45話 交錯の中で
いつもより遅くなって申し訳ありません。理由は活動報告にて。
そして話が若干短めですが、投稿しますね。
方天画戟と金剛爆斧。
二振りの重刀が交錯し重音奏でる練兵所は通行者の視線を釘付け、離さない。息つく間も無く繰り出される矛は刃引きをされているが、一歩間違えば重傷は免れない。にも関わらず両者はその膂力を、天性の武技を惜しみなく繰り出す。
呂布と華雄。
董卓軍屈指の部将はこの程度では傷も負わんと言わんばかり、周りの者達を惹きつけて止まない。呂布は僅かに険しい表情をしつつも華雄の重撃をいなし、弾き、時に自身も攻撃を繰り出す。常人では対処の仕様がないその攻撃も、華雄は気鋭と共に払う。
そんな両者の応酬が始まって二刻、地に座し観戦する者。張遼と、神坂。
「そんなら、荀攸は使い物にならんてことか」
「今の所は男限定で、ですがね。女性相手なら理路整然なんですけど、これから公の場で徐々に男に慣れさせるか、詠さんはいっそ男しか居ない部署に回すとかの話に」
「やめときぃ。後々絶対面倒になるさかい」
「ですよねー」
視線の先で戦う両者とはおよそ関係の無い話をしつつ、神坂は膝のウェルシュコーギー、セキトと呼ばれる呂布の飼い犬を抱きかかえて首付近を撫で回す。初めに見た際「え、なんでここにイギリス王室犬が居んの意味不」とか言いながら撫で回していたのも……特に懐かしくもないが。
「それと昨日、趙雲とか言う強い奴が客将になったやろ。アレどうするん」
「今は一部隊を任せる程、兵力に余裕がありませんからねー。誰かの下に就かせるんじゃないですかね。一緒に居た程立さんと戯志才さんは……俺と一緒に仕事するかもしれませんが」
「それ未定なん?」
「予定は未定、ってねー」
ねーセキトーと呼び掛け、「わふっ」と返事を返される。返事かどうかは怪しいが。
「文官二人は兎も角、趙雲はあんだけの腕っ節で一部隊任せられんのは不憫やけど、ま、今はしゃーないか」
「霞さんも手合わせ、趙雲さんには手古摺ってましたしね」
「阿呆ぅ手古摺ってへんわ。次やる時は絶対決着つけたる」
「……んで、何か要望でも?」
「あ、やっぱ分かる?」
「霞さん、何かお願いする時って微妙に胡座態勢でグラグラ揺らしてますから」
「え ホンマ?」
「ホンマ」
そうでなくともそそくさしているが、敢えて言わないで置く。分かり易いなんて言ったら脳天手刀の刑があるかもしれない。
「アレですか、程立さんか戯志才さんのどっちか下に寄越せと」
「うわっ自分何で分かるん。えーと、えー、す……えすぱん?」
「エスパーね。無理に横文字使わなくていいし交響曲第三番のシヴァとか奏でないから、俺。てかやっぱりか」
「頼むわっ! なんとか詠に打診してくれへん?」
「それは全然構わないんですけど、一応聞きますね。何故に?」
「ウチにもそろそろ優秀な副官付けてくれてもエェんやないかなーって」
「本音は?」
「クッソ忙しい仕事押し付けて酒呑みたい」
「すみませんやっぱ本音は隠して。永久に、永遠に」
四郡を任されて慢性的に忙しい者の一人、張遼の言う事は分からないでもないが、流石に露骨なので少々脚色して打診することにした。
「ああ。そういえば霞さんに一個言っておくことが」
「おう、なんや」
「近々出征するかもしれませんので、麾下の兵には十分な休息と調練を」
「……ホンマか。どの辺りに」
「豫州、司州、もしくは兗州……まだハッキリしていませんが、中央の方で画策されていると、詠さんの細作から」
「とうとう駆り出されるんか。しかもこの時期に」
「宦官達の嫌がらせ工作の効果抜群ですよホント。出せる兵力はたかがしれてますし、それを不忠と咎めてくるかもしれないし」
「悪辣なこっちゃ」
深い溜め息で同意を示すと、重音が鳴り止み重刀が地に落ちる音がして決着を知らされる。
呂布が真っ直ぐ神坂達に駆け寄り、華雄がその場で悔しがっている様から勝負の行方は語るまでもなかった。
「日向、恋が勝った」
「うん見てた。恋さんは相変わらず凄いよ」
「……ん」
抱えていたセキトを呂布に手渡し、本人も地へ座り込んだ。
……神坂の肩にもたれて。
「いや毎っ回思うけど、なんで恋さん寄り掛かって来んの」
「これ、落ち着く」
「……今更だし別にいいけどさ。言っても治んないし」
「日向は、いや?」
「ほらぁーもおーこれだもーん」
恨みがましく張遼を見やり、隣の張遼はただ一言「知るかい」と一蹴。突き放された動物の様な切ない顔で見られては、割と動物や可愛いものが好きな神坂にはとても振り払えない。
そしてこの後に起こる事も、日常茶飯事。
「恋殿に不埒な真似をーッ!」
地鳴りが響きそうな足音で背後から神坂を襲う飛び蹴り。正体は呂布の専属軍師、陳宮。
その蹴りを首を捻る事で躱し、着地に失敗した陳宮は尻から地へ着き、摩擦の熱さで悶えることとなった。そんな陳宮を見ていた神坂はフッと笑い、高らかに、
「ねねちゃん、今の君に足りないもの! それは! 身長、年れ――――」
「そっ、その常套句はもう聞き飽きたのです! 毎回それを言うということは、足りないものを自覚しているねねに対する辛辣な嫌がらせですか!」
「あっはっは」
「笑うなです! このっ、この!」
神坂を殴ろうとするが、額を手で抑えられて届かない。そんな漫画みたいな光景が出来上がったのを見、張遼は軽く吹いてしまった。
「神坂! 戯れる程に余裕があるならば、私に付き合え! 稽古をつけてやる!」
「前みたいに降参しても華雄さんが止まらない、なんてことが無いなら」
「なに、そんなことあったか?」
「あったよ超あったよ! それで俺空飛んだよ!」
「ええい昔の事をちくちくと、小さい男め」
「七 日 前の話でしょうがッ!」
肩にもたれ掛かる呂布を張遼に預け、ずんずんと華雄に近付いて行った。
そんな彼を見て、ポツリと。
「気の所為やろか。仕事が一緒だからか、なんや段々詠に似て来とるんやないん、日向の奴」
「もしあんなカンシャク玉が二人も居たら身が保たないのです。今の内に詠の下から引き剥がす画策でもするが吉かと」
言ってる間に、話題の彼は腰のサーベルを抜き華雄の金剛爆斧と打ち合っていた。
少々、何かを言い合いながら。
「……ついでに頭への血ぃ昇り方、地味に高順や華雄にも似てきたんちゃう?」
「高順は兎も角、華雄の猪ぶりにまで感化されないといいのですが」
割と真剣に願う彼女達であったが、呂布は黙ってジッと見たまま。神坂から視線を逸らさない。
「違う」
セキトを膝に、彼女は呟く。
「恋とは違うけど、日向も同じ」
張遼が呂布を見、尚も言う。
「恋と、同じ」
視線の先で打ち合う彼を見て、無表情で言う。そんな彼女に首を傾げ、言葉の意味を尋ねるよりも早く、陳宮が思い出した様に張遼へ向く。
「それより霞、近々出征するという話は聞きましたか」
「それならさっき日向から聞いたで。詠の細作が中央で画策されとって、ウチらも出向かなあかん、やろ」
「なら、その話が耳に入って来たと同時期に、この天水近郊に中央の間諜の数が増えたというのも御存知で?」
「……なんやて?」
「他郡も、では無くこの天水近郊のみ、という事なのです」
眉を顰め、その言葉を吟味する。
中央、恐らく数ヶ月前の朝廷の者市場斬刑の報で宦官達は何かしらの行動を取るとは思っていた。その意趣返しで董卓に広魏、隴西に扶風を任せ施政を滞らせた後、中郎将不適任として弾劾するかと思っていた。その手始めとして今、間諜を送り込んだと思った。
しかし、それなら四郡に間諜を放ち粗を探して、という段取りを取る筈。それを天水近郊のみ、となれば……
「目的は、なんや」
「分からないのです。ただ詠はねねもですが、霞に厳命を、と言ってたのです」
「厳命?」
「この件は他言無用、そしてこの件での勝手な行動は慎め、と」
「そらそやな、ウチも勝手には動かん。でもねね、まだ何か言いたいことがあるんやろ」
ぐ、と顔を逸らし、陳宮も呂布と同じく神坂を見やり、そして直ぐに視線を戻す。
「お察しの通り、詠は霞も心して聞くようにと。先程の厳命よりも重要なのです」
「……あんま言いたく無さそうな事みたいやな」
はい、と張遼の耳に寄り小声で彼女は話す。
「姜維、及び神坂。この二名にはこの件一切を伏せておくように、とのことです」
顰めていた眉を更に顰め、腕を組んだ。
一切を伏せる、ということは、だ。
「ちょい待ち、それ日向は知らんのかいな」
「はいなのです」
「仮にも副軍師やろ。百歩譲って今黄巾討伐に出とる将軍の睡蓮が駄目でも、日向には伝えるべきやないん」
「それを踏まえた上で、詠は伏せるようにと。ねねも、詳しくは分からないのです」
「余計な憶測を生ませず、っちゅーことやないんやろうけど……」
己は軍師は信じている。それは今も変わらないが、一部の者に限定して情報を伏せるという事は、いまいち解せない。というより、元来の董卓軍"らしくない"。
視線の彼方で、サーベルを振るう彼を捉える。
……もしや。
神坂や姜維が、知っては不味い何かが、あるということなのか。
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