15話 変わり、裁き、往く
お待たせしました。
ちょっと長めですが、どうぞご覧じて下さいなっ
「臧覇殿!そちらはどうでした?」
「駄目だね、生存者は居るには居るがそれも僅かだ。それも兵は皆殺しされてだ。……よもや賊如きにここまでやられているとは」
「こちらもです。くそっ……姫に会わす顔がありませんな」
兼ねてより集まるようにしていた、最初に入って来た城門で張済と臧覇は顔を合わす。互いに部下を後ろに控えさせているが、その姿は対照的で張済の持つ槍には血が付着していた。それに気付いた臧覇は一瞬目を向け、軽いため息を漏らす。
「張済、もしかしてそちらも……か」
「ええ。残念ですが数人は止む無く、ですが。この調子ですと他の者も恐らく遭遇してるかもしれませんな。……さて」
おい、と後ろの部下に呼び掛けると後ろ手を縛られた二人の男が兵により前に突き出され、足を蹴られ跪く形となる。頭に黄巾を付けた二人の男は言わずもがな。黄巾賊である。
「ここを襲ったのは良いけど、集団から逸れて行動している内に仲間に置いて行かれた、という解釈で宜しいですよね?」
「そうだな姜維殿。その解釈で違いない」
「ふむ、君のところは割と多かったようだ。比べてこちらは些か不可であった、と言うべきかな。……侯成」
「へい」
同じく後ろ手を縛られた黄巾の男が一人、侯成に前に引きずり出され同じ様に跪かせる。しかし張済が捕らえた兵と違い、その足には切り傷。今尚血を流すその足を見て張済は怪訝な顔を見せる。
「……捕らえるのに梃子摺ったのですか?」
「いや。それをやったのは私でも侯成でも無い。姜維君だ」
「す、すみません」
「いやいや。良いものを見せて貰った。張済にも見せたかったよ、賊が背中を見せて逃げると誰よりも早く反応して三尖槍を投擲し、賊の動きを止めるあの神懸かり的な素早さを」
「それは、なんともはや……」
姜維はつい夢中で、などと言っているが傍で見ていた侯成は「夢中で出来んのかあんな真似」と苦笑いしながら呟く。
「――――で、だ。"これ"の処遇だが、君らはどうしたい?」
「無論斬るべきでしょう。やるべきことをやった後に、ですが」
張済の言葉に黄巾の男達はピクリと反応を示す。顔を俯かせてだんまりを続けているが、僅かに震えており恐怖に駆られているのが見てとれる。
「姜維君、君ならどうする?」
「そうですね。どうすべきか既に考えてはいますけど……私は、先にひなたさんの意見を聞いてみたいですね」
「神坂君のか?しかし彼は今使い物にならないだろう。まともな意見を聞けるかな?」
「同感ですな。彼にそこまでの機知があるとも思えないが」
「ひなたさんはそう思う程、弱くないですよ」
「……ふむ」
思案し、チラリと姜維を見る。その表情は自信とは違う、それは……信頼。
そう。彼を信じているという顔だ。それは集落を救ってくれた事から来る信頼なのか、それとも彼への思慕故かと臧覇は巡らし、うん、と軽く頷くと。
「そうだな。ならば彼の意見も聞いてみるか」
「臧覇殿」
「良いじゃないか。彼の状態も気になるし、それに少しはまともに戻っているかもしれないし」
「素直に坊主が心配って言やうッ!?」
「何か言ったか侯成」
「な、なんでもねーっす……」
蹴られた脛を押さえる侯成を張済は苦笑いを一つし、徐々に集まりだした兵の報告を受けつつ臧覇と張済は各々に出来得る限りの生存者と怪我人への補助、天水城への伝令、何時でも出立出来る準備等の指示をする。そして賊の身柄を兵に預け、城門で待機しているであろう神坂の元へ向かう。
そこで見たのは、座り込んで地に何かを書く神坂の姿。
時折ブツブツと呟くその姿は傍から見たら近寄り難く、纏う雰囲気はどこか鬼気迫るものさえある。事実その周りには魏続以外の兵は居ない。
「魏続、神坂君は何をしているんだ」
「あ、姐さん。いえ、坊主がいきなり座り込んで何か書き始めたんですよ。最初は黙々と書いてたんすけど、時折この辺りの地形とか色々聞かれたっすわ」
「ふむ……?」
首を傾げ、その神坂がガリガリと書く地面を頭上から覗きこむ。
そこにはグニャグニャした円や見たことも無い記号、加えて小石が所々に置かれていた。それだけでは臧覇は何の事かは解らなかったが、よくよく見ると図は、何処かで見た"何かに"似ていた。眼を細めてそのまま観察するが、神坂が地面にガリガリと書いていたその手を止め、振り返る。
そして、その顔を見た臧覇は思わず息を飲んだ。
「あれ臧覇さん、もう城内の探索は終わったんですか?」
「あ、ああ。君の方はもう良いのかい?」
「いつまでも情けない状態でいれませんからね、っと」
立ち上がり首をコキコキと鳴らすその姿は、たった今見たはずの顔をしていなかった。
見間違えたか。と臧覇は思う。
しかし、今目の前の少年は先程の惨状を目にして耐えれる精神を持っていなかった。にも関わらずいつもの様子に戻ってさえいる。その様子に怪訝な顔を見せるが本来の目的を思い出し、先程起こった事、今からの事といった旨を言う。
「へぇ、それで俺の意見をと」
「ああ。姜維君が君の意見を聞いてから自分の考えを言う、とね」
「……ふーん。でも俺の考えてること、多分睡蓮さんとほぼ同じですよ?睡蓮さんはここの地形とかは、粗方知ってるよね?なら同じだと思うけど」
「はい。それも踏まえて既にどうするかは考えてます。ですけど、私の考えてる事とひなたさんの考えてる事、もしかしたら違うかもしれませんよ?」
「んー……」
姜維と神坂が見つめ合うこと数秒、やがて神坂は諦めた様に溜め息を吐き頭を掻く仕草を見せる。その様子に姜維は二コリと微笑み、周りは何の事か解らず首を傾げるのみ。
「じゃあ臧覇さん張済さん睡蓮さん、俺の近くまで寄って下さい。説明はそれからで」
「このまま話してもいいだろう。話し辛い事なのか?」
「違いますよ張済さん。ただここに書いてる図も交えて説明するんで、見て理解して欲しいんですよ」
「張済」
「……解っていますとも。では聞こう、神坂殿の考えとやらを。ただし下らぬものと判断した場合は即刻姜維殿に代わって頂く」
「ええ、それはお好きに。では聞いて下さい。先ずさっき言っていた賊ですが……」
胡坐を掻いて座り、三人にも続いて座るように促しその頭にある考えを語る。
ただ淡々と語るその口振りはまるで何でも無いように語っている。
ただし言っている事は現代では非人道的な行為であるが、今この場でそれを糾弾する者は一人としていない。
案内をされ、神坂を含む四人が焼け落ちた家屋の通りを歩いて行く。道々には商売道具であっただろう反物や装飾品、そして屋台と思われる骨組み、未だに在る民間人と兵の死体が散らばっている。神坂はその様子を一瞥し、直ぐに視線を戻して歩く。その顔には悲壮、憤怒といった感情は無く、ましてや無表情ですらない。
いつもの様に。
日常を過ごしている時の様な表情であった。
その神坂に臧覇と姜維は言い知れぬ不安を覚え始めた。先程はここの惨状を見ただけで壊れそうだった少年が、今ではコレだ。気持ちの変化があったにしてもその落差は少し所ではない。
何が、この少年を変えたのだろうか。
「臧覇さん」
「む、ん。なんだい」
「睡蓮さんもですけど、さっきからずっと俺を見てますよね、どうかしました?」
「何でもない。気にしないでくれ」
「そうですか。……で、捕らえた賊ってアレですか?」
指を指すその先には、先程兵に預けた賊の身柄。未だに跪かせた状態にさせ、回りは複数の兵が剣を持ち囲んでいる。様子を見た神坂は一度姜維、臧覇、張済の三人を見て視線だけ向け「良いですね?」と無言で尋ねる。張済はそのまま頷き姜維、臧覇の二人は若干の苦々しい顔をしつつも頷く。
確認した神坂はそのまま賊に近寄り、周りに居る兵にも剣を引いて下がるようお願いする。兵が下がるのを見て神坂はうん、と頷くとそのまま屈み賊達の目線に合わせる。
「単刀直入に訊くけどさ、仲間の事、言う気はない?」
「ケッ。どうせ喋っても殺されるってのに誰が喋るってんだ。殺すならさっさと殺しやがれ!」
単純に何でも喋るから命は、と乞うと思われたが予想していたより気骨があったと驚く張済。ただの賊風情が言う言葉にしては筋が通っている。事実そうする予定であった以上否定は出来ないが。
「うん、実際そうするつもりだし殺すのは簡単だけどさ、それじゃ賊の居場所調べるのも手間なんだよね。だからサクッと教えてくれない?」
しかし神坂は否定をせず、むしろ肯定してさらりと本音を言う。その歯に衣着せぬ言葉に驚きを隠せない賊は眼を見開く。
「もう言ってしまえば拷問って手もあるんだけどさ、それって実行する本人も肉体的にも精神的にも疲れるし、時間も掛かるかもしれないし、勘弁なんだよね。だからもう手っ取り早く一つの方法を取ることにしたよ」
「……何が言いてぇんだ」
「仲間の情報を提供してくれたら君達を解放する。更に詳しく教えてくれたら金子も渡す」
ズボンのポケットから布袋を取り出し、それを指で摘み賊達の顔の前で揺らす。揺らす際に硬貨が擦れる音が聞こえ賊達の顔が見る見るうちに喜色食み、顔を上げて神坂の顔を凝視する。
「お、おい本当かよ。嘘じゃないだろうな」
「金までくれんのかよ……こりゃいいぜ儲けモンだ」
「ただし条件がある。一番有益な情報を寄越した人に金子は渡す。でも一番有益でないと判断された人は……金子は上げない。そして仲間の居場所を案内するまで解放はしない。この条件、飲んでくれるよね?」
「それでどの道命は助かるんだよな?へへ、助かったぜ」
「じ、じゃあ俺から喋るぜ?先ず仲間だけどよ――――」
縛られた状態で喜々として喋り、それに競うように他の二人も喋りだす。それを聞いて神坂は理解を示す様に頷き、姜維達も同じ様に聞いているがその顔はあくまで蔑むそれ。我先に情報を吐き出す賊の姿に嫌気が差しながらも、情報は情報。後々に関わる大事な事なので聞き逃さない。
「……そっか。成程ね良く解った。それとここの住民だけど、皆殺しにしたの?」
「いえいえ女と子供は何人か連れ去って行きましたぜ。用途は様々ありますんでねぇ」
「ふーん。けどよくここを制圧出来たね。結構兵士が居たんじゃない?」
「いやいや、最初は梃子摺ったんですが驚いた事に、突然城門が開きましてね?後は雪崩れ込むだけでしたぜ」
「城門が開いた?」
これには神坂だけでなく臧覇、張済も驚いた。突如城門が開いたという事は城内、董卓軍の兵が閂を抜いて城門と解き放ったという事になる。しかし、それは……と臧覇は考える。
「で、簡単に制圧出来た訳だ」
「ええ、ええ。あれこそ正に天からの助けでしたぜへへっ」
「……ッ!」
自分の命が助かると知ると調子に乗り始め、次第に下卑た笑みを浮かべるその賊達に、姜維の槍を持つ手に力が込められていく。段々と力が込められ遂にはその足を踏み出そうとして……手前の臧覇に腕を掴まれる。
――――抑えるんだ姜維君。
賊達を向いたまま小声で喋られ、槍を持つ手がブルブルと震える。その動作ではなく眼だけ見れば、彼女が今どんな感情に支配されているかは容易に想像出来るだろう。それほどまでに姜維の目は見開かれ眼光は鋭さを帯びて行く。
しかし、それに賊達は気付くことなく遂に喋り終え、もう言い終わったと間を置く。
「それで知ってる事全部か。もう無いよね?」
「へぇ!もう知ってる事は言いやしたぜ。そ、それでその金子は誰に……?」
「ん?うんそうだね。じゃあ、そうだな。これは君にあげる」
正面を向いていた賊に金子を懐にねじ込み、肩をポンポンと叩く。金子を懐に入れられた賊は嬉しそうに顔をニヤつかせ、残りの二人は舌打ちをし本気で悔しがっていた。
「さて、じゃあ君は約束通り賊の仲間の所まで案内して貰うよ?」
「お、俺かよ。くそっ」
「んじゃ後の二人、もう行って良いから。お疲れ」
「え、お、おいこの縄はどうすんだ。解いてくれないのかよ」
「それは一応罰の一つってことで。南の城門出るまでその状態でね。城門出たあとは自力で縄切っても良いんで」
「そ、そうかよ。じゃあさっさとずらかせて貰うぜ。あばよ」
後ろ手を縛られたまま立ち上がり、それから二人の賊はこちらを振り返る事も無く走り去って行った。その様子を見届け、神坂は臧覇達に振り返ると溜め息を吐く。
「ということで直ぐに動きましょうか。日が暮れ始めてますし」
「……そうだな。丑の刻までには到着しておきたい。では月様に伝令を出し直ぐに動くぞ」
「はい」
踵を返して兵に出陣と伝令の指示を出し残った賊の一人を連れて行き、張済は南の城門へと歩いて行く。
姜維は神坂の下へと駆け寄り、隣に並ぶ。
「ごめんね睡蓮さん。腹が立ったでしょ?」
「……いえ。殺意が芽生えなかったか、と問われれば否定は出来ませんが、やはり私が手を下してはいけないと思いまして」
「うん。俺も途中で斬ってしまおうかと思ったけどね。俺は別に解放するって言っただけで、命の保証はするとも言ってないし……それにその役目は、別の人がやるべきだろうし」
「そう、ですね」
振り向き、賊が立ち去った方向へと向く。
姜維は渋い顔をしてその言葉を吐き捨てる。
「精々苦しんで死ねば良いんです。屑共め」
そして神坂と一緒にその場から立ち去る。
南の城門での怒声と罵声、悲鳴は彼らには届かない。
その後日、南の城門で殴殺とも刺殺とも区別が出来ない屍が二つ、片付けられた。直ぐ近くには空の布袋も砂まみれで発見されている。
傍には黄巾の布があったが、片付けた者はそれを踏みつけ屍はゴミの様に扱った。
後に民達は軍に対して礼を言った。
俺達に仇を討たせてくれて有り難う、と。
文中での丑の刻は今で言う2時ですね。
干支と時刻が2時間毎に比例している、とお考えして頂ければ。
ちなみに 子の刻は0時、
亥の刻は22時です。




