33話 思いの儘に往く
投稿します。
活動報告にて感想を下さった方、有り難うございます。
もう自分の構想をそのまま記し載せて行きます。
ということで続きをどうぞ。楽しんで頂ければ幸いです。
14歳の時だった。
かつて第二次大戦を経験した、元米軍在籍の軍老人に一月余り師事を受けた事がある。学ぶ事が多いだろうと、良かれと思う親戚に紹介されたその人は実年齢に伴わない身体つきと威圧感を発し、思わず息を飲んだ。
教えて貰ったのは戦争の体験談と対人格闘。戦争を体験した老軍人の口からは平和に生きる者として、とても信じられない内容ばかりだったが、体験した本人ならではのリアルな生々しさと当時の写真を見せて貰った時にはその疑いも吹き飛んだのも覚えている。
対人格闘についても教えて貰ったが、日本流は勿論米国流とも違う老人の我流。
何も持っていない老軍人は手加減なしで来いと言った。
老いていようと相手は元軍人。胸を借りるつもりで俺は望み通り全力で向かった。
その結果、俺は全く歯が立たなかった。
空手道、柔道に多少の合気道も通じてる俺だが成す術も無く殴られ、投げ飛ばされ、地へと伏す事となった。
うつ伏せとなった俺の背中に軍老人が座り、葉巻を吸い出すと彼は流暢な日本語で笑いながら語りかけていた。
『何故この老いぼれに負けたか分かるか、ヒナタ』
『……経験の差、ですか』
彼はカッ、と笑い飛ばした。
『そんな理由なら私はとっくの昔に死んでいる。ミスターヒナタ、君は格闘技に覚えのある子だが、それだけだ』
『と、いうと……?』
『私は今、君を殺すつもりで戦った』
『……ッ』
『私の対人格闘はスポーツでも格闘技にも属さない。殺すか、殺されるか。そして既に自分は"消耗品"と思い込んで戦う事。これが戦地の極限の中で培われたモノだ。だから例え相手が民間人だろうと素手だろうと例外無く、私は相手を殺すつもりで戦うよ。私とヒナタの違う所は、そこだ』
そこまで言われて押し黙った。
殺す気で来る相手に格闘技感覚で戦う自分。
己を個と見做さず顧みず、唯敵を殺す事。
……これでは確かに負ける。
『けどミスターヒナタ、所詮私の全ては戦時で生まれて平和の中では活きない。今の時代ではヒナタの様な人が、相応しく適応する』
『でも今はどこの国でも強盗や殺人は一日で何件もあります。日本だってそう、いざという時自分の命は自分で責任を持つ。寧ろ、貴方はある意味一番安全度の高い生活を常に手にしている』
キョトンとした顔を見せると、老軍人は声を上げて笑った。
『そういう考え方もあるか。ならヒナタにはいざという時の為に色々教えとかないといけないな』
『ええ、是非お願いしますミスター』
何から教えようか。そうだな、先ずは――――…
「粛、おい粛生きてるか!」
「……っがならないで下さい蒙さん。大丈夫、生きてますから」
剣に寄り掛かって起き上がる李粛を支えて立ち上がり、李蒙は高順の突き抜けた道を見渡すと歯軋りを鳴らした。
一直線。立ち塞がる兵を悉く屠った跡は死体の規則的な並びで証明されている。
迎え撃ったのは良いが己の剣を馬の頸ごと斬られ、更に傷まで負わされた。
それも、各々一合で。
「董卓様は、何処に?」
「多分賈駆様と一緒に前線の将軍達の所に……」
お互いを支え合う形で立つ彼女達が振り返ると、突破された兵士たちが自分達に駆け寄って来る姿。
そしてもう一方を遠目ながらも振り返ると、その表情を強張らせた。
斧槍を肩に担ぎゆっくり歩んで来る高順。
その直ぐ後ろで倒れている神坂。
何があったか等一目瞭然だった。
「っおいおい、坊主、まさか死んじまったのか」
「……考えたくはありませんが、このままだとその次は私達という事になりますよ」
「そう来るだろうな」
こちらへと歩む難敵に愈々腹を据え、お互いが折れた剣を強く握り締めた。
主君は逃げ遂せた、此処で散るなら本望だと。
支えていた身体を離し彼方から来る高順を睨み付ける。
そこで、彼女達は見た。
「ぁあ?」
歩んでいた足を止め、高順は怪訝な顔をして振り返った。
気配を感じた。今までにない強いものを。
もう誰も居ない筈の後ろを振り返る彼女は気配の基を察し、眉を顰めた。
男が立っていた。
立った今斬り捨てた筈の敵が。
己が取るに足らないと失望した敵が。
肩口から血を流しながらも、神坂日向は大地を踏み締めそこに立っていた。
「……よぉ。テメェなんで生きてんだ」
担いでいた斧槍を降ろし眼前の男を観察して気付いた。
傷が浅いのか。
流している血も思ったより少ない。
あの傷は、骨まで達して無いと見て取れた。
何故――――高順は思ったが、それは己の得物を見て理解する。
斧刃の先が欠けていた。
何時の間に。先程まで欠けていなかった筈。
しかしその事実に目を見開き、立ち上がった男を再び見ると口元には笑み。
「死んだフリして凌ぎゃ良かったモンを。折角の幸運を無駄にしやがって、二度目はねェぞ糞餓鬼」
「そうだ 俺は忘れていた。殺しに来る相手にこんな愚を犯した」
こちらの言葉を意に介さぬ神坂に眉を顰めたまま警戒するが、依然動きは無い。
「"こういう事"は今の世界じゃなくても有り得た。コレは前の世界で凶刃に襲われる事の延長線上じゃないか」
呟きながらも腰に手を回し、高順の警戒を余所に取り出したのは短剣。
一尺と見られる長さの短剣を鞘から抜き、右手で逆手に構え高順をジロリと見やる。
たったそれだけ。それだけの動作。
なのに、斧槍を持つ高順の手には汗。
「あの時教えてくれた事を実践しよう。今まで学んだ事を活かそう。自分は大衆の中の一と定めよう。あの、褒めて貰った時の様に」
浮かべるのは穏やかな笑み。
死を受け入れた顔とは違う、生にしがみ付く必死さでも無い。
しかし戦場には似つかわしく無いその表情を、高順は見た事が無い。
「今一度言うよ。貴女はここから逃がさない」
そこで神坂は駆けた。
逆手に持つ短剣を顔前で構え高順へと突進して行く。
「――――っざくなよ雑魚!」
駆ける神坂に向け、降ろしていた斧槍を斜め上へと斬り上げるが、それは空を切った。
跳んでいた。
斬り上げた斧槍よりも高く、高順の頭上へと跳んだ神坂は見下ろす格好となり、それを見た高順は目を怒りで染めた。
これは襲撃を仕掛けた己への意趣返しか。それとも行動と同様の意味を込めているのか。
宙にいる神坂を狙う事はせず、背中合わせで着地の直前を狙い斧槍を横へ構えた。
「完全確実に殺してやんよ」
そして横へ薙いだ。
しかし神坂の身体が両断される事は無く、斧槍が再び空を切った。
躱された。
何故、どうやって。
疑問が脳内を駆け巡るが、空を切った斧槍よりも下。姿勢を低くした神坂が再び高順に突き進む。
――――迅い。先程までの動きとはまるで違う。
距離は間近だった。斧槍を引き戻すよりも早く懐へと潜り込んで来る。
突き出される、短剣。
「……ッ!」
直ぐに後ろへ跳び退くが、鋭く突き出された短剣は高順の出した左腕を刺した。
それは呂布に負わされた傷と同じ、布を巻かれた左腕。
「ほら、やっぱそっちで防ぐ他無いよね」
まるで計算通りだと言わんばかりの笑みを浮かべる神坂に、今度こそ高順は激昂した。
女性とは思えない程の声をあらん限りに発し、左腕を乱暴に振り眼前の男から距離を取ると短剣の抜かれた左腕を見、奥歯の軋む音が聞こえた。
「斧槍の振り方に若干の偏りがあるのは勘違いじゃなかったな。使える右腕より使い難い左腕を犠牲に。まぁ態々俺は左腕で防ぐように仕向けたけど」
「殺す。殺す殺す殺す絶対ぇ殺してやらァ糞餓鬼がッ!」
「身体は 風の如き赴くままに」
血を流す左腕を無視して両腕を駆使し斧槍を引っ掴み、激情のままに振るうが全て神坂に躱される。
先程までは振るう度に服を掠り、皮膚を斬り、必死で凌ぐ男を嘲笑うかの如く斬撃を繰り出していたのに。目の前の男は尚も短剣を逆手に持ち繰り出す斬撃をまるで受け付けない。
宛ら舞の如く。
主君への御前演武の如く。
しかし高順は改めて気付いた。
身体の動かし方を理解している。
どこの筋肉をどう動かせば最速で動くかを本能で理解してやがる。
身体に掛かる、負荷をも。
しかもコイツは何も見ていない。
眼前で戦う己すら見ていない。
まるで本能の儘に動くように。
何も映さぬその黒い瞳を察し、高順は溢れ出る激情を抑え込み神坂から距離を取り冷静に努め、そして認めた。
コイツは狩られる側の狐では無かった。
「認めてやるよ。テメェはアタイの"敵"に成り得た」
ゆっくりと息を吐き出し、今度は高順から駆け出した。
一撃は貰ってやる。ただしその代償は、テメェの頸だ。
挙動を見極め、相手が先に攻撃を繰り出した所で逆撃を食らわす。
急所だけを防ぎ今度こそ確実に息の根を止める。
「やっぱり。直ぐに冷静に戻れる貴女は優秀だ」
男が呟いた。
感心した様に呟く男は突き進む高順に穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと歩み寄り。
動作を微塵も臭わせる事無く、地にある両断された三尖槍を連続して蹴り出した。
「ッチ!」
虚を突かれたがそれらを全て弾きつつ神坂へと突き進み、得物が届く距離まであと八歩。
「使える物は、全部使う」
そして手に持つ短剣までも、投げた。
「テメェ」
事も無げにそれも弾くと、あと四歩。
相手は最早丸腰。もう武器は無い。
残りは、一歩。
「死ね」
結局攻撃を繰り出してくる事は無く。
踏み出し、構えた斧槍は躊躇なく右からの横薙ぎ。
殺った。高順は確信した。
「無傷で済むなんて、俺も思っちゃいない」
しかし途中で立ち止まっていた神坂が、突然前へ。
力強い一歩。しかし斧槍の刃から逃れるには十分な一歩。
そしてゴキリと。
迫る斧槍の柄を左腕で防ぎ骨を砕く音。
苦痛で顔を歪ます事も無く、懐へと潜り込んだ神坂を排しようと動くよりも前に。
神坂の肘が高順の鳩尾を貫いた。
「ッ、カ ハ」
右肩から懐へ入った神坂を余所に数歩後退り、斧槍を取り落とした。
人体急所の一つである水月。そこを的確に射抜かれ、とうとう膝をついてしまった。
「な、に……を」
「鳩尾への痛撃は横隔膜の動きを瞬間的に止め、呼吸困難に陥る」
鳩尾を抑え睨む高順に淀みなく答えるが、神坂もその場で膝をついた。
身体中が悲鳴を上げ、立つ事を拒絶するかの様な疲労。
「今の貴女なら、直ぐ其処まで来て、いる味方でも 勝てる」
息が荒くなり、遂には倒れ伏せる神坂だが高順も立つ事儘ならない。
そして聞こえる。自分が通って来た道を辿って来る多数の馬蹄、足音。
「……いや、もう今更、かな」
顔だけ動かし、前方から迫り来る軍を視認すると口元からは苦笑い。
李粛と李蒙、兵達よりもそのずっと前。
三尖槍を片手に、肩に掛かる程の栗色の髪を靡かせ駆けて来る女性。
姜維。
遠目でもわかったその風体は神坂を安心させ、意識がゆっくりと堕ちて行く。
――――前にもあったなぁこんな事。
保とうとする意識は徐々に沈み抗う事が出来ず闇へと沈んだ。
沈む前に微かに見えたのは、姜維の泣きそうな表情だった。
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