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53話 錦馬面会、潁川郡

結局いつもの期間で投稿。申し訳ないです。

お楽しみ頂ければ幸いです。

羌人の母を持ち、混血である馬超は異民族からの信が厚かった。

顔は色冠の白玉の如く、眼は流れる星が如く、そして唇は紅を差すが如く。

虎の如き体躯に猿の如き臂、腹は彪の如く腰は狼の如き。人は其の雄姿を畏怖畏敬の念を以て、こう呼んだ。

錦馬超。

この威名と彼の武威により、胡族は馬超が居る地に攻め込むのを憚ったという。

剛毅果断の勇士、そう思っていた。


「わたっ、私はお前が旦那なんて認めてないからなっ!」

「落ち着き召されよお嬢。御母堂の言う事を本気で捉えてはなりませぬ」

「でででもっ、あのバカ親だからこそ本気か冗談か分かんないじゃないかっ!」

「もーお姉様は。ほら、一人で突っ走るからあっちも困ってるし」


龐徳に伴われ、馬騰に似たやや太眉の少女が二人。

後ろで髪を結いて居るのが馬超、それよりやや背丈が低めなのが馬岱。

合流の旨を伝えに来たが、馬騰の代理として砦の入口で迎え出た彼女は、出会うなり指差しで宣言。

赴いた神坂と、随伴の臧覇は面食らっていた。


(薺さん、これは俺どうしたら良いんですか)

(恐らく馬騰殿が何か吹き込んだのだろう。ここは正直で差し障りの無い返答をすれば)


どの道、馬騰の提案通りにする必要も、つもりも無し。

相手側も強く反発している事から、望んでいないことが明白な故、変に取り繕う事もない。

ふむ、と暫し考え込み、馬超達の正面を向く。

眉根を寄せ、なんだよ という顔付きの馬超に言う。


「どうぞご安心を馬超殿。俺も馬超殿との契りを望んでいる訳では無し、他に意中の相手が居ります故、馬騰殿の件はお断りさせて頂く所存」

「あ、う。そ、そうか。いや、お前がそのつもりなら良いんだ、うん」


顔を背けぶつぶつと「そんなキッパリ言うのかよ」と馬超は呟く。

しかし数瞬経ち、神坂は「あ」と漏らし、後悔。

言った。やってしまった。

正直に言いすぎた。

やばいどうしよう。


「えーっ! おば様そんな事言ってなかったのに。なーんだ、お姉様が駄目なら、たんぽぽを売り込もうと思ってたのに」

「なっ、た、たんぽぽお前っ! 何言ってるんだよ!」

「だって神坂のお兄さん割と格好……良い、よ?」

「ちょっと、なんでそこでどもるの」

「うーん、これは格好良いって方の部類じゃないかなーって」

「馬岱さんへの俺の好感度が五下がりました」

「ああん、そうじゃなくってねー」


男が言われたくない言葉の一つを言われ、少しだけ挫けそうになった。

しかしと、威を正し両の手を前で組み、礼。


「兎も角、貴軍への挨拶と共に、先刻軍司馬 馬騰殿への姜維、高順の愚挙にして多大なるご無礼。この通りお詫び申す」

「お、おい、いきなりなんだよ」

「……龐令明、主君 馬騰に代わり拝領致す。主、馬騰は所用により、某が言伝を預かっている。"先刻の神坂殿への睡罵が如き非礼、必ず直に詫びさせて頂く"と」


馬騰の言で反感を買わせたであろう目前の少年、しかしその曇りなき礼法に感嘆しつつ、予め馬騰より預かっていた言葉を伝えた。

神坂も軽く頷き、軍礼。


「馬騰殿が言、謹んで拝領致す。然れど姜維、高順の二名は軍令により相応しき沙汰を下した故、この件はどうかご容赦願う」

「了諾致す。貴軍の精到なる軍律、敬意を表す」


龐徳の礼に合わせ、神坂の返礼に伴い臧覇も礼。

馬超、馬岱も公場だと理解し、慌てて礼を。


「では、董卓軍はあと数刻の後、行軍を再開致しますのでこれにて」

「あ、ああ。母様……馬騰にも伝えておくよ」


礼と共に踵を返し、神坂は自陣へ。

徐々に離れていくその背を見つめ、馬超は嘆息。


「なんだよ、結局あたし一人が慌てふためいて、馬鹿みたいじゃないか」

「おや、ご息女は案外残念で召されているご様子。満更でも御座いませぬかな」

「なばっ、ななな何言ってんだお前っ! そんな訳ないだろ!」

「ダメだよ臧覇様、お姉様が同年代の男の人と会うってだけで、そわそわしてたなんて言ったら」

「たんぽぽお前ぇーッ!」

「あははごめんなさーい!」


脱兎の如く駆けた従姉妹を追いかけ、馬超は砦内へと消えていった。

臧覇もその光景に微笑を浮かべ、私もそろそろと神坂の後に続こうとしたが、男の声で呼び止められた。


「臧覇殿、貴殿から見て神坂殿は如何なる人物か、差し支えなければ答えて頂けませぬか」

「藪から棒に如何した、龐徳殿。我が軍の副軍師に何か含む所でもお有りか」

「斯様な心算は更々御座らぬが、無理にとは申しませぬ。……いや、不躾な質問でありましたな」


御免、と龐徳も砦へ踵を返す。

しかし今後は逆に、彼女が制止の声を。


「貴殿らが彼に如何様な印象を抱いたかは存ぜぬが、馬騰殿の評、恐らく間違いではない」


歩みを止め、その言葉を背で受け止める龐徳の表情は読めない。


「しかし私は、私達は前途有望な若者にただ手を差し伸べるのではなく、自身で自覚し、乗り切るの信じて見守るべきだと思うがね」


しからば御免と、今度こそ臧覇は神坂の背に向かう。

龐徳も何も言うでもなく、思うわけでもなく。砦内に消えていった馬超達を探すべく、歩を進める。


「何を話してたんですか、薺さん」

「いや何、馬騰殿のご息女は健やかに成長なされたものだと、世間話をな」

「まさか良い獲物を見つけたのをいいことに、からかったりしてませんよ、ね?」

「君の中の私はどんな印象なんだ、薄ら傷つくぞ。……ふむ、からかうと言えば、日向君は先程意中の相手が居ると―――」

「あっやば、ヤブヘビ」


逃げ出そうとする神坂の腕を掴み、笑顔で直視する彼女から全力で視線を背け、黙秘を行使するが、出来れば陣内に入るまでには解放して欲しいと願う。

果たして、その願いが届いたかは定かならず。




「穎川郡への派兵、ですか」

「そう。睡蓮と高順への処断は、その派兵、あわよくば現在穎川で戦う皇甫中郎将と連携し、黄巾賊を討伐。それを以て今回の件は帳消しとするわ」


得物は依然没収されたまま。

拘束されてはいないものの、帷幕の外に李粛、李蒙らを見張りに置き、見ようによっては二人は半監禁状態。

帷幕を訪れた賈駆の言を姜維は漠然と受け止めるが、高順はそれを鼻で笑う。

唯一、賈駆の傍らに控えていた呂布のみが反応を示さないまま。


「よう眼鏡、勝手に処断決めてくれてアレだが、随分面倒な役押し付けてくれてんな」

「あんたは打擲を免除されただけ、有り難く思いなさい」

「フッざけんなボケ。そもそも、アタイがテメェ等の処置に従う道理が無ェつってんだ」

「高順さん」


姜維の制止の声を振り切り、つかつかと賈駆の前まで歩む……直前、眼前に呂布。


「ンだよ」

「……だめ。手、出しちゃ」

「別に何もしやしねェよ」


結局呂布の前で歩みを止めたまま、やや見下ろす体勢で後ろの賈駆へ見やる。

表情に変化は、無い。


「今一度言っとくが、アタイはテメェ等の全てに従うつもりが無い事、忘れんな」

「その前に日向が董卓軍の副軍師ということも、忘れないことね」

「……減らず口を」


眼下の少女を睨むが、やはり表情に変わりなし。

再度鼻で笑い、呂布にジッと見つめられ毒気を抜かれたのか、溜め息と共に数歩下がった。

姜維は安心したのか、嘆息。


「しかし命に抗う訳ではありませんが、皇甫中郎将は月様率いる本隊が赴くと思って居られるはず。私達だけというのは、些か拙いのでは」

「そこは心配しなくても良いの。先ず、私達は馬騰軍と司隷周辺を掃討した後、直ぐに穎川郡へ向かう。睡蓮達は穎川郡へ先行し、皇甫中郎将までの"繋ぎ"を担って貰う。それが今、あんた達のすべき事」

「では、兵は」

「睡蓮の隊、千と高順が調練した五百。併せて千五百の兵で派兵させる」

「……かなり厳しい、ですね」


万と万の兵が矛を交わす、激戦区に二千足らずの兵。

顔を険しくさせ思案に入る姜維だが、高順は怪訝な顔。

いまいち解せぬと表す彼女は、賈駆に一つの疑問を投げ掛けた。


「それ、董卓と眼鏡のどっちの案だ」

「眼鏡言うな! ……案は、日向が出したわ」

「日向さんが?」


はたと顔を上げて賈駆を見、彼女は肯定と頷く。

高順は怪訝な顔を引っ込め、思案。

まさかあの野郎、と高順は一つの可能性に辿り着き、姜維は得心の表情。


「軍同士の不和解消の為とは言え、功罪にしちゃ割に合わねェな。面倒な事に、してくれやがった」

「精々みっともない姿晒さないでよね。あ、それとあんた達だけじゃなくて、名目上"お目付役"として日向と趙雲、程立を補佐として付いて行くから」

「おい、それ一番大事だろ。結局二人じゃねェし」

「ひなたさんが付いてくるんですかッ?」

「お前も現金だなオイ。結局自軍の連携も取れない兵を伴うってこと、忘れてんなよ」


慌てつつも返事を返す姜維だが、喜色食む表情でいまいち説得力に欠けていた。


「で、他はどうなってんだ」

「司隷の賊を掃討した後は、恋と薺にねねと荀攸を付け、荊州国境、南陽方面へ派遣。後は残りで馬騰軍と穎川に向かうけど、局地戦を考慮すると、到着が遅れることも覚えといて」

「……とんだ貧乏くじだ、こりゃ」

「大丈夫」

「ぁあ?」

「高順も睡蓮も、それなりに強い」

「……そうかよ」


偽りの無い、呂布の素の言葉だが、だからこそ高順の心境は微妙だった。

姜維が呂布の言葉を素直に受け取る傍で、賈駆だけは肩を竦めていた。

それと、と賈駆は付け加え。


「ま、先行といっても洛陽の手前からだし、馬騰軍との遠征も先が長いんだから、色々気をつけてよね」

「だからそれ先に言えっての」




陳留郊外の平野に、ある一軍が行軍していた。

数は凡そ三千、曹と夏侯を筆頭に掲げる。

軍の先頭にて馬を駆る少女へ、東方より斥候騎兵。

兵は手早く軍礼を済ませ、諜報を伝えるとまた直ぐに東方へと奔走する。


「東四十里、官軍と黄巾軍が交戦しておりますが、劣勢のようで」

「所詮はぬるま湯に浸かっていた官軍。皇甫嵩、朱儁、盧植中郎将以外の指揮下では、戦らしい戦すらも出来ないでしょう」


傍らに控える女性、夏侯淵の言に主、曹操は侮蔑混じりに嗤う。


「その盧植殿も、罷免されて代わりに董卓殿が討伐に乗り出すとか」

「貴女の姪が居る軍だったわね、桂花。聞く限り、董卓軍は中々の粒揃いと言う。特に涼州出自の騎馬軍に、飛将軍、そして二人の麒麟児」


唇を釣り上げ嗜虐的な笑みを浮かべる彼女に、控えていた夏侯惇と荀彧は恍惚の表情を浮かべ、夏侯淵はやれやれと嘆息。


「ともあれ、先ずは彼方より奮戦する官軍の手助けといきましょう。遠慮は要らないわ、春蘭、季衣と共に赴き、敵悉くを薙ぎ払いなさい。期待しているわよ」

「は、はい華琳様っ! 行くぞ、季衣!」

「あっ待って下さいよ春蘭さまーっ!」


嬉々として向かう彼女に追従し、季衣と呼ばれた少女、許褚は後に続く。


「董卓。貴女は我が覇道の礎となるや、或いは彩りとなるか。或いは」


我が前に立ち塞がる壁となるか。想像するだけで、顔には笑みが零れてしまう。

だが、その前に先ず。

愚鈍な官兵を救け、人を棄てた獣達を屠ろうではないか。


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