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3話 守る為、いざ戦いへ(前篇)

賊の集落襲撃。

村番をしていた大人が魚獲りをしていた俺たちに知らせて来た。

大人の身なりが泥に塗れていたことから、俺たちは不安に駆られ風を切る様な速さで集落へ戻った。


家屋が、幾つかボロボロに崩れていた。


おじさん達は家族が居る家へと急いで向かい、俺は宋老人の家へと向かった。


「宋老人!」


俺は名を叫びながら走り抜け、家へと向かった。


「宋老じ……ん……」


目的の家へと着いた時、俺は愕然とした。



家は、焼け落ちていた。



パチパチと火の粉を振り撒き、今なお火の勢いが生きていた。



「〜〜〜ッ……ぁ」



喉が干上がる様な錯覚さえ覚えた。

鼓動という鼓動が胸から足のつま先にまで広がり過呼吸を起こしそうになる。


嘘だ……そんな、嘘だ。


さっきまで、あんなにからからと笑っていたじゃないか。

昨日まで一緒に粟を食べ、野草をつまんでさえいたのに。

明日は一緒に狩りでもしようと、話していたのに!


なのに、なんでこんな……っ


「宋、老人。宋老人!」


焼け落ちた家屋に駆け寄り必死にその名を呼ぶ。

例え無駄だと解っていても俺は呼び続けた


「老人!宋老人っ!」


2度、3度とその名を呼び。


「宋老人――――!」

「やかましいわ」

「はんぐるっ!?」


4度目で、背中をどつかれた。


「先ほどから喚く様な声が聞こえると思えば、やはりおぬしか」

「え……あ、え?」

「なんじゃ。その幽鬼でも見たかのような顔は」

「え、いやだって……あれ、あれ?」


俺は口をパクパクとさせながら焼け落ちた家屋と宋老人を交互に指をさし……あれぇ!?


「生きてる!」

「勝手に殺すな馬鹿もん」

「だってアレ、家が焼けて……!」

「ああ。賊が苦し紛れに火を放ってのう、たまたま儂の家に放火したらしいんじゃ。ちなみに、その時まで儂は近所の娘の尻を追っていた」

「馬鹿じゃないの!?」


カッカッカと笑う宋老人、やはり色々な意味で一筋縄ではない。


「でも、生きてて良かった。本当に良かった……」

「……心配掛けたようじゃのう。すまんかった」

「いえお命無事ならそれで……ってそうだ!賊は!?」

「うむ、その事で今皆話し合おうとる所じゃ。おぬしも付いて来い」


そう言うや否や、宋老人は俺の手を引き連れて行った場所は……広場とも集会所とも言えない、集落のとあるスペースだった。周りを見回すと、皆何かしらの怪我を負っており手当てを済ました後のようだった。



――――聞けば先刻の賊の襲撃は十数人かそこらで、略奪を目的に来ていたそうだ。


集落に来た時、目についた適当な家屋に火を放ちそれから凶行に及ぼうと考えたんだろう。

集落の人たちは賊の襲撃と火を見て混乱し、一早く逃げ出していた事から、怪我人こそ出たが死人は出なかったのが不幸中の幸いだった。

賊は集落の人達が素早く逃げたことから女を攫えず舌打ちをし、ならばせめて食糧だけでも奪おうという肚だったのだが、



そこで、賊にとっての誤算が生じた。



集落にはまだ1人の女の子が残っており、それを見付けた賊が下卑た笑みを浮かべ近付いたところで、



その賊の上半身と下半身が分断された。



周りにいた賊は何が起こったのか解らず茫然と見ていたらしいが、その少女の手に武器が握られていたことから、仲間が斬られたと理解に至った。

賊は少女に罵倒の言葉を浴びせ斬りかかったが、瞬く間に少女に物言わぬ躯に変えさせられた。

それを見ていた残り数人の賊は悲鳴を上げ慌てて馬で逃げた。


――――と、その少女自身が語っていた。


「これが先程の経緯です。ご理解して頂けましたか?」

「いや、まぁ理解出来たっちゃ出来たがよ……」

「相変わらず凄ぇな嬢ちゃん」

「いえそんな、私は……」


そういう少女の手には槍――――の様だが、ただの槍ではない。

形状から察するにあれは恐らく……三尖槍。

その三尖槍には血が付着しており、俺は思わず顔を背けた。


槍から視線を変え、改めてその少女を見てみる。

栗色の髪で肩に掛かる程の長さで顔、身体、声色から見ると歳は恐らく俺と同じ十代半ばを過ぎた位だろう。そして表情には意志の強さ、芯の強さがひしひしと感じてくる。


……そして、賊を一瞬で斬り捨てれる度胸と実力の持ち主。

何者なんだ、この子。


「しかし、ちと拙いことになったの」


ポツリと呟いたことから、周りの視線が宋老人に集まる。


「ただ略奪をするだけなら賊の用はそれまで。だが今回は賊の方で血が流れた」


一同は沈黙した。その言葉の先に出る事も解っているからだ。


「恐らくこれより一刻程で、賊が再びここに来るであろう」

「……っ」


その言葉で少女の手が強く握られ、俯いた。

彼女も理解しているのだ。どうしてそうなるのかを。


報復。


一目散に逃げた賊だが、頭が冷えると共に怒りが込み上げ、やがてその矛先はこちらに向く。

その行いたるや阿鼻地獄の結果をもたらす事は必至。


「申し訳、ありません……」

「伯の嬢ちゃんは悪くねぇよ」

「ああ、全くだ」


皆口々に慰めるが、やはりどこか元気が無い。これから賊が来るというのだから、当然ではあるが……


「では皆、今からでも急いで逃げる準備を――――」

「無理ですね」


俺はそこで声を発した。


「……なに?」

「逃げても無駄だし、逃げ切るのは無理です」


俺は淡々と口に出し、宋老人が呆気にとられた様に見てくる。

でもここは言わせて貰う。


「俺はこの集落に来た余所者だけど、色んな事は理解出来てるつもりです。そこを踏まえた上で言わせて頂きます」

「おぬし、何を」

「今この集落では馬が二十頭前後で移動が遅くなりがちな女、子供や老人の数から全員を乗せるとしても圧倒的に馬が足りない。更にその足りない分に加え満足に動けない怪我人だっています。逃げるにしても時間が掛かります」

「じゃから今すぐこの集落から逃げ……」


「賊が、追ってこないと言い切れますか?」


「……ッ!」

「もう奪うだけでは満足しないでしょう。今度は殺し尽くす勢いで来るのは、明々白々。更にこの近郊の賊は騎馬を中心としていることから、速さだけで言えば逃げても追いつかれます」


頭に血が上りその勢いでこちらに向かってくるのは、有り得ない事ではない。


「私も、その方と同じ考えです宋の長」


すると先程の三尖槍を抱えた女の子が同調してきた。女の子はこちらに顔を向け、軽く頷いた。


「……なら、どうすれば良いのじゃ。逃げる事も叶わず座して死を待てと言うのか!」

「宋老人」

「儂は守らねばならん。皆を、この集落の者どもを死なせる訳にはいかんのじゃ!」


初めて聞く、宋老人の悲痛な叫び。

この人はただの老人ではない。集落を代表する長であり、導き手。

その人が今叫んでいるのだ。心の底から。


周りの皆が沈痛な面持ちで顔を俯かせ、子供たちは不安そうな顔で親や周りを見回している。



……それで覚悟は、簡単に決まった。



「宋老人」


今からやるべきことを。

俺が今出来ること全てを。


「俺の考えを、聞いて頂けますか」


この老人に。この集落の人達に。


「絶対に皆さんを、死なせはしません」


不惜身命を以て。


「どうか、聞いて下さい」



恩を、返すのだ。





「――――以上が俺の、考えです」


説明を終えると、皆が唖然とした顔で俺を見ている。宋老人も、三尖槍を持った女の子も。


「お、ぬしは……本気で言うておるのか」

「はい」

「ならぬ!」


宋老人は、声を上げ拒否の意を示していた。


「百歩譲って、伯の嬢ちゃんにやらせる事は認められる。じゃが千里の彼方を譲っても!おぬしに、そんな事はさせられぬ!それは虎口に飛び込むなどではない、もはや虎の胃の中へ自ら入りに行く様なものではないか!」

「これしかないのです宋老人、どうかお認め下さい。皆を守るために」


皆を守るために。その言葉で宋老人は言葉に詰まり、歯をギリギリと音を立て天を見上げている。まるで身を削るように、悩んでいる。


……宋老人。貴方は俺に、最近この集落に来たばかりである俺に、そこまでの気持ちを持っておられるのか。


「――――解った。おぬしの、考え通りにやるが、良い」

「どうも」

「じゃが、良いな。死ぬことは許さん、絶対にじゃ!」


そう言い、宋老人は集落の人達に指示を飛ばし始める。


「あの……」

「ん?」


三尖槍を持った女の子が、俺に近付き聞いてきた。その表情は申し訳なさと、後悔といった感情をごちゃまぜにした様だった。


「本当にやる気、なんですか?」

「はい」


俺は迷いなく答えた。


「貴女には大変な事をお願いして、申し訳なさでいっぱいです。恨んでくれても構いません」

「そんなっ!」


女の子は今にも泣きそうな声を出し、俺を見た。


「元はと言えば私の浅慮が招いた結果、本来ならば私が責任を取らないといけないのに……!」

「でも無理です。貴女は女の子であり、連中に顔が知られている」

「う、くっ」


唇を噛み悔しそうに、情けないと言わんばかりに女の子は地を睨みつけていた。


「この作戦の肝は、貴女と俺に掛かっています。どうか、協力をお願いします」

「勿論です」


その翡翠の様な眼で、火を灯した眼で俺を見ていた。


「名前を、あなたの名前を聞いても良いですか」

「……日向。俺は神坂日向だ」

「ひなた、さん。あなたに私の名を、真名を授けます。どうか受け取ってください」


そう言いながら片膝をつき、三尖槍を地面に置き、



「姓は姜、名は維。字は伯約と申します。真名は睡蓮。どうかお受取りを」



彼女は――――姜維は、俺に包拳礼を取った。


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