11話 雌伏の時
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もちっとペース上げれればなぁ。
孫子曰 兵者 國之大事 死生之地 存亡之道 不可不察也。
かつて孫子が残した言葉。戦争とは国家の重大事であり国民国家の生死、存亡に深く関わる行動。それを心得え計画を立てるべきだと説いた。平たく言えば、計画的に動けというのが主である。
俺が以前読んだ本、兵法書に書いてあり、それを基に行動してきた。
理に通っていると思った。その通りだとも思ったから。
突発的に行動を起こしても上手く行く事などほとんどないのを理解もしていた。だから俺は常に考え、計画を立てて行動するようにしてきた。かつては失敗しない様に……認めて欲しいが、為に。
だから、今賈駆さんに睨まれているのも仕方が無いのだ。
買い被っていた、といった顔をされても仕方が無いのだ。
「……今の結果を見る限り、アンタは文官見習いからよ。これで武の実力が無かったらそうして貰うわ」
それだけ言うと座っていた席を立ち、他の文官と一緒に部屋から出て行った。
俺も席を立ちそれに付いて行く。
ついさっきまで俺が賈駆さんによって行われていたのは質問。
勿論ただの質問ではなく、兵法や政治などの質問であり、それによって俺の処遇を決めるつもりだったのだろう。賈駆さんは俺を買っていたせいか、解るだろうといった顔で質問をしてきた。
例えば呉子について。
六韜について。
孫子について。
春秋といったものについても。
――――だが俺は、聞かれた内容の一割程度しか答えてない。しかもその一割の内容もあやふやで自信の無い様子で答えた。
そして進行していくにつれて賈駆さんの表情が険しいモノとなり、先程の言葉を俺に言い渡し部屋から出て行ったのだ。
そして今、俺は練兵場に立ち剣を握っている。少し離れた場所に賈駆さんと文官と武官多数、睡蓮さんの姿も見える。それは俺の力を測る為であり、俺の十歩先には一人の女性が居た。
その相対する女性は――――なんと張遼さんだった。
……なんでこの人、わざわざ俺の相手なんかするんだろ。
「いやぁ楽しみにしてたんやで?一人で賊を百人近く撫で斬りにした神坂と戦えるのを」
ただのバトルジャンキーの思考故だった。
「賈駆さんとか何も言わなかったんですか?」
「言うとったけどウチも譲らんでな、そのまま押し切ったわ」
「ぉおう」
なんと無茶をするのだろうかこの人、そんなに俺と戦いたいのか。
……ただ、それなら尚更申し訳ない。
「ほな、お喋りもここまでにしてさっさとコレで語ろか」
「うす」
途端に張遼さんの雰囲気が変わり、雰囲気も尖った杭のような鋭さを帯びて行く。このまま居ると持っている偃月刀に身体が貫かれそうな程の威圧感を感じる。
俺もそれに対抗するため、持っている剣を正面に構える。
そして周りで見ている人達も、俺達の対峙を眺めずっと見ている。
「行くでっ!」
言葉と共に駆け、一瞬で俺の間合いまで入って来た。張遼さんは偃月刀を下段から突き上げて来、俺はそれを防ごうとして――――剣を弾き飛ばされた。
俺はそのまま偃月刀を突き付けられ、降参のポーズを取る。
数秒の間、練兵場に言い様のない沈黙が包んだ。
「…………んん?」
あまりにもあっさり決着が付いたせいか、張遼さんが呆気に取られている。俺達の周りで見ていた文官、武官の人達を除いて賈駆さん、睡蓮さんも呆気に取られていた。
「ス、スマンいきなり過ぎやったな。もっかいや」
戸惑いながらも弾き飛ばした剣を拾い、投げてくる。そして元の位置に戻り再び構え始め、仕切り直しだと言わんばかりに視線を投げかけてきた。そして再び向かってくる――――が、また剣を弾き飛ばされ先程と同じ結果となる。
「もう一度や」
それから二度、三度と同じ事を繰り返す。
「もう一回っ」
四度目も同じ結果になる。そして五度目も同じ結果となり、張遼さんが肩を震わせて俺を睨んできた。
「……神坂、アンタはウチを舐めとるんかいな」
声も震わせたその問いに、俺は答える事が出来ない。
「やめやッ!面白くもない。興醒めもいいとこや!」
とうとう俺に対しての怒りが耐えられなくなり怒りに震えながらその場から背を向けて歩いて行く。俺はその姿を見る事しか出来ず、剣を地面に突き刺して地面に座り込む。周りにいた文官、武官の人も興味を無くしたのかその場から去っていった。中には文官と武官が数人、鼻で笑い侮蔑に似た視線を送っていた人もいる。
そして俺から少し離れた周りに残った人は賈駆さん、睡蓮さんと……何故か臧覇さんがいた。賈駆さんは顔を顰め、睡蓮さんは戸惑い、臧覇さんは怪訝な顔で。
座り込む俺に三人が近付き、賈駆さんの声が上から聞こえて来た。
「アンタ一体どういうつもりなの。さっきもそうだけど、まさか今のが実力って訳じゃないでしょ?」
「いや張遼さん実際速かったよ。厳しいけど対応は出来なくも無いけど」
「じゃあ何でよ。ボクはアンタがそれなりにやれる奴だって思ってるのに、どうして実力を出さないのよ」
当然と言えば当然の疑問だが、賈駆さんなら気付いてくれると思ったんだけど……仕方ない。今一度改めておこうか。俺達の他に人がいないことを確認し、手招きをして近くで喋れる距離まで詰めさせる。
「んー……理由としては俺、基本的に面倒なのは好きじゃないんですよね」
「はぁ?」
「俺の世界にこういう言葉があるんですよね。"能ある鷹は爪を隠す"、"深い川は静かに流れる"って」
その言葉で賈駆さんがハッとし、目を細める。この時代に無い言葉でも言葉の意味を汲み取り、どういう意味か理解出来る辺りは、流石は三国志で名を馳せた軍師だ。睡蓮さんも俺の言った事は理解出来ている様だけど、何故かその表情は晴れない。ただ、一方の臧覇さんは何の事かは理解出来ていない。
「……そう、そういうことね。なら納得できるわ」
「詠、一人で納得してないで私にも解る様に説明してくれないか」
「姜維、貴女は今のでコイツの真意、解ったでしょう?」
「はい。けど、納得は出来ないです」
「ほら、残念ながら一人じゃないわよ薺」
「詠、そういうのを揚げ足を取る、というのだよ」
臧覇さん、なずなって真名なんだ。花言葉は確か『あなたに全てを捧げます』――――って
「なんか全然そんな感じじゃない」
「ん?なんだい?」
「いえなにも」
「じゃあ姜維、薺……この臧覇に何で神坂が実力を出さないのか、説明してあげなさい」
「は、はい。では僭越ながら」
コホンと咳払いを一つして俺達を見回しっていやいや、そんな『いいですよね?』って顔しなくても良いんだってば。
「ひなたさんは董卓様の所に仕える訳ではなく、事実上客将と言う立場を望まれています。というのもひなたさんには目的があります。それは私もですけど、臧覇さんは聞いておられますか?」
「いや、まだ聞いてないね」
「ひなたさんと私の目的、それは集落にいる人達の安全確保と今回の襲撃に関わったここの人達を突き止め、捕まえる事です」
「ん、それは昨日詠から少し聞いたね。顛末を聞いた時は反吐が出る思いだったけど」
「そこでひなたさんは今日、能力を自粛しました。賈駆さんが文官としての能力を見る際、そして今張遼さんが武官としての力を測る際に共通する事はなんでしょうか」
「共通……共通か。試験の際には顔見知りが居る、ということかい?」
「逆です。答えは"試験の際に知らない人が居る"ですよ」
ああ、と臧覇さんは呟く。
「私のことはもうここの人達に知られていますので隠しても無意味です。ですがひなたさんは違います。先日のひなたさんの活躍は他の方の耳に入っているでしょうけど、今ここでひなたさんが能力を隠し、敢えて有能でないことを示す事で周りの人達は思うでしょう。先日の話は大袈裟に誇張された嘘だったと」
「いや俺も実際有能ではないけどさ」
どの口が言ってんだか、と賈駆さんがやれやれという感じで言う。何をそんな過大評価するのか。
「そしてその事は今日居た知らない人から話は広がり黒幕にも話は及び、ひなたさんへの警戒心が薄れる結果に繋がります。もし有能である事が周りに認識されてしまうとひなたさんへの警戒心が高まり、賈駆さんも客将とはいえひなたさんをそれなりの待遇で迎えなければなりません」
「有体に言えば油断を誘う為ですね。賈駆さんの時に居た文官も俺は知らないし信用も出来ないし。それに待遇が良すぎると一定の動きが制限されますし、何より自由に動ける時間も極端に減るでしょうしね。それともう一つ付け加えるなら、今日俺の試験を見ていた人の中に黒幕がいるかもしれない、ってのはありますね」
そこで三人が驚いた様に俺を見てくる。
「ま、あくまでも推測ですけど。でも少なくとも文官に一人、武官に一人関係者がいると考えてもいいでしょうね」
「どうしてそれが解るのよ」
「簡単に言えば見方と視線の送り方ですね。今日俺を見ていた文官と武官は俺を単純な好奇心で見ていた人、単純に実力を見たいが為に居た人、値踏みするように見ていた人の三種類でした。その中であからさまに俺を値踏みする様に……いや違うね。一挙一動をねちっこく観察した人がそうだと思ってます。しかも最後はご丁寧に鼻で笑って馬鹿にしたような視線も送ってきましたし」
「よ、よく見てますねひなたさん」
「そういう人が居るとは思ってたしね。まぁそれだけじゃ確定も出来ないけど、的を絞ることは出来るでしょ」
これで納得してくれました?と臧覇さんに聞けば呆れた様に肩を竦める。
「君は中々のキレ者だね。私にもその知恵と対応力を少し分けて欲しいよ」
「何を言ってるんですか」
「ですが私は理解出来ても納得はできません。ひなたさんはずっとずっと有能なのに、わざわざそうでないフリをしないといけないなんて……」
「これは仕方ないよ。元々油断させる為だし、てか有能じゃないって」
「君はどうも思わないのかい? その黒幕だけでなく他の人からも蔑まれ、侮られるかもしれないんだぞ」
「別に構いませんよ。もとより俺は他人の評価なんて気にしませんし、目的を達する為ならそんなの耐えるにも値しない」
ほう、と感嘆した様に声を漏らす。睡蓮さんは羨望に似た眼差しを送ってくる。というかその眼に熱が籠っているのは気のせいでしょうか。
「……で、そんなキレ者のアンタをボクはどうしたらいいのかしら?」
「出来れば賈駆さんが信用出来る、張遼さんとかの下に就けてくれると有難いんですけど……でもさっきのせいで張遼さんは無理そうだし」
まさか張遼さん直々に俺の相手をしてくるとは思わず、唯一の誤算だ。
「霞の性格上戦いの中で手加減され、おいそれと勝たされるのは屈辱だったろうね。でも霞には後で私から話しておくさ」
「そうして貰えると有難いです。でも話す時は二人きりとかでお願いします」
「分かっている。さて詠、ならば私にこの子と姜維を預けさせてもらえないか?」
「薺に?」
「私もそろそろ霞の御守をお役御免といきたいしね。自分の部隊を持つに当たって下に有能な者が居てくれると有難いが」
その言葉に腕を組んで思案し、どうするか悩み仕方ないといった感じで諦めた様だ。
「そうね。なら薺、本日を以てアンタは霞、張遼将軍の副官から昇格とし部隊を持つ事を許すわ……って、既にアンタは個人の部隊を持ってるけどね。あとその部下に神坂と姜維を就ける」
「おや、本当にこの姜維君まで預けてくれるのか。随分気前が良いな」
「姜維はどの道部隊の動かし方について慣れて貰うつもりだったし、丁度いいわ。同じ文武官である薺の下で神坂と一緒に下積みをして貰う」
「いいだろう。二人とも私が責任もって育てる」
……会話だけ聞くと犬猫の世話みたいだ。
「私達、なんか飼い犬みたいですね」
「そこは思っても黙っておこうよ……」
「さて、ではお二人さんに色々教える事があるから付いておいで」
「教える事……?」
「付いてくれば分かるさ」
踵を返し付いて来いという声と共に睡蓮さんとその背中を追う。
その背中を追う途中声が聞こえ、後ろから呼び止められる。
「神坂、さっきの文官としての試験だけど」
「なに?」
「"謀の道は周密を宝とす"。この言葉の意味は?」
この問いは、先程俺が答えなかった問いだ。これは確か六韜の言葉だけど……説明するのが面倒だからこれだけ言っておこう。
「それ、今の俺の状態だから」
それだけ言って再び臧覇さんと姜維さんの背中を追う。
後ろにいた賈駆さんの顔を見ず声も聞くこともなく。
けど僅かだが聞こえた賈駆さんの言葉。俺としては不本意な言葉。
「何よ。やっぱり優秀じゃない」
否定も肯定もせずに、俺はその場から去る。
六韜の言葉で"謀の道は周密を宝とす"と書いたので解説。
――――謀を巡らすにはあくまで周到かつ秘密であるべきだ。やはり謀略というのは戦争に必要だとは言えど市民感情として良い印象があるわけがない。又謀略が外に漏れてしまっては謀略の意味を為さず。故謀略を行うときは決して外部に漏れないよう慎重な配慮をすべきである。
あと今更ですが真名照会を。
姜維――睡蓮
臧覇――薺




