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18話 民、守りたいモノと帰還

投稿します。お気に入り登録、感想を下さった方に感謝を。

書いてて思った。これで良いのかな……なんて不安に。

それでも書くけどな!

盆地の間を縫って歩み、複数の兵が先頭の人間に追従する。

追従する兵百名の先に居るのは臧覇、張済、姜維に神坂。

盆地から岳に出るとそこを登り、少し歩くと開けた所に出た。そこには董卓軍の兵装をした男が待ち構えており軽く一礼し、「こちらです」と案内する。

付いて行と魏続、侯成を主とした臧覇の部下と張済の部下が別れて峡谷に似た地形の間を挟み、弓を下に向け構えていた。臧覇達に気付いた魏続が構えを解き軽く一礼する。


「お疲れ様です姐さん。俺らは言われた通りにやりましたぜ」

「ご苦労魏続。して数は?」

「大体四百って所っすね。今は武器を持っちゃいますが全員大人しくしてます」


言われて峡谷の下に視線を向ける。

黄巾の集団。

剣と槍を持ち座り込む者から不安気にこちらを見上げる者、悲壮感を露わにする黄巾賊がそこにいた。


「森には火ぃ放って他の逃げ道と思しき道に旗を挿し、篝火置いときゃここに逃げて来る、って言ってやしたけど正にその通りでした。入口出口は岩を落として塞ぎましたし、もう逃げられませんぜ」

「……そうか」


チラリと神坂の方を見るが本人は姜維を一緒に黄巾賊を見下ろしている。


「ここまで上手く行くとは、返って怖い位ですな」

「ああ」


張済の言葉に臧覇は同意するが、その心中は感嘆していた。

ここの地形を魏続から聞き、捕らえた賊にも聞き更に詳しい部分は姜維にも聞いていたが、聞いただけでこの近辺の地形を把握し、作戦を立てこうして黄巾賊を捕らえるに至った。更に驚くべきなのは、賊から情報を引き出す前から"予想していた結果の一つ"に過ぎないと言っていたこと。いや、そうする算段を立てていたことにもだ。


最も、姜維も神坂と同じ考えを持ち、今この時に至るまで同じ作戦を思い描いていたという事にも驚きであるが。


「(……詠の評価通りだな。武の方も申し分ないし、天水の麒麟児とはよく言ったものだ)」

「して臧覇殿、こ奴らの処遇どうしてくれましょう」


張済が姜維達と同じく賊を見下ろしながら問うが、臧覇は手を顎に添え暫く思案すると神坂と姜維を呼ぶ。


「神坂君、君はこの賊達をどうすべきと思う」

「さあ。俺としては新しく将軍となった臧……薺さんの裁量にお任せしたいと思っていますが」

「む。では睡蓮君、君は」

「私は上官である薺さんの意志を尊重するのが大事だと思ってます」

「むぅ……」


神坂と同じく真名を交換した姜維にも意見を求めるが、二人してはぐらかす。二人は分かっているのだろう。今自分がどうしたいのか、この賊達にどんな言葉を投げ掛けたいのかを。しかし、果たしてそれで良いのだろうかとも考えてしまう。


「良いのではないですかな臧覇殿。私は臧覇殿に従いますぞ」

「……全く。君達はあれだけ戦中で激したそんな私に、中々酷な事を注文するのだな」


自分の考えを見透かして言う張済に呆れる様に溜め息を吐くが、その顔は困った様な嬉しそうな、そんな表情を浮かべる。「よし」と臧覇は呟き意を決したのか息を深く吸い、峡谷の下にいる賊に向かって言葉を紡ぐ。


「聞け賊共!お前たちは包囲され生かすも殺すもこちらの自由だ!今ここでその命を刈り取るのはいとも容易い!」


峡谷の上にいる人間の言葉に反応して賊は見上げ、その顔に怯えの色を滲ませる。

それに構わず臧覇は続ける。


「だがここでお前達に生き延びる選択肢をやろう!このままここから逃がして貰う事を望むか、それとも本来在るべき民に還る事を望むか!この二つのどちらかを選べ!」


賊の全員へと行き渡るその透き通った声に、賊は互いに顔を合わせどうすべきか、今ここでその場凌ぎに生き延びるかそれとも元々の暮らしに戻るか。でも戻ってもまた搾取されるだけの生活になるかもしれない、しかし賊になっていてもその末路なんて……


各々に思考が頭を巡りどうすべきか、どちらを決めるべきか。

決められないでいると再び頭上からの声。



「我等は虐げたりなどしない!そして見失うな!己が在るべき場所を、己が戻るべき場所を忘れるな!土に生きる民よ!」



その言葉で賊達の肚は決まった。

総勢四百と五名、全員武器を捨て黄巾を脱ぎ捨てる事でその意を示す。





「こうなる事が分かっていたのか、神坂君」


峡谷に閉じ込めていた賊を縄を使い引き上げ、兵と共に襲撃した陣に戻り尋ねる。神坂は気まずいのか苦笑いを浮かべながら頬を人差し指で掻く。直ぐ近くで男の子と年頃の娘、そして母親が抱き合っているのを見て安堵の表情を浮かべるが、直ぐ様臧覇達へと向く。


「いえ。俺は神様じゃありませんし流石にそこまでは。でも信じてましたよ、臧覇さんがそうしてくれることは」


言われて思い出す。上邦で地面に書いた地図を基に説明されたあの時を。



『――――以上が作戦概要です。何か質問等があればどうぞ』


『神坂殿、作戦も夜襲を仕掛けるのも構わぬ上申し分ない。しかしこの賊は何故態々峡谷で捕らえる必要がある。部隊を三つに分け三方向から夜襲を仕掛け、一気呵成に殲滅してしかるべきだろう』

『それじゃ駄目です。執拗に追い詰めると賊とは言え、逆撃を喰らってこっちの被害が増えてしまいます。だから夜襲で逃げる賊は逃がし、陣に残った賊だけ殲滅します』

『むう……しかし賊が峡谷に逃げ込むとは限らんが』

『逃げさせるんですよ。その為に別働隊は森に火を放ち逃げ道と思われる地点には旗と篝火を配置させますんで』


張済はその言葉に言い返す事が出来ず唸るだけに留め、続いて臧覇が質問する。


『神坂君、君の考えは分かったがこの峡谷で捕らえた賊はどうするんだ』

『ここに逃げた賊は別働隊が弓で牽制して保留とします』

『保留ですか?』


姜維が驚いた様に聞く。彼女は神坂と考えてる事が一緒だったが、唯一ここだけが相違だった。


『ええ。陣中の賊を片付けた後にでも好きにして下さい。煮るなり焼くなり……生かすなり』

『生かすだと?馬鹿を言うな。奴らは獣に堕ちた外道だ。許す価値はない』

『張済さんの言う事は最もですけど、ならここ、上邦の復興はどうするんです?』

『な、に?』

『役人が逃げた後とは言え、ここは一応ですが董卓さんの管轄にあたります。天水城から支援をするにしても現状厳しいでしょうし、まさか残った民にやらせるのも酷でしょう。なら先ず罰として上邦の復興に従事させるべきじゃないかと』

『神坂君、君は何を』

『それに。賊とは言えまだ完全に外道に堕ちていない者だって居るという証拠が、多分そこで出てきますよ。だって……』



「――――陣から真っ先に逃げる賊はある意味弱者的立場に既存する、ですか」


あの時神坂が言っていた言葉を姜維は思い出し、反芻するように呟く。その言葉の意味は分からなかったが、ついさっき、峡谷で閉じ込められた賊を見て理解した。


「ええ。真っ先に逃げる賊って基本臆病で、逃げ腰で、とにかく良い意味なんてありません。でもそれって、言い換えればまだ民に一番近いって意味でもあるんですよね。だって民も王権制度の中では弱者的立場であり、それに敵から襲撃されると真っ先に逃げますし」


確かに、と張済は頷く。言われてみれば納得してしまう。

あの時民を虐殺し、略奪凌辱をした賊に慈悲など必要無いと思っていた。それが正しいと自惚れるつもりはないが、そうすべきだと思っていた。

だが戦いが終わり、徐々に怒りから冷めた頭で峡谷に閉じ込められ、悲壮感を漂わせる賊を見た時は違った。

それはとても言い難くて形容し難く、臧覇も張済も姜維も。表すには言語化が出来ない様な気持ちを持った。だから、誰も殺すべきだとは言えなかった。


「賊は上邦で復興に従事させるとしても、民との軋轢が生まれますが……そこはまた賈駆さんと交えて話しましょう。ただ、それでも逃げて死んだ賊に関してはもう仕方ないとしか言えませんけど……」

「それこそ仕方あるまい。今考えても、やはりこの結果が最上だろう」

「だと良いんですけどね」と呟く神坂だが、やはりその表情に多少無理をしているという雰囲気を醸している。その様子に臧覇と姜維は苦虫を噛み潰した様な表情をするが、神坂は構う様子も無く突如剣を地面に突き刺す。

「で。俺としては捕らえた賊将の話を早く聞きたい気持ちではあるんですけど」

「う、む。そうだな。ではここに呼ぶとしようか」


少し怒ったような神坂に驚きつつ、張済は兵に命じて賊将をここに連れて来るよう命じる。張済は何故神坂が少し怒っているのか理解出来ていないが、臧覇と、特に姜維はその気持ちが分かる。否、怒っていると言うよりは逸っていると言うべきだろうが。

姜維と神坂が居た集落に賊が来るように仕向けた件。

又上邦で城門を開け賊を手引きした件。

この手口から姜維と神坂の二人は確信に近い予想をしていた。


これは、同一人物の差し金だと。


「将軍、賊将を連れてきました」

「跪かせろ」


ドカリと足を蹴られ、無理やりに跪かされるは先刻神坂が捕らえた巨躯の賊将。

両足を斬りつけられた跡が生々しく残り、折られた筈の片腕を後ろ手で縛られた状態は痛々しいが神坂は気に留めない。

跪いた賊将は顔を上げると神坂を睨み、ただ一言だけ言う。


「殺せ」

「そうはいかない。聞きたい事が幾つかあるしね」

「お前等に話す事など何もない。さっさと殺せ官軍の狗共」

「貴様」


張済が剣を抜き放ち賊将の首元に添えるが、賊将は眉一つも動かさない。その様子で皆が理解した。

この賊将は、既に死を覚悟していると。


「張済、下がれ」

「しかし」

「下がれ」


臧覇に言われ渋々と剣を鞘に収め、賊の斜め後ろへと立つ。妙な真似をしようとすれば何時でも斬れる様に。


「上邦を襲撃した際、何故か城門が内側から開いたそうなんですが……どうして内側から開いたか、何か知ってるんじゃないですか?」

「知らんな。勝手に城門が開きそこに雪崩れ込んだだけだ」

「へぇ。その割にはまるで打ち合わせしたかの様に雪崩れ込んで来た、って生き残った兵士が言ってたんですが。勝手って事は無いでしょう」

「馬鹿な!上邦の兵士は俺等とアイツ等が……ッ!?」


そこまで言って口を閉じるがもう遅い。その口から出た言葉をここに居る四人と他の兵士が聞いてしまった。


「どう、いうことだ。まさか内部に裏切り者がいたということなのか!」

「落ち着け張済。まだ尋問の途中だ」

「しかし!……っく」


臧覇に目で制されギリギリと歯を鳴らしながらも、賊に掴みかかろうとした手を引っ込める。


「やっぱりね。手引きした人がいるんだ」

「チッ。鎌かけやがったな」

「でも予想はしていたよ。そうじゃないかとは」

「それがどうした。もしそうだとしても何も喋る事なんか何も無ぇぞ」


そこまで言い神坂は地に刺していた剣を引き抜き、後方へと投げ捨て賊の前に跪いて正座し、賊の目線に合わせる。その様子に臧覇達と賊将も怪訝な顔をするが、神坂は構う事無く喋る。


「貴方が死ぬ覚悟を以てここに居るのは重々承知しています。なれど、お願いします。どうかお話頂けないでしょうか」

「お前、何言って」

「俺には大切な人達が居ます。命に代えても守りたい人達が。でもその人達を今も脅かす人と、貴方が知っている事と結び付きがあるかもしれないんです。だからどうか、お願いします」


臧覇が、張済が、姜維が、賊将がその姿に驚く。

手を地に着け、頭を下げるその様子に。



「俺に大切な人を。守らせて下さい」



土下座と言っても良い、その様子に。


臧覇が神坂に慌てて駆け寄り止めようとするが、姜維に止められ首を横に振る。

止めては駄目だと。

どうしてだ、と臧覇は目だけで語る。

彼が、神坂君があそこまでする必要が何処にある。あの賊将が喋るまで拷問にかければいい。死にたくなる状況だろうと殺さず、情報を吐くまで拷問すれば良いではないか。


そんな顔を見せる臧覇に姜維は尚も表情を変えずに首を振る。

ただし、腕を掴む手がギリギリと強いという点を除いては。


「あ、な……」


賊将も口をパクパクとさせ目の前の男を見る。

土下座、平伏は高官や皇族、先祖等に対してするモノであり、それを人に、ましては賊にするなど以ての外。

だが男はこうして恥辱の代名詞である土下座をしている。何をされようと死ぬまで語らないという覚悟を持つ賊将に、正真正銘の誠意を以て問うている。


何の為に?誰の為に?

決まっている。それは大事な人が……居るからだ。

命に代えても守りたいモノが。こいつ、にも。



「お、れは……俺は、あの時、に、あいつ、が……」



賊将が目を伏せたどたどしく語り始め、その先をぽつりぽつりと紡いでいく。

止めようとしても駄目だった、目の前で土下座する男を、見栄も外聞も構わず本気で大切な人を守りたいと願う男を前に、己の覚悟が脆く崩れて行くような錯覚に陥った。

己の意志とは関係無しに勝手に言葉が口から出て行く。


知っている事を全部、そこで話した時には両の眼からは塩辛い水が頬をつたった。



それから二刻後。臧覇、張済の軍は賊の砦から発ち、上邦を経由して主の居る天水の城へと帰っていく。


ここでの時間は十二時辰と十二刻法で表させて頂きます。ハィ、今更ですよねスミマセン。

感想ご意見、遠慮なくどうぞ。ただし批判の場合はお手柔らかにお願いします……なんて。

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