられてついー」
「んなわきゃあない」
「しかし神坂殿、それならそうと言って頂ければ」
「策も計画も不用って言った人には、血気盛んで何を言っても駄目かな、ってね。だからちょっと怒らせて、肩透かしさせた方が話聞いてくれると思ったけど……論理的に語れば、趙雲さんも理解してくれるんだね。ごめん」
ちらりと、趙雲に視線を送る。
唇を尖らせ、余所を向く趙雲に一同は苦笑。
「でも程立さんホント凄いね、ここまで当てられるとは、読心術の心得でもあると疑っちゃう」
「風は考えてた事を喋っただけですよー。逆に風も、神坂のお兄さんと同じだった事にびっくりです」
「成程、これはいいね。程立さんには今後、色々相談に乗って貰おうかな」
「おやおや、風でよければ喜んでー」
うんうんと互いに頷き、神坂の手が程立に迫ろうとした所で―――固まった。
微笑みが完全に固まり、真向かいに向けるとそれは見えた。
笑顔。
姜維が笑顔。
それが超怖かった。
彼女が何を考えているのか、出来れば考えたくない。
「ずるいです私だって全部解っていたのに程立さんに全部言われて私も褒められたいああもう、あんな無邪気に褒めるひなたさんの笑顔は本来私が受けるはずだったのに 実は相談とか言って程立さんが誘惑して二人であんな事そんな事」
「おい、おい姜維、漏れてる。お前のアホな妄想が言葉になって全部ダダ漏れだぞ。いい加減本音を脳内に隠す癖付けろ」
ハッと口を噤み、隣の高順を順番に皆を見ていくが、時既に遅し。
一部は面白い玩具を見つけた童の様に口元を緩ませ、
一部は姜維の言葉で顔を紅くし、意味不明な言語を発して、
一部はまたかと彼方に視線をやり、
そして男は、何も聞いていないフリをしていた。
そんな中で、姜維は羞恥で顔を紅くし、口をパクパクさせ、苦し紛れにこう言った。
「……て、っていう夢を見たんです!」
「んなわきゃあない」
流石に、ツッコミを入れない訳にはいかなかった。
そして何を思ったのか、程立はしばし考え、裾を摘まみ上げて足を露わにし、
「ちらり」
「いや やんなくていいから」
よよよと崩れる演技に趙雲が乗っかり、姜維がテンパってあらぬ事を口走る前に高順に抑えられたりと。
明日には決戦というに、なんとも締まらなかった。
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