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35話 懐への誘い

投稿します。

ちょっと色々厳しい所ではありますが、楽しんで頂ければ幸いです。


「折れた左腕までは完全に治す事は出来ないんだ。すまない」

「いや、完治するまでの期間を短く出来るだけでも十分助かるよ。有り難う」


折れた左腕を綺麗な布地で固定し、臧覇を先頭にして陣内を歩んで行く。主立った面々の最後尾で腕の具合を確かめる神坂は未だ痛む全身に呻き声を発しそうになるも、何とかそれを耐え付いて行く。と言うのも、すぐ目の前に居る彼女、姜維が呻き声を挙げる度に心配して振り向いて来るからである。


「痛いのなら声を出しても良いじゃないか。愛されてる証拠だ」

「悪い気はしないけど、心配を掛けたくないから仕方なし、だよ」


前を歩く董卓達には聞こえない程度の小声で華佗と話す傍ら、目的の場所へと辿り着き足を止める。

木の柵で囲まれた檻。

門番をしていた李粛と李蒙は董卓と上官を確認すると一礼し数歩下がった。

柵の中に居るのは背中まで伸びた黒髪を結い、両の手に手枷を付け片膝を付いて座り込む女性、高順。

こちらに気付いた彼女はあからさまに鼻で笑うが、捕虜という立場故の疲労の所為か、或いは戦いの傷によって余裕が無い所為か。その容姿はやや乱れていた。


「よぉ雁首揃えて何の用だい。アタイの処刑立会い人にしちゃ、ちったぁ面子が豪華すぎじゃねぇのか」

「そうね。ボクとしては危険なアンタを早く処したい所だけど、その前に神坂がアンタに話があるんだって」

「っは、生憎だがアタイにゃ話す事なんざ何もねぇぞ」

「その生憎だけど、俺にはある」


後ろから静かに縫って歩み、一番前へと出て臧覇に並ぶと柵越しに高順と向かい合う形となった。神坂を心配してか、背中から姜維がその半歩後ろまで近付き、突発的な動きに対処出来るよう高順の動きを警戒する。


「よう、元気そうで至極残念だ」

「お陰様で身体のあちこちが痛い上、左腕が骨折だよ」

「様ァねぇな。ついでにそこの董卓の頸も折れりゃ良かったのに」

「なっ!」

「貴様」


賈駆を主として臧覇、李粛李蒙と気色食み、場の空気が一気に緊張するが董卓が静かに制止の声を掛け皆は渋々ながらも引き下がった。その様子を見つめていた高順はつまらなさそうに鼻で笑い、溜め息を吐く。


「つまんねぇ茶番演じに来たんなら他当たれ。アタイを殺す迄の遊び道具にすんな」

「そんなつもりは毛頭無いんだけどね。まぁいいや、俺が話をしたいことは唯一つ」


座り込んで話す高順の目線に合わせ、神坂は至極穏やかな微笑みを浮かべて言を発した。



「高順。傭兵を辞めて帰順しろ」



董卓が、賈駆が、臧覇達が。

信じられないといった目で神坂を凝視し、高順以外がその目を開き彼を見やった。


「ちょっ、勝手に何を言い出してんのよアンタは、話すのは許可したけどそこまでは許してはないわよ!」

「悪いが日向君、君の言う事を認める訳にはいかない」

「賈駆さん、薺さん、それはどういった理由だからでしょうか」

「決まってるじゃない、月を討たんとその矛を振るい兵四十二名を斬り、追い詰めて来たのはそいつ。そして月の身を守る親衛隊を十名余りを殺したのもそいつ。何よりもこの高順は利でしか動かない傭兵。こんな奴を帰順させるなんてボクは反対よ」

「……薺さんも同意見ですか」

「一字一句違わず詠の意見に同感だな、私はとても許す事は出来ない。そこに居る李蒙、李粛とて同じ気持ちだろうよ」


まるで同意だと言わんばかりに咳払いをして顔を背ける二人も見ると溜め息を吐き、神坂は向けていた視線を逸らし、その後ろの董卓へと向ける。


「董卓さんも同じ意見ですか」

「私は今回の処遇、神坂さんに一任したいと思います」

「なっ、月!?」

「月様、それは何故でしょうか」

「今の私の立場上、高順さんを処断するのが妥当なのでしょう。ですが私は、董仲穎としては、高順さんを処断するのは如何しても出来ません」

「しかし月殿、百歩譲ってこ奴が降った所で元が敵の傭兵ですぞ。ましてや一目見ただけで分かる餓狼の様なこ奴に」

「ねねちゃん、人は稼業や印象、風貌で判断したら駄目だよ」


しかしと、陳宮と賈駆が続けようとするのを手で制し、神坂へ視線を返すと静かに頷いた。


「それに今回、私は神坂さんに命を救われました。その身を挺して庇った神坂さんに応えて、私は一切を委ねて信じようと思います」

「~~~っ、姜維と恋はどうなのよ」

「今回の私はひなたさんに何も言う権利はありませんし、何よりも信じてますから」

「ん、日向の好きにさせて」


姜維は兎も角、呂布までもが肩を持ち、あまつさえ名で呼んだ事に陳宮と姜維が過敏に反応したが賈駆は気にも留めず、その顔を不満で浮かばせた。


「賈駆さーん、ひなっちは董卓様を助けた功労者なんだからそれ位許してあげても良いんじゃないですか?」

「アンタは黙ってなさい!」

「詠ちゃん」

「……ああもう分かった、分かったわよ。なら神坂の好きにやってみなさいよ」

「おい詠」

「薺、ああは言ったけどボク達が言ったのは所詮私事。でもその反面、軍師としての立場から言えば戦で死人が出るのは当然のことなの。それに、これだけの武を持つ者なら帰順を促すのも又当然」

「……む」

「そういう意味ではボクも月と同じになるし、何より神坂の言ってる事は軍を率いる者としては理に叶ってる。だから神坂、アンタの好きなようにやりなさい」

「どうも」

「――――何勝手に話進めてんだテメェ等。いつアタイが降るって言ったよ」


不機嫌そうにその目を細め睨んで来る彼女は、心底不愉快な心持で見やるが神坂はまるで動じず、それ所か飄々とした態度。


「アタイは何かに縛られて生きるなんて真っ平御免だ。誰よりも、何よりも自由で居たいから傭兵稼業やってんだ。それを仕えろだ? 抜かすなよ餓鬼」

「っはは、面白い事を言うね高順。全くの矛盾を己が行動で示し口に出している」

「……あ?」

「金で動き、依頼無くば生の術無し傭兵が、自由なんて笑わせる」


怒気を含んだ顔をする高順、それを表情を崩さず見る神坂。

対照的な雰囲気を醸す両者だが、神坂は尚も続ける。


「そして貴女は傭兵にしては過分な懐の金子に基づき、再び戦場へと舞い戻った。結局金で動いた傭兵に自由を説かれてどう納得出来る」

「ほざくな糞餓鬼。自由の度合いをテメェの物差しで計んじゃねェよ。傭兵で居る事の自由、仕える事で他者を庇護する不自由。これだけでどう在るべきか分かり切ってんだろが」

「言葉を返すぞ高順。自由の度合いで在り方を決めるなこの臆病者」


ザリッ、と。

頭の中が沸騰し神坂へと一気に駆け、その距離が零になろうとした所で……柵に阻まれた。臧覇や姜維等が得物を構えて警戒し、神坂のすぐ眼前へと詰め寄った高順は額を柵に当て柵越しに彼を睨むが、神坂の表情に左程の変化も無し。


「もっぺん言ってみろ糞餓鬼、その時ゃこの檻壊してテメェの脳漿ブチ撒けてやらァ」

「何度でも言ってやるよ臆病者。楽で安易な道へと逃げ走る貴女は俺からすればとても窮屈で、不自由で、己が在るべき姿を見失っている様にしか見えない」

「笑わせんな、なら帰順して従順な狗になるのがアタイの在るべき姿ってか」

「少なくとも貴女は傭兵という小枠で収まる人に非ず。それは戦場に戻って来た時点で既に答えが出ている」


眉を顰め、眼前の男を見る。

その瞳は嘘偽りの無い、ただ正直な目。


「ただ利で動くだけの傭兵ならば金子を持ち逃げし、戦場から遠ざかるのみ。だが貴女は敗戦だろうと構わず、誰とも言わず、一人戦場へと舞い戻りその責を全うせんとした。それ即ち、義」


柵越しで見える眼は、逸らす事無くただ真っ直ぐと。


「義は、利と対するもの。己に羞悪の心が生まれたとき義は芽生え、それ既に傭兵とはかけ離れた存在」


淀みなく語る彼の瞳から眼を離す事は出来ず。


「人は義を備えた時、自由に勝るものを手にする事が出来る。今の貴女が、正しくそれだ」

「……アタイはそんな、上等なモンを持ち合わせちゃいねえ」


怒りは静かに埋没し、平坦な声へと戻った。


「例えテメェの言う事が正しいとしても、今更生き方変える事なんぞ出来ねぇモンだ」


……何だ。何を言っているのだ己は。

孤高を気取って自由を主に動き。

金貰っては斬って殺し。

気に入らない奴は抉って屠り。

己を滾らせし敵も拉ぎ穿ち。

そんな生き方をしてきた、己が。


「けどもし、アタイが傭兵以外に術があるんだとしたら」


何故こんな声を、発している。

まるで気の抜けた姑娘の様な、情けない声を。


「そいつァ案外、何にも持たない状態で捻り出て来んだろうよ」


――――まさか、求めているのか。

傭兵以外の道を。己が欲しているとでも言うのか。


「なら一度傭兵という荷を棄ててみろ。もし己の生き方に一分の疑問を持ち、一寸でもその思想が芽生えているのなら試してみろ。それも又、自由だ」

「テメェの所でそれが叶うってか」

「その保証は出来かねる。けど己が真の道を往く手掛かりにはなるだろう」

「帰順して尚も別の思想が生まれた時ゃどうする」

「それこそ自由だ。尤も、それ以上のモノが見つかれば良いけどね」


笑みが、零れた。

戦場で浮かべる凶暴な笑みとは違う、愉快なモノを見付けた時の様な笑み。

まるで、王双を相手にした時の様な心持。


「ッ馬鹿だなテメェは。もしアタイに己の寝首掻かれる事があったらどうするよ」

「貴女がそんな愚挙をするとは大抵思えないけど、そうだね。言うなればそれは無い。理由は、俺が貴女を義の人と定めたからだ」

「――――面白ぇ」


胡坐を掻いて座る彼女は、手枷をされた両腕を前へと突き出す。

相変わらず口元には、笑み。


「帰順はしてやる。だがそれは董卓にじゃねぇ、神坂、アンタにだ」

「なっ」

「そして臣下の礼も取らねぇ。又アタイのやる事ァ選ばせて貰うぜ」


始終を今まで眺めて居た賈駆は声を挙げるが高順は気に留めず、尚も神坂のみを向く。

もしやすると己は、魅せられたかもしれない。


「不臣の礼の待遇を御所望か。しかも俺に」

「一寸でも思想が芽生えれば試せ、だろ」

「やる事を選べない場合はどうする」

「そん時考えりゃ良いだろ」


この神坂という男の、えも知れぬ何かに。


「俺は客将同然の身分に過ぎないぞ」

「上等だ。アンタの際、見極めたくなった」


薄く微笑む彼に呼応し、更に笑みを深める。

それだけで彼の答えが肯であると受け取った。


「董卓さん、この件は俺に一任、でしたよね?」

「はい。ご随意になさって構いませんよ」


己では無く客将同然の神坂に。

そんな負の感情を微塵も思う事は無く、神坂同様微笑みで返す董卓に、賈駆を含めた周りは異を唱える事は出来ず黙殺されることになった。

ただ。姜維だけがそれを少し拗ねた表情で見ていたのを、法正だけは気付いていた。


その後、警戒しながらも檻から出された高順は華佗の治療を受け、手枷を外される事になった。ただ得物としていた斧槍は賈駆と臧覇の意見で天水への帰還まで返却する事はしなかったが、高順はそれを善しとした。

本人曰く、今は気分が良くて特に気にしない、とのことだった。


やっぱりちょっと無理やり感あるよね、反省。後悔はしないけど。

執筆技量を挙げる為に本読んだりして用法を学ぼうかな。

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