27話 涼州の士
いつもより少し短いですが投稿します。
……相変わらず進みが遅いと実感します。
秦川にある陣中。黄巾の男達が犇めき馬鹿笑いをする者、博打で周りに我関しない者、何が起因か殴り合いをする者。統制が乱れ纏まりも無い陣の中、喧騒を余所に天幕に寄り掛かかる様にして静かに座る女が一人。
男共で溢れかえる陣中の紅一点。
黒い髪は背中まで伸び結われ、七尺ある身長にして聞く人に聞けば端正な顔立ちをしていると答えるだろう。しかし、それでいて彼女を見ても誰も声を掛ける事無く、寧ろ避けるようにして立ち去る。
原因は手に持ち肩に担ぐは斧槍。
斧頭は鋭く光り、反対側の突起は禍々しく反り返っている。それを持つ本人の眼光も去ることながら、性格も恐ろしいもので誰も近付こうとはしない。
……一人以外は。
「……何の用さ」
「相も変わらず同胞を脅しているのか」
「っは。大人しくするだけで脅しか、終いにはうつ伏せで大の字になろってか?」
溜め息を吐き、荒い言葉遣いをする彼女と同じく天幕の角に背中を預け隣に立つ。
「……奇襲に往った兵達が未だに戻らん」
「そりゃ間違いなく全員死んだね。ご愁傷様」
「白々しいぞ。元は貴様の案だろうが」
「知ったこっちゃないね。アタイはあそこの隘路は奇襲に打って付けって言っただけで、意気込んで進んで乗ったのはアイツ等だ。そもそもアタイは黄巾兵みたいに誰かの為に戦うなんて目的を持っちゃいない。そんな奴の言う事ホイホイ信じる奴がどうかしてる」
「それでも千五百の同胞だぞ」
「ああ、同胞だとか仲間だとかンな意識の共有はそっちで勝手にやってくれ。流れの傭兵に何を求めてんだアンタは? なんならアタイの腕じゃなくて女の身体を求めてんなら、どっかの上玉でも攫って来な」
挑発的な物言いに舌打ちで返し余所を向く男に、彼女も鼻を鳴らして会話を区切った。
「しかし、感謝はしている」
ふと、男は天を見上げ手を伸ばす。何も無い虚空に手を伸ばす男に、女は興味も無くただ同じ様に空を見上げる。
「一日とはいえ、時間稼ぎに貢献してくれた同胞に哀悼の念を送ろうとも」
「捨て駒とも言うがね」
「蒼天已死 黃天當立 歲在甲子 天下大吉。我事を此処に発っせり」
「誰だっけ。ソレ張角とかが言ったっけか? 御大層なモン掲げながら信徒は略奪に凌辱、好き放題だって言うじゃないか」
「それは乱に呼応した低俗な賊共の行いだ。侠とは程遠い」
「またそれかい。好きだねぇアンタも」
喉を鳴らして笑う女に動ずる事無く男は伸ばす手を収め、もたれていた背中を離し歩んで行く。
「誰かが成さねばならぬ。故、俺が成すのだ」
「っは! ご自分で正義と嘯いて天下に進み自慰に耽るつもりかアンタは。勝手にやってな」
「ああ、勝手にするとも」
「此処に集結した二万の同胞を起点に。腐りきった天下へ大火を興す」
ニヤリと凶暴に彼女は笑い、男の背中を見る。
一世一代の馬鹿騒ぎ。己は傭兵、得るモノ得れば仕事はそれまで。
だが、総じて面白そうだ。
この戦いが終わっても付いて行き、目の前の馬鹿と馬鹿踊りをしても良いかもしれない。
……だが、その前に。
「王双、奴さんの緊張が空気を伝って来たぞ。斥候から予想の倍の兵力を聞いてちびってんじゃないのか」
「それは僥倖。そのまま精々我らへの飛翔の贄となって貰おうか。先ずは董卓、あの者の首を掲げるぞ」
迷い込んだ哀れな畜生共を。喰らおうではないか。
「何よそれ」
自身の耳を疑った。捕らえた賊は野放しに出来ず、後に使える事があるかもしれないと図り行軍を遅らせない範囲での連行とし、遂に目的の地へと着いた。
だが、これはどういう事だ。
先日の報告で賊は一万程の数とあったのに、目の前の斥候の報告では規模が二万程とある。
悪い冗談だと思った。たった一両日の時間で倍近くの兵を集結させるなど。
まさか千五百の兵を奇襲させ行軍を遅らせたのは、兵力を増員させる為だったのか。
だがどうやって? あれだけの兵をどうやって近隣に潜ませていた?
「違う。今はそんな事考えている場合じゃない」
何よりも今は危険だ。斥候兵が報告に戻ったと言う事は、今までを振り返ってみても敵はこちらの状態を分かっていると踏むのが妥当。到着して間もない、陣も構築していない今。
突かれれば、どうなる?
「全軍に伝令を! 錐行を敷き敵に備えつつ緩やかに後退して下さい」
「はっ!」
ハッと気付くと隣の友は、主君は命を飛ばし既に対策を講じている。本来であれば軍師として動揺する事無く、命を飛ばすは自分の役目の筈だったのに。
己の不甲斐無さに俯き、思わず唇を噛んでしまう。
「負けない」
しかしその悔しさにも似た感情は直ぐに引っ込む。面を上げ、中指で眼鏡を直す動作をするとそこには軍師、賈駆の姿。
「月を大陸の王にするのに、ここで挫ける訳にはいかない」
「私はそんなつもり無いよ、詠ちゃん」
「ううん、やってみせる。それが月の幸せだとボクは信じてるから。……でも」
「先にやるべき事は、目の前にある危機の対処、だよね」
微笑みを以て見つめる彼女に、賈駆は友へ改めて思う。
否、その在り様に喜びを禁じえない。
親友は。己が主君はやはり主と仰いで間違いなかった。
外見は儚く、だが芯は鋼の如く強い。
錐行の陣を敷く意図も理解出来るのだ。
生粋の涼州人、董仲穎此処に在り。
それを直来るであろう賊共に知らしめよう。
「錐行陣? 本当にその陣を敷くのか」
「はっ。董卓様自らのご命令です」
「詠ではなく月様の、か。……分かった、下がれ」
馬上にて包拳礼を済ますと兵は元居た旗の下へと戻る。臧覇は命を聞くと背に担ぐ二対の青龍刀を仕舞い、部下に差し出された鈎鎌刀を片手に持つ。
「あれ薺さん、青嵐は使わないんですか?」
「ああ。馬上の戦いに不向きだしな、これで行く。使えるなら君も睡蓮君と同じように長刀を扱うと良い。何なら三尖槍でも持つか?」
「やっぱり剣は馬上で不向きですからね……出来るならそうしようかな」
「だとさ睡蓮君。やったじゃないか、お揃いだぞ」
「な、薺さんっ! ……あの、本当に三尖槍使うんですか?」
「え、駄目?」
「いいえ是非! それなら私の三尖槍、"龍顎"をお使いしますかっ?」
「いやいいよ!? それだと睡蓮さんが困るじゃんてか初めて聞いたよ武器名とか!」
慌てて拒否をすると残念そうに頷く姜維に臧覇は喉を鳴らして笑い、神坂は苦笑いを浮かべる。その様子にニマニマとした表情を浮かべた法正に照れるなと肩を小突かれるが、神坂は敢えて突っ込まず無視を決め込む事にした。
「取り敢えず三尖槍を持って来させるか。それにしても神坂君、君もそろそろ専用の武器なり持つべきと思うが」
「専用の武器、ですか。正直どれもしっくり来ないんですけどね」
「なんだ。得意な得物とかないのか」
「得意じゃなくて、不得意な得物が無いから困るんです。どれも同じ位にしか扱えない気がして、どうもコレだって得物が解んなくて」
「難儀な性質だな、君は。……それより、そろそろ敵が来るぞ。数は分からんが引き締めろ」
鈎鎌刀を一振りすると部下達に命じ、それに皆が応と低い声で答える。
「臧覇将軍、私いまいち解んないんですが」
「なんだ」
「錐行陣ですよね、今敷いてるの。突破に特化した陣容で退くなんて不向きな陣容じゃないですかね。今二万の敵と戦うなら玄襄陣か、方陣を組んだ方が……」
「誰が何時、退くと言った?」
え? と法正を含めた三人が疑問符を浮かべ、目の前の上官を見るが本人は鼻を鳴らして不敵に笑う。
「緩やかに後退している今の私達は番えられた弓矢だ。振り絞るだけ絞り、敵が来れば射つ。来るならば来れば良いさ。但し、私達を舐めた代償は頸で贖って貰うが」
その獰猛に笑みに神坂は思わずたじろいでしまう。気が付けば臧覇の部下は既に戟を。槍を、剣を構えて今か今かと敵を待ち受ける様子だ。自分たちの倍以上の敵を前にしても怯む所か、喜々として待ち受けている。
これが涼州騎馬兵。
これが董卓軍精兵。
「月様が、私達の主が錐行の陣を敷く意図は只一つの意志のみ」
誰かが槍を投げて来た。無造作に放り投げられた三尖槍を慌てて掴んで辺りを見渡すが、誰が投げ込んだのかはもう判らない。
皆が、腰を屈め態勢を低くしている。それは獲物に飛び掛からんとする獣の様に。
姜維と法正も、その雰囲気に思わず呑まれそうになる。
そして聞こえた。高揚を、猛る感情を抑えた声を。
「食い破れ。我らを兎と侮る敵の臓腑に恐怖と絶望を染み込ませろ。それだけだ」
そして神坂は思う。
……それは、貴女達の受け取り方であって董卓さんが言った訳じゃないよね?
そう思うのも束の間。彼方に幾多もの砂塵が見え、次第にそれが明瞭になっていく。
黄巾を巻いた集団。見紛う筈も無い敵。
肌を焦がしそうな日光の陽を誰も気にする事は無い。
ただ彼方に見える敵にのみ、その意識を集中させていた。
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ちなみに先日。オンラインゲームの中で私の名前見て 「なろうの人ですか?」 と聞かれました。……やっぱりそういう状況もあるんだなって思いました。蛇足。




