表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/62

51話 馬寿成、三者即発

続きを投稿。

物語に独特な場面を織り交ぜてますが、どうぞ平に。

ではどうぞ。


董卓が天水太守に就任するよりも前のことである。

元来争い事を好まぬ董卓は漢族が野蛮、蛮族と敬遠する異民族、言わば羌族や氐族らの地を親友と共に敢えて訪れ、交流を深めていた。それは彼等が漢族や自らと変わらぬ同じ人間であり、五感があり、感情があり、人を愛し世を営む術を持つ民族なのを董卓は信じていたからだ。

勿論全ての者達が良人とはいかず、解せぬ悪人も居るに居た。

だがそれでも、董卓は彼等と共に手を連ねるべきだと確信をしていた。

その思想は漢という国に於いて後ろ指を指され顰め面をされ、剰え反逆罪とも取られかねないが故、堂々と口を開くことを憚った。


ある日の事、羌族の族長達が董卓の故郷 隴西を訪れた際、家宅に何も無いのを思い出した彼女は諌める賈駆を宥め、農耕牛を殺して肉を用意し、家宅の宝物を売りその金で酒を買い彼等をもてなす準備をした。

しかし何処からか、その事が役人の耳に入り、役人は董卓を罪人として捕捉すべしと兵を動員させた。

それは漢の法では耕牛を殺した者、盗みを働いた者は等しく死罪であったから。董卓はその法を知っていながら尚、羌族の族長達をもてなそうと考えていた。例え事が発覚しても、彼女は甘んじて罰を受けるつもりであった。


だが、それを良しとしない者がいた。

馬騰、字を寿成。

元々隴西に居座っていた彼女は兼ねてより羌族と交友を持つ董卓を知り、興味本位で訪問しようと考えていた。それが羌族の族長達が訪れた日と重なり、時機を失したと思った馬騰は家宅の裏に回り、せめて後日訪れる旨を伝えようとした時である。

偶然にも耕牛を殺すよう指示した董卓と、その指示を受けて殺す下人を目撃した。


『お、い。おいおい、本気かい嬢ちゃんよ』


全身が泡立ち、己の心から何か、込み上げるモノを感じた。

言葉で表すなら、正に欣快の至り。

かつて羌族と寝食を共にし、漢族同様、羌族を同族に思う彼女にとって、その所行は衝撃的であった。

法を知らぬ筈がなし、罪を知って尚のもてなし。

嗚呼なんと、なんと。


―――粋じゃないか。


ならば涼州人たる己をもと、馬騰はその場より疾く駆け出した。

暫くして役人と兵が董卓の家宅に押し掛け、董卓と賈駆は一瞬驚愕するも直ぐに神妙な顔をし、驚く族長達を余所に役人は早々と罪状を読み上げ、証拠をと家宅の裏へ回った。

確かに、そこには獣を屠殺した痕があった。

血の滴る牛刀と所々散る肉片。

役人は董卓を捕捉する様兵に指示したが、瞬間、何処からか張りのある制止の声が響いた。

向くと、そこには耕牛に寄り掛かる馬騰。


『董卓嬢の耕牛は此処に在りて。何処ぞより誤報を耳に入れましたかな』


自信満々に言い放つ彼女だが、役人もそれを鵜呑みにする訳にもいかず、『ではこの屠殺した痕は何ぞや。牛ではあるまいか』と問うた。

それに対し馬騰は、


『はて、役人様の眼には映らぬてか。態々大仰な牛刀で裂かれたるも、陰で微笑み絶やさぬそこな畜獣を』


視線を辿って見ると、切り株に隠れるようにして居る、豚の頭。

状況から愈々冤罪ではないかと疑心持ち始めた役人は成程、成程と小さく呟き、大きく咳払いすると兵を引き連れ家宅より去った。

事態が飲み込めない董卓と賈駆、族長達は顔を見合わせポカンとしていると、馬騰は彼女等に歩み寄り包拳礼。経緯を説明した。

曰く、豚の頭骨は露天商より購入し切り株の傍に配置した。

曰く、此処に居る耕牛は隣家の者より銭を渡し一時貸借した。

曰く、鈍重な耕牛は此処まで担いで奔走した。

曰く、董卓嬢に感銘を受け己も便乗したと。


全てを聞いた時、董卓と賈駆は未だ信じられないと疑ったが、馬騰が再び耕牛を持ち上げた瞬間、族長達も含め皆が口をあんぐりと開け呆然とした。

そして湧き上がる、唖然失笑。

皆涙が出そうな程に笑い、馬騰も席に招き仕切り直しとして酒宴を再開させた。

肴は肉と、董卓と馬騰の粋話。

暫し親交を深め、酒宴を楽しんだ族長達は後に死罪を覚悟してまで もてなしてくれた董卓に厚く感謝し、後に董卓へ家畜千頭を贈った。董卓は族長達に感謝の意を示すが、


『馬騰さんが居ずば今私は此処に在らず』


と畜獣千頭の内の半分、五百頭を馬騰に贈った。

馬騰も当初は断ったが、董卓は頑として聞かず結局は有り難く頂戴することにした。

以後天水太守へ就任した後も馬騰や羌族達とも交流を深め、今、久しく再会した。



「って訳よ」

「あー、こっちではそんな話に……」


黄巾軍三千の討伐 追討は滞りなく済み、一時進軍を止め、臧覇の案内にて馬騰は久しく会う董卓に喜ぶ傍で賈駆から交友経緯を聞き、納得した。

隣の姜維と程立も理解を示す様に頷いているが、ふと疑問に思った。


「これは風の見解ですが、もしかして役人さんに情報を流したのは下人さんだったのですかー?」

「そうね、後でそれが判った」

「死罪連座を恐れての密告だった、ということですかね。して、その下人さんは」

「勿論ボクは咎めたけど、それと一緒に月が謝ったのよ。"私の我侭に付き合わせてごめんなさい"って。そしたらその下人、わんわん泣き始めちゃって」

「なんて想像に易い」


視線の先で董卓が馬騰に両肩を笑顔で叩かれ、少し痛そうにしつつ嬉しそうにしていた。

賈駆はそろそろ兵の目もあるので、そろそろ董卓が抱き上げられる前に間に割って入った。


「……あそこで止めに入った詠さんの頭を撫で回してる人が、牛を抱えて走ったってさ」

「見たままの豪快な方のようですねー」

「……馬騰さんの隣の令明って人、顔を覆ってるね」

「龐徳さんですね、苦労人なのでしょうか」


張遼、華雄、臧覇、呂布や陳宮が顔を合わせて笑む反面、趙雲は面白いものを見たと愉快そうな反応。唯一荀攸が無反応で眺めていたのが妙にシュールだった。

しかし贔屓目無しで見ても、馬騰は見た目凡そ二十代後半の女性。

だが聞けば彼女は三人の娘持ちで、長女は神坂らと年代近し。という事は、思っているより歳はもっと……。

そう思い伊達姿で隠れ勝ちなその肉体に、凄い筋肉でもあるのかと疑問を持ったが、事実そんなことはなかった。


「不老の遺伝子でもあるのかな」


割と本気で謎に思った。


「張遼、華雄、少しは腕を上げたんだろうね」

「ったり前や。んな度々遅れとってたまるかい」

「無論だ、今度手合わせした時、その鼻明かしてやる」

「ほう、楽しみにしとくよ。呂布、陳宮、アンタらは変わんないね。ま、臧覇もだが」

「……ん、馬騰も相変わらず」

「御健勝なによりなのです」

「元気なのは良いが馬騰殿、今頃ご息女が心配召されているのでは?」

「いーっていーって、ちょいと無断で月達に会いに来た事くらい、屁でもないさね。……それより」


ジロリ、と。

よく見れば猛禽類にも見えそうな目が神坂達を捉え、思わず一歩引きそうになった。


「暫く会わない間に毛色違いな奴がちらほら居んじゃないか。教えとくれよ。令明も、折角だ 紹介しな」

「そうですね、皆さん紹介しておきましょう」


初見の者達は皆紹介するよう董卓に促され、皆体勢を正し礼を。


「某、龐徳と申す。以後見知りおきを」

「お初にお目に掛かり光栄。客将の身ではありますが、私は常山出の趙雲と申します」

「同じく客将の戯志才」

「またまた同じく、客将の程立です」

「董卓軍従事、荀攸と申します」

「天水出、姜維と申します」

「同じく天水出、一応客将の神坂です」


ほう、と馬騰の目が一瞬輝き、姜維と神坂を交互に見た。


「アンタらが噂に聞く天水麒麟児かい! 成程、こりゃ利発そうでいて磨けば光る原石だ。ウチの娘に爪の垢でも煎じて飲ませたい位だ」

「そんな、麒麟児などと虚聞が一人歩きしておりますが、私は只の若輩者です」

「俺も、机上論を翳すだけの経験の浅い凡庸者。戦場に於き、ご息女には遠く及びません」

「かーっ! この初々しさを含んだ謙遜に宿る強さ、堪らんねぇ。しかし詠、紹介された奴の内の半分以上が客将って、中々面白い構成だね」

「うっさいわね」


茶化されているが成程、確かに面白い構成だと神坂は今更ながら思っていた。

……はて。しかしまだ紹介するべき者が居るのだが、名乗り出ないのは何故、と思っていたが、何を思ってか馬騰がずかずかと歩み、神坂の前へ。


「ふむふむ、しかし麒麟児 神坂は副軍師でいながら客将か。月の臣下にゃならないのかい?」

「あ、ええまあ、はい。とある事情がありまして臣下となる訳には。心苦しい限りです」

(……臧覇殿、私は初耳ですが真ですか)

(ああ。何故だか彼は臣下にならない。月様も詠も、それを認めて尚も副軍師に任じたから、謎なのだが)


趙雲が眉根を寄せ首を傾げる傍で、馬騰はニマニマと自らの顎を撫で神坂を観察。

そして、一言。



「よし、どうだい神坂。ウチの子にならないか」



「……っえ?」


漏らした声は神坂のではなく、姜維。

董卓を含めた周りも目をぱちくりとさせ、言われた当の本人、神坂は瞬きが倍速に。


「いいねうん良い。そうしよう、な! 良いだろ詠」

「……ぁ、あーっていやいやいや駄目に決まってんでしょ! 何言ってんの馬鹿なのッ? ていうかいきなり過ぎて一瞬意識飛んだわ今!」

「なんだよ、楊阜だけじゃなく張既や鍾繇も掻っ攫ったんだ、一人位良いだろ」

「馬鹿言ってんじゃないわよ、日向にはまだやって貰う事が山積なんだから」

「く、詠のごうつくめ。なあ月、この男私にくれ」

「へぅ!?」

「いや月にたかるな!」

「ええいなら神坂、アンタはどうだい、今ならもれなくウチの娘が付いてくるよ」

「え、いや。え、いや!? 何言ってんの、何言ってんのッ?」


思わず二度訊いてしまった。勿論大事だからなどではなく。


「確かにウチの娘はガサツなじゃじゃ馬だが、慣らせば従順で佳い女なのは保証するぞ。どうだっ?」

「自分の娘を何叩き売りしてんですか! じゃなくて、どうしてそんな事言ってくるんですか」

「何でってそりゃアレだ、私の勘が囁くんだよ。コイツだって」

「意味わかんないです」

「従姉妹や次女に三女も付けようか?」

「意味わかんないです!」

「冗談だ。半分」


半分ッ? と姜維が微妙な食い付きを見せていたが、馬騰本人の目は割と本気だった。

それに、と付け加えた馬騰は突如声を落とし、目線を神坂に合わせ。


「心の闇を宿した不安定で不完全な童を見ちまうと、つい手を出したくなっちまう。なんだ、過去に惨めな思いでもしたのかい?」


瞬間、神坂の目に氷の様な冷たさを帯びた。


今しがた浮かべた戸惑いの表情は消え失せ、底なし沼の様な無表情。

周りはその変化を疑問に思うが、馬騰本人は尚もニマニマと神坂を見ていた。

しかし隣に居た姜維だけは、神坂の目を見て表情を険しくさせた。

神坂の目はいつしか、剃刀の様な鋭さのものへ。


「やめとくれよ、んな熱い目を向けられると抱き締めたくなっちまう」


軽口を叩き、視線を僅かに逸らした所で馬騰の顔は怪訝のものへ。

視界に捉えた、それ。

自らに向けられた三尖槍と……斧槍。


「睡蓮さん、高順さん!?」

「ってちょっと、何してんの睡蓮! 高順!」


賈駆が慌てた様に叫ぶが、後ろに居た龐徳が静かに朴刀を構え、馬騰の前へ。

しかし姜維と高順は尚も刃は下ろさず、庇う様にして神坂の前へ。


「下がりな令明」

「しかし御母堂」

「下がれ」

「……は」

「睡蓮さん、高順も。やめて」

「……嫌、です」

「そうだな。こう言っちゃ何だが、それは聞けねェ」


敵意を以て槍を突き出す姜維に、何処に居たのか、斧槍を掲げ神坂の前へ躍り出た高順。

龐徳や追従した後ろの兵も再び得物を構えそうになったが、馬騰はそれを目で制した。しかし董卓軍の兵達の間に緊張が走り、一触即発の空気へ。


「久しいねぇ高順。やっと顔を出してくれたかい」

「ざけんなババア、居ると知ってアタイを試す様な真似しやがって」

「アンタみたいな奴が忠義立てするようになったとはねぇ。……して姜維の嬢ちゃん、一応聞いとくがその槍を向ける理由、教えて貰っても?」

「……貴女がひなたさんの何を感じ取ったかなど、私は知りません」


でも、と紡ぐと三尖槍を握る手の力が強まる。


「貴女がひなたさんの傷を抉る様な真似をした事だけは、分かりました」

「それだけかい」

「それ以外に必要ですか。それ以上に必要ですか」

「アタイに槍を向ける行為がどういう事か、分からないって訳じゃないだろう?」

「ええ。しかし私にも許せない、譲れない事とてあります」


馬騰、姜維、高順。

三者が相対する姿を見て董卓と賈駆は愈々二人を抑える様に指示を出そうとし、張遼や、華雄、臧覇も指示される前に抑えようとした。

しかし、それは馬騰の呵呵大笑で遮られる。


「成程、成程! そうかいそうかい。……それじゃ月、私らはこの先の城砦に駐屯するから、そこで合流しようじゃないか」


踵を返し、龐徳らを促して馬騰は後ろを見せた。

帰るよ。

馬騰はそれだけを言うと、歩いて行く。

否、途中で止まり振り返った。


「そんなに悪気は無かったんだが、思った以上に不味い発言だったみたいだ。悪かったね」


それだけ言うと今度こそ、馬騰は立ち去った。

あとに残された董卓達は呆気にとられて居たが、我に返った賈駆が張遼達に姜維と高順を抑えるよう命じた。

特に抵抗する素振りも見せず、姜維と高順は臧覇と華雄に得物を没収され更に董卓は手枷を付けての連行を命じようと思ったが、それは踏み止まり、二人を各々に預け後で沙汰を下す旨だけを言ってその場から離れた。

周りの者も徐々にその場から立ち去って行き、最後に残った神坂は一人、思わず唇を噛み締めた。


感想ご意見、誤字脱字の報告お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ