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32話 斧槍の行方

いつもよりも長め。

どうぞご覧じれ。


人馬一体。斧槍を振るい董卓兵を薙ぎ払い、且つ馬脚で蹴飛ばしながら一直線に進んで行く敵に為す術も無く蹂躙されていく。余りの勢いに尻込みしそうになるが主君が狙われているとあっては退く事罷り成らず、槍を突き出し、矢を射かける他無い。

しかしそれも事も無げに躱し、弾き、遮る者を屠って往く。

怒声と悲鳴が兵の中から伝い董卓とその周りが前方の様子を視認出来た時、丁度部下の血肉が宙へ舞うのが見え始めた。


「なんて事なの……! 李粛、李蒙! 倒す事を主とせず足止めすることを念に置き、なんとしても敵を止めなさい!」

「ぎ、御意!」


親衛隊に混じっていた二人の女性が馬上で素早く礼を済ますと各々の得物を携え前方へと向き、突き進んで来る敵に向け同時に駆け出す。賈駆はそれを見届けると董卓の背中を抱え後方へと退く。神坂と法正も前方へと現われた敵を警戒しつつ他の親衛隊と共に武器を構えて下がる。


「ちょっどういう事ですか賈駆さん! あの傭兵、臧覇将軍の伝令で敵軍から抜けたんじゃなかったんですか!」

「知らないわよそんなの! でもこの状況、敵に一杯食わされたって事は確かよ!」

「離して詠ちゃん! 李粛さんと李蒙さんや親衛隊の皆がまだ前線に……っ」

「駄目よ、何よりも先ず月を安全な場所に連れて行くか、恋と薺が戻って来るまで時間を稼がないと! この兵数じゃ恋と渡り合った奴相手に勝てない!」


抗う董卓を抱え漸く騎乗させると神坂達共々も騎乗し親衛隊に守られながら後方へと駆け出し、賈駆は焦りながらも今尚戦中にある前方を振り返るが、追って来る筈であろう敵を視認出来ない。味方の兵も今や目を凝らさないと見えない程の距離だから無理も無いのか。

もしや李粛と李蒙が巧く足止に成功したのか、或いは諦めたのか。溜め息を吐いて安堵しそうになったが、



「よう、何処へ行こうっての?」



上空から差された影と声で一瞬にして現実に引き戻された。

反射的に見上げるとその彼女は笑みを浮かべ、側面より董卓目掛けて馬と共に跳び斧槍を振り下ろしていた。親衛隊の一人がそれを防ごうとし剣で遮ろうとするが呆気なく折られ、その身を斜め下へと斬り裂かれた。そのまま董卓の頭上を飛び越し反対側へと着地と同時に馬首を返し、董卓目掛け再び猛然と疾駆する。

その余りに素早く出鱈目な馬術に圧倒され、またしても側面から駆ける目前の傭兵を止めようと親衛隊を動かそうとするが。


「法正さん剣をこっちに!」


神坂が叫び、思わず法正は剣の柄頭を隣の男へ向け差し出されると今度は上着を脱ぎ、神坂は視界を遮らんと敵方面へと投げ付けた。


「ンな小細工が効くかよ!」


斧槍の傭兵が毒づき馬体を横へ避けようとするが、突如投げられた上着を破り剣が現われ、己を穿とうと向かって来ていた。軽い舌打ちをし恐らく投げられたであろう剣を上着ごと弾くが、突然馬体がグラつき速度が落ち始めた。

原因は馬の管。浅くだが斬られた跡。

見ると上着を投げて来た男の持つ三尖槍の切っ先には僅かだが紅い血。

それだけで何をされたか等容易に理解出来た。

だからこそ。瞳孔が開かんばかりに神坂を睨みつける。


「こ の、糞野郎がぁッ!」


相手への過小評価、己の不覚。

傭兵が激昂すると董卓では無く、神坂目掛け斧槍を振り下ろした。

しかし僅か。僅かだが感情の起伏で生じた振りの大きさを見逃さず、


神坂は馬から跳び下りた。


「ぁあッ!?」


逃げるのか。傭兵は思ったが、関係無い、不覚はもう取らないと直ぐに引き締め横薙ぎに斧槍を振るおうとした時、男の目が見えた。

瞳は語っていた。

千の言葉よりも雄弁で万の言葉よりも弁才に感受する程に。


通さない。


その意志の強さを感じ取り渾身の一撃で男を薙いだが馬体の真正面に潜り込まれ当たらず、そして不味いと思った。馬体真正面の前球節に潜り込まれ斧槍は届かず、男の目的を理解した時、傭兵は咄嗟に馬を跳躍させたが。

馬は前脚を三尖槍で殴られ、馬体ごと宙を舞った。

傭兵は予め不味いと感じており瞬時に馬を蹴飛ばし地へと着地するが、神坂は走る馬から下手に下馬した為土埃を巻き起こし、地へと転がってしまった。傭兵が跨っていた馬は地へと叩きつけられ苦痛に歪む様な嘶きを発し、もがく素振りを見せ立ち上がるが、走る事は出来ない程の怪我を負っていた。

神坂も直ぐに立ち上がり受けた衝撃が全身を巡りながらも、なんとか立ち上がる。

だが傭兵共々馬を失い互いに地へ降り立ってしまった。

それだけで、今がどんな状況か直ぐに解る。


「えっひなっち!?」

「ちょっとアンタっ、何やってんのよ馬鹿!」

「そのまま方向転換して薺さん達の所に向かって下さい賈駆さん! 誰も居ない所より味方が居る所までせめて逃げて!」

「そ、そんな! なら神坂さんはっ」

「出来得る限り足止めしますから構わず行って! 賈駆さん法正さん、後をお願い!」


神坂の言葉に囃され傭兵と董卓を交互に見比べ、賈駆は董卓の跨る馬に鞭を打つと法正と親衛隊も共に来た道を戻り追従して行く。神坂の前方に立つ傭兵は前髪に付いた土を払うと目の前に立つ男を歯軋りを鳴らし睨む。

その圧倒されそうな威圧感に口元を引き攣らせた神坂は徐々に後退さった。


「やってくれんじゃない糞野郎が。アタイが目の前で見す見す獲物逃しちまうなんて初めてだ」

「将を射んと欲すなら先ず馬を射よ、って言っても知らないか。……いや、別に射ってはないけどさ」

「あー、あそこまで逃げられちゃ今董卓の頸取るのは難しそうだなァ」


斧槍を肩でノックさせ董卓が逃げた方向を見詰める彼女に怪訝な顔をするが、纏う空気は尋常ならざるモノ。気を抜けば斬り殺されそうな武威を目の当たりにし、一瞬たりとも挙動を見逃がせず三尖槍を構える。


「……李粛さんと李蒙さんはどうした」

「あ? あーあの女二人のことか? 今頃きったねぇ地面と濃厚な接吻交わしてんよ。つかまぁ、別に董卓は後日又って事で殺りゃいいか」

「させないよ。貴女はうちの将軍達が戻るまでここから逃がさない」


ゆるりと。

神坂の言葉を聞いた瞬間幽鬼の如き髪を靡かせ、流し目に似た目使いで睨み付ける彼女への恐怖に足が竦みそうになるが踏み止まり、気を確かに保たんと相対する。

だがそれでも、目の前の女に恐怖で打ちのめされそうになる。


「テメェ如き三下がアタイの相手するってか。笑わせんな糞餓鬼」


あの飛将軍呂布と相対し、厄介とまで評された人間。

そんな傭兵を相手に怖くない訳が無い。寧ろ何故自分が身を挺して彼女達を庇ったか今考えても解らない。


「なら獲物に逃げられた挙句、その三下相手に不覚を取って足止めされる貴女は畜生にも劣る四流ってことになるね」

「――――良い度胸してんじゃねぇか。歓べ、テメェは前菜としてアタイが喰ってやる」


だが退けない。逃げれない。口が勝手に悪態の言葉を発してしまう。

人の命より自分の命が何よりも大事に決まっている。

でも何故だろうか。あの娘を、董卓という人を。賈駆さんや他の人も死なせたくないと思ってしまった。

……そうだ。以前上邦で己は語ったではないか。

宋老人も睡蓮さんも董卓さん達も。皆を、仲間を失いたくないと。

……思っているのか。あの人たちも家族同様に大事な存在だと。だから身を挺してるのか。


「でも、自分勝手の自己陶酔かもしれない」


それでも手が、脚が、彼女達の為に動けと謂わんばかりに勝手に動く。

どの道ここまで邪魔をした以上、取り繕っても目の前の傭兵は見逃してくれる訳がない。

ならばせめて。己を、彼女達も死なせない為に。槍を構えて足掻こう。


「――――武の礼として名乗り仕る。我が名は神坂日向、己が総てを以て貴殿を止めさせて戴き申す」


全身全霊を以て目の前の敵を、止める。


「……へぇ」


軍礼で尽くす目の前の男に一種の感心が芽生え全身を観察し、やがて口元には凶暴な笑み。

コイツは他の将兵とは毛並みが違う。胡人とも漢人とも根本的にも違う奴。

何時もはこんな常套句を述べる奴を鼻で笑い飛ばすのに今はそんな気がしない。


「ならアタイも名乗ってやる。有難く思いな、普段滅多に名乗らねぇがアンタを上等に喰らわせて貰う礼だ」


先程覚えた激昂は捨て置こう。過小評価を止め不覚も取らない。

今は只。目の前の男を喰い殺す事に集中だ。



「アタイの名は高順。容赦しねぇから覚悟しな」



切っ先を向け、彼女は名乗った。


「高、順?」


高順。

名を聞き思わず背筋が凍りそうになる。

清廉潔白の人にして必ず敵の陣容を撃破する事から陥陣営と謳われた其の人。目の前の人物は清廉潔白とはとても言い難いが、この傭兵がもし本当にあの陥陣営 高順なら、


「おい、せめて喰われるだけの豚で居んじゃねェぞ!」


今猛然と斧槍を携えて突き進んで来る彼女に。


俺は、殺されるかもしれない。





「馬鹿……あの馬鹿ッ!」


馬を駆り只管前へと走る董卓を護衛する一団。十騎足らずの兵に円陣で守られ、今尚前線で戦っているであろう味方に助けを求める為一心不乱に走る。


「駄目、駄目だよ、李粛さん達がやられて神坂さんも戦ってるのに私っ!」

「堪えて下さい董卓様! 今ここで戻ってひなっちの意志を足蹴にするつもりですか!」

「でも恋さんと互角に戦った人を相手にそんな!」

「月っ! だからこそボク達は戻る訳にはいかない、このまま戻ったらそれこそ皆死んじゃうの!」


泣きそうな表情を見せ何度も後ろを振り返る友に少し強く言ってしまうが、それも致し方なしと思い込む。友として軍師として、主君を死なせる訳にはいかない。例えそれが将兵にとってどれ程酷であろうと自分は軍師としての責務を果たさないといけないのだと。


「兵も神坂がやられる前に駆け付けるだろうし、何よりもアイツがそんな簡単に死ぬと決まった訳でも無い。だからそう、信じて」

「……っ、うん」


まるで自分にも言い聞かせる様な言い方だが、董卓は唇を噛みながらも納得はした。親衛隊と法正もその様子を確認すると胸を撫で下ろし眼前へとただ駆ける事に集中する。


「アンタには未だ、教えて貰う事が山程あるんだから死んだりなんかしたら承知しないわよ……!」


手綱を強く握り締める彼女が呟いた丁度その時、前方の砂塵から見慣れた旗が見え始めた。





暴風雨の如き斬撃だった。

まともに受ければ骨の髄まで衝撃が伝い脳に振動が及ぶ。一撃受けただけでそれが判った。

ただ防御するだけでは危なく、斬撃を受け流し易い様三尖槍を中段に構え、続けて来る斬撃をいなす事を重点に置く。

倒す事より、目の前の傭兵の足止めを主とする。

しかし目で追うのがやっとな程の斧槍は正確無比に急所を狙い、命を断とうとする。それを辛うじて躱し、いなし、受け流して行くが額から脂汗が滲む。背中と掌にも嫌な汗が出、手に握る武器を滑らしそうになってしまう。


「愉快に逃げ腰極めてんじゃねェぞ!」


目前の傭兵、高順は攻撃せず得物を弾き後退する神坂を罵るが、聞く耳もたず取り合う事はしない。まるで応じない神坂に舌打ちをすると強引に斬撃を仕掛けるが、薄皮を斬る程度にしか傷を与えられず決定的な一撃にもならない。


「……ッ」


しかし神坂は息を継ぐ間も無く攻められ、傷こそ浅いが徐々に数が増え続ける。

鍛錬とは違う。

賊の様なただ武器を振り回すような連中とも違う。

"本物"の武将を相手に命を賭けたやり取り。

一挙一動を見誤れば死。動きの一つが狂おうとも死。

相手が大きく見える。

斧槍とそれを持つ人の距離が遠く感じる。

じわじわと恐怖が込み上げ震えが出そうになるがそれも歯を食いしばって必死に耐える。


「っああああ!」


呑まれそうになる己に喝を入れ、一旦距離を取ろうと我武者羅に横へ跳び退く。

響き渡る轟音。

十歩余り先。先程まで自分が居た場所は斧槍によって陥没され、もしその場に立っていたままだと……想像すると思わず息を飲む。


「ちょこまかと動きやがって。面倒な奴だ」


だがこの高順という女性はどうだろう。碌に汗も掻かず、こちらは肩で息をしているのに疲労の様子などまるで見て取れない。もしや自分一人だけ踊らされて居たのではないかと錯覚しそうになる。

――――駄目だ呑まれるな。一瞬でも隙を、怯みを見せたら死んでしまうぞ。

しっかりしろ、さもなくば死ぬぞ 神坂日向!


「っくっくっく。なんかお疲れみたいだけどよォ、どした。まさかもう体力が無くなったなんて言う訳じゃないだろうよ」

「っ……く、体力には、自信、あるんだけどな」


そう、そうだ。体力には自信があった。

幾らこの時代の武将が並々ならぬ膂力を持ち、桁外れの強さを有しようが此処まで差が出るモノなのか。気持ちで負けているから、こうも疲労が早いのか。

鍛錬の差か。生まれ持った才能の差か。

或いは死線を潜った場数か。若しくは覚悟が足りないのか。


「……残念だよ。さっきの一瞬は上等な獲物に見えたが、こりゃてんで駄目だわ」


考えていた事が伝わったのか、高順は呆れた様に斧槍の切っ先を地へ突き刺し神坂を見る。

その目には失望の色。相対する敵を敵とも思わない様な目。


「どういう、意味だ」

「お前、今アタイとの差が何かって考えてたろ。戦う上で初歩的な事も分かってねぇような奴の相手程、つまんねぇモンはねぇよ。ンなの産まれたての雛を踏み潰すのと同義さね」

「……何が言いたい」

「死にたくないって思ってんだろ」


声色が変わった。小馬鹿にしていたのがドスの効いた低い声に。


「テメェは死にたくない、死なせたくない、ンな下らねぇ事ばっか考えて槍握ってる」

「それの、何が悪い」

「……分かんねぇか。ならもう良いぜ、こっちゃ講釈垂れる程お人好しじゃねぇんだ」


地へと突き刺した斧槍を更に深く突き刺し、徐々に埋まっていくと柄の先が見えなくなるまで埋まり、


「もう死んじまえ」


斧槍を力強く斜めに振り上げ、地面を"投げた"。


「――――ッ!?」


正しくは地が捲り上がり、土質の悪い土は岩石と何ら変わらない程の硬さを帯び神坂へと飛来する。

目の前の高順が見えなくなる程の物量。

余りに滅茶苦茶だが、凌がないと死ぬ。

両腕を前へと出し顔面や急所を防ぐが言い様のない衝撃が全身へ襲いかかり、その余りの岩の多さに槍で弾く事も出来ず食らってしまう。

それら全てが神坂の全身を襲い終わった頃、至る所に裂傷や打撲が出来たがそれ所ではない。


高順が居ない。


目の前に居た筈の傭兵が居らず、一瞬思考が停止するが上空に差す影で我に戻る。


「あばよ糞餓鬼。テメェは今までの獲物で最もつまらなく、アタイを落胆させた糞野郎だったよ」


跳んでいた。先程の馬術で見せた様に上空に。

振り上げられた斧槍は己を向き、それを防ごうと三尖槍を構えるが、

刃が柄に届き

柄は両断され

神坂の肩口から刃が入り込み


斜めへと降ろされた。


「――――…ぁ」


暫く呆然と目の前の高順を見ていたが、ゆっくりと視線を己の体へと移すとそこには紅色の筋。

斬られた。

その事実を認識する頃には血が流れ、

斬り口からは異様な熱を帯び始め。

真っ二つになった三尖槍が音を立てて落ちた時、



神坂の身体は地へと伏せた。



「一旦戦い始めたら余計な事なんざ考えねぇモンだ」


意識が朦朧とし地に伏す傍ら、自分からゆっくりと遠のいて行く声が聞こえた。


「一寸の余地は死に直結する」


付いた血を払い背中を見せた彼女は、


「テメェがその例だったな」


血を流し倒れ伏せた神坂を振り返る事無く、歩んで行く。

去って行く高順に必死に手を伸ばすが、それは何のために出した手か。

何かを喋ろうと口を動かすが言葉には成らず。

視界が歪み、遂には伸ばした手は地へと着き。


瞳が僅かに見える位まで、瞼は閉じられた。


書いてて最近思う。物語自体に飽きて来ない? なんて。

いや、構想に沿って書き続けるけどね。

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