26話 仮面を被りし酷薄少女
投稿します。
進行が遅いのはいつもの事と思い、どうかお許し下さい。
「奇襲した敵兵およそ五百。勅命にあった黄巾の賊、か」
黄巾を巻いた賊共の屍を足で蹴り上げ、仰向けにさせ生死の確認をするは臧覇。太腿の高さまである草原の中で襲撃して来た賊はお世辞にも練度が高いとは言えず、敵数名を残し返り討ちと相成った。その内の敵は何人かは逃げ、何人かは捕縛に成功した。味方の被害は軽微であるが、こちらの位置を正確に捉えての側面奇襲には内心面食らい、敵の死の確認が粗方終わると血の付いた己の愛剣を振り抜き血を飛ばす。
「姐さん、何人かは逃がしちまった様ですが侯成達が林の中から窺ってた賊共を捕らえて戻ってきやした。それとたった今、姫さんから召集が掛かりましたぜ」
後ろから己を呼ぶは魏続。手に持つ剣は己と同じく血で染め上げていた。
「分かった。お前達はこのまま付近を警戒して備えろ」
「へい」
「……なあ魏続」
「何でしょう?」
「情けない限りだな。この私が日向君に言われるまで敵の気配に気付けず、無防備を晒していたとは。……この場合は日向君を褒めるべきなんだろうが、私の不甲斐無さを責めるのを優先している事にも、又情けなく思ってしまう」
不意に自嘲する様に笑う上司に、思わず口を結んで押し黙る。否定しようとするがそれも出来ない。この人に下手な慰めは意味が無いと、魏続は知っていたからだ。だから、目の前の上司には呼び掛ける事しか出来ない。
「姐さん」
「いや済まない、忘れてくれ。私は月様の所に行くからここを頼むぞ」
魏続が返事をすると身を翻し、そのまま中軍の董旗の下へと赴く。
敬愛する上司の背中をただ、己は見つめる事と顔を顰める事しか出来ない。
「揃ったわね」
腰に手を当て周りを見渡す賈駆の傍ら、董卓は静かに佇み眼前に居る将達へ労いの言葉を掛ける。しかし董卓、賈駆、呂布、陳宮、臧覇、姜維、法正。もし知る人ぞ知る者がこの名前だけを見れば皆さん賊討伐には気晴らしで行くんですか、等と尋ねられること請け合いだろうと考える神坂の心中を知る者は、ここに居ない。
「イジメか」
「は? なによいきなり」
「すみません何でも無いです」
思わず呟いた言葉に賈駆が反応してしまい直ぐ口を噤む。これはゲーム等では無く現実のものである為、そんな気晴らし感覚で出来るものではないと理解は出来ている。
「まあ良いわ。恋、そっちの被害状況は?」
「大丈夫。みんな無事」
「恋殿の傍にこのねねが居る以上、そんなヘマはしないのです」
「はいはい。薺、そっちは?」
「怪我人こそいるが死人は出ていないな。睡蓮君、日向君、君達の方は」
「私は第二波の奇襲に備えていましたが襲撃はありませんでした」
「俺の方は逃げていた賊を捕らえました。……その間、賊の逃げ足が思ってたよりも速く、一緒に居た侯成さん達を振り切って単独で行動しました。すみません」
「別に良いわよ。そうしないと賊に逃げられると踏んで、結果的に捕らえたんでしょう。何も問題無いわよ」
「神坂さん、その場合はそこまで気にする必要はありませんから、どうかお気になさらないで下さい」
安心した様に息を吐く神坂に臧覇は肩に手を置き頷く。この場合はそんなに気にする事は無いと知ってホッとする神坂に一部の人は微笑む。
「それで詠、そちらの被害はどうだったのですか」
「被害は軽微だけど何人かはやられてしまったわ。……迂闊だった、賊如きがこっちの動きを掴んで隘路に合わせて奇襲を掛けて来るなんて」
「それを言うなら私もそうだ。日向君に言われるまで賊の接近に気付かなかったのだからな」
「へぇ?」
驚いた様に視線を向ける賈駆に本人はつい顔を逸らしてしまった。その口元を吊り上げるような笑みにたじろぐ神坂だが、この場から逃げだす事は出来ない。
「それを言うなら恋殿の方も気付いてましたぞ! 臨戦態勢を執って常に警戒いていたのです!」
「それでなんでアンタが偉そうなのよっ」
「もう詠ちゃん、そんなに突き掛からなくても……」
「そうだぞ詠ちゃん。今はそれよりもやる事があるだろう」
「薺、アンタに詠ちゃんとか呼ばれると鳥肌立つんだけど」
「酷いな」
姜維達が顔を合わせてクスクスと笑い場が和みかけるが、直ぐにその空気は引き締まり戦場のソレへと変わっていく。
「それで月様、そちらの賊の数は」
「こちらの確認ではおよそ六百かと。あの、そちらでは?」
「五百と言った所です。音々君、君のところは」
「凡そ四百でした。しかし、これは少々……」
「意図が読めないわね」
腕を組んで呟く賈駆に陳宮は頷く。皆も薄々ながら違和感を感じていたが、襲撃して来た賊の数を聞いて合点が行った。
「何故わざわざ兵を分けて襲撃させたのか、よ。一番有効なのは中軍の月を一点集中で横撃する事、若しくは物資を集中的に襲う事だけど、それをするでもなく恋と薺、それぞれの軍に攻撃を仕掛けるなんて、どういう心算なのか」
「あと、凄く逃げ辛そうだった」
「恋殿の言う通り、この地形は奇襲を掛けるのに打って付けですが、攻めるに易く退くに難い地形なのです。賊の様子を見る限り乾坤一擲という訳ではないですし」
「そこよ。しかも東側の賊は側面奇襲を同時に行うでも無く、様子を窺うだけみたいだし。……色々分からない点が多過ぎる」
状況を整理するとこうなる。
一つ、賊は計千五百の兵力で襲撃を掛けるも、前軍から後軍に至るまで兵をバラけさせての奇襲。隘路とはいえ圧倒的兵数の差でありながらのこの愚行。
一つ、左右からの同時横撃をせず片方は様子見の兵数程度しか居らず、奇襲を掛けた賊は退くに難い地形で敢えて襲撃をしたこと。
一つ、大将を狙うでも物資を狙うでも無く、目的が読めないこと。
「……法正、アンタはどう思う?」
「うえっ私ですか」
「どう思ってるか聞かせて貰っても良いかしら」
思わぬ質問に面食らい頬掻いて周りを見るが皆が頷くだけ。仕方ないなぁ等と言いながらも眼は真剣そのもの。己の頭脳を目一杯動かしている軍師、賈駆との状態が似ているのか。董卓は思わず二人を見比べそうになる。
「情報が少なすぎで何とも言えませんけど、恐らく私達を試したんじゃないかと」
「試した?」
「はい。本気で倒す気ならもっと兵数揃えて横撃を掛ける筈、しかも賊は退く事を想定していたにも関わらず、複数名を除いての壊滅。全滅といっても差支えない程の被害を出してます。というか結論を言えば有り得ませんって。こっちの位置分かってるんなら全兵力を投入しないなんて。阿呆か、こっちを試してるかのどっちかしか思い浮かびませんね」
「……確かにそうね。でも他にもあるんじゃないかしら」
「他にも、ですか」
腕組みをして考える仕草を見せるが、それはどう見てもわざとらしくしか見えない。
腰に手を当てていた賈駆の指がリズムを刻み始めた時、その額に青筋が見えるんじゃないかと幻視する程の苛立ちが見えそうになる。隣の董卓も友人の苛立ちに心なしか慌ててる様にも見える。……もしかしてこの人、もっと突っ込んで聞いて欲しいのか、なんて神坂が思い始めた頃に法正は溜め息を吐く。
「もっと突っ込んで聞いてよ。気分が乗らないじゃん」
「なんて面倒な性格なんだ……」
思わず突っ込んでしまった。しかし法正も賈駆の苛立ちを理解しているのか、それ以上引っ張りはしない。
「捨て駒だね。概ね何かの時間稼ぎとか?」
おどけた様子で言うが、周りは言葉を発せない。
時間稼ぎ。死地と分かっていながら目的の為に千五百もの仲間を捨て駒として扱ったのか。
「そんな。まさかそんな事って」
「伯っち、そう動揺するのは分かるけど相手は賊だよ? 相手を如何に蹂躙するか、互いの利害一致でしか繋がらないような賊だよ。自分の常識範疇でしか理解出来ないなんて言わさないからね」
「……ッ」
「法正、お前は相手に何か思惑があると思ってるのですね?」
「じゃないかな。例えば千五百の兵力を犠牲にしても厭わない程の何か、はあると思うけど」
「そうね。そう考えるのが妥当だけど……かといって、断定も出来ないわ」
「はい。だからですね賈駆さん、一つお願いしたんですけど」
眉を顰める彼女に覗きこむ様に、法正は二コリとして片手で懇願の形を取る。
「捕らえた賊の尋問、私にやらせてくれませんか? 勿論そちらの口出しは無用で」
捕らえた黄巾の賊、二十三名。
後ろ手を縛られ地に跪いた状態で居る彼らには至る所に傷を作り、それが先の奇襲で出来た事は明白であった。周りの兵は戟を、剣を持ち賊を取り囲んでいたが主君と将がその姿を現すと礼をし、同時に一歩下がる。
現われた董卓とその配下に黄巾の賊は少しだけ視線を向けるが、鼻を鳴らして直ぐに顔を横に向けた。賈駆と臧覇はその態度に眼つきが若干鋭くなるが、法正は構う事無くずかずかと賊達の前へと突き進み、鼻を鳴らした賊の前まで歩み立ち止る。
「……ンだよ。何か文句でも――――」
一閃。
腰にあった剣を鞘から抜き放ち、法正は目の前の賊の首半分を残し斬り裂いた。
突然の出来事に驚愕し、主立った面々は法正に駆け寄ろうとしたが剣を向けられ、近寄る事を止められる。
「なんか苛ついたからつい斬っちゃった。ごめ」
まるで悪びれない様子に賊達は一瞬の内に青ざめ、地に付けた膝を動かし必死に後ずさろうとする。しかし今度は直ぐ近くの賊に法正は近寄り、賊の顔を直視する。
「あのさ、私達を奇襲したってことは事前に情報を持ってたって事だよね。それって董卓様が村々を巡回する時に位置を掴んで仲間に教えてたの?」
「ひ、そ、そうだ。そうだ」
「じゃあ何でたった千五百の兵で奇襲掛けたの?一万近い兵力があんでしょ、そっちには」
「しっ知らねぇよ! 俺達はただ指示されてやっただけだ!」
「ふーん。じゃあ、それを指示したのは誰?」
「そ、それは……」
言葉を濁す男に法正はやれやれと溜め息を吐き、持っている剣をペタペタと賊の身体に這わせると、
太腿に突き刺した。
絶叫が木霊し、尚も剣を押し付ける彼女を周りは苦い顔で顔を逸らしてしまう。
「これ最終通告ね。指示したのは誰?」
「……嫌だ。駄目だ、駄目なんだ。言ったら殺されちまう! 死にたくねぇ! 頼む、助けてく」
「じゃあ今死ね」
太腿から剣を抜き賊の腹へ深々と突き刺し、口から血が溢れ賊は身体を倒し、暫くすると動かなくなった。しかし躯と化した賊に見向きもせず、腹から剣を抜きまた近くに居た別の賊の前へと出る。
目の前に立たれた賊は歯をカチカチと鳴らし、最早その表情を恐怖で染め上げていた。
「私さ、以前上邦で賊に犯されかけてね? いつかこういう賊を好きに出来る場面があったら腹いせに嬲り殺そうと思ってた訳よ。まあ客将とはいえ今は董卓軍の一員だし、ある程度は自重して情報も引き出すけど。……あっ。あーしまった。これ言わない方が良かったかな」
「なん、なっ な」
「まあいいや。で誰、指示したのは?」
「し し 知らねぇ。そいつの姿形は知っ、知ってるが名前までは知らねぇんだ! 本当だ!」
「へぇ。ならさ、アンタはちゃんと喋ってくれるよね? 私結構気が短いからさ、早く話してくれないと頬に穴が開くかもよ?」
ニヤリと口を歪ませ血の付いた剣を賊の頬に押し当てると、賊は慌てて話し出した。
周囲の者は法正を、その眼を厳しくして見ていた。
その殆どは怒りの表情を浮かべ、不愉快な表情を浮かべる者も居る。一部は辛そうに、悲しそうな顔をして顔を背ける者も居るが、黙って法正を見つめる者も居る。
各々がどういう感情で法正を見ていたかは図りかねるが、一部始終を見ていた神坂は思う。
法孝直。彼の者、生涯に於き徳性について賞賛を受ける事無し。
実際見てみるとその通りだと納得しかけた。
だが、それはあくまで正史の評価。陳寿といった後世の人の評価だ。
今まで法正と接して来た自分には分かってしまった。
あの子はなんて……強いんだ。
なんて、辛そうなんだ。
どうして己をそこまで隠せる。
どうして、その背中は悲しそうに見えるのに気持ちをひた隠しに出来るんだ。
己も気持ちを押し殺して賊を尋問した事があったが、自分もああだったのか。
薺さんや睡蓮さんに嫌悪されていたのだろうか。
他人に評価されるのは良い、所詮他人だ。でも他人じゃない人には、俺は……
「ひなたさん」
手を、握られた。
こちらに視線を移す事無く右手を握る姜維に神坂は一瞬だけ繋いだ手を見、直ぐに視線を法正に戻す。
彼女が何を思って手を握って来たのかは分からない。
……でも。恐らく彼女も。
俺と、似た気持ちで法正さんを見ていると感じ取った。
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