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17話 黄巾賊襲撃戦(後篇)

終幕。やっつけ感があるけど後悔はしていない。

していないって言ったらしていない!……多分。


天幕の中。不精髭を蓄えた男が手に持つ酒瓶を傾かせ杯に注ぎ、口へと運ぶ。それを一気に飲み干し、杯を目の前にある台の上に乱暴に置く。

男は不機嫌だった。

今日襲った所は手強く被害もそれなりにあったが、勝手に城門が開き幸運にも楽に略奪が出来た。そして女子供も上手く攫い、愉しんだ後は奴隷商人にでも売り飛ばせばいいと思っていた。しかし仲間の数が多く、複数人で女を犯そうにも数に限りがある。男は運悪くその中に入る事が出来ず、こうして一人自棄酒に耽っている所だ。

勿論、今飲んでいる酒は略奪した物である。


「チッ。……ん?」


そして再び酒を注ぎ呷る。それを数度繰り返し、ふと天幕の入口に目をやる。

今、微かに天幕から誰かが入って来た音が聞こえた気がした。いや、音というより天幕の布が揺れている事から誰かが入って来た事は間違いない……かもしれない。しかし実は風が吹いている事もあり、その風が天幕を凪いだかもしれない。

酔っている男は思考が纏まらないまま見渡すが誰もいない。

……気のせいか。

男はそう思い、再び酒を呷ろうとして杯を口に近付けた所で、それは聞こえた。



「それはお前たちの様な屑が飲むには上等過ぎる」



背後の頭上から。女の声が。


「貴様等はコレで十分だ」


男が振り返るよりも早く、ソレは放たれた。空の様に蒼い青龍刀が。

一閃。男の首が胴から離れ宙に浮き、離れた部位から紅い血が吹く。

男は何が起きたのか理解が出来ないながらも、首だけになって"それ"を目に捕らえた。


蒼い刃先に沿って向かう、竜が彫られた青龍刀。

それを持つ然とした女。


綺麗だ。

自らの首が宙に浮いてるにも関わらず、そう思った。

次第に首は重力に従い地へと落ち転がる。

そして男の意識は既に無く、永遠の闇へと堕ちた。

女――――臧覇はそれに目をやると、静かに天幕から出て行く。天幕から出ると兵の一人が剣を持ったまま臧覇の前に歩み出る。


「首尾はどうだ」

「へい。皆上手く殺っている様ですぜ。どいつもこいつもグッスリだ」

「そうか。だがまだ起きている者も居る。攫われた民を確保出来ればバレても構わない。その時は兼ねてより動け。良いな」

「はっ」


兵は軽く頭を下げるとその場から去り別の天幕に近付き、静かに、それでいて素早く入って行く。臧覇はそれを見て己も別の天幕に近付き、音と気配で中の様子を探りつつ天幕の中へと入る。

中で何が起こっているかは、筆舌に尽くし難い。





「……片付きましたね」


血が付着する三尖槍の石突きを地に着け、姜維は軽く溜め息を吐く。その直ぐ近くでは複数の賊の屍が転がっており、周りの兵が足で身体を仰向けに起こし生死の確認をする。傍に居た神坂は他に居ないかを辺りを見渡し、居ないのを確認すると姜維を同じく軽い溜め息を吐く。


「ていうか睡蓮さん凄過ぎ。ホント一瞬で倒すんだもん」

「いえ、所詮不意打ちですから」

「不意打ちで瞬く間に六人も殺せるモノなの……?」


彼女を傍で見ていた神坂だが、一連の動作に舌を巻く思いだった。

周りの兵の合図と共に自分は一人を剣で真横から斬り付け、そして近くにいた賊も縦、横と二連で斬り付けた。

しかし姜維は先ず一人目は三尖槍で首を横薙ぎにし、そして続け様に石突きで突き出し、もう一人の賊の頭蓋を割る。後は……流麗という言葉が当てはまるのだろうか。一切の無駄な動きも無く他の賊を屠っていった。というより、凪いだあとの石突きで頭蓋を割った姜維の膂力に疑問を持っていた。


女の子らしいその腕のどこに……そんな力があるんだ。


「流石は天水の麒麟児……」

「はい?」

「ああいや。なんでも」

「しかし、人質の位置が分かり易くて助かりました」

「そうだね。陣の中でこんな高い木の柵で囲って檻にしたら目立つもんね、流石に」


言いつつ、その人質が居る檻の中を見る。俺達の姿を見て助けに来てくれたと理解したのか、沈んだその表情に生気が戻り、助けを乞う声が出始めるがそれを口に人差し指を当て、静かにする様に促す。

しかし女、子供を攫ったと聞いたが、ここを見る限り女性より子供が圧倒的に多い。それが何故なのかは嫌でもわかる。


「……下衆め」


その理解に至ったのか。姜維は心底嫌そうに言葉を吐き捨て、三尖槍を手に歩き出す。


「では私は陣の正面で待機している張済さんを招きます。ひなたさんは民の人達の縄を解いて、引き続きこの辺りをお願い出来ますか?」

「了解。気を付けてね」

「はい。では銅鑼を鳴らした後に私の方でも火を放ちますので」


姜維はそのまま複数名の兵を連れ陣の正面へと走っていく。それを見送り神坂は檻に掛けられていた錠前を剣で壊し、檻の中へと入り兵と共に一人一人の縄を解いて回る。縄を解かれた民……主に女性と子供は更に他の者の縄を解き、その中の一人、縄が解かれた子供は神坂の腕に掴みかかる。

神坂は驚いて顔を向けると、そこにはまだ十歳を過ぎたくらいの子の表情があった。その顔は今にも泣きそうで、懇願する様に神坂の腕に額を擦り付ける。


「おねがい、します。お母さんとお姉ちゃんをたすけて下さい。もうわがまま言ったりしないから、もう、困らせたりしないから。もう……お姉ちゃんとけんかも、しない、から。だからどうか、おねがいします」


腕を掴んでくるその手は震えていて。額を押し当ててくるその子供はどれだけの不安な思いで喋っているのか。どれだけの……願いを込めて言っているのだろうか。


「お母さんとお姉ちゃんを、たすけてぇ」


そして駄目だった。そこまで聞いて耐えられなかった。


子供が大粒の涙を流しながら、その顔をぐしゃぐしゃの泣き顔にながら、不安に押し潰されながらも懇願するその姿に、思わず剣を捨ててその子供を抱き締めてしまう。

大丈夫、大丈夫だと背中を擦り、目一杯抱きしめて宥める。次第に沸々と賊に対する怒りが込み上げ。その眼が険しくなっていく。


「(……落ち着け、冷静さを欠くな。怒りに身を任せたりしたら駄目だ!)」


必死に感情を抑えながらも、子供を抱き締める力が強くなっていく。

この子が何をした。民が、こんな子供達がなんで、こんな目に遭わなければならない。

再びそんな思いが過ぎるが、それは大きな音によって遮られる。


吹奏で使うシンバルよりも低いその音。それは陣の正面方向から聞こえてくる。

銅鑼。

打ち合わせしていた通り、陣に突入して来た張済さんが鳴らしている銅鑼だ。

音を聞き、ゆっくりと子供を腕から引き離すと地に置いた剣を拾い、檻の中から出て行く。


「無事を願うなら。助けを乞うなら、祈ってて。もし神様が本当にいるなら、君の願いを聞いてくれるから。それと……危ないから、まだそこに居てね。動き回っても危険だから」


そんな無責任で根拠のない言葉を残すことしか出来ず、神坂は駆ける。まだ周りの天幕の中にいるであろう賊を殺す為に。そしてあの子の助けを求める声に応える為に。一切合切の迷いを切り捨て、銅鑼に反応して天幕から出て来た賊を斬る為に、彼は動く。





「銅鑼を鳴らして動き回り混乱を広めろ!火を放ち天幕に閉じ籠る賊を炙り出して殺せ!奴等の屍を積んで散った同胞達の慰霊としろ!」


陣中を馬で駆け、目に付く賊を槍で突き殺し直進していくのは張済。陣の正面に千の兵で待機し木製の門が開くとともに突入した。


「オオオオッ!」


気合を込め咆哮し陣中を駆ける。賊を屠って進むと銅鑼の音と火事、剣戟の音で夜襲だと気付いたのか、徐々に賊が姿を現し始めその姿を確認すると部下と共に吶喊する。賊は向かってくる敵に構えようとするがいかんせん。元々の練度の違いもそうだが、酒の所為で酔いが抜けずまともに戦える訳が無く。張済が率いる騎馬隊によって容赦なく蹂躙されていく。


「ヒイッ……!たっ、助け――――ギャッ!」

「命乞いしようと容赦するな!目に付いた賊は片っ端から殺せ!」


激を飛ばし自らも向かってくる賊に槍を振るい突き、薙ぎ、拉いでいく。徐々に賊の屍が陣の中を占めて行き、疾駆する中で視界の端に偶然にも臧覇と姜維を捕らえる。


「疾ッ!」


二対の青龍刀を振るい、流れる様な動きでありながら的確に賊の頭、喉、腹、を斬り裂き、時には蹴りも繰り出し戦うその姿は乱舞そのもの。


「せっ!はぁっ!」


三尖槍を己の身体の一部の様に操り、素早い突きと薙ぎ払い、更に石突きを利用して賊の頭蓋を割り、時に足を払い賊の命を絶っていく無駄のない動きは舞踊を彷彿とさせる。


「(流石。なんと見事な武)」


張済は心の中で二人に賛辞を送りつつ進む中、天幕から出て来る賊以外の人達を見付け馬を止める。


「みだりに動き回るな!まだ燃えていない天幕に寄り沿って身を屈めて大人しくしていろ!」


上擦った声で返事をする女達は張済の指示に大人しく従い、それを確認すると張済は馬を蹴り駆ける。先程には無い苦々しい表情をして。


「くそっ……くそ!」


張済が見たのは着衣が乱れ、又は衣服を剥かれて己の身体を隠す女達。何があったか等考えたくも無い。


「(許さぬ。絶対にだ!)」

「将軍ご覧を!賊が退いて行きます!」


怒りが込み上げ、再び目に付く賊に当たる様にして屠っていくが、追従してきた部下が進言してきた事で気付く。張済の様子を見た所為か、それとも次々に討たれていく仲間を見た所為か。賊は悲鳴に近い声を上げて徐々に後退し、逃げて行く。

張済はそれを追い、逃げる賊を背後からも突き、次々に絶命させて行く。作戦通りに深追いはしない。もう少し、もう少し――――そう思いながら追うと、彼が居た。


神坂日向。


彼の背後に高い柵が巡らされ、恐らくは檻として使用されていたのだろう。その中に子供が多い人質がいる。だがそこに居るのは神坂と他の兵、人質だけでは無い。

相対する男が居た。

一際大きい巨躯。黄巾を巻き手には体格に見合うだけの斧を持っている。その出で立ちからしてここの黄巾賊の将といった所だろう。だが兵は身構えているが、相対する当人の神坂は剣を地面に突き刺し、無表情で賊将を見ている。


「こん餓鬼ァ……よくも夜襲なんて真似やってくれやがったな。この俺がここまで虚仮にされたのは始めてだ」

「上邦での仕返しをされただけで虚仮か。余程独りよがりの人生歩んで来たんだね。可哀想に」

「ほざけ餓鬼が!ぶっ殺してやらァ!」


斧を片手で持ち、賊将はそれを振り上げて神坂に突っ込んで行く。

迅い。

張済は身体の大きさに合わないその身のこなしに、この賊の力量を感じ取った。恐らく神坂では手に余る。それ所か危険すぎると踏んだ。己が信を置く相手である臧覇の部下をむざむざと死なせる訳にも行かず、馬上で槍を持ち替え賊将に投擲しようと構える。


が、そこで変化があった。


突然神坂は賊から視線を動かさず足元に落ちている剣を蹴り上げ、賊へと飛ばす。いきなり回転しながら低空飛行する剣に予想外だったのか、予備動作も無く蹴り上げた神坂に予想外だったのか。賊の右足に剣が横向きに埋め込まれ、賊は苦痛に顔を歪ませ身体も前のめりに倒れるが、そのまま神坂に斧を振り下ろす。


「く、たばれ糞餓鬼ぃ!」


しかしそれは横に動く事でなんなく躱され、続いて神坂は地面に刺していた剣を引き抜き様に賊の左足へと斬り付け、賊は膝を着いてしまう。

鮮血が舞い、賊が斧を落とし呻き声を上げるがそれも一瞬。賊は後ろ姿を見せる神坂に尚も掴み掛かろうと腕を伸ばす……が、振り向き様に逆に腕を腕で絡み取られ、ミシミシと音を立てる。

神坂の眼が賊を捕らえ、その眼が少し細まり。


ゴキリと。音が鳴り賊の腕があらぬ方向へと曲げられる。


「ぎっ、ァ、ァァアアアア!」


賊の叫び声が木霊し腕を抑えてその場に蹲る。

神坂はそれを見ると表情を変えずに賊の後頭部を踏みつけ、周りに居る兵に命を飛ばす。


「すみません、コイツを縛ってその辺に置いといて下さい。聞きたい事があるんで」

「お、おう!」

「……張済さん、見てたなら助けて下さいよ」


視線を向けられ、非難する様に見て来る神坂につい肩が跳ね上がってしまう。


「む、あ、済まぬ。しかし見事な手並み。鮮やかだな」

「いえ。内心冷や汗ものでした」


あははと苦笑いをする神坂に張済は驚嘆していた。

冷や汗モノであんな動きが出来る訳が無い。淡々と作業をこなす様に賊将を無力化した手並みは、鮮やかという評価が温く感じるほどに。


「で。賊はどうです?」

「ああ。臧覇殿に姜維殿が暴れておりますからな、賊も死屍累々だ。左方からは臧覇殿が、正面からは私が攻め立て故、当然と言えば当然だが、賊は陣の右方へと逃れて行った」

「そうですか。剣戟の音も少なくなってきましたし、もう陣中にいる賊もあと僅かですし……魏続さんも侯成さんも、上手くやれてると良いですね」

「そうですな」

「それに上邦で戦った人達に感謝ですね。さっき賊から聞いた通り、賊の数が四千から三千弱まで減って、俺達は思ってたよりも戦い易かった」

「……ああ」


それっきり会話が途切れ、人質を檻から出す神坂を余所に張済の下へ数度に渡って伝令が飛んでくる。

一つは臧覇とその部下から陣中の賊は殲滅が完了した旨。

一つは死傷者の数の報告を。


もう一つは、魏続と侯成に出された作戦が成功したと。


臧覇、姜維と兵達も張済と神坂の下に集まり、全員が集まったのを確認すると臧覇は武器を持つ手を上げ、叫ぶ。


「勝鬨を上げろ!」


そして皆が叫ぶ。死んだ民と兵達に勝利したことを伝えれる様に。お前達が穢された相手である悪漢は、俺達が葬ったと伝えれる様に。地が揺れるほどの声で皆が雄叫びを上げる。

臧覇も。姜維も。張済も。神坂も。兵達も。

皆が雄叫びを上げる中、一人の兵がふと闇が晴れ空に色味が差し、朝が近づいたことに気付く。その兵は万感の想いで声高らかに叫ぶ。



「俺達の!勝ちだ!」



陣中にいた黄巾賊、約三千と二百。賊の一割強を残して皆殺しにされたことを、董卓は後の報告で受ける事となる。


ちょっと伝わりにくい、かな……もう文章についてはこれが私の性能なんでお見逃し下さい。

感想ご意見、お待ちしております。

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