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44話 商人気構え

ちょっと話がグダグダかもしれませんが、投稿します。

「あまり近付かないで頂けますか煩悩副軍師殿」

「この距離で言われる上謂れのない誹謗とか激萎え」


天水城下の東地区を共に歩く二人、荀攸と神坂は先日董卓より下知された糧秣の件を果たす為、人混みで溢れる市を通り抜け目的の商家へと赴く。しかし互いの距離が五歩以内になると、こうして荀攸が悪辣にして辛辣な物言いをするからには、意識の関係上"一緒に"という表現は語弊が生じるかもしれない。彼女は身分上神坂よりは下な為、ある程度の言葉遣いには配慮しているが、それも物凄く嫌な顔をすることで不敬とも取れる。

神坂に限った話ではないが、他の男性文武官にも似た様な態度を取り、仕事でまごついたり、廊下で肩が触れそうになった時すら罵詈雑言雨霰。それが本人の嫌がる言葉を的確に突いてくる上、丁寧な言葉遣いだから尚もグサリと来る。


「荀攸、何故昨日そのまま商家に赴かなかった。段取りがあるにしても直ぐに」

「貴方の耳は御飾りですか、六歩以内に近付かないで下さい性欲殿」

「……もー突っ込まんぞ」


まぁ、贔屓目無しで見ても能力は優秀なのだ、能力は。


「全く何故私が男なぞに直接……その上こんな頼りなさそうな男と同伴など、ああ桂花おば様、どうか私をお守り下さい」


性格はかなり劣等だが。


「立場上取り敢えず言って置くけど、相手男性だから色々気を付けて話してよ」

「小賢しく小狡い男商人なぞに、何故気を使わなねばならぬのでしょうか。私が事前に調べた商家の者は相当に卑しい性格、斯様な輩は一方的に強く勧告をすれば肝を冷やして頷くかと」

「よく聞けよ荀攸。例え卑しくても商人の中には強かで肝の据えた人も居る。それで悪手をし、仕返しで他の商家との組織力を俺達に行使されたら……その時お前は責任を取れると」


語気を強めて言われ舌打ちが聞こえそうな表情で余所を向くが、中郎将の軍に属する人間だからといって荀攸の言う様には出来ない。ある種荀攸の言う通り、下手に出て舐められぬ様、威厳を保ち注意喚起を促すのが常套なのだろうが、そこは状況に応じての微妙な匙加減。

的屋を殺すにゃ刃物は要らぬ 三日雨降りゃそれで良い。

言葉は悪いが軍も似た様なもの。統治者にとって風評とは生命線。悪評立てばそれで商家同士があの手この手で援助を切り、軍の兵馬を食わす糧秣が無くなれば、惨憺たる有様となろう。


「基本黙ってはいるけど、場合によっては俺が横に入り、荀攸さんに替わって話をするからそのつもりで」

「……それは董卓様のご指示ですか、それとも貴方の判断ですか、副軍師殿」

「両方だよ。いくら男に嫌悪するとは言え、こういう場で公私混同するなら俺は遠慮なく公権を使用するぞ」


失望させてくれるな、と釘を打ったところで、目的の地へと着いた。

高めの塀に囲まれた屋敷は商家にしてはやや大きいが瀟洒で、その様子から自らの財力を示す傾向のある商人とは違い、誇示する印象は余りない。門前から車輪に泥の付いた荷車や馬車といった庭中の様子が窺え、庭中を掃いていた召使がこちらに気付いて駆け寄ると荀攸は要件を伝える。


「暫しお待ちを」


礼と共に召使が屋敷の中へと入って行った時、五歩分離れた神坂には聞こえないよう荀攸は呟く。

――――男の癖に。

本当は聞こえていた神坂が溜め息を堪えた所で、少し割腹の良い男が出迎えに来た。

出来れば何事も、起きないで欲しいものだが。



「単刀直入に言います。天水での穀物、及び糧食の相場操作を即刻取り止めて頂こう」


屋敷内へ案内された客間にて、荀攸がそう強く切り出した所でもう早速気が気でなかった。憮然と言い放つ彼女には何か考えがあるのだろうが、眼前にて座す男は僅かに笑みを浮かべるのみ。神坂は我関せずと出された茶を啜る。


「申し訳有りませんが荀攸様、手前には何の事か、身の覚えの無いお言葉であります。斯様な事、何故手前に申されるか理解出来かねますが」

「荀家の情報網を侮らないで頂きたい。ここ一月間、貴方を含む他の商家が他郡の行商人を複数経由して糧秣を買い集めている事、存じないとお思いですか」


――――ああ、そこまで手の込んだことを。

隠匿せんとそこまでするこの男の用心深さも大したものだが、調べた荀攸の情報力もまた見事。


「少々、不本意ですな」


男が目を細めた。少し、不愉快そうな表情を携え。


「董中郎将とはご贔屓にさせて頂いておりますが、手前を斯様な暴論で言い掛かりを付けるとは、如何なる心算ですかな」

「身に覚えなし、と?」

「有りませぬな。全く以て、甚だ、遺憾で御座います」

「……調べはついているのですよ。潔くお認めになられては如何か」

「存ぜぬことを強制的に認めよとは、随分なお話ですな」


一言を区切り強調し、荀攸は露骨に不愉快そうな表情。更に男は睨めつけるが如く、荀攸を真っ直ぐ見つめ、嫌悪感を催したのか彼女は思い切り視線を逸らした。そこで男は僅かに口元をニヤリと歪ませた所で、神坂は悟った。

ああ、こいつは何があろうと認めるつもりが無い、のらりくらりと抜ける。その気で話しているのだと。

そして、ここでより堅固な精神を築かせてしまった。


(……しかも俺の予想通りなら、これ以上)


この商人に踏み込めば、返ってこちらが痛手を負うだろう。

冤罪で詰め寄ってきた董卓軍という、悪評の返礼付きで。

で、あるならば。


「それでもお疑いであるならば、何なら我が屋敷の庭中から蔵まで、兵士の方々と隅々を心行くまでお調べを」

「……これが最後です。今ここで市場価格の操作を即刻取り止め、糧秣を独占せず売り回すならば此度の件は目を瞑ります」

「お話になりませぬな。そしてくどい。手前にはまるで身に覚えがありませぬ」

「……良いでしょう。そちらがその気なら、私は貴方を――――」

「あっ、お茶のお代わりお願いしても?」


帯び始めた剣呑な雰囲気を裂く様に、神坂が対面する男へ気無しに訊くと僅かに戸惑い、召使に命じると直ぐに茶を注いだ。一口啜ると「はー」と和むような態度を取ると、荀攸が睨み、商家の男は居住まいを直し改めて神坂へ向いた。


「この茶をお気に召したようで、神坂様」

「あれ、俺の事知ってたんだ。荀攸とばかり話すから、てっきり俺の事知らないのかと」

「お戯れを、麒麟児と謳われる二人の内の一人を知らぬとは。もしやと思いましたが、やはりそうでしたか」

「虚聞だって。姜維将軍と一緒に居ただけで、何故かそう呼ばれるだけ。噂の一人歩きだよ」

「……副軍師殿、口を挟」

「一人歩きといえば宏商人、ここ最近どこか郡外へ商いに行かれたので?」


はて、と首を傾げる男は神坂が何を言いたいか解せない。


「ほら最近天水は雨が降らないからね、どこか雨の降った地域にでも行ったのかなと」

「いえ、左様な事は御座いませぬが、何故でしょうか」

「外にあった荷車と馬車の車輪、泥が付いてた」


男の眉がピクリと動くが、神坂は視線を合わすことなく茶に視線を注いで俯いたまま。


「あの泥の具合からして、一日以内で付いたものだと思うんだよね。でも天水じゃ雨は降らず、かといって宏商人は郡外へ商いに出ていない、ときた。それで荷車の車輪に水分の多い泥、おかしい話だ」

「……何を仰りたいのか、分かりかねますが」

「知ってる? 昨日さ、北地区の大通りで誰の悪戯か、外に並べてあった水瓶全部ひっくり返されて地が泥濘んでたんだよ。んで、そういえばその直ぐ近くに使われていない納屋が結構あったなーって」

「神坂様、憶測で物を言われては困ります。それでは、手前が昨晩のうちに糧秣を斯様な場所を経由し、隠した様な言い方ではありませんか」

「そうだね、結局憶測だ。でもその納屋、ごろつきが集まったりしても困るし、早い所何かに利用出来ないかと元々思案しててね。今日の明朝、悪戯の調査も含めてその地域を下調べの為に何人か派遣した訳」

「ほう」

「そこで一つ。俺のことを知っている宏商人に、一つ問おう」


「いつも俺の傍らに居る高順、彼女は今何処に居るでしょう?」


荀攸が横目で男を窺い、男の口元には僅かな微笑み。彼は目を細めて神坂を見据え、それに応える様に神坂も微笑みながら視線を受け止めている。


「基本、誰の物でもない建物の中に人が居たら詰問するし、穀物とかあった場合は、押収という形になるけど……後から所有者が現れたりしたら遺恨を残すわ、面倒が発生するわ、御免なんだよね」

「して?」

「ま。高順を含む他の兵は俺の指示がないと、人と物の調査はしないし、納屋の立ち入り調査もしない。それだけの話なんだけどね」


茶を飲み干し、卓に置くと更に付け加える。


「もし誰の物と知れぬ糧秣が無銭で軍に渡れば。糧秣の相場は下がり、宏商人の様な商いを生業とする者にとって、とても困る話では?」

「……然りですな」

「此度の糧秣相場の操作、董卓様も治世に障ると重く見ておられ、今晩にでも天水東西南北の門付近は戒厳令を敷かれるやもしれませぬ」


しかし、と両手指を交錯させる。


「戒厳令は元来民の不安を煽り立ててしまうもの。俺個人としてはそれを望まない故、そこで宏商人には副軍師として個人的にお願いしたいのだけど」

「何ですかな」

「今天水での穀物糧食の市場価格が少し怪しい。もし是れを貴方が解決して頂ければ、今後、軍を出兵する際には貴殿の商家と率先して取引をする様、董中郎将に進言しますが。……如何かな?」


それだけ述べると彼は瞑目した後、恭しく礼をすると緩やかに茶を啜った。


「斯様な光栄な御話、断る理由が御座いませぬ。委細尽力させて頂く所存であります」

「そ。出来れば迅速且つ手捷てばしこくお願いしますよ」


それでは俺も忙しいのでこれにて、と席を立ち、軽く一礼して背を向けた。


「神坂様」

「ん?」

「手前共は糧秣に限らず宝物骨董の他、様々な物を取り扱って御座います。気が向いた時にでも、是非一度ご覧に」

「……ああ、気が向いたらね」


最後の最後で商人としての常套をこなされ、そうして今度こそ男の前から立ち去った。一瞬荀攸が躊躇して後に付いて行き、二人が居なくなった後で男は喉を鳴らし、茶を飲み干す。

……及第。

静かに呟くと、彼は召使を呼び墨と筆、竹簡を持つよう命じた。




「男の癖に」


城への帰途、彼女は神坂の五歩後ろを歩きながら呟いた。しっかりと言われた本人は振り返ること無く笑う。

侮蔑という、笑みで。


「その男が居なければ、おめおめと舞い戻った筈の女が吠えるな」

「……何ですと」

「俺が遮った時、荀攸、お前何を言おうとした。何をするつもりだった」

「無論、あの商人を後日拘束し、その間糧秣に関わる全ての証拠を上げ没収します。その旨を」

「ああもういい予想はしてた、やっぱりか。まぁあの話し方ならそうだろうし、男を罪に問うのも一つの手だけど……それは悪手でしかないか」


呆れた風に装うが、背後では歯軋りが聞こえそうな怒りの雰囲気を感じる。

取り合うつもりは、全くない。


「今は商人を捕らえ禍根を残すよりも、商人同士の人脈拡大も兼ねた援助をして貰える人を残すのも、一つの手だ」

「私は寧ろ、応じぬならばこの際合切の禍根を断ち切り、董卓様の威を知らしめようとしました。それを」

「それもある種正しいけどね。で、俺が邪魔したと」

「然り。偶々性欲権化殿の方が私の考えよりも、事を荒立てず総合的に上手く進んだとは言え、余りいい気になられては」

「上手く進んだだと、アレがか」


立ち止まり、振り返った。

怒っていた。

荀攸に腹を立てているのか、満足のいく結果にならなかった故か。

或いは、己の不甲斐なさか。


「あのまま荀攸が気を強く持っていれば。貸しを作る形で終わることが出来た筈なのに、董卓軍は舐められずに済んだのに。そしてあの男に敢えて試されたという事実を、この結果を良しとしろと!」

「な、ん」

「荀攸、お前あの商人に目を合わせられた時、目、逸したな」


否、とは言えず。


「あの時、優位性は商人に渡った。元々肝が据わったあの男に強く出た荀攸が、徐々に切り崩して行くのかと思ったけど、目を逸した時点で、あの男は心理的に余裕を持ってしまった。あの時点で切り崩すことはおろか、罪に問わないという貸しの可能性は潰えた」

「そんな馬鹿な。例えそうだとしても、切り崩せないなんて」

「あの商人を伝って董卓軍の部下は意志薄弱という、断定的な評価を流されても俺達は否定出来ない。そもそもあの宏という商人、今日は俺達を試したんだ」

「は……?」

「気付かなかったのか。俺達があの屋敷を訪れてから茶を出すまでの時間が異様に早かった事、これ見よがしに放置された荷車と馬車。そしてあの態度、前もって俺達が来ることを予想してたとしか思えない」


商人の情報網も侮れないね。そんな言葉を捉えるよりも、荀攸は目を見開いて先程の言葉を己で反芻させる。

試された。

……思い返せば、心当たりは、あった。

それが何を意味するのか、分からない訳ではない。


「まさか、試されたというのですか。私達は」

「荀攸が調べた通りの用心深い男なら、そんなヘマをする商人じゃないだろう、あの男は」

「……ッ、副軍師殿が本日高順殿を連れて居ないのは、先程申された通り」

「そ。俺も一応の保険を掛けていた。それだけの話だ」


何故それが分かったのか、という問いをした時、彼は再び背中を見せる。


「人と物の流れをプロファイリングで掛けてみて、ある程度の地域は大体予想出来てた」

「……?」

「まぁある程度読んでたってハナシ」


戒厳令とかの半分はハッタリだった、とは言わず再び歩き出す。

彼女も歩き出すが、悔しさの所為か俯き気味。それをどうこうしようとは思わず、そのまま城へと戻った。


後日、糧秣の市場価格は徐々に元来の値に戻されて来たが、幾度と思い返しても、神坂にとってその日は反省すべき点が多い、冴えない一日であった。


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