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34話 目覚めに飛将軍、名医来訪

投稿します。

そして相変わらずぬるぬる進みます。

楽しんで頂ければ幸いです。

薄く開けた瞼から最初に目に入ったのは天幕の天井。

次に身体を動かそうとして、左腕を筆頭にした全身への鋭い痛み。辛うじて顔を動かすと左腕には添え木に布が巻かれ、腕は折れているのは見て取れた。他にも全身の至る所は包帯の様な物に巻かれているが身体中が痛いのは筋肉痛か何かだろうか、動かすのが煩わしい所では無い。一寸動くにも途方も無く力が要る。

無理に身体を動かすのを諦め、大人しく寝転がった所で神坂は口を開いた。


「あの、何をしてるんでしょうか」

「日向見てた」

「え、それっていつから」

「……さっき?」

「いや疑問符付けられても」


天井に目を向けたまま話す相手は――――呂布。呂奉先。

座り込んでジッと見て来る彼女に幾ばくかの気まずさを覚えるがいかんせん、身体を動かす事は無理なのでどうしようもない。と言うより、余り話した事の無い天下無双の其の人に名前で呼ばれ、突然こうも凝視されると言い様のない気まずさが溢れるのは仕方がないと信じたかった。


「まだ痛い?」

「えぁ、あ、あーそうですね痛くて動けないですね」

「……?」

「いやそこで首を傾げないで欲しいんですが」


そしてコレだ。見てて可愛らしいのだが、何を考えてるか判らないからやり辛い。


「というかですね、何故呂布さんが俺を看病……してたのかは知らないけど見てたのかなって」

「睡蓮に頼まれた」

「睡蓮さんに? ってそれ、睡蓮さんの真名」

「昨日恋と交換した。それで、さっきお医者さんが来たの聞いて出て行った」

「そっか成程。……あれ、いつも一緒に居る陳宮ちゃんは?」

「……?」

「だからなんでそこで首傾げんの」


イマイチ要領を得ない会話に苦笑を洩らした所で、恐らく仕事があるのだろうと結論付けた。

しかし目の前に居る赤髪の少女は依然としてジッと見て来る。一体自分の何に興味を持ってこんなに凝視するのかは判らないが、やはりやり辛い。


「日向、強い?」

「いやいきなり何ッ?」

「アイツ倒した」

「アイツ……ああ高順さんか。倒したって言っても奇襲に偶然が重なった上、呂布さんが手傷を負わせてくれたお陰ですよ。じゃなきゃ俺死んでます」

「違う」

「いや違いませんよ。左腕を負傷していたお陰で若干ながらも動きが読めた訳ですし」

「……恋」

「いやあの、何が」

「恋の真名。日向に預けるから、呼んで」

「……すみません脈絡無さすぎでアレなんだけど、一応訊いときますね。何故に?」


また首を傾げて此方を窺って来るが、いきなり何故真名を預けて来たのか理解が追い付かずこちらとしても黙って見つめる事しかない。


「恋と似てるから」

「え、呂布さんと? 何処が」

「……それに月も助けてくれた。だから、恋でいい」

「いや前半の理由が結局判りませんよ」


しかし口を開いた所で会話が噛み合う様で噛み合わない。尚も無垢な瞳で首を傾げる飛将軍にとうとう諦めにも似た感情が芽生え、溜め息と苦笑を洩らし一言だけ了承を返す。

それから一間置いた所で天幕の外から此方に歩み寄る音。音源が天幕へと辿り着き、中へと入るとその姿に神坂は安堵した。

董卓、賈駆に臧覇。陳宮に法正、そして姜維。

姜維が眼前に横たわっている男と目を合わせると、口を結んで泣きそうな表情へと変わり直ぐに駆け寄らんとする素振りを見せるが、それは一歩踏み出しただけで止まった。


「……? ああ。董卓さん賈駆さん、ご無事で何より」

「神坂さんもご無事で何よりです。身体の方は大丈夫ですか?」

「正直に言えばかなり厳しいですね。肩口からの傷は兎も角、全身の筋肉が動く事を完全拒否してる様です」

「……でもアンタのお陰で月が助かったわ。ありがと」

「うん。神坂さん、本当に有り難うございます」

「いや、あーえっと……どう致しまして。ていうか賈駆さんにお礼言われると背中がむず痒くなると言うか」

「ちょっと、それどういう意味よ」

「まあまあ。しかし君も相当な無茶をしたものだな、生きてるから良かったものを」

「はは。俺も薺さんみたいに強ければ良かったんですが……それで高順さんは?」

「あの女なら手枷付けて別の場所に居るが。何故だ?」

「いえ別に、ちょっと気になっただけです。今考えても、あの人に一撃入れれたのは奇跡だなぁって」

「ふふん、精々手傷を負わせておいた恋殿に感謝するのです」


その言葉に皆が肩を竦め、互いに顔を合わせ苦笑いを浮かべた。神坂も再び苦笑を洩らし、傍に近寄る法正に気付くと怪訝な顔をすると彼女は人差し指を形取り。

思い切り神坂の身体を突いた。


「いっだあああぁッ! 何、一体何なの馬鹿なの!? てか叫ぶと更に痛いってマジで勘弁して」

「凄いねひなっち期待以上の反応だよ。まぁ面白いの見せて貰った所でアレだけど、そんな絶賛負傷中のひなっちに朗報があるよん」

「……何。どんな朗報」

「私が蜀への道中で知り合った漢中の凄腕の医者が、一人旅最中で今偶然この近辺に居てね、その人先刻ここに招聘した所なんと、ひなっちを診てくれるってさ」

「へぇ確かにそれは朗報だね。でもさ、それ俺の身体突く必要無いよね?」

「いやお約束だと思って」

「畜生治ったら覚悟しろ」


そんな呪詛染みた言葉も何処吹く風。天幕の外に入るよう呼び掛けると赤髪を携え、白衣に似た外套を纏った男が中へと入る。皆が視線を向ける先で法正とその男が顔を合わせるとコクリと頷き、横たわる神坂へと寄った。


「貴方が法正さんの言ってた医者。宜しくお願いします」

「ああ、君の身体を診させて頂く華佗だ、よろしく」

「……華佗」

「早速だが触診からさせて貰うぞ」


華佗。

その名を聞いて思い浮かぶ人物は一人しかいない。

華佗、字を元化。外科の大家、神医などと様々な呼び名の中で残した神業の数々。麻沸散、即ち現代での麻酔を開発し現代医学まで語り継がれる薬学鍼灸を得意とした名医は、直ぐに頭に浮かんだ。


「……これはまた、酷い事になってるな」

「酷いことって、何。もしかして何か不味いことでも」

「いや、命に関わる症状では無いのは確かだ。肩口の傷はある程度自然に癒やした方が身体を丈夫にすることがあるから一応治療はするが、ただ全身は筋繊維が熱を帯び、所々はボロボロで酷い。何処をどうしたらこんな状態になったんだ」

「まぁ何と言うかその、少しばかり本能の赴くまま無茶をしたと言うか」

「気脈も少し乱れてるな。これでは身体の一部を動かすだけでも相当な痛みが伴うだろう」

「……はい。その通りです」


腕から脚にかけ一通り触診しただけで状態を把握した華佗に神坂を含め、周りは感心する。そんな周りの反応を余所に、華佗は懐から絹で包まれた物を取り出し解いていく。

出て来たのは二つの鍼。金色の如き色合いの鍼を指先で持ち一点を見つめ集中を始めた。


「……何をやっているのでしょうか」

「いや分からん」

「まぁ見てて下さいよ」


姜維と臧覇のひそひそ声も法正に宥められ、しばらく見ていると鍼に光らしきものが纏われていく。その様子に一同がギョッとして身構えるがそれも法正に再度宥められ、唯一呂布だけがそれを不思議そうに直視していた。


「では治療を始める! 神坂殿といったな、君の身体俺が預かったぁッ!」

「ぇあ、あの、はい。よろしく」


横たわった神坂の傍で突然立ち上がり、鍼を持つ両腕を高々と掲げ更に光を帯びて行く。

気の所為か、何故か背後に炎があるのではないかと錯覚しそうになる。


「我が身、我が鍼と一つとなり! 一心同体! 全力全快! 病魔覆滅!」

「え、ちょ」


「げ ん き に なれぇぇぇぇぇ!」


「――――…」


なんて暑苦しい。

激した言葉と無駄に仰々しいその行動に、皆が抱いた心象は奇しくも……否、当然の如く同じものだった。

そのまま鍼が打たれると光が辺りへ広がり皆がその眩しさに目を若干細めるが、その仰々しい言動に比例してか神坂の顔に驚きと戸惑いが浮かび、目を見開いて己の身体を"触った"。


「お、え、あれっ?」


身体を起こせる。自らを手で触れれる。

まだ全身に多少の筋肉痛に似た痛みがあるが、それも先程の不自由な激痛に比べれば全然マシになっていた。神坂の様子を確認すると皆が驚きに満ちた顔で華佗を見、本人は満足そうに頷いていた。


「余り急には動かないでくれ。全身の気脈を整え全身の傷んだ筋繊維も鎮めたが完全とはいかない。無理に動けばまた再発する」

「いやこれ、マジで? えぇー……」


たった今起こった事象に感心する神坂だが、順を追って考えるがやはり理解出来ない。

鍼を出して暑苦しく叫び、身体に打った所で光って……痛みが治まった。


「いやいやいやどういう原理でこんな事出来んの。何、これが中国四千年の秘術ってこと? でもいいや、有り難うございます」

「気にするな、医者として当然だ。まぁ中国という国がどういう国かは知らんが、これこそ漢中五斗米道より伝授された奥義だ!」

「漢中の五斗米道? 聞いた事はあるけど、そんな妙技を振るう教えがあるなんて初耳よ」

「違う、全然違う」


え? と華佗に遮られ賈駆が疑問に思うと、堂々と、声高らかに彼は宣言した。



「"ゴットヴェイドォー"だ! そこを間違えないでくれ」



案の定、その場に居た法正以外の皆が唖然とした。漂う空気を消し飛ばそうと咳払いし、再度その名を挙げた。


「え、ええと何。じゃあアンタはそのご、ごっと米? 道の教えで」

「違う、ゴットヴェイドォーだ!」

「ご、ごっ……斗」

「ゴットヴェイドォォォォォー!」


かなり暑苦鬱陶しい。法正は改めて思った。

この場に居る殆どがそう思っただろうが表情には余り出さない。ただし、何度も訂正を求められた賈駆は切れる寸前ではあったが。


「まあいいや、ゴットゥーザでもゴットヴェイドォーでも。華佗さん、あの」

「なっ、神坂殿! 君は今正しい発音をしてくれたか? もしや君は漢中の!」

「もう良いよ診て貰って何だけど暑苦しいよ!」


一刀両断に言われたにも関わらず、素直に「む、すまない」とだけ言って詰め寄っていた華佗は下がった。神坂は思わず出た言葉を濁す様に咳払いをし、身体を起こすと正座をし、姿勢を正した。


「失礼した華佗殿。此方までご足労頂き更には治療を施して頂きこの神坂日向、この通り感謝致す」

「おいおい顔を挙げてくれ神坂殿、俺は医者として当然の事を」

「今の私では感謝の意を礼一つでしか表せませぬが、どうか受け取って頂きたい」

「――――…ああ。ならばその礼、有り難く頂戴する」


軽くだが同じ様に頭を下げる華佗と神坂。董卓や賈駆らは両者を交互に見やると姜維を除いて素直に感心した。

この男、こうした礼法も執れるのか。


「それと睡蓮さん」

「えっ、あ、はいっ」

「戦場では常に不測の事態が付き纏うものでしょ」


言われ、姜維の顔は伏せられ口も結ばれた。神坂の声音でそれが叱りでも恨言でなく、気にするなという意味で言われたのは理解出来る。だが、安全に居て欲しかったのに逆に危険な目に遭わせ、あまつさえ死に掛けた。それを考え姜維は己を赦す事は出来難い心情だった。


「それでももし悔恨を持つならそれを五分とし、論語衛霊公第十五節二十九を五分としなよ。それさえも出来ないなら……帰ったらまた、俺の指南を引き受けて欲しい。そして一緒に強くなろう。ね?」

「……ッ、はい、はい必ずっ」


微笑み語る神坂、何度も頷く姜維。

傍から聞けばその会話はとても理解し難いが、姜維の表情がより明るくなったのを見、董卓と臧覇は安心した。賈駆、陳宮、法正は神坂の言わんとする事を理解し、同時に冷やかしにも似た視線を送ったが、本人は分からず仕舞い。


「それであの、華佗さん」

「華佗で良いぞ神坂殿、ついでに敬語も。俺とさして歳は変わらぬ様だし」

「嘘マジで!? あいや、じゃなくて。それなら俺も呼び捨てで良いです」

「そうか。して神坂、何だろうか」

「俺の治療ついでにお願いがあるんだけど」


ゆったりと姿勢を崩し、華佗に向き直る神坂は片手でお願いのポーズを取った。


「場合によってはもう一人、診て欲しいんだ。つきましては董卓さんと賈駆さんにもお願いする事になりますが」


同時に神坂は董卓と賈駆に向き、その旨を伝える。

伝えられた一人は疑問に思いながらもそれを了承し、

もう一人は怪訝な顔しながらも渋々それを受け入れた。


感想ご意見、誤字脱字の報告もお待ちしております。


※『論語』衛霊公 第十五節二十九

「子曰、過而不改、是謂過矣」

日本語に訳すと"子曰く、過ちて改めざる、是れを過ちと謂う"

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