1話 流された先に
1話 流された先に
俺はどうなったんだ。死んだのか……?
死んだとしたら案外呆気なかったなぁ。死、ってもっと苦しいものだと思ってたけど、そうでも無かったな……楽に逝けたもんだ。
けど逝くとしたら、地獄はイヤだな……痛くて苦しいのが無限に続くって言うし、そうなると――――
「おや若いの、目が覚めたかの」
ほら、思ったそばから閻魔様が俺の顔を覗きこんでるぞ。
「ああ、俺地獄に逝ったんだ……閻魔様、どうかお優しい裁量を」
「は?……おぬし何を言うておる」
「いえあの、俺きっと悪い事してないと思うんですよ。でも地獄に来たってことはそれなりに悪いことしたんじゃないかなと思いまして、いやでも来世ではきっと善人になるんでどうか一つ」
「……ふむ、おぬしは少々頭がアレのようじゃな」
「そんな滅相もない俺はただの――――」
とまで言って気付いた。俺は今仰向けに寝ており天井を見上げている。そこには木か、藁で出来た天井と白髪白髭のお爺さんがいた。取り敢えずゆっくりと身体を起こし、辺りを見回して頬を抓った。
「……痛い。俺、生きてるんだ」
「今更気付いたのか。遅いわ」
カッカッカと笑い、少し欠けた茶碗を差し出して来た。
「飲むが良い。温まるぞ」
「あ、どうも……」
言われて差し出された茶碗を手に取り、口に運び飲んだ。どうやらお湯を温めただけのものだが、温かさが身体に染み渡って行き、一息吐いた。
「しかし驚いたぞ若いの。おぬしが川の上流から流れて来た時は我が目を疑うたわい」
「あーいえ、ちょっと足を滑らせてしまいまして……もしかしてお爺さんが助けてくれたんですか?」
「うむ。少々運ぶのに骨が折れたがの」
「あっ……それは、御老人。命を救って頂き有難うございます」
そう言い、俺は居住まいを正し手を着いて頭を下げた。
「な、なんじゃいきなり畏まって」
「いえ。命の恩人には礼を以て頭を下げねば」
礼には礼を。命を助けて頂いたからにはそれ相応の礼をするべきだ。
「私の名は神坂日向と申します。よろしければ御名前の方を伺っても宜しいでしょうか」
「わ、儂は宋という。もうええわい。なんかさっきと違って調子が狂うのう……」
そう言いながらむず痒そうに視線をあちこちと泳がしている。このお爺さんは快活でそういうのとは無縁そうだから、そういうのは慣れてないのかもしれない。
……ん、でも宋?珍しい名字だな……
「しかし御老人、よく私を運べましたね。その御身体では私を運ぶのは大変でしたでしょう」
「まあそう言われればそうなのじゃが……おぬし、その言葉遣いを止めてくれぬか?落ち着かん」
「は。御老人がそう仰るなら……それで、あのここは一体どこでしょうか?」
「む。ここは天水から少し離れた集落じゃ」
「てんすい?」
てんすい……てんすい? どこだそれ。
「すみません、出来れば市町村から教えてください」
「しちょう……?なんじゃそれは」
「いえ、だから市町村……」
言って、思った。
……何かがおかしい。
「あの、ここって携帯の電波繋がりますよね?」
「けいた?でん……おぬしは、さっきから何を言うておる?」
「――――…」
違和感がどんどんと大きくなっていく。そして改めて周囲を観察してみる。
……お爺さんの格好と、この家の中の状態。服は少しボロボロになってて、家の中には竈に藁のすだれの様な入口。そして土の地面。
この時代に、まだこんな風習が……あるのか?
「しかしお主見た事無い意匠の服を着とるのう。かような服は見た事が」
「ちょっと、すみませんっ」
俺は慌てて外へと飛び出した。お爺さんが面食らったようにポカンとしていたが、今は気を回してはいられない。
「……おいおい嘘でしょ」
そして視界に映る全てを確認し、数歩ばかり歩き分析していた。周りを、集落と言っていたものを。
有り得ない。
まさか、こんなことが現実に、有り得る、のか?
「おぬし、いきなり飛び出してどうし」
「お爺さん」
俺はバクバクと鳴る心臓を左手で押さえ、背中に近づてきたお爺さんに極力冷静で、落ち着いて聞くようにした。
「俺、恐らく余所の所から来たので、ここの地域とか掴めてないからお尋ねしますが、ここの、国名と歴は……?」
ない、有り得ない。こんなのは漫画や映画の中のものだ。こんなことって……
「何を戯けたことを。そんなの子供でも知っておるぞ。今はな」
「漢の中平元年、皇帝劉宏様の国じゃぞ」
俺はその言葉を聞き、大きくなる鼓動を両手で必死に抑え込んだ
つまり西暦で言うと184年って事です。
修正しました。