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4話 守る為、いざ戦いへ(中篇)


集落から五里程離れた場所、そこに三尖槍を手に馬に跨る少女が一人。

少女の名は姜維。ここから離れた集落の民である。

少女は俯き顔を上げ息を吸い、吐く。

その動作を数回繰り返し、来たるべき時に備えて心を落ち着かせる。


ふと集落から離れる前に別れた母との会話が、脳裏をよぎった。



『睡蓮、私は今この時ほど自分の力の無さを嘆いた事は無いよ。よもや我が子に、娘に危険なことをさせるなんて……』

『母上』

『私に力があったら、おまえに武器を握らせてやることもなく、私が戦っていたというのに』

『言わないで下さい母上。こうなった発端は私の浅慮が招いた結果。それにこれは、私だからこそ果たすべき役割なのです』

『睡蓮……』

『それに一番大変なのは、ひなたさんです。本来私が……いえ、やはり言っても仕方のないことです』

『それも、理解しているとも。だが睡蓮も判っておくれ、我が子を戦わせる様な場所に向かわせないといけない、母の心も』

『……はい』

『父もあの世で、まだあなたが来ることを望んでないわ。だから、お願いよ。必ず戻ってきておくれ』

『はい、必ずや再び母上の元に』


そう言って別れた、母のあの不安そうな顔を。


……死んでたまるか。私はまた母上の元へ絶対戻ってやる。

集落の皆も、絶対に死なせはしない。

一人だって殺させてやるもんか。


「……そろそろだ」


もう一度息を吐き、そして馬を蹴り走りだす。


また彼女は想う。

集落で別れた彼のことを。

彼の武運を願う。


「ひなたさん」


その呟きは、馬の嘶きと共に風に流される。





荒野に騎馬の集団が群れをなし、先頭の男に追従してただ只管に荒野を駆けていく。

集団の首領である男、韓達は片手で馬の手綱を握り、もう片方の手には青龍刀のような剣が握られていた。

韓達は目の前の景色を眺めつつ、目的地での行動を思案していた。


目的は勿論、略奪。


だが略奪だけでは気が済まない。手下が十人程殺されたのだ、見せしめに皆殺しにしないと気が済まない。

しかも手下を殺した奴はまだ子供と言って良いほどの小娘だと。

逃げて来た奴らは一瞬で斬られた、あいつは化け物だなどと抜かしていたが。


そんなの有り得る訳が無い。


油断しやがって馬鹿共が、と内心毒づいていた。

たかが小娘にそんな芸当出来る訳が無いとたかを括っている。

それにそれがもし本当だったとしても、これだけの人数だ。負ける訳がない。


そう思い、後ろを向いてみる。

そこにはおよそ騎馬二百余。他地域の同業者達と比べても騎馬の数は圧倒的に多い。

例え逃げようがすぐさま追いつき、蹂躙してやる。

そう考えていた時だった。


右前方から騎馬が一体、こちらに向かって来ていた。


「あん?」


韓達は怪訝な顔をし、馬を止めその騎馬を凝視する。

後ろでは手下達も同じように止まり、その騎馬を見ていた。

……みすぼらしい格好をした、頭巾を被った若造だった。

だがこめかみからは血を流し服にはおびただしい程の血で塗れ、手には槍を持っていた。


韓達に警戒の色が浮かび、手下たちが身構えた。


だが近付いて来た騎馬の若造は、こちらを見付けるとその顔に安心した様な表情を浮かべた。


「おっ、おいあんた等!」

「ああ?なんだ、テメェは」

「もしかしなくても、俺と同じ同業者だよな!?」

「はあ?」

「俺は狼牙党の頭、蒙乍ってたんだが、あんたは?」

「狼牙党?蒙乍?……聞かねぇ名だな。おいお前、知ってるか?」


韓達は後ろに居た手下達に聞くが、皆顔を合わせるばかりで知っている感じではなかった。


「はぁ、あっしは聞いた事ありやせんが……」

「俺も聞いた事ねぇっす」

「チッ……お前、どこのモンだ?」

「ああ、俺ぁ最近秦州からここまで流れて来たんだ」

「秦州からだぁ?なんでそんな奴がここに居る」

「いやよ、秦州じゃ大して女もいねぇし、ロクなもんがねぇからよ、最近ここに流れて来たん……ってンな事言ってる場合じゃねぇ!おい頼むよ、助けてくれ!」


蒙乍という男が思い出したように、すがる様に身を乗り出して来た。

その迫力に韓達は少し眉を潜めた。


「そりゃ、何の事だ?」

「さっきそこで村を見付けて襲撃したんだが、小娘一人に手下が皆やられちまったんだよ!」

「……なんだと?」

「百人近くいたんだが、村に入ったらその小娘に皆殺されちまったってんだよぉ!」


泣きそうなその言葉に、韓達の眼が見開かれる。そして頭の中で先程の手下の言葉を思い出した。


『おっ、お、お頭!仲間が、ほとんどやられちまいましたぁ!』

『一瞬で皆斬られちまったんですよ!あのガキ、化け物みてぇな強さだった……ッ!』



――――ちょっと待て。それは、まさか。



「お、お頭!そいつきっとあのガキだ!」

「あ、あ……やっぱり、あのガキだ」


韓達が振りかえると、手下の一部がその時の状況を思い出し、身体を震わせている。

他の手下も、仲間と今目の前にいる男が言っている、賊を殺す女というのが一致しているのだと思い、徐々に動揺が広がっていく。


百人を皆殺し。


その事実に手下が皆恐れ慄き、韓達も不安を覚え始めた。


「お、俺は命からがら逃げて来たんだがよ、あの女途中まで追って来やがったんだよ!もしかしたらまだ追って来てるかもしんねぇ。なぁ頼むよ、俺ぁアンタの手下になってもいい!だから助けてくれよぉ!」


目の前で必死に懇願する男。

嘘を言っている様には、とても見えない。


「もしかしたらあの女、もうすぐそこまで……」

「お、お頭!あれを!」

「あぁ!?」


手下の言葉で、前方に軽い砂塵が起こっているのを確認した。

徐々に姿が大きくなり、性別と特徴が確認出来るようになり、

その手に持っている三尖槍にも気付く。


「あ、あ、あいつだ。追ってきやがったぁーッ!」


蒙乍という男が悲鳴に近い声を上げる。


「おおおお頭ぁ!あいつでさぁ!」

「あいつがさっき言った化け物女っすよ!」


手下も震えた声で、指をさした。


……あんなガキがか?


そう韓達は思ったのだが、すぐに考えを改めた。

よく見ると女の手に持つ三尖槍は刃はおろか、柄の部分まで血が付着し、女の顔には返り血らしきものも見てとれる。


それも相俟って女は恐ろしい形相だった。

その形相に韓達もたじろぎ、自然と後ずさる。

そしてこちらにいる男、蒙乍に気付き馬を止め、


「見付けたぞこの屑野郎!」


言うや否や、背負っていた弓を取り矢筒から矢を取り、そして放つ。


「ヒィッ!」


蒙乍は瞬時に身を屈め、飛来する矢を躱す。


「ガッ!?」


そして後ろにいた韓達に刺さった。


「おっお頭ぁ!」

「お頭!」

「カッ……ハ」


首に矢を受けた韓達は仰向けに落馬し、あえなく絶命した。

手下達はいきなりの状況に判断が追いつかず、理解を出来ていなかった。


「あ、あ、あ……」


しかしそれを目の前で見ていた蒙乍は、カチカチと歯を鳴らし、


「うぁああーッ!」


目の前にいる韓達の手下達をかき分けるように、必死に逃げ出した。

それと同時に死んだ韓達の隣にいた男も、矢に貫かれた韓達の死体を見て恐怖に駆られ始めた。

逃げる、どうする、頭が殺され……

賊達の頭の中では思考が纏まらず狼狽えるだけだった。


「貴様らも仲間か!なら皆殺しにするぞ屑共ーッ!」


そう言い、女は再び矢筒から矢を取り出し今度は馬上から連射する。


「ぎぃっ」

「ぐっ」


放ったと同時に賊がまた数人射抜かれる。


「ひいっ!」


それを見ていた賊達の戦意は最早低いどころでは無くなった。


「おい嘘だろ!なんでこんな正確に当たるんだよ!?」

「馬鹿何やってんだよお前ら!早く逃げねぇと殺されるぞ!?」


賊達の後ろにまで逃げた蒙乍が悲鳴に近い声を上げると、それを皮切りに一人、また一人と背を向け蒙乍について行く様に逃げ出していく。


仲間を一瞬で斬り殺す化け物。


賊達は半信半疑だったが、目の前の蒙乍と言う男の証言と、目の前で韓達や仲間が殺されたことで、それは本当なのだと信じ込んだ。

やがて恐怖は伝染し、次第に賊のほとんどが逃げ出した。

女は一瞬追う素振りを見せたが、そこに留まった。

それを見た賊達は今だとばかり全力で馬を駆って逃げていく。


「おいあんたらの住処ってどこなんだ!?とにかくそこに早く逃げようぜ!」

「お、おう!こっちだ付いて来な!」


蒙乍は近くに居た賊にそう促し、またその賊もその指示に従う。

女は賊達が逃げるその背中を、ただ見つめていた。


やがて賊達が見えなくなると、女は――――姜維は、目を瞑り祈るように呟く。



ひなたさんどうかご無事で、と。





「ハァ、ハァ……あ、あそこだ」


賊達は蒙乍と共に逃げ、住処が見えると安堵したように、息を整い始めた。

賊達の住処。そこは木々が多くまるで森であり、その森から少し小高い丘の上に柵が取り付けてあり砦の様な状態が見てとれることから、そこが根城なのだろうと蒙乍は思った。

だが、それだけでなかった。


「なんだありゃ、洞窟か……?」

「ああそうだ。あそこも住処だ」


蒙乍が洞窟を見る。ここからでは確認出来ないが、あそこは恐らく雨を凌ぐ場所だろう。


「けど畜生、頭がやられちまうなんて……」

「おい俺ら、これからどうすりゃ良いんだ!?」

「俺に聞くんじゃねぇよ馬鹿!」

「んだとテメェ!」

「うるせぇんだよ馬鹿共!」


賊同士が喧嘩しそうになり、蒙乍が一喝する。

その一喝で賊達が沈黙し、賊が口を開こうとしたところで、蒙乍が続けて喋る。


「いいかお前ら、こうなった以上もうここには居られねぇぞ」

「ああ?何でだよ!」

「考えてもみろ、あの女の集落の奴ら、お前らが襲ってから絶対にもう官軍に言いつけてるはずだ」

「ハッ。腰抜けの官軍なんかにビビってんのかよ?」

「官軍の愚図共なんかにビビるかよ。俺が言いてぇのは董卓だ」

「董卓だぁ?」

「お前ら知ってるかどうか知らねぇけど、董卓っていや涼州の出身で最近この辺り治めてんだ、しかもその董卓は行動が速くて賊に一切容赦しねぇようなヤツだぞ!?お前らそんなヤツのお膝元にまだ居るのかよ!?」

「け、けどよ俺らには騎馬が……」

「言ったろ、董卓は涼州出身だって」

「あ……」


その言葉で賊達はようやく理解する。

涼州出身。恐らく、いや確実に董卓は騎馬民族の者達を擁している。

しかも涼州の者と言えば気性が激しく、武勇は漢の人間では及ばない力を持っているのがほとんど。


馬に乗って略奪、殺戮しかしたことのない賊。

方や生まれた時から馬上で生活している正規の軍。


戦えばどうなるかなど。考えなくても解る。


「ち、畜生!ならどうすりゃ良いんだよ!?」


賊達はまた狼狽えだし、互いに顔を見合わせるがそれで何か解決する訳でも無く。

蒙乍はやれやれと首を振り、冷淡な声を出す。


「逃げるんだよ、準備して」

「え、あ?」

「幸いここはまだ他の奴らに知られてない場所なんだろ?なら今からでも荷物まとめてずらかって、他の所で女なり金なり奪いや良いだろ。それからでもまだ間に合う」

「そ、そうだな」

「勝てるかどうかも判んねぇ戦いするより、そっちの方がずっと良いだろ?」

「ああ、そうだ、そりゃそうだ。そっちのが良いに決まってる!おいお前ら、砦の奴らに早く今の事伝えるぞ!」

「お、おう!」

「俺も手伝うぜ。乗りかかった舟だしな」

「わ、悪いな頼む!」


そう言い、蒙乍は賊達と一緒に砦に入り、次々に伝えていく。

そして聞いた賊達は慌てて逃げ支度を始め、ある者は洞窟へ、ある者は砦の中を走り回ったりとしていた。

その慌ただしい輪の中から蒙乍は一人外れ、賊達とその周りを眺めていた。


しばらく見、そして目を細めて槍を捨て、行動を起こす。



「さあ、精々時間稼ぎしますかね。付き合って貰うよ塵共」



そう呟き、蒙乍――――否。

神坂日向は頭巾の中に隠してある小刀を確認し、砦のある部分へと近付いて行く。





その半刻も前、天水の城からある騎馬の軍勢が城門から飛び出した。

その軍勢が掲げる旗印は張。紺碧の張旗。


偃月刀を抱えた女性を先頭に、軍勢は目的地へと駆けて往く。


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