13話 出陣準備、約束の履行
続きを投下。
ちょっと遅めになってすみません。
玉座では董卓さんが座りその隣に賈駆さんが立つ。
そして下座には文官と武官が左右に分かれて並び、俺と睡蓮さんは武官側である臧覇さんの後ろに立っている。先程絡んで来た李儒さんとその取り巻きと思われる人も居る。臧覇さんのすぐ近くには張遼さんが居たので少し気まずかったが、張遼さんはこちらに気にすることなく整然としていたので俺もそのまま控えておく。
「揃ったようね。皆も既に聞いたと思うけど、上邦で武装した黄巾の集団を確認したわ。身なりと行動様式から賊と判断。その数は……およそ四千」
賈駆さんがその内容を述べると周りがざわめく。四千とは今までにない規模だと漏らす人、早く駆逐すべきだと言う人と意見が飛び交う。
「恐らくは賊の討伐で散り散りになったのがそこで集結した、というのがボクの見解ね」
「ならば賈駆様、幾ら今までにない規模とはいえ直ぐにでも出兵すべきです。こちらから上邦に伝令を飛ばし、連携を取るべきと進言します」
文官の一人が一歩出、賈駆さんに言うが言われた賈駆さんは苦虫を噛み潰した様な顔を見せる。
「連携は無理よ」
「はっ?」
「上邦の役人は既に逃げたわ」
「な……」
その言葉に尋ねた文官と一同は言葉を失う。
上邦にいる役人が逃げた。
その事実に再びざわめきが玉座を支配する。
「賊を見付けた斥候がここに戻ってくると同時に、上邦に飛ばしていた斥候も戻って来たのよ。その斥候が言うには貴人らしき人間が財貨を馬に乗せ逃げる様を確認したと。その姿と出で立ちから上邦を統治する役人と推測したわ」
「詠、確か上邦の人間は」
「朝廷から派遣された者よ」
それを聞いて臧覇さんはやれやれと首を振り玉座の騒がしさが増す。朝廷から派遣された者が賊の確認をするや否や尻尾を巻いて逃げだし、民を見捨てた。これが何を示すのかなんて説明するまでもなく、皆がその事実を重く受け止めている。
そして俺は思う。これはもう、黄巾の乱が始まりつつあるというのを。
「ならば尚更のこと。董卓様、私めに出陣の許可を。一刻も早く駆けつけねば」
「はい。上邦にも兵はいますが指揮系統がまともに機能していない今、兵と民も心配です。張済さん、今すぐ二千の兵を率いて先行し出陣を」
「御意!」
董卓さんが指示を飛ばすと張済と呼ばれた人は包拳をし、素早く玉座から出て行った。
「ならば月様、私も出陣の許可を頂きたい」
「薺さん?」
「私は今日晴れて張遼将軍と肩を並べる立場となりました。その御恩に報いる手始めとして私にも出陣の許可を」
「ちょい待ちぃ」
臧覇さんの言葉に張遼さんが口を挟み、そして睨む。
「アンタがウチの副官から昇格したて?ウチはそんな話聞いてへんで。どゆことや」
「私もつい先程詠に言われたからな。それと部下には姜維君と神坂君の二人を付けて貰った」
「なっ」
驚いた張遼さんを余所に、臧覇さんは董卓さんの前に出て跪き、礼をする。
「月様、どうか私に出陣の許可を」
「……分かりました。では臧覇"将軍"、貴女が必要とする兵を連れ張済さんの援護を」
「御意に。では行こうか姜維君、神坂君」
包拳礼を取り臧覇さんが俺達を促すと玉座から立ち去って行く。俺と睡蓮さんもそれに付いて行き、賈駆さんが各々に命令を飛ばすのを背中に受けつつ臧覇さんに追従していく。
「君たちは直ぐに部屋に戻り準備してくると良い。私の独断で悪いが、今から出陣だ」
出陣、これが何を意味するかなんて分かっている。今から上邦という地域まで賊を討伐しに行き人を殺す。
……また人を殺すんだ。
そう噛み締めていると前から視線を感じた。
臧覇さんだ。
俺を気遣うという訳では無く、何でもない様に普通に尋ねて来る。
「気が進まないようだね、神坂君」
「それは……はい。既に何人も殺しておいて言える台詞じゃありませんけど、やっぱり人を殺しに行くのに気は進みません」
「……ふむ」
顎に指を添え思案する素振りを見せ、数秒してから俺を再び見る。
「では姜維君、君は先に部屋に戻り支度をして来るんだ。勿論大至急で」
「は、はい。では直ぐに」
睡蓮さんが去る際にチラチラとこっちを見ていたが、次第にその姿は小さくなり曲がり角を曲がった所で見えなくなった。その途端俺の肩に手が乗せられ、振り返ると臧覇さんが軽く微笑を浮かべていた。
「さて。君は私と来たまえ」
「え、俺も準備が――――」
「君は元々武器も何も持ってないだろう。今から武器庫にも行く事だし、そこで調達するんだ」
言われて思い出す。俺に与えられた部屋には護身用の剣と盾が置いてあるが、それは謂わば一般兵が使う量産型のようなものであり、武器庫に行けば同じものがあるだろう。
「……そういえばそうでした」
「そんな君は私の部下が出陣までどんな準備をして、どんな段取りで動いているかを見ていろ。それが今の君が出来る事だ」
「そう、ですね」
うむ、と頷くと再び廊下を歩き出し再びその背中に付いて行く。
付いて行き、兵舎と思われる場所で俺が見たのは臧覇さんが兵士に指示を出している所。いや、あれは指示というより一言二言と声を掛ける程度の物だ。兵士に「戦だ、行くぞ」とか「出陣するぞ」とだけ声を掛けて回るだけ。しかし兵士の方は短く返事をすると臧覇さんの言葉だけで直ぐ様行動し、旗や馬の準備等を分担し準備を始める。
まるで慣れている様に、日常茶飯事の様に、日常の様に。
それを見ると臧覇さんは兵舎の中の壁に立て掛けていた二振りの剣を腰に付け、兵舎から出てその剣を抜く。その二対の剣は空の様に蒼く、刃には竜の彫刻が掘られた青龍刀。臧覇さんはそれを軽く振り、具合を確かめる。
「綺麗な剣ですね」
「自慢の愛剣だよ。これを造った鍛冶職人が『青嵐』とか名付けていたね」
舞うように、魅せるように剣を振るうその姿は演武をしている様で、思わず魅入ってしまう。
「でだ。どう思う?私の部下は」
「え……あっ、はい。皆動きが流れる様で、まるで毎日そういう動きをしていると錯覚しそうです」
「そうだね。皆慣れているのさ。こういった前準備だけじゃなく人と戦い、殺す事にも」
俺は思わず息を飲む。まるでなんでも無い様なその言い方につい戸惑ってしまう。
「それは私も同じだ。戦いで人を斬り、刺し、殺す。最早それに慣れてしまったといっても過言ではない」
「臧覇さん」
「君は先程言ったな、人を殺すのに気が進む訳が無いと」
「……はい」
「それは正しいよ」
思わず跳ね上げる様に臧覇さんを見てしまう。俺の先程の発言に対して叱り、否定してくるのではないかと思ったのに、肯定の言葉が出るとは思わなかった。
「それは当然の感情だろう。私も最初に人を殺めた時は精神が錯乱しそうだった。人を殺すのに抵抗があるのは当たり前なんだよ。もしも殺すのに抵抗が無い奴は獣か、外道か、或いは異常者か。……私はこの三つ全てに当て嵌まるだろうけどね」
そんな、と口を出しそうになるが、その前に臧覇さんは振っていた剣を止め、俺を正面から見つめ向く。
「でも私は尚も戦おう。蔑まれようと、相手が賊であろうと、正規の兵でも、誰が相手であっても戦う。月様への恩義の為に、私の信念が生きる限りに」
その瞳は燃える様で、芯が通り鋼の様な意志を感じた。
まるであの時の睡蓮さんの様な瞳。
決意の表れ。譲らない、譲ってたまるかといった強い意志を。
「しかし、私のそれを君に押しつける気は無い。君は君の道を歩み進むべきだ」
だが、と区切り、その手に持つ剣の切っ先が俺に向く。
「今から行く戦いの場で迷うと君が死ぬかもしれない。君が死ぬ事で動揺し、他の人も死ぬかもしれない。たとえば姜維君がそうだ。彼女は君が目の前で死んだら間違いなく動揺する。分かるかい? 君の迷いは自分だけではなく他の者も巻きこんで死ぬ危険があるということだ」
……反論出来ない、全く持って臧覇さんが正しくて。
今この世界では迷いを持つ者が戦いの中で真っ先に死ぬ。それは理解出来るし、正しいと思う。……でも俺は、納得出来るのか。許容出来るのか。賊とはいえ人を殺す事を良しとするのか。
あの時、賊の砦ではただ皆を守りたくて必死だった。身体が動くままに剣を振るい、槍で突き、殺した。我武者羅でそんなこと思う暇も無かった。
今落ち着いて考えるとどうだろう。
既にこの手で人を殺した俺だ。今更何を、とは思う。思うが……
俺は……もう前の世界の倫理観を棄てるべき、だろうか。
「それは、迷うだろうね。今は急いで結論を出さなくても良い。ただ、君がもし剣を持って戦う時は迷いを持たないでくれ。平時は多いに悩んでいいから、戦いの中では頼む」
真摯な眼で訴える臧覇さんは先程とは違う、どちらかというと心配に似た顔をしている。
「臧覇さ……」
言い掛けて、そこで気付いた。
俺は現代で色んな人と接し、話して来た。そこから所作や言動、表情に眉、瞳、口元の動きからその人がどう思っているかが大体分かる。学習してきたのだ。だから、分かる。
臧覇さんは、単純に俺を心配している。
心配に似た、じゃないんだ。
それが嬉しくて自分の顔が緩んでいく。
「……優しいですね、臧覇さん」
「なっ、何を言い出すんだ君は」
「臧覇さんは本当に俺の事を心配してくれてる。だから、ありがとう」
「〜〜〜っ」
忙しなく地面を蹴る臧覇さんのその様子は照れ隠しか、ソワソワと落ち着きが無く俺の顔を見ようとはしなかった。
「やはり君はいつか背中を刺される。断言出来る」
「だからなんでッ?」
「ええいうるさいこの童顔俺っ子」
「ちょ酷ッ!何気に気にしてる事言われたよ畜生!それを言うなら臧覇さんだって――――!」
「随分楽しそうやな」
「……ッ」
……いつの間に居たのだろう。
兵舎の物陰から現われたのは袴を履き、羽織を掛け腕を組み壁にもたれ掛かる関西弁の女性、張遼さん。
思わず声がした方を反射的に見てしまう。俺が単純に張遼さんに気付けなかっただけか、それとも物音を聞きとれなかったのか。或いは張遼さんが意図的に気配を隠していたのか。
一方の臧覇さんもギョッとしたのか驚いた様子で張遼さんの方を向く。
「気配消して盗み見とは趣味が悪いな霞。らしくないぞ、いつから居た?」
「たった今来たとこや。せやけどなんや楽しそうにしとったなぁ、何話してたん?」
「霞の酒癖がどうしたら改善されるかだね」
この状況でサラリと嘘を言えるアナタが素敵です、臧覇さん。
「うっさいわ阿呆。勝手にウチの部隊から抜けよってからに」
「それは私の自由だろう。それに許可を出したのは詠の方だしね」
「はん。そのお陰でウチは優秀な副官を失った訳やけどな。でも姜維の嬢に神坂まで取られるとは、ウチも思いもせんやったわ」
「姜維君はともかく、神坂君は私が貰っても構わないだろう?未熟なこの子は私が首輪を付けてしっかり面倒を見るさ」
「すみません、人間的扱いを切望します」
まだ紛らわしい犬猫の感覚で喋るかこの人。
「未熟なぁ。ま、"今は"そういう事にしといたるわ」
「……どうも」
肩を竦める張遼さんに俺は少し戸惑う。
態度がそんなにキツくない。
さっきの張遼さんとの戦いで俺はもう少し、邪険な反応をされると思っていたのに。
ていうか張遼さんの今の言い方、もしかして……
「で、霞。君はわざわざ気配まで消してここまで来るなんて、私に何か内密に伝えたい事でもあるのかい?」
「ああ、そのことやけどな。薺やなくてそこの神坂に詠からの伝言や」
「俺にですか?」
「そっくりそのまま言うで。"あの時の約束の一つを叶える。もう一つは叶える兆しあり"」
「――――…」
「なんだいそれは?」
「ウチも知らん。伝言を頼まれただけやしな」
張遼さんと臧覇さんの会話を横で聞きつつ、俺は頭を必死に働かせる。
約束の件。それは間違い無くあの時の事。
一方の約束は履行される。もう一方の約束は兆し……ということ。つまりは……。
そうか、そういうことなのか。
なら俺も不確かだが、賈駆さんに言っておくことがある。それを伝えなければ。
「張遼さん、なら俺からも賈駆さんに伝言をお願いしてもいいですか?」
「……あんなぁ。ウチは伝令でも伝言係ともちゃうんやで?」
「お願いします。これだけは伝えなきゃいけないことなんです」
真剣な顔で見つめること数秒。張遼さんは諦めた様に溜め息を一つ吐き、仕方ないを肩を竦めて「しゃーないな」と応じてくれた。
「で、何を伝えたいん?」
「ええ。俺もそっくりそのままお願いします、内容は――――」
風が吹き、その言葉が俺達の周囲には届かず掻き消される。
声を極力小さめに俺の口から事の葉を紡ぐ。おそらく俺達三人の周りには聞こえていないだろう。
……そう。
俺達を陰から見ている複数人には。聞こえていない。
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