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48話 湯浴み日、嫉妬、後に衝動

新年明けまして、皆さんおめでとう御座います。

不肖弌式、未熟ながらも皆さんのご期待に添えるべく、今後も頑張って参ります。


という訳で投稿。

出征前で、殆どが拠点話。色々飛んでます。

現代では想像し難いだろうが、この時代での湯浴みは相当な労力と、庶民には手が出し難い程の資金を必要とする。

湯を沸かす為の薪と水の確保、そして湯を運び湯船への作業を幾度と。その手間と労力を経、初めて湯浴みというものが出来る。知っての通り涼州、擁州は牛馬の飼料の確保さえ困難な時節がある故、おいそれと湯浴み出来る環境では無く、井戸の水で身体を拭くか、河川の水で己の身体を清めるのが殆ど。その中で湯に浸かれる、というのが如何に人々が嬉々とするかお分かりだろう。

本日、城内にて湯浴みを敢行とす。

董卓を経由して賈駆から発せられたこの言は瞬く間に城内へと拡がり、将軍から文官、その侍従に至るまで、殆どの女人は顔に喜悦の色を浮かべた。


無論、順番的に言えば主である董卓や軍師賈駆を先とし、文武諸官を経てから最後に侍従と至るのだが、それでも嬉しいものは嬉しい。邸宅、屋敷を持つ文武諸官は特に珍しくも無く、そういった者達は自宅にて湯浴み、という事が特に多い。そうなると必然的に侍従達が入る順番も早まるもので、今尚城内でいそいそと率先して湯浴みの支度をする侍女がいるのも、何ら不思議ではない。臧覇はそう思いつつ、湯浴みの準備が整うまで姜維と共に城内を徘徊していた。


「私達以外に今回の出征に付き従う者が、居ると?」

「みたいです。先日客将となられた趙雲さん、戯志才さん、そして程立さんが。三方とも、と言うよりは趙雲さんの希望により、出征軍に組み込まれるそうです。戯志才さんと程立さんはなし崩し的に」

「良いのかそれで」


詠さんが許可を出しましたから、と、姜維。張遼達と違い、趙雲の実力や戯志才、程立の智謀の程を知らぬ臧覇には疑問であったが、決定事項に逆らうだけの理由では無く、この話は強制的に幕引きとする事にした。


「しかし月様も粋な計らいをしてくれる。連続して出征する私と睡蓮君への気遣いか、或いは出征軍諸将への士気向上の為か」

「月様の場合、素直な厚意と思われますが……でも宜しいのでしょうか、月様や詠さんより先に湯浴みをしても」

「詠曰く、今回の黄巾賊討伐への勲功を讃えて、だそうだ。ま、ここは素直に湯浴み優先権を賜っておこうではないか」

「でも、それだと徐栄さんと樊調さんは」

「あの二人は自邸で湯浴みをするさ。各々奥と話したい事もあるだろう」

「……えっ、両将軍はもしかして所帯持ち、ですか」

「知らなかったのか?」


肯と首を縦に振り、姜維は少しだけ意外そうな顔を見せた。董卓軍男性の将軍方々は、意外に既婚率が高い。


「羨ましいかい?」

「ひぁぃっ? い、いえそんな、羨ましいなんて」

「君の場合、相手は日向君だろうな。婚儀は何時挙げるんだ?」

「こんッ!?」

「今月中? そうか、力強い返答承った。魏続と侯成達にも通達しておくぞ」


あうあうと臧覇の腕を掴み違う、違うと取り繕う姜維に、棒読みで適当な返事をする臧覇。しかし臧覇の内心では、彼女の赤面反応で和やかな心持ちとなっていることを、姜維は知らない。


「そそ、そういう薺さんはどうなんですかッ? 意中の男性とか、私みたいに契りを結びたいお相手とか、いらっしゃらないんですかッ?」

(……いや、結局日向君と契りを結びたいのか君は)


どれだけ本音がダダ漏れなのだ、この娘。とは言えず、言ってしまえば繰り返しとなるので、敢えて突っ込まず。


「思慕寄せる相手なぞ、私には居ないな。しかし好みの男を強いて言うなら、ひたむきで、真っ直ぐで一本芯の入った侠気を持ち、且つ私より強いか同等の者か。顔は……特に拘りが無いな」

「……顔は兎も角、前者の殆どは難しいと思われますが。特に薺さんより強いとなると」

「男へ期待なぞ然程してはいない。そんな男が現れたら良いな程度の願望さ。……ふむ、こうして見ると私も乙女じゃないか?」


フイと顔を逸した姜維に頬が若干引き攣り、即座に彼女の頬を握るという制裁を下した。

姜維よりは年上だが齢二十を前にした臧覇へ、乙女ではないと暗に否定した事は彼女の癪に触ったらしい。少し涙目となった姜維の頬はいい感じに伸びていた。とは言え、それだけで済ますつもりは、無い。


「ふむ、しかしそうなると意中とは言わないが、日向君が私の好みに当て嵌るかもね」

「ふぇいッ?」

「武技に洗練見え始め、智勇秀でたる男。侠気も中々、副軍師の役職で働き者。一般の男に比べれば若干童顔にも見えようが、よく見れば整った顔立ちだ。それに、あの調子だともしや私より強くなるやもしれん。そう考えると、彼も佳い男じゃないか」

「にゃ、にゃ……」


頬は、引っ張られたまま。その顔が動揺を孕む。


「それに霞も華雄も言っていたぞ、中々に見所があると。今はそんな素振りは無いが、武に生きる女はえてして強い男に惹かれるものだ。恋君も何故か彼に懐いているし、ねね君はなんだかんだ言って彼を認めてはいる」

「そ、それひゃ……っ」

「それに月様と詠から聞いたぞ。一部城仕えの侍女達が率先して日向君の侍従役を買って出てると。本人の存ぜぬ所で」

「ふぉれ、ほんとれふかっ? というかほっへ、はなひてくらはい」


ああ、と漸く姜維の頬を解放する事にした。

まぁ話の殆どは嘘なのだが。


「ぼやぼやしていると、誰とも知れぬ娘子に日向君を掻っ攫われてしまうぞ? 例えば私とか」

「そ、そんな……いやでもっ、ああ うー」


想像してみた。

例えば張遼、例えば華雄、或いは呂布、或いは……臧覇。若しくは容顔美麗にして女性らしい豊満体躯な美女。

その中の誰かが彼の心を射止め、為すがままに及び。

お姫様抱っこで掻っ攫われる、神坂。


……不思議と不自然な光景ではなかった。色々と。


ともあれ、彼は己の好意に気付いている筈だが、いかんせん彼は男女のそれとは少しズレて受け取っている可能性がある。そして僅かな期間とは言え、黄巾賊討伐で離れていたことで誰かが既に、彼ともうあんなことやこんなことにくんずほぐれつ。


「いやない、ない、流石にそれはないぞ睡蓮君」

「え、あれっ、声に出してましたか私」

「ああモロ聞こえだったぞ」

「や、そ、そんなに」

「ドン引きというやつだ」


顔全体が紅く染まるのではないか、と錯覚する程に熱くなってきた。

そんな彼女を前にして臧覇は一つ学んだ。この娘、煽り耐性が微妙に度し難い。


「ま、君の今言った事は絶対無いだろうし、私の言った事も半分以上は虚偽だ。気にしないでくれ」

「~~っ。薺さんは、意地悪です」

「乙女というのを暗に否定した事への仕返しだよ、はっはっは」

「割に合ってませんよぅ……」


苦笑混じりに羞恥の色を浮かべる彼女を見、愉快な気持ちでいっぱいである。仕返しは、倍返しに限る。


「なんぞ楽しそな声聞こえる思たら、薺かい。てか睡蓮も」

「む、霞。出征の準備中だと聞いていたが、もう整ったのか」

「おう。準備万端、何時でも出立出来るわ。それよか聞いてな、詠が今回の出征で戯志才をウチの軍監に据え置いてくれてん」

「ほう?」


廊下の角から現れるなり嬉々として語る張遼。姜維が軽く礼をし、同僚の言葉を吟味した所で、戯志才という者が如何に優秀かが窺える。


「日向が口添えしてくれた効果なんやろうけど、せめて留守中に据え置いてくれてもエエと思わん?」

「思わん。その場合どうせ私の時みたく仕事押し付けて酒を呑む心算だろう」

「なんで分かんねん!?」

「四郡任された現状だぞ、分からいでか」

「くっ……ま、エエわ。薺も睡蓮と日向が抜けて忙しい身やろし、お互い様やな」

「まぁ、そうだな」


今迄二人に任せていた案件をほぼ自分一人でやると決まったあの日、臧覇の仕事は一部そのまま姜維と神坂に引き継がれる事になったが、仕事の量が増えたのは確か。部下達は内政に関してはからっきしな故、改めて内政官一人の大切さを知った。


「そいやその日向やけど、今すぐそこですれ違ったで。けったいな格好しとったけど」

「けった……ひなたさんが、ですか」

「侍女に混じって掃除とか、風呂の準備とかの雑務やっとるみたいやった」

「何故ッ?」


臧覇、思わず間髪入れずの疑問だった。


「や、な。今日風呂の日になったやん、アレ元々日向が進言したみたいやねん。出征の前に湯浴みで英気養わせたらどう、ってな」

「そうなんですか?」

「おう。月も元々その心算みたいやったけど、それなら言いだしっぺの俺がやりますー言うて、絶賛仕事中や」

「いや、日向君も仕事が山積だろう。何をやっているんだ」

「仕事は杜畿や張既達に任せたみたいやで。何やかんや言うて、明日から留守任せる身やし、今の内に慣れとけって。んで、その本人は楽しそうに雑務奔走中や」

「尤もらしい事を……」


理に叶ってはいるが、何故それで侍女に混じっての雑務なのか。やはり彼はよく分からない。


「では、ちょっと気になるので見て来ます」

「おー行ってきい」


姜維が横を抜け角を曲がり姿が見えなくなった所で、張遼の顔がニヤつく。


「やー、睡蓮本人は気付いとらんみたいやな。日向が睡蓮の為思て、風呂沸かせる進言したと」

「やはりか。……なんだ、存外日向君も睡蓮君を意識してるじゃないか」

「ウチらはおまけ同然の扱いなのがアレやけど、まぁ久々の風呂やし、エエか」

「なんだ、言ってる割に霞も癪なのか」

「そら、ま、なんやほれ、腹立つやん。てか"も"って、薺もか」

「何故だろうな、地味に腹が立つぞ。こう、なんだ」

「ちょい待ち、薺。あんな、まさかやけど、ウチら……まさか女の―――」

「リア充爆発しろ、みたいな?」


そっちかい。

思わず突っ込んでしまった。


「てか何やねん、リア充って。それ言うたの、また日向か?」

「幸せそうな男と女を指して、それを第三者が嫉妬がましく爆発しろ、と怨念込めて放った言葉らしいぞ」

「おっそろしい国やな、日向の故郷……」


そんな訳が無いのだが、意味合いはあながち間違っている訳でもないので、臧覇はうろ覚えで言った言葉を訂正しないことにした。


「というかけったいな格好って何だ、私は寧ろそっちが気になるぞ」

「見に行くか?」

「興味はあるな」


臧覇の希望もあり、辿った廊下を折り返して戻り、姜維を先に発見し、そして遠目ではあるが神坂本人を視認出来た。視認出来たのだが、いつもと違う服装に首を傾げ、徐々に歩き近付いていく。


「……何だ、あの格好」


白かった。

頭、身体に、木綿か綿か。

その素材で出来た白い生地が神坂の身体を覆い、本人は並び立つ侍女複数人に対して何らかの指示を飛ばしていた。


「やってみて一時。そして思った。壁、床の清掃は全部やろうと思ったら結構な労力を要するので、その全部を手で拭く事は至難。しかしそんな事もあろうかとッ!」


神坂日向。彼は所謂、三角巾と割烹着を身に纏い、雑巾に似た布地と、T字で出来た平面の面積が広い木の棒―――即ちモップの骨組みを手に語る。


「だからこの木の棒に雑巾を当てて、床や壁を拭いて下さい。仕事が幾分か楽になります」


実演して見せ、そして侍女たちが感嘆の声を上げて拍手。何故かノリノリである。


「あの神坂様、今更なのですが、何故その様な格好を?」

「よくぞ聞いてくれました。何故ならこれは、東地区の服飾店で作らせた、俺の故郷では清掃の際の正装だからです。あ、勿論洒落じゃないから」

「本当に正装なんでしょうかー?」

「正装なんです。俺はそう認識してる」


そのズレた認識を窘めてやる者は、今此処に居ない。


「それより何故、神坂様が私達に混じって雑務を……斯様な事、私達にお任せ頂ければ」

「たまに違う事がやりたかったの。ムシャクシャしてやった。でも後悔はしていない。という訳で、まだ試作段階ではあるけどこの用具が気に入ったら、西地区の製材場によろしく。予備はまだあるんで」


これは君にあげる、と最初に質問をした侍女に渡した。良いなーなんて侍女達が声を上げる中、貰った本人は嬉しそうに受け取った。


「はい、では次に風呂ね風呂。終わったとは言え、やってて正直思ったね、作業効率悪いわぁッ!って。でも今はどうしようもないので、今度皆さんに俺の故郷であった、簡易的湯沸しを教えたいと思います」

「あの、質問があるのですけど。どうして神坂様はそこまで雑務にお詳しいのでしょうか」

「はい、それはですね、俺は元老軍人のミスター、じゃなくてご老人とサバイバル……野営をした時、簡単な風呂の沸かし方を教えて貰ったからです。あと、自邸でお手伝いさんが掃除してる際、話を聞いて原理も気になったので調べたからです」


おおー、と再び感嘆。そしてやはり何故かノリノリである。


「では今度、お伺いしても宜しいですか?」

「どうぞー。答えれる範囲で答えちゃう。でもこうして見ると、まだまだ俺の知識で出来る事があるんだなー……そうだ、今度竈の作りとか、掃除洗濯……おお、出来る事やる事が詰まっていく。これも民の生活で活きるかも」


そして、言ってる間に侍女達の顔に喜悦。

それを侍女精神凄いと、やれやれという顔で見る神坂。

そこまで見て、臧覇と張遼は思った。


「え、何なんアレ。阿呆なん、なぁ阿呆なん?」

「二度言う程苛つくのは解るが、落ち着け。まぁ、なんだ。私の虚偽は的を得ていた、という訳だな」


侍女達のあの反応、先程姜維に述べた脚色は奇しくも間違っていないと証明された。

そんな光景を一人、離れてただ見ていた姜維が気になり、近寄ろうとした。

寒気がした。

戦慄が走った。

というか、近寄りたくなかった。

彼女の正面なんて怖くて回れなかった。

歴戦の二将軍は、思わず後退り。


「……あかん、今ならウチ、絶対睡蓮に負ける」

「ああ。何故だろうな、凄い圧を感じる。嫉妬で増幅された力と言えど今や彼女は驚異、いや脅威だ。姜維だけにつって」

「全然ウマないし」


なんとタイミングの悪い場面に出会したのだろう、彼女は。

なんとタイミングの悪い場面を見られたのだろう、彼は。


「あ、睡蓮さ―――っヒッ!?」


そして、彼女に気がついた神坂は幻視した。

姜維の背中から、仁王像が立ち昇るのを。

そして、笑顔。ただ笑顔。

ニコニコとこちらを見る彼女だが、何故だろう、超怖い。

服の側面をギリギリと握り締める手も相まって、尚怖い。

彼女を見た侍女達も、小さな悲鳴を上げて彼女から神坂への道を開けた。さながら、モーゼの奇跡が如く。


「ひなたさん」


ゆるり、と。

一歩踏み出し、彼女又一歩近付くだけで神坂の震えが止まらない。

徐々に近付き、そして、距離があと一歩という位置まで縮まる。

もう生きた心地がしない


「ひなたさん」

「は は、はい何で御座いましょうッ!?」

「一緒に湯浴みをしましょう、そうしましょう。拒否はさせません負けられません!」

「え、ちょ何が―――ッ!?」


言うや否や、彼の腕を掴み走り去って行った。宙に浮いた彼は何か叫んでいたが、張遼達には断末魔か、悲鳴にしか聞こえなかった。


「いや、何やってんの、あんた達」

「……あ、ああ詠。それに月様もご一緒で」

「何かあったんですか?」

「やー、なんちゅうか、まぁアレやな」


背後から現れた董卓と賈駆に反応しつつも、張遼は臧覇へ言葉を紡ぐ。


「湯浴み前の着替える段階で、睡蓮が悲鳴挙げて逃亡に今日の晩飯」

「浴場でお互い裸になった時、冷静に戻って睡蓮君が気絶へ至るに酒二升」

「いや、何の話よ」


ともあれ、この賭けが行われた後、神坂と姜維に何があったかは、姜維の名誉の為に割愛とさせて頂く。

ただ言える事だけは、姜維は今後衝動的に行動するのを控えたそうな。


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