12話 陰の人々、表の人
若干拠点っぽい感じですけど、拠点ではありません。
そして評価して下さった人に感謝を。
案内されるがまま付いて行き向かった先は城下の街。
警備兵らしき人が見廻りする中、行き交う人が賑わい商人が商売に精を出し市場は喧騒に支配されている。そこから更に先に進むと今度は人が住まう家があり、筵を編んでいる人から洗濯をしている人、駆け回る子供もいる。臧覇さんがその人中で立ち止り俺と睡蓮さんも止まる。教える事があると言っていたけど一体何を言うのだろう――――と思っていると、臧覇さんがこっちを見、そのまま付いて来いと目だけで言い更にそのまま付いて行く。
徐々に人気の無い所へと移動し、歩きに歩くと視界に映るモノが変化していった。
そして見えて来た。先程とはまるで違う世界が。
そこにはボロボロで建物の体裁はギリギリ保っている様な軒並み。
道行く先には地面に座り込み、俺達が通っても見向きもしない人。
土下座の状態で茶碗を置き、物乞いをする老人。
子供を抱えて蹲る母親。泣き声も出さない赤子。やせ細った大人。
その様子は活気がまるで無く、人が居るだけのゴーストタウンを彷彿とさせる空気を感じた。いや、これはそんなものより酷いだろう。
先程の市場と、普通に住まう人達とはまるで違う水準にいる人達。
それを見て俺はなんとも言えない感情を持ち始め、睡蓮さんは唇を噛みその光景を直視出来ないでいた。
「目を背けるな」
臧覇さんの声でハッとなるが、臧覇さんは俺達に一瞥もくれない。ずっとその人たちを見て視線を動かそうとしない。
「これが、あの活気の陰で住む人達だ。戦で家族を亡くし賊に家財を奪われ、役人の不正政策で生きていく術を奪われた。そういった人達の集まりだ。月様や詠、私達がいくら頑張ってもこんな人達は後を絶たず増えて行く。これが今の時代だ」
そこで俺達を真剣な眼差しで見、然とした態度で言う。
「君たちは忘れてはならない。私達が努力して救える人もいれば、その掌から零れ落ちて救えない人もいるということを。そして人々から税を取り、その税で私達が在るということを決して忘れてはならない」
臧覇さんはきっと、それが言いたかったのだろう。
今の自分達が在るのは民の血税のお陰。そして戦う相手は賊といった明確な敵だけではない。住む場所が無く、貧困に喘ぎ役人の不正で生きる力を、術を失った人。そういう"敵"とも戦わないといけないことを。
「……私が言いたいのはそれだけだ。では戻ろうか」
「え、そ、そんな臧覇さんっ」
踵を返しその場から背を向けて歩き出す。睡蓮さんは何もせずに立ち去ろうとする臧覇さんの行動に戸惑い、臧覇さんとここにいる人たちを交互に見てどうすべきか迷い、迷った末、人々に駆け寄ろうとして走りだす――――のを止める。
「……放して下さい。ひなたさん」
腕を掴まれ俺を見ずに言う睡蓮さんに構わず、そのまま言い放つ。
「行ってどうするの。今の睡蓮さんには何も出来ないよ」
「そんなことっ!」
「そこで土下座する老人の茶碗にお金でも入れる?壁にもたれて座り込む大人に服を掛けてあげる?それとも、そこで虚ろな目をする人に優しい言葉でも掛けるの?そんなことしたって何も変わらないよ」
「……ッ!」
俺の言葉に障ったのか、キッと睨んでくる。睡蓮さんにこんな顔で睨まれるのは初めてだが……俺は言うのを止めない。
「今ここで睡蓮さんが情けを掛けて、それで可哀想だから明日も来るの?明後日も、その次の日も恵んであげるの?……それじゃ意味が無い。根本的な解決になってもいない。恵んだ後は他の人と奪い合いだってするかもしれない」
臧覇さんは立ち止って俺達の様子を見ている。でも周りに居る人たちは俺達の会話が聞こえているはずなのに見向きもしない。
「睡蓮さんだけじゃない。俺も、臧覇さんも、張遼さんに賈駆さん、董卓さんだって今ここにいても何も出来ないんだ。それは睡蓮さんなら分かるでしょ」
「分かり、ます。分かりますけど!でもっ……!」
「一人に与えれば二人目に。二人目に与えれば三人に、そして大衆へと広がりキリが無くなる。ただ与えるだけじゃ意味が無いんだよ。今の段階では何も出来ない。俺達の立場上、董卓軍という立場の今、何もしちゃいけないんだよ」
「……ひなたさんは、なんとも思わないんですか。ここに居る人達を見て、何も思わないんですか。動きたいって、今駆けだして助けたい思わないんですか」
声を震わせ、俯きながらも問う。
俺はその問いに腕を掴む手に力が入り、とうとう冷静を欠いた。
「見縊るなよ。俺も人間だ、何も思わない訳が無い!俺だって今すぐ駆け寄りたい。服を掛けてやりたい。今日一日でも生きれる様な事をしてあげたい! ……でも駄目なんだ。臧覇さんが何で俺達をここに連れて来たと思うの?タダで連れて来たとでも思っているのか!」
俺の激昂に睡蓮さんは口を紡ぎ、今にも泣きだしそうな表情をしている。
「何か出来るならとっくに臧覇さんがやってる。董卓さんが、賈駆さんが命令してやってる!でもそれが出来ないからこの現状なんだよ! それを個人一人で解決出来るつもりとでも言うのか!」
冷静を欠いてただ叫ぶ。俺だって……助けたい。
でも駄目だ、それをしてしまうと他の人だってやらないといけない。根本的な解決に至らないんだ。
「それでも、どうしても駆け寄りたいって言うなら俺を殴り倒して行くといいよ。俺は抵抗しない。でも俺は倒れるつもりはないし、この手を放すつもりもないから、そのつもりでいなよ」
睡蓮さんは握る手と俺を交互に見、唇を噛み締め俯いたところで、
「……そんな、こと、出来る訳無いじゃないですか」
力無く腕をダラリと下げた。それを見て俺は腕を放す。
「分かってます。ひなたさんが言う事も、臧覇さんが何でここに連れて来たのかも分かっているんです。分かって、いますけど……」
そこまで言い俺は周りの視線に気付く。
俺達がこれだけ騒いだ所為か、ここに居る人たちの幾つかの視線がこちらに向いていた。
このまま居るのは流石に拙い。
「目立っちゃったな。臧覇さん、城に戻りましょう」
「……ああ。そうだね」
その場で立ちつくす睡蓮さんを今度は手を握り、引っ張る様に、でも優しく握りその場から去る。途中で睡蓮さんがすすり泣く様な声が聞こえたけど、俺は何も言わず黙って背中を擦りながら歩き続ける。
「しかし驚いたな。君がああ熱くなるとは思わなかった」
あれから城内へと戻り、睡蓮さんを部屋まで送っていこうかと思ったのだが、当の本人がそれを遠慮した。睡蓮さんは落ち着きを取り戻し今は三人で廊下を歩いている。
「俺も冷静でいようとは思ったんですけどね、ついカッと」
「……すみません」
「ああいや、俺も怒鳴ったりしてごめん」
頭を下げて謝ってくるが、今回の事は睡蓮さんが正しい面もあるし、俺が全て正しいという訳でもない。俺個人としては謝られたら逆に困る。
「しかし殴り倒して、というのは聞いてて面白かったな。誠意を見せるためとはいえ、そうまで言って姜維君を止めたかったのかい?」
「止めたかったです。他の人なら何をしようと自由ですけど、先がどうなるか分かっている以上、睡蓮さんを止めたかったです」
「ほう。何故だい?」
「睡蓮さんは大事な人ですから」
言った瞬間、睡蓮さんの顔全体が朱に染まり臧覇さんは嬉しそうに「なるほどなるほど」とか言っている。
「今の言葉を臆面もなく言えるとは。君も中々やるじゃないか」
「え?……そりゃ、睡蓮さんは家族同然ですし」
「ほう!」
「あのっ、ひなたさんのお気持ちは凄く嬉しいですけど、今はそれ以上言われると嬉しさの余り私どうにかなりそうで……ッ!」
「だってあの集落にいる人たちは皆大事ですし、睡蓮さんも家族同然ですから」
そこで臧覇さんが「ああ……」と落胆した様に呟き、睡蓮さんは口をパクパクした後に少し膨れた顔となった。
「ちょ、二人して一体どうしたんですか」
「知りませんっ」
「君は姜維君に断罪されるといい。むしろされろ」
「なんでッ?」
「いや君は何も悪くない。悪くはないが、うら若き乙女の事を考えるとやはり悪い。その容姿で、そんなこと言っているといつか背中を刺されるぞ」
「ええー……」
かなり理不尽で脅迫紛いな会話の中、視界に廊下の先から歩いてくる複数人の文官らしき人たちがいた。臧覇さんはそれに気付くとたちまち不愉快そうな顔となり、あからさまに警戒の色を醸し出していた。
というか、あの人たちは……。
「これはこれは臧覇殿。先程賈駆様から聞きましたぞ、張遼殿の副官から昇格なされたとか」
「そうだね。それでいい気分でいたのだが、少し気分が悪くなりつつあるよ」
「それはいけませんな。私のお抱えの典医でもそちらに寄越しましょうか?」
「謹んで遠慮させてもらうよ」
そうですか、とわざとらしさを感じる恭しさを見せ、俺と睡蓮さんを見ると目を細めて顎を吊りあげる。
「そこにいるのは姜維殿と神坂殿、でしたかな?いやはやお二人は先日襲撃があった集落の出身だと聞き及んでおりますが、一体如何様にして董卓様にとりいったのですかな?」
「……なんのことでしょうか」
「ほっ。どこの馬の骨とも分からぬ者を、何故董卓様は登用なされたのかと不思議でなりませんのでな」
馬鹿にした様な言葉と共に視線を睡蓮さんを頭から足まで見、その少し弛んだ頬が歪んだ様に嗤う。
その様子に睡蓮さんは表情こそ崩していないが、軽く身震いし、死角となっている後ろで俺の服を摘んでくる。かく言う俺も心の中で「うわぁ」とか思っていた。
「そしてそこの神坂殿。文官としても武官としても使えない貴殿を、何故登用されたのかが私には分かりませんな。全く、賈駆様もどういうおつもりなのか」
「この神坂君も、姜維君も今は私の部下だ。それ以上の言葉は遠慮して貰おうか」
「なんと。臧覇殿の? それはいけませんな、人材が不足しているとはいえその様な役に立たない田舎者達を傍に置くとは。良ければ私が腕の立つ者を臧覇殿に推挙して差し上げますが」
「それこそ遠慮する。私の部下は私が見定めるさ」
「少なくとも、そこの小僧よりは使えるとは思いますが?」
尚も食い下がるその文官に臧覇さんは本当に鬱陶しく思っているのか、あからさまに嫌な顔をしだした。
「しつこいね。私はこの神坂君は見込みがあると踏んで引き入れたのだよ。それ以上言うならば私を侮辱したと取りそれなりの対応は取らせて頂くよ」
それだけ言うと臧覇さんは目を細めて三人の文官を睨む。たったそれだけで饒舌に喋っていた男は笑みを固まらせ一歩下がってお辞儀をする。
「これは申し訳ありません。出過ぎた真似をしました」
「……私は気にしていないから、早く持ち場に戻るといい」
「そうですな。では失礼をば」
そそくさと臧覇さんの隣を通り抜け、取り巻きと思われる二人もそのあとに続く。
通り抜ける際、臧覇さんと喋っていた男は俺と姜維さんをジロリと見、わざとらしく鼻を鳴らして通り抜けて行った。俺はその後ろ姿をずっと見つめると、臧覇さんの深いため息が聞こえた。
「すまないね、アレは元々ここの土地の有力者で自分に酔った牛というか豚というかといっても差し支えない存在というか家畜みたいなだから気にしないでくれ」
「臧覇さん、なんか説明に乱れを感じるんですが」
「……いやすまない。見た目のせいか、あの厭らしい眼つきのせいか、アレと話すとどうも気が冷静でいられないんだ」
「私も見られた時、少しぞわっと来ました……」
わかるかね、と睡蓮さんと会話している臧覇さんだが、俺はどこか腑に落ちない感じがした。
「ちなみに臧覇さん、さっきの人なんていう名前なんですか?」
「李儒という名だ」
「やっぱりか畜生!」
そう叫びつつ膝を叩く俺を二人は不思議がっているが、俺の心は冷静じゃなかった。
ある意味テンプレだけど、若干頭悪そうだし下心見え見えだし、なんかいかにもな悪役キャラな感じだから知らない名前だと思っていたら李儒さんですよ。三国志であの董卓の悪政を担った張本人があんな三下もいい立ち位置にいるとは……。
「本当にどうしたんだ、大丈夫かい?」
「大丈夫です。至って平常です」
平静を装い至って真面目な顔そして答えるが、返って逆効果だったようで臧覇さんは戸惑っている。
「そ、そうかい。とてもそうは見えないんだが……君がそう言うならいい。さて、じゃあ心機一転して今から――――」
と言いかけ、近くで走ってくる音が聞こえる。その走る音は徐々にこちらに近付き、そして俺達が音の基を視認すると、兵士が俺達へとたどり着き、片膝をついて俺達へと報告してきた。
「報告!上邦付近にて黄巾を巻いた集団を確認とのこと、至急玉座までお越しください!」
それを聞くと臧覇さんは今度こそ深いため息を吐き、げんなりした様子で俺達を見る。
「ままならないね、どうも」
「人生とは元々ままならないモノですよ、臧覇さん」
それもそうだ、と臧覇さんは呟き早足で歩きだす。
俺と睡蓮さんもその後ろへと付いて行く。
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