16話 黄巾賊襲撃戦(前篇)
ぬるぬる進みます。いつもより短めですが、キリが良い所で切りました。
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というか感想受付、ユーザのみになってましたね。直しました。
闇夜の中を駆ける騎兵と歩兵、その数二千。潤朱の張旗と新緑の臧旗を掲げ只管に駆けて行く。その先頭には臧覇さん、張済さんが並びその後ろに姜維さん、そして俺が並ぶ。その更に離れた後ろでは後ろ手を縛られた賊が半ば強制的に走らされ、文句を垂れているが周りは一切無視している。張済さんが後ろで喚く賊にウンザリしたのか、手綱を持つ手をダラリと下げ溜め息を吐く。
「もう斬っていいだろうか。あの者を」
「もう少しだけ我慢して下さい。着いたら好きにして良いんで」
「とは言うが耳触りには違いないぞ神坂殿。そろそろ目的地に着く。ここらで斬っても宜しかろう」
「駄目です。確認が取れれば良いですけど、既に賊が居ない場合、もしくは元々そこに居ないと解った時、また問い詰めないといけません」
「それはそうだが」
「張済。気持ちは解るがその様に逸っては戦で仕損じるぞ。少々落ち着け」
臧覇さんに諌められ口を結び、言葉の代わりに再び溜め息を漏らす。
「しかし君も思いきった事をさせるな神坂君。よもや民を南門に集め、縛られて通る賊を好きにして良いとは」
「まぁ。上邦の人達は恐怖と絶望で打ちひしがれているか、それとも復讐に焦がれているかは分かりませんでしたけど。俺は被害者である民の意に任せただけです見逃すか、復讐をするか」
「でも結果的には、ひなたさんの予想した通りになりましたね。先程張済将軍が直に確認して来ましたし」
「その点については態々申し訳無いとしか言えないね。すみません張済さん、金子はちゃんと返しますので」
「それはどうでも良い。いや良くは無いが、金子の件は神坂殿に貸しとして置く」
「うえ。貴方に借りがあるとなんか後が怖そうなんですけど」
と言うと、鼻を鳴らして笑われた。少し思わせ振りな反応だったが今は置いておこう。暗闇の先から馬蹄の音が聞こえ、音の源が俺達の前に現われた事で話が途切れる。張済さんが手で後ろの軍の動きを止めると音源となった馬は動きを止め、その上に乗っていた人が下馬をして膝を着く。
斥候に出ていた侯成さんだ。
「姐さん確認してきやした。ここから六里先に確かに砦がありましたぜ。山を背にして森を抜けて離れた山岳沿いに構えてました。しかも砦の中は多分宴で騒いだ後の形跡もあり、静かで物見の奴も眠たそうでした」
「そうかご苦労。……君の言った通りだな神坂君。賊は殆ど眠りに落ちたと見て良いだろう」
「賊と言っても大半は元農民。朝は早くに起きて夜は疲労で眠る習慣が根付き、加えて戦いで勝利しての宴を催し酒を飲み寝る……か。的中しているな、神坂殿」
「どうも」
「ではここで兵を分けるぞ。私と張済、神坂君、姜維君で千五百の兵を率いて襲撃する。魏続、侯成、お前たちは残りの五百の兵を率いて兼ねての場所に行け。そして手筈通りに事を進めろ。復唱は不要。往け」
コクリと頷くと侯成さんと魏続さんは五百の兵を連れて馬と共に闇夜に消えて行った。
臧覇さんはそれを見送り、前へと出て真剣な顔付きで俺達を見渡す。
「聞いた通りだ。賊の場所も存在も確認が取れた。今から仕事だ」
すう、と息を吸い眼を閉じる。そして目を見開き鋭さを帯びた冷たい眼を露わにする。
「屠殺だ。堕ちた畜生共を屠殺しろ。生き血を啜る獣を殺せ。弱者を嬲る外道に地獄を見せろ。この世の物とは思えない苦しみを与えてやれ」
「――――では上邦で散った烈士達の慰霊の前準備を。今ここで行う」
張済さんが腰に差している剣を抜き、首だけで合図をすると後ろ手を縛られた賊が引っ張り出され縄を解かれる。縄を解かれた本人は尻もちをつき、臧覇さん、張済さんと周りを見渡し最後に俺を見る。その顔は恐怖で顔がぐしゃぐしゃに歪み、恨みも籠められている。
「ち、畜生てめぇ騙しやがったな!助けてくれるんじゃなかったのかよ!」
「そんなの一言も言ってないよ。俺は解放する。金子を与える。それしか言っていない。命の保証をするなんて一言たりとも言っていない。そして今、君の縄を解いて約束通り"解放"してあげた。後の事は俺は知らないね」
「へっ屁理屈言いやがって!他の二人は逃がしといて俺だけ殺すのか!この人でなしが!」
「自覚はあるよ。でも他の二人は生きていないさ。後ろ手を縛られたままの賊が、襲った相手である民の集まる城門を通れると本気で思ってたの?それにその言葉は一度鏡を見て言え糞野郎」
「あ、なっ」
「それに君も言ってた筈だよ。殺すなら殺せと。そして俺も答えた。実際そうするつもりだ、と。……何一つ、俺は嘘を言ってないし約も違えていない」
俺は尻もちをつき口をパクパク開閉する賊を見下ろし、視線を横に逸らして張済さんへ目配せをする。
もう、好きにして良いと。
張済さんが賊の背後から近寄り、一歩。また一歩と近付き、
そしてとうとう、賊の真後ろに立ち剣を振り被る。
「上邦で散った気高き烈士達よ。お前達の誇り高き魂は私達が受け継ごう。慰霊の供物は獣共の屍を積もう。今は"これ"で我慢し、我等に力を与え給え」
「あ、ま、待っ――――」
賊の言葉を遮る様にして一閃。
首が胴体から離れ宙に浮き、血が噴き出る。
張済さんはそれを見向きもせず剣を両手で顔の前に構え、臧覇さんは眼を瞑り、姜維さんも俺も、兵たちも眼を瞑り上邦で死んだ人達に黙祷を捧げる。
そして誰が言うでもなくゆっくりと眼を開け、臧覇さんが命令を下す。
「往くぞ」
応、と皆が短く返事をし、その背中に続く。
誰もが賊を汚いものを避ける様に行く。
血溜まりすらも踏みはしない。
「しかし随分と頭が悪い賊ですね」
臧覇さんが率いる部隊は馬を降り、森へと入り静かに移動し、砦の横から見え櫓からは見えないギリギリの位置まで接近し、止まる。張済さんは砦の正面側に待機し、俺達の合図を待つ形となっている。
「ふむ。というと?」
「断崖なる山を背にして背後からの奇襲は備えてるつもりでしょうが、あの位置の櫓では物見をするにはあまりに不向きです。それにこうも盆地が多いと夜襲に対しての備えが難しく、補給も断たれ易い上に大軍に囲まれたら終わりです。それに、」
「そこまでだ。余り言ってやるな姜維君。それでも無い知恵振り絞って構築した陣だ。ひと思いに潰してやるといい」
「はい。それはもとより」
「それと神坂君」
「なんでしょう?」
「……覚悟は決まったかい?」
その言葉に姜維さんは反応して俺を見る。
俺は自身の握る剣を見、ゆっくりと息を吐く。
覚悟は決まった。
でも、それは人を殺す覚悟だけじゃない。
「残念ですけど、俺は臧覇さんが言う程の立派な覚悟はまだ持ってません」
臧覇さんの眼がスッと細まり俺を見詰める。それでも俺は喋る。
「俺の居た世界では戦争なんて他人事同然でした。実際他の国ではありましたけど、俺の国では戦争なんてものは無縁でした。俺はその中でも恵まれた環境で生まれ、育ち、得たい物も得て不自由無く暮らした。唯一得る事が出来ないモノもありましたが――――…それは、もう今では何をしようと手に入る事は出来ません」
俺の言葉を静かに臧覇さんと睡蓮さんは黙って聞く。
思い出す。天水で臧覇さんが見せた救えずにいる人たちを。
噛み締めた。上邦でこの時代の現実を。
思い知った。理不尽に彩られた今の世界を。
「でも俺は、今大事なモノが出来て両手で抱えています。天水の集落の人、宋老人、睡蓮さん。そして董卓さん達という仲間が。失いたくないモノが沢山出来ました。でも失いたくないモノが出来ても、それでも俺はやっぱり元の世界の倫理観を。得てきた物を棄てる事は出来ない。そして俺は自分がしてきた事を忘れるほど器用な性格もしていない。だから」
今だけは迷わない。
迷って失いたくない。
だからこそ俺は決めた。
「失わない覚悟を。棄てない覚悟を。俺が俺で居る為の覚悟を決めました」
聞く人が聞けば矛盾だらけの答え。
でもそれがどうした。俺の気持ちは俺だけの物。
完璧な答えが無いこの問いに、他人にとやかく言われる筋合はない。
「反論するならすればいい。俺はそれを哂って応えましょうとも」
「ひなた、さん」
「……いやすみません。結局矛盾だらけで子供が振りかざす様な言葉で済ましてしまいましたね。忘れて下さい」
つい恥ずかしくなって顔を逸らす。何を言ってるんだ俺は。
「いや良いんじゃないかな。己を貫く覚悟、か。成程ね」
「や、あの声に出さないで下さい。ていうか睡蓮さんもクスクス笑わない」
「すっ、すみませ……さっきまで人が変わった様子だったのに、今は……ふふっ」
「あの時は自分を殺すのに必死でもあったし頑張って適用されて行こうとだねって、だから臧覇さん笑うなって言ってんだろイジメかおい」
「くっくくく……すまない。すまない」
一通り笑わったのか深く息を吐き、さっきとは違う雰囲気で目を細める。
「いや。いやいや、堪能させて貰った。……神坂君、これから私の事は薺と呼びたまえ」
「え。あの」
「異論は認めない。この戦いが終わるまでに呼ぶがいい。むしろ呼べ。さもなくば極刑」
「ちょっ、なんか話が飲みこめな」
「姜維君弓を持て。先ずは櫓の物見兵を始末する」
「はい。では私は右の兵を。その後に柵の一部を密かに取り払い囚われている民の安全を確保。賊は起きている者から優先的に屠り、そして正面側に待機する張済さんを陣に入れる」
「もし騒ぎが広がり始めたら銅鑼を大きく鳴らし直ぐに火を放て。退路は一箇所のみを残し深追いせず私達は殲滅に専念。良いなお前達」
応、とくぐもった声で返事をする兵、じゃなくて。
「すみません一気に物事進め」
「ではやるぞ。構えろ、壱、弐の」
……この時俺は思った。この部隊は臧覇さんから末端の兵までスイッチの切り替えが極端に速く言動の関連性が突拍子がないのだと。それに純粋な睡蓮さんも染まりつつあるという危険が。
物見の兵に矢が吸い込まれて行くのを見て、俺はそんな事を考えていた。
うむ。ちょっと話の流れが遅いですね。書いてて思っちゃう。
でも許して下さい自覚はあるんですッ




