39話 変わりゆく日々(参之巻)
完全に拠点ですね、キャラも若干飛んでます。
でも番外編には致しません。これでも日常に変化があるお話ですから。
お楽しみ頂ければ幸いです。
「今日も今日とて賑やかだね」
「月様や詠さんのお膝元ですから。やはり活気に溢れてます」
天水城下の雑踏に紛れ、並んで歩くのは神坂と姜維。露天商の呼び込みから食材が入った籠を運ぶ大人、旅芸人から親子連れ。それらが生む喧騒は城下の日常的な光景だが、姜維の心情に寄り添えばそれは些末。
姜伯約、今なら誰よりも幸せと断言出来るほど舞い上がっていた。
「でも良かった、丁度月さんから俸禄を貰った所だから今日は行動に幅が利くよ」
「そうですね。とても有難い、のですが……頂けるのはまだ先のような……」
「まぁ詠さんも言ってたから、多分今日がそうなんでしょ。それよりほら、こうして二人で仕事外に城下を回るのは初めてだし、早く行こ」
芽生えた一抹の疑問も神坂に手を差し伸べられ、嬉しそうに頷くとそれも霧散して消失する。
「あ……はいっ」
出された右手を掴むと人の間を縫って進み、立ち並ぶ店を眺めながらゆったりと歩いていく。神坂が微笑みながら楽しそうに手を引き、姜維は僅かに紅くなりながらも嬉しそうに付いて行く。
年頃の男女二人。
手を引く男に、はにかむ女。
傍から見れば完全に逢瀬を楽しむ恋人同士のそれだった。
「――――やべぇ痒い。何か異様に背面側がむず痒い」
そして遥か後方でそれを見つめる、七尺ある身長に背中まで伸びた黒髪を結いた女性、高順。建物に背中を預ける彼女は視線の先の二人を見る度身体を掻き毟る動作を見せる。
「城内に居ても監視が面倒だから来て見りゃ……こりゃ駄目だ。帰っちまおうか」
とどのつまり出歯亀よろしくの状態である。
昨日焚き付けた姜維に、主と仰ぐ神坂。
興味を持って少し見ようと思うのは至極当然、当然なのだが。
「帰るか」
言いながら頭を掻き城内へと足を向けた。
年頃の男女の様に楽しみ始める二人を見ていると蕁麻疹が発症したと錯覚しそうなのだ。
自分で言うのも何だが、己は割と粗雑。生きてきた環境が環境故ああいう、その、純粋で仲睦まじい所を見せられると身体がむず痒い。
……そういう訳で、居心地は悪いが城内に戻ることにしたのだが。
「おおやるな日向君。意識してない辺り、やはり彼には女誑しの才能があるぞ」
「睡蓮さん、やっぱり日向さんをお慕いしてるんですね」
「ええ。押しが弱いのがもどかしかったですが、これなら進展があるでしょう」
「いや帰っていい? ボクも月もそんな暇じゃないのよ。ていうかボク達の休憩見計らって何誘ってんのアンタ」
「何を言う。睡蓮君の乙女心を汲んで早めに俸禄出した本人も気になるだろうと思って誘ってやったのに」
「言ってなさいよ」
物陰に何か変なのが居た。
見間違えでなければ腕を組んで頷くのが臧覇。
その瞳を乙女の様に煌々と輝かすのは董卓。
興味無いフリしていながらもチラチラ見ているのが賈駆。
コイツ等揃いも揃って何やってんだ。
「おい」
「っ……なんだ、何故お前が此処にいる」
「そっくりそのまま返してやるよ。ご丁寧に笠まで被って何無粋な真似してんだテメェ等、帰れ」
「お前には言われたくないな。そっちこそ帰って大人しく尻尾振ってろ」
背後から声を掛けられ僅かに驚くも一触即発。董卓が両者を何とか宥めようとする中、賈駆は二人を鬱陶しそうにしながらも神坂達から目を離さない。何だかんだ言って一番興味があるのは彼女かもしれない。
「ふん、これ以上騒ぐと日向君達に勘付かれるからな。お前に構っている暇は無い」
「つか帰れよ。仕事しろ」
「あっ……お二人共、あそこの茶屋に落ち着きましたよ」
「おい君主」
高順の突っ込みに苦笑いしながらもチラチラと神坂達を伺う辺り、やはり董卓も年頃の娘。男女のひと時という好奇心に抗う事は出来なかった。
「どうすんの。此処じゃ聞き取れないしまだ近付く?」
「駄目だ、これ以上近付くと向かいの睡蓮君に見つかる。しかしこの喧騒で聞き取り辛いのは確かだが、さて……」
「つか尾行すんなら笠取れよ。見つかる以前にお前等怪しすぎて警備兵に連行されんぞ」
「日向さんと睡蓮さん、何を話してるんだろう」
「……前にこの茶屋に来たんだけど、その時は手持ちが無くて? 奢って貰った? 情けねぇなオイ」
「え、何アンタ。二人の会話聞こえるの」
「僅かだが聞き取れるし、唇の動きも大概読めるってかだから帰れよお前等」
思い切り渋い顔をする高順だが、三人は各々考え込んでいた。
何考え込んでんだコイツ等。早く帰って政務でもしろよアタイも背中むず痒くなる前に早く帰りてぇんだって。
そんな事を思っていると三人は頷き合い一斉に高順に向いた。コイツ等は腐っても立場ある人間、流石に理性が働いたかと思い溜め息と共に背を向けた。
「お二人が気になるんです。今後の執務に関わるかもしれません」
「ボクは別に気にならないけど月がこう言ってるんだし、もう少し付き合ってやるわよ」
「チッ……お前への警戒は柔いでやるから、協力しろ」
凶猛な元傭兵高順。
もし今、彼女を知っている者が真正面より顔を見れば、途端に吹き出していただろう。
「……あーあー面倒臭ぇな糞。少しだけだぞ呆け共」
しかしここまで引き下がる董卓たちを振り払い帰っても無粋な真似をしかねない上、渋っても堂々巡りになるだろうと踏んだ彼女は大人しく従うことにした。
晴れて怪しい連中の仲間入りになった訳だが、通行人の視線が集まるのにハッとし真っ先に三人の笠を剥ぎ取ることにした。
「何か軽くつまもうか。何食べる?」
「わたっ、私はひなたさんと同じので構いませんよ」
「そう? じゃあ、そうだね串団子でも食べようか」
「あの、ひなたさんは今日何処か行きたい所とか、見たい物とかありますか?」
「んー……今日は睡蓮さんのお誘いだし、やりたい事があればそれに付き合うよ」
「いえそんな。折角ですからひなたさんがお決めに」
「こういう時女性は我が儘言っても良いんだから、睡蓮さんが」
「いえいえ、やっぱりひなたさんが」
等と。テラスの様な茶屋で向かい合う二人は運ばれてきた茶と串団子に気付かず、互いに譲り合っていた。
「……焦れったいな。日向君も男なら"それなら俺に付いて来い"と睡蓮君を引っ張れば良いものを」
「でも女の人を優先する所は、日向さんらしいと思いますよ」
「寧ろ日向が睡蓮を引っ張ったとしてもそんな男らしくはなれないでしょ。ほらアレよ、小さい兄妹が初めてお遣いに行く感じ位にしか想像出来ないし」
「流石軍師、的確な上例えが酷いな。まぁその通りだが」
「……おい。もう帰って良いか」
「すみませんもう少し、もう少しだけお願いします」
「……面倒臭ぇ」
「確かにこの区画、ちょっと見直したほうが良いかもしれないね。賑やかなのは良い事だけど人が多すぎて道が狭いし、スリとか目立たない犯罪が多そうだ」
「それに最近雨も降らず空気も乾燥気味で、もし小火が起きた時、犇めく店が一瞬で大火に発展しかねません。少し間隔を開けて商いをする様言っておきませんと」
「火事か。城下の犯罪自体は少ないけど、そういう災害の隙を狙って犯罪が起きる場合もあるし、そういう事態に備えて火消しの役割とか決めてるかな」
「どうでしょう、城下の警備責任者である宋憲さんは真面目で仕事も細やかにこなしてますが……一度詠さんに進言してみますか」
「アレ、余所見してたら何時の間にか色気のない話になってたぞ。譲り合いは結局どうなったんだ」
「成程。確かにこうして見ると見直すべき点が多いわね」
「それなら詠ちゃん、今度商家の人達と話し合って店の位置を調節して、宋憲さんにも急場の役割分担を取り決めて貰おうか」
「おいそこ、こういう時位は公務と私事を一旦分けないか」
「つかもう帰れよ。んでとっととアタイを帰らせろ」
「何言ってんの、今こうして仕事してんじゃない。城下視察を」
「だから何だ」
神坂達と高順達、茶屋と物陰でそんなやり取りが繰り返されること一刻余。出された茶と串団子を平らげた二人は席を立ち勘定を済ませると再び人混みの中へと身を投じ、董卓達も見失うまいと距離を保ちつつ跡を付けて行く。
「この時間帯だとやっぱり人が多くてはぐれそうだね。……手、繋ぐ?」
「あっ、ぅ……お願い、します」
顔を紅くし俯きながらも手を握る彼女に感化され今更照れ臭くなったのか、神坂も照れ笑いをしながらも早歩きとなり、手を引いて進んで行った。その様子に跡を付けていた三人は思わず「おお」と声を出すが、残りの一人は口を思い切りへの字にし、これでもかと背中に手を回した。
「やべぇ駄目だもう駄目だ、姜維焚きつけといて何だがもう見てらんねぇ。帰るわ、帰って痒みが治まるの待つわ」
「待て、まさかお前が睡蓮君を焚き付けたのかッ? ……そうか見守るだけではなく行動力を以て成す、か。お前から学ぶなど甚だ不本意だが、成程参考としよう」
「一々癇に障るなテメェは。ド頭カチ割られてぇのかボケナス」
「出来ない事を吠えるな駄犬。逆の場合が起こるぞ」
「……臧覇ァ」
「やるのかひよっ子」
中平元年、天水の城下が凍てついた。ではなく。
「でも確かに、そろそろ戻らないと検案が上がってそうだし、名残惜しいけど戻ろうか」
「薺さんも高順さんも、日向さん達に感付かれてしまいますから、どうか抑えてください」
「しかし月様」
「テメェに指図される謂れはねェな」
「詠ちゃん、薺さんは次回から減俸にして高順さんは毎食塩粥にでも出来」
途端、二人は口を真一文字にして黙りこくった。中々に現金だがそれも仕方なし。
臧覇が神坂と姜維を目で追うが人混みに紛れて確認出来ず、遂にその姿は見えなくなった。多少名残り惜しくはあるが、これ以上跡を付けては野暮。もう気にすまいと董卓共々踵を返し城内へと戻ることに決めた。
……はて。それにしても心無しか茶屋を去るのが早かったが、何処か行きたい所でもあったのだろうか。
「はぁっ、はぁ……ここまで来れば良いかな、確認出来る?」
「ふう、いえ、もう見えませんね。……しかし驚きました、まさか月様に詠さん、薺さんに高順さんまで跡を付けていたなんて」
「睡蓮さんが気付いたから俺も気付けたけど、なんで高順まで居たのか謎だなぁ」
「高順さんはああ見えて中々人間性が豊かですよ」
速度をゆるめ、歩きながらも意外そうな顔をし、可笑しそうに姜維が微笑んだ。
あの四人に気付けたのはやはり、笠が大きな原因だった。三人が笠を被って物陰から観察していれば、流石にそれは気付く。
「さて、じゃあ仕切り直して色々回ってみようか」
「先ずは母上への贈り物を選び回って」
「それから宋老人への贈り物、だね」
勿論仕送りと手紙も添えてね、と付け足す。
「黄巾党のこともあるけど、今だけは楽しんで置こうか。暫くは忙しいだろうし」
「はい。今の内に、ですね」
今だけは。
明日以降に時間が出来る保証は無く、もしかすると一刻もしない内に急報が舞い込むかもしれない。
でも、それでも今だけは。今日だけは。
どうか何も起きませんように。
「うあっと、そういえばいつも無意識に手を出してたけど、ごめんね。つい」
「あっいえその、私は大丈夫です、から……ひなたさん」
「うん?」
「出来れば、今日はずっと……手を、握っていたいです」
「……ん。了解」
願いが通じてか。本日城下では荒事は起きず、二人は穏やかな時間を過ごした。
ちょいちょいとあるネタが混ざってますが、気付けた人はいるかな。
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