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49.5話 その背を見つめて

間のお話。

お気に入り登録、評価をして頂いた方々に感謝を込めて。

今回は尺の構成上、この形が良いなと思って、こういう話に。


この世界より出つし時集落に拾われ、他所者である己は皆々に世話になった。

僅かばかりの滞在ではあったが、神坂本人にとって感謝という表現では易く、大恩という言葉ですら温い。荒みきったこの時代で老若男女に至る者達全てが親切で、皆家族という意識を保つ集落というのは極めて稀有で、そして何よりも尊いものだと今なら理解出来る。

野草に詳しい年上の青年、共に魚を獲った大人達。

駆け回っていた童達は心なしか大きくなり、老齢な人達の白髪の数は増し、腰を曲げた風にも見える。

そんな彼等は董卓軍の行軍を遠目で眺めていたが、行軍は徐々に緩やかとなっていった。そして馬を駆り、集落の手前で下馬をし近寄る五人を目視した。


董卓、賈駆、神坂に姜維、そしてその半歩後ろに高順。

近衛兵を付けないのは民に変な圧力を与えない為か、或いは人物の余裕や度量を示す為か、単純に護衛は三人で構わないという事なのか。

そして彼女等を出迎えるのは、集落の長、宋。

集落の民を代表して彼は形式として跪き、五人を迎えた。

同時に、神坂はこの国の礼法に従い"親類"として彼へ礼を尽くした。それを賈駆は一瞬止めようかと思索したが、本人が礼を重んじる事を元より知っていたので、敢えて止めないこととした。


「董中郎将御自ら、斯様な寂れた集落へ態々お越し頂き、恐縮の至りで御座います」

「集落の長、どうか顔を上げて下さい。私達は行軍途中で立ち寄らせて頂いただけに過ぎず、そこまでせずとも構いません」

「……は」


顔を上げて視線を交わし、そして神坂へ。

神坂の視線も宋へと向き、互いに薄く笑んだ。

月日にして凡そ七ヶ月半。

久しく会う恩人は少しだけ皺が増え、縮んだ気さえした。


「久しいが息災で何よりじゃ。日向」

「宋老人も、相も変わらず御健勝で何より」

「……背、伸びたのう。それに顔付きも精悍となった」

「宋老人は少し縮みましたね」


阿呆と笑いながらに罵しり、視線は姜維へ。


「伯の嬢ちゃんも、壮健で何よりじゃ」

「宋の長も、お変わりなく」

「母君はあちらに居るぞ。挨拶、して来るが良い」

「……はいっ」


予め姜維の行動も容認していた為、喜悦の色を浮かべた彼女は少し離れていた母へ駆け、久しく見ぬ娘を見た母も又その顔を喜悦で染めた。


「集落の長 宋ね。ボクは董卓軍軍師、賈駆。姜維将軍と神坂副軍師を預かっているけど、両名共優秀でとても助かっているわ」

「それは、重畳でございます」

「これから中原へ遠征に向かい、両名も随行する。不安だとは思うけど、集落一同 何時も通り従事して頂戴」

「畏まりまして御座います」

「くれぐれも、お願い」


賈駆と宋、二人が話す会話に神坂の眉が顰まるが、宋は咳払いの後にその身体を伸ばし神坂に向く。


「死するなよ、日向。戦とは何が起きても不思議ではない」

「未だろくに恩も返せてないのに、死ねませんよ。でも、肝に銘じておきます」

「そこな方、高順殿と見受けるが」

「あん?」

「どうか日向の事、お頼み申す」

「……ヘッ」


言われる迄もねェ。

彼女は表情一つで返し、宋はそれを微笑で受け止めた。

姜維は母への挨拶が済んだのか、董卓達の元へと戻り、賈駆も用事が済んだと董卓へ促し、宋へ一言二言告げると神坂達と共に踵を返した。途中、姜維の母が神坂の視界に入り取り敢えずと会釈しておいた。


「……では宋老人、行ってきます」

「ああ。日向も、伯の嬢ちゃんも、皆無事に帰って来れる様願っておく」


微笑と共に頭を下げ、神坂と姜維は董卓達の後を追い、高順もそれに続こうとして―――止められた。


「高順殿、少し宜しいか」

「……ンだよ爺。足止めさせんな」

「どうかくれぐれも、日向の身、宜しくお願い申す」


怪訝な顔をした彼女は一言だけ「しつけぇよ」と返すと、早歩きで神坂達の後を追い、五人は乗馬した後行軍へと戻った。

宋は最後まで、その背中を見つめて。


じき董卓軍の行軍は元の迅さへと戻り、後軍が集落を通過するまで集落の者達は見ていた。

やがて影すら見えなくなると、皆は畑仕事に戻り、或いは狩りへ。

しかし宋だけは、天を仰ぎ瞑目した。

その貌には、悔恨にも似た苦々しさ。


「……すまぬ。日向」


言の葉は誰の耳にも届くことなく、彼はただ天を仰ぎ見る。

その手に持つ杖が震えていたのは、未練と、遺憾から来るものであった。



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