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14話 現実の随に

なんかペース決まって来てるよね。

それでも挫けず書き続けるさ。


荒くれ者の集まり。俺の第一印象はそれだった。

準備が整い新緑の臧の旗を掲げ、城門から騎兵六百が上邦に向けて出陣する。

出陣までの一連の行動の速さに俺は舌を巻く思いだったがそれはあくまで出陣までの話。

……兵とは言うが、それは身なり形だけである。

態度に雰囲気、言葉遣いは現代のチンピラのそれ。俺のイメージしていた粛々とした兵の感じとはかけ離れている。臧覇さん曰く、


「こいつらは元がごろつき、侠客、傭兵とかだからね。君がそう思うのも無理はない」


とのこと。そう言われれば納得出来るが、ならばこの人達は何故一番相容れない存在である兵士になったのか……なんて駆ける馬の揺れを身体で感じつつ思う。言って置くが、馬の速さは割と速い。それも前髪が後ろに流れ眼を薄く開けないといけない程に。というのも一刻も早く上邦に駆けつけないとそこに住む人達が危ないからだ。


「少し急ぐぞ。遅れるな」


その言葉を皮切りに更に馬の速さが増す。臧覇さんを先頭としてそのすぐ後ろに睡蓮さんと俺、と続き臧覇さんの兵士が後を追う。しかし張済さんは既に上邦に向けて出向いたらしいが、俺達が半時間ほど馬を走らせても一向にその影が見えない。


「しかし先程の張済さんという方の軍、見えませんね」


不審がって睡蓮さんが臧覇さんにその旨を伝える。騎兵だけでなく歩兵も連れて行ったはずなのに、流石にその姿が見えないのでは不安にも思うだろう。


「ふむ……二千の兵で出兵と命じられた彼が未だ見えず、ということは、だ」

「それよりも少ない兵で出た、もしくは騎兵のみで出陣したという事ですか?」

「後者もあるだろうが恐らく前者だ。彼の性格を考えると兵を纏め準備を整えて出陣するまでの時間、歩兵の速度に合わせての行軍速度による遅延。それを考慮して時間が足りないと踏んで、彼は騎兵を主に出向いたということになる。恐らく千五百の兵で出向いた……かもしれないな」

「しかし、それでは四千の賊に太刀打ちは」

「出来るさ。戦いは数で決まるというが正規兵ならいざ知らず、敵は民にしか相手に出来ない賊。私達は精強な異民族を相手にし訓練された兵。そして何より戦の決め手は指揮官と戦略だ。それは君なら理解出来るだろう?」

「それは……はい」

「ならば今回は君の実力を見せて貰うよ。詠が一目置くその知勇、私に見せてくれ」

「そ、そんな私そこまでは」


どうでも良い――――いや良くは無いけど、どうしてこの二人はこの速度で普通に喋っているんですかね。俺は喋ろうとしたら口の中が乾燥して舌を噛んでしまいそうなのに。


「ところでそこの神坂君は何も喋らないが、何か思う所でもあるのかい?」

「喋れないんですよっ! これ空気抵抗で口の中乾燥してああもう喋れ無いくらい渇くんですよってか砂が口の中に!?」

「落ち着きたまえ。そんな声を張り上げると戦の前にバテるぞ」

「分かってますけど!てかなんでそんな普通に喋れるんですか!」


それは慣れだよ、という臧覇さんの言葉を嘘だと全力否定すると、ふと視界に騎馬に跨る一団が映る。鎧を身に付け、張の旗を掲げる一団だが張遼さんの紺碧とは違う旗色、あの色は確か潤朱色。潤朱の張旗だ。


「臧覇さん!」

「ああ。ようやく追い付いた様だ」


兵士が纏う鎧が臧覇さんの兵と一緒ということもあり、恐らく先に出た張済と言う人の旗だろう。臧覇さんが集団の後ろを走っていた兵士に声を掛け、何か話すとその兵士は列から出て先頭の方へと駆けて行く。臧覇さんはそれを見るとその兵士の後を追い、目の前を走る張済さんの部隊の横に並ぶ形となり、その先頭に行く。


「臧覇殿! まさか貴殿が来るとは」

「張済、兵の数が月様の言っていた兵より些か少ない様だが、少し逸った様だな」


先頭には甲冑を付けた男性。片手で槍を持ち、もう片方の手で手綱を握るその姿は歴戦の士を彷彿とさせるが、その風貌は良く言えば穏やか。まだ二十代後半とも思えるその顔立ちで優男の様な印象を受ける。


「我らが姫には後で甘んじて誹りを受けますとも。しかし今はこの数の兵だけでも先に行くべきです。この数ならば不覚を取る事はそうないでしょうし、それにこのままでは手遅れに」

「まぁ確かにね。しかし輜重隊はどうした。まさかこのまま行く訳にも行かないだろう」

「それならば宋憲に一任しております故、ご心配無く」

「そうか、なら良い」


臧覇さんとの話しを聞く限り、この張済さんは清廉で正義感が強い人かもしれない。先刻の玉座では率先して賊討伐に志願したことから見て、納得は出来る。


「して臧覇殿。そちらの二人は」

「ああ、姜維君と神坂君だ。詠に言ってしばらく二人とも私が面倒を見る事となった。見込みはあるぞ」

「む……姜維殿は兎も角、そこの神坂殿は……いや止しましょう。臧覇殿が決めた事に口を出すのは野暮ですね」

「うむそれでいい。君のそういう所は美点の一つだ。趨氏も善い旦那を持った」

「何を仰っていますか……む?臧覇殿あれを」

「ん?あれは……煙。まさか!」


張済さんが指さす方向を見ると、そこには煙。炊煙ではなく黒煙。それもまばらに黒煙が上がっており、臧覇さんも張済さん、一同に緊張が走る。その方向は俺達が向かう目的地と同一線上。

まさか、と思う。上邦には兵士がいる。指揮系統が働いてないとはいえ、そこに居る兵士も簡単にはやられないと思っていた。だが今黒煙が上がっているのが見えた事で、最悪の展開が皆の頭を過ぎる。



今、賊が上邦で狼藉を働いている。



手遅れだった。

兵が、民が賊の手に掛かっている。

そんな展開が頭の中がぐるぐると予想して周り、思考が落ち着かない。

後ろに居る兵士にも緊張が伝わり、動揺するのが解る。


「総員駆けろ!私の後に遅れず付いて来い!」


臧覇さんのその声で我に返り、皆がその背中を追う。臧覇さんと張済さんは先程よりも速く駆け、睡蓮さんも遅れてその後を追う。俺はその速さに付いて行けず、兵士の中に混じり付いて行くのに精一杯だ。

けど、俺達の賊の襲撃の時とは違う。あの煙の上がり方は恐らく……





「……なんてことだ」


上邦に着いた時、臧覇さんの開口一番がその言葉だった。

城郭が壊され、城門まで開けられたその先には明らかに略奪の憂き目に遭った光景だ。建物が崩れ、焼け、焦げる臭いが辺りに充満していた。勿論それは物に限った話ではない。


人が、死んでいた。


董卓軍の兵士、ここに居た人たち。そして黄巾を頭に巻いた人等。城門の外から中にかけて死体が横たわっている。それもただの死体ではない。

黄巾の人は普通に死んでいる。それはここに居た兵に斬られ、矢に撃たれたのが容易に想像出来た。


「くそ……くそっ!」


でも、他は違う。


身体に矢を幾つも受けながらも、剣を握ったまま果てた兵士。

体を滅茶苦茶に斬りつけられた大人。

子供を抱きかかえながらも剣で子供ごと貫かれた親子。

衣服を剥かれ、股から血を流し首を切られた女性。


……数えれば、キリが無い。


「――――…ッ」


ギリリと歯軋りをする音が聞こえる。

睡蓮さんだ。

手に持つ三尖槍に力が入り目の前の惨状を仇の様な眼で見ていて、しかしそれでいて泣きそうな表情をしていた。張済さんも臧覇さんも、この惨状に唇を噛む。張済さんはその唇から血が流れているが、気にも留めず……涙を流していた。

悔しそうに。情けなさそうに。謝る様に。茫然とした様にその光景を涙して見ていた。


……俺も、冷静ではいられなかった。

何故ここまで出来る。ここの人達が何をした、何を思ってここまでした。

王朝への不満があるなら、何故こんな関係もない場所にぶつけるのか。

人の尊厳を踏み躙り生をも冒涜する行為を何故、こうも平然とやってのけるのか。

何を考えてここまで容赦なく人を殺せるのか。人を虫けらの様に何故殺せる。


分からない。

理解が出来ない。



誰か……教えてくれ。この不条理に満ちた光景を、誰か……説明してくれ。



「まだだ。まだ生きている者が居るかもしれない。捜せ!一人でも助けろ!急げ!」


張済さんの声で皆が我に帰り、跳ねる様にして城内へと入る。臧覇さんは部下に指示を飛ばし、馬から降り兵の一部を残して城内へ行かせると睡蓮さんと俺に駆け寄る。


「君たちは私と一緒に来るんだ。まだ賊がいるかもしれないから十分注意して捜す。いいね」

「……分かり、ました」

「神坂君も良いね?」


その問いに答える事が出来ない。煙と血臭が鼻を掠め、頭も身体ごとグラグラ揺れ、答えようとしても喉がピッタリと張り付いて言葉が発せない様な感覚に陥る。この感覚は前にも遭ったが、これ、は……


「神坂君」

「……だ、い丈夫、です。大丈夫、大丈夫」


それでもなんとか言葉を絞り出すが、ハッキリ言って情けない限りである。睡蓮さんは感情を御して内に収めているのに、俺はそれを隠す事も出来ず言葉を発すのがやっとだ。


「……君はここに残るんだ。私と来るのは姜維君、それと侯成、お前が来い」

「へい」

「待って下さい。俺なら行けます、このまま俺が――――」

「黙れ足手纏いだ。魏続、ここを頼んだ」

「はっ!」


俺の言葉を一蹴し、冷たく突き放すと一瞥もくれずそのまま城内へと入って行く。侯成という人もその後に続き、睡蓮さんも最初は迷っていたがそのまま臧覇さんに付いて行く。


……残された俺は、悔しくて歯を食いしばり泣きそうになるのを耐えた。


俺は実際に人を殺し、屍を積んだのに。

血塗れになっても戦ったのに。

この世界では目の前の惨状がありふれていると理解していたのに。

それでもう後戻りは出来ないと、覚悟は決めた、はずなのに。


なんだ。このザマは。

なんだ。この体たらくは。

どれだけ情けないんだ俺は。


「……っく、そ」


そして駄目だった。いよいよ耐えられず俺の眼に涙が貯まり、ついぞ頬を伝おうとする。

あの時、ふと天水城での臧覇さんの言葉を思い出す。


『君の迷いで周りの者を巻き込み、死ぬ事になる』


こういう事だったんだ。まだ城内に賊が居るかもしれないのに、ここで俺がそのまま城内に入って賊に出くわして、今の状態でマトモに動けるのか?戦えるのか?

……動ける訳が無い。戦える訳が無い。

確かに足手纏いにしかならない。迷惑もいい所だろう。

だから連れて行かなかったのだ。こんな俺を。


魏続と呼ばれた男の人は俺を見る事も無く辺りを警戒し、残った兵士は複数人でペアを組み散開する。

そこで俺は一人城門の前で佇む状態となっているのに気付き、強く眼を瞑り振り払うように顔を振り正面を見据える。すると俺の肩を叩く人が居た。

魏続さんだ。


「なんだ。泣かねぇのか」

「泣きませんよ。悔しくても情けなくても、俺は絶対に泣きません」

「カッ。可愛気がねぇな」

「男に可愛気なんて要らないでしょう」


違ぇねぇ。とだけ言い戟を肩に担ぎ、辺りをぐるりと見回す。他の臧覇さんの部下はここから離れ更に遠くへ駆けて行っている。恐らくここに居ない賊を捜す為だろう。

……今の俺に出来る事は何だろうか。臧覇さんは俺にここに残れと言った。ここから動くなという意味も含まれている以上、俺に出来ることは限られている。


ならば、今の俺に出来る事と言えば。それは……





「神坂君は余程、良い所に住んでいたんだろうね」


その手に青嵐と呼ばれた双剣を持ち、城内に生存者や賊が居ないかをくまなく捜すのは臧覇、姜維に侯成。通りを注意深く歩いていると、ふと臧覇がその言葉を漏らす。突然の発言に二人は思わず何故、と聞き返す。


「先程の反応を見れば解るさ。あれは……そうだな、戦が無い平和な地で住んでいた者の反応だ。賊の砦に乗り込み百人近く殺す程の胆力を持ち合わせていたから、耐性はあると思ったんだが……どうやらそうではないらしい。でも、それが少し、羨ましくもある」


そこで姜維はふと思い出す。先日賈駆から言われた言葉を。

彼はこの世界の人間ではない、と言っていた。

今からずっと未来の世界。遥か東方の島国から来たと言っていた。

そこではきっと、平和な世界だったのだろうか。

そうして思い出す。さっきの彼の表情を。


見たくは無かった。好意を寄せる彼が、あんな悲壮な表情をするなんて。


「……そう、かもしれませんね」

「で。姐さんは坊主をどうするんで?」

「どうもしないさ。私には彼をどうこうする権利などないし、彼自身の事は彼自身で解決するべきだ」

「うへ。相変わらず優しい様で厳しいっすね」

「言ってくれるな、これが私の性分だ。……それに」


突然歩く足を止め、剣を抜き焼き崩れた建物に向く。その険難な様子に姜維と侯成も武器を持つ手に力を込める。


「今の私に出来る事は、そこの逃げ遅れた溝鼠から情報を得る事だ」


その言葉を発した瞬間、焼け崩れた建物がガタリと音を立てたのを三人は聞き逃さなかった。


今MHFの運営保障が熱い。もう終わるけどさ!

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