20話 暗躍、衝撃
投稿!20日までだけどそれまでに何話投稿出来るかな。
感想ご意見、励ましをして下さった方々に変わらぬ感謝を。
城内の東側に位置する書庫は日当たりが悪い。
というのも竹簡だけでなく書物まで保蔵されている故、陽が当たっては不味いと言えば不味い。竹簡と書物を積んだ棚が間を縫って幾つにも並び、書庫独特の薫りを醸す中。
棚を挟んで向かい合う、文官の身形をした男が二人いた。
一人は見るからに動揺している者。
もう一人はそれを宥める者。
動揺している男は忙しなく視線を動かし、焦った様子で向かいの男に何かを捲し立てている。対する男は冷静にその言葉を受け止め、静かに返す。それを数度繰り返すと動揺していた男は落ち着きを取り戻し、向かいの男が何かを喋るとそれに頷き「分かった」と返し、急ぎ足で書庫から出て行く。
書庫に残った男は溜め息を吐きやれやれと首を振る。
暫くすると今度は武官の身形をした別の男が現れた。ただし書庫の入口から現われず、棚の陰から身を出して現われた。男はそのまま真っ直ぐに歩き、書庫の中で佇んでいた文官の男に向かい合うと一礼する。文官の男は礼をした男を一瞥すると短く声を発す。
「誰を、とは言わずとも分かっているな。始末しろ」
重く発せられたその言葉に武官の男は頷くや否や、その場から去る。
残された文官身形の男は顎をしゃくり上げ、髭を触りつつ思案する。
潮時か。
そう呟くと書庫に合った竹管を数個手に取り、ゆったりとした足取りで書庫から出て行き、何事とも無かったかの様に去っていく。
「では益州に居る友を訪ねる道中だったのですか?」
「そ。子喬……ああ友達のことだけど、そいつが今益州の劉焉に仕えててさ。劉焉は皇族だし、私もそこに仕えようかなって。まぁ頑張ればある程度の出世は出来るんじゃないかなってね」
「そ、そうですか」
城内にある一室、姜維の部屋にて神坂、姜維、法正は居た。姜維と法正は椅子に腰掛け、神坂は寝台に座り姜維と法正の話を聞いていたが、神坂は目と口が字に描いた一の文字の様な
形になり固まっていた。というのも、
「(……なにこの子露骨)」
思わずに居られなかった。話を色々交わしてみたが、それはもう凄い。見た目は自分と姜維の二歳位年下の少女で見えるのに、性格はさながら元居た世界の女子高生劣化版の様。否、女子高生劣化版は言い過ぎにしても正直者というか、少々露骨というべきなのだろうか。そんな評価が神坂の頭の中で巡る。
試しに先程、玉座で上邦の事を語る際己の腕を抱きしめていたけど怖かったからか、と当たり障りのない事を聞いてみると、
「え。怖いってか、思い出して寒気がして鳥肌が立っただけ。半分演技もあるし。ていうかあの時の事今思い出したらキモくて吐き気してきたんだけど。吐いて良い?良いよね。吐くわ」
「駄目に決まってんだろ」
冗談だって、とか言いながら手をヒラヒラしながら笑う法正に姜維と神坂は苦笑いである。見た目は亜麻色のおさげをした可愛らしい女の子なのに、賊に襲われかけたとは思えない程の気丈でギャップが激しい。もしかして結構肝が太いのかもしれないと思いつつ、神坂は咳払いを一つすると法正に向く。
「であの、法正さん」
「さん付けしなくても良いよひなっち」
「ひなっち!? あ、いやまぁ良いけどさ。悪いね、ここのゴタゴタが解決したら法正さん解放されるとは思うから」
「んーそれは微妙だね。賈駆って言ったっけ、ここに上邦で逗留してる時あの人から士官の誘い結構来てたし。このまま解放してくれるとは思えないんだけど。そして年下だしさん付けしなくても良いよひなっち」
「ですよねーさん付は癖だから許容してってかその渾名むずかゆい孝ちゃんて呼ぶぞコラ」
「喜んで」
「あれ良いんだ!?」
段々会話もおかしくなって来てもある。
傍で聞いている姜維が二人の様子を見て少し拗ねた様子だが、神坂はそれに気付く訳も無く。法正は椅子に座った足を組み、目を細め続けて話す。
「で。私をあんな目に遭わせた野郎をしょっ引く準備は整ってるんでしょ?とっとと殺っちゃってよ」
手刀で首を斬る動作を見せるが、神坂は腕を組んで首を捻る。
「ごめん。それはどうとも言えない」
「は? 何でよ、さっき李儒って奴をあんだけ追い詰めたのにアレじゃ駄目っての?」
「ん。あの人はもう終わりだけど、何て言うかなぁ」
「……ひなたさん、ここまで来たからにはもう言っても良いのでは」
「そうだね。まあ賈駆さん辺りがそろそろ来るかもしれないしその時にでも、って睡蓮さんなんか不機嫌だけど、なんで?」
「知りませんっ」
「えー」
頬を膨らませそっぽを向く姜維に神坂は心底分からないと顔をする中、法正は数秒して姜維に理解し、ニヤニヤと表情を変化させる。
「乙女心を少しは理解してあげなって話しだよ、ここは」
「え。今の場面のどこに乙女心があんの」
「駄目だコイツ誰かなんとかしてくれ」
嫉妬ってことに気付いてやれよ、という法正の呆れた心情にも分かる筈も無く。神坂一人が何処かに置いて行かれた様な間が出来たが、丁度扉の外から「入るわよ」という声。
扉が開き、入ってくるのは董卓、賈駆、張遼の三人。賈駆だけでなく董卓まで来たのは意外だったのか、神坂は面食らった顔をして姜維、法正は椅子から立ち慌てて頭を下げる。
「……アンタも一応形式上やんなさいよ」
「いやぁ驚きが先行しちゃった。だって董卓さんわざわざ来るんだもん」
「ボクも来る必要無いって言ったんだけど、月が行くべきだって言うから仕方なくよ」
「神坂さん、姜維さん。貴方達の機転のお陰で李儒さんだけでなく他の人達の不正も暴く事が出来そうです。法正さんも、危ない目に遭わせてしまったのに協力して頂いてありがとうございます」
「あーいえ、その」
法正が太守から直にお礼を言われるという困った状態に賈駆を見るが、本人に肩を竦めて「諦めなさい、こういう子よ」と言われどうしようもなく、頭を掻く動作しか出来なかった。
姜維と法正は座っていた椅子を董卓と賈駆に座る様に譲り、遠慮する董卓を賈駆が無理やり座らせる図が成立して法正は不思議そうに見てたが、周りが別段反応してないので気にしない事にした。
「張済さんと薺さんは?」
「なんや、アイツ真名預けたんやな。その薺と張済は報告書の作成に戻ったで。まあ何にしても姜維の嬢はご苦労さんやったな。初陣なのに賊討伐の作戦立案して上手くやったって、薺と張済が言うとったで?」
「え、それは私じゃ……あの、はい」
「せやけど神坂は李儒の奴を陥れたのはええけどなんやねん、いえーいざまーみろって」
「思った事言っただけですよ」
「まぁええけどな。どの道ウチ達の軍に巣食っとった阿呆共は処理出来る訳やし、一向に構へんけど」
「ああ張遼さん、それなんですど……伝言は賈駆さんに伝えてくれました?」
「伝言? ああ。"前者の約束は承知。だが後者の約束は黒幕身辺の素性よく調べたし"ってやつやろ。アレ、結局何やったん?」
「そのまんまの意味ですよ。約束の一つは叶える、っていうのは集落の人達の安全を確保する為に兵を送ってくれること。これは兵を送ることで賈駆さんにとって左程難しいことじゃありませんし」
「そしてもう一つの叶える兆しあり、って言ったのは集落を襲う手立てを組んだ犯人を捕まえる事。つまり李儒のことよ。ボクが調べてる李儒の件は処理出来るけど、さっき言った通りアイツが他の豪族が手を組んで色々画策する心配があったからあくまで"兆し"という言葉を使わせて貰ったわ。今となっては大体的に潰せるけどね」
「……それ、ウチの伝言で神坂は理解してたん?」
「まあ。李儒さんはここの有力者って薺さんから聞きましたし、そういう面倒な事も含めて理解してたつもりです。ね、睡蓮さん」
「だからこそ、ここに居る法正さんに賈駆さんがやり易い様喋って頂きましたが」
はー。と張遼と董卓は口から漏らし感心している。一方の法正は内容をよく知らず、取り敢えず胸を張る事にした。
しかしその中で、賈駆だけは解せないという顔をしていた。
「じゃあその、素性をよく調べろ、っていうのは結局何だったのよ」
「だからそのままの意味ですよ。李儒さんの素性調べてくれました?」
「ええ。元は馮翊郡の出で月に仕え始めたのは今から一年前ね。李儒が天水にも力を伸ばしてた事もあって、ボクがアイツに資金と人扶の提供を求めたのを切っ掛けに仕える事になったわね。アイツの腰巾着も出仕したのは同時期だけど、同じ出身ってことくらいしか分からないわね」
「一年前ですか……それ、今と同じ人ですか?」
「同じに決まってるでしょ。身体は前より太ったって事以外はね」
それも結局同じだよ。神坂は思ったが口には出さず、人差し指で頭を掻く動作をして溜め息を吐く。
「……気のせい、だったのかな」
「何か引っ掛かることでもあるのですか?」
「あーいえ、結局要らない心配だったのかもしれないってだけで……」
「今更隠さなくたって良いわよ。月も聞いてるんだし、アンタの心配してた事ってなんなのよ」
うーんと考え込み思案する神坂に皆が怪訝な顔をする。そんなに言い辛いことなのか、憚れることなのかと思う。
ただし、それも姜維以外の人間だが。
「……じゃあ言いますけど、これは俺の考えなんで真面目に受け止めるかどうかは好きにして下さい」
「良いから早く言いなさいよ」
急かす賈駆に仕方ないなと呟き、腰掛けていた寝台に座り直してコホンと咳払いし、言う。
「今自宅で軟禁している李儒さんが影武者。その取り巻きの人が本物の李儒さんってことですよ」
姜維を除き、部屋に居る者はその言葉を聞いて暫く固まる。
偽物?一年前から見て、今邸宅で軟禁している男が?
「ちょっ……何言うてんねん。ある訳無いやろ、一年前から見たくもない奴見てんねんで。見間違えようが無いやろ」
「それじゃその時既に影武者だった、って事もあり得ますよ」
「待って。ちょっと待って。いきなり過ぎるわ。アンタがそう思う根拠は? 理由は? せめてそれを教えなさい」
「これも俺の考えなんでどう思うかは好きにして下さいね。根拠は四つあるんですけど、先ず一つは俺と張遼さんが練兵所で武を見る場面だったんですけど」
「あの時か。それがどうかしたん?」
「あの時一際強い視線を感じたのが、李儒さんの取り巻きの人からでした。それも俺の一挙一動を見逃すまいとつぶさに観察して。終わった後は大したことない人間だと判断してどっか行ってましたけど」
「……二つ目は」
「先日薺さんと睡蓮さん、三人で廊下を歩いてて李儒さんとその取り巻きと遭遇して、薺さんが李儒さんの言葉にキレ掛けて威圧した時、一人だけ怯えた"フリ"をしていた人が居たんですよね。といってもこれは上邦に行く前までの話で、確証なんて無いに等しいですし」
「え、ひなっちフリとかそんなの分かんの」
「分かるんだなこれが。前居た所でホント色んな人と接したってかやめてその渾名」
「三つ目は先程の玉座でですけど、李儒さんと取り巻きは狼狽えていたのに、取り巻きの一人は一瞬驚いただけで、あとは至って冷静でした。ひなたさんに言われて私も確認しましたが、その通りでした」
「……でも、それを含めたってアイツの取り巻きが本物の李儒とは言えないわ」
「分かってますよ。それと四つ目ですが、これが最も俺の中で強い理由です」
「というのは?」
賈駆が腕を組んで神坂を見るが、本人は何もない宙を睨みつけている。真剣な表情に茶化していた法正がジッと神坂を見る程に。
「俺の知っている李儒が。あの女一人の躓きさえ無ければ暴君を天上天下のままにしていた謀臣が。こんな容易く攻略される訳が無い」
傍から聞けば何の事か分からないだろう。
聞いていた者の殆どは神坂の言っていることに理解が出来ず、戸惑う事しか出来ない。
だがその戸惑いも、扉が強く開かれる事に因って吹き飛ぶ事になる。
部屋の中にいた全員が思わず身構える程に驚き、扉を見れば武官の身形をした者。
先程玉座に居た、樊調という者。
「何事なの! 主を前にして何のつもりか!」
「叱責は後に甘んじて! なれど火急の件なれば、お伝えしたき儀がございます!」
「聞きます。何事ですか」
突然部屋に入るなり跪いて包拳礼を取る樊調に賈駆は怒鳴るが、董卓は賈駆を手で制し前に出る。樊調は息も切れ切れで、呼吸が荒い。相当に無理して走って来た事は想像出来た。
だが、その口から出て来た言葉は想像だにしていない物であった。
「自宅にて軟禁していた李儒殿が自害! そしてその部下であった蘇胤殿は何者かに因り殺害された模様!」
言葉が、出なかった。
誰もが顔を見合わせ戸惑うばかりで、理解が追い付かないでいた。
だがその戸惑いの中で、実に残念そうで。落胆した様な言葉が皆の耳に届く。
「あーあ。悪い予感が当たっちゃった」
それは男の声で。一種の諦めの様な、苦笑いの様な声だった。
うむ。なんかどっかのドラマでありそうだなと思ったけど、元々考えてたことなんで後悔はしていない!




