10話 老人の名、旅立ちと士官
続きを投下。
ご覧あれィ!
集落に戻った俺は真っ先に宋老人を探し始める。
張遼さんの部隊は賈駆さんがまだこの集落に居るよう命令を出したらしく、しばらくはこの集落に駐屯するそうだ。俺達が天水城に行っている間にテントのような物も運ばれており集落の外に建てられている。
そして張遼さんの副官、臧覇さんが集落周辺に斥候を放ち引き続き賊への警戒を怠ってはいない。
その臧覇さんだが、特徴は薄緑の髪でスラッとした体形で、ダンスの時に着るスリットの様な服も相俟って割とモデルに近いかもしれない。少し会話も交わしてみたけど、性格的には面倒見の良い姉系といった所か。
てか臧覇って武将はこの時にまだ……もういいか、今更だ。
ともかく宋老人を捜すと――――いた。
焼け落ちた家の側で斧を持ち薪を割っていた。それを見てると老いているとはまるで思えない力だ。
背中に近付くと振り上げた斧をピタリと止め、薪割りを止める。
「帰ったか」
「いやいやいや後ろに目でもあるんすか」
「そんな訳なかろう。斧の反射で見えただけじゃ」
「んな馬鹿な」
などとやり取りをし、宋老人は持っていた斧を置き胡坐をかいて地に座る。俺はそれに代わる様に斧を持ち、傍に置いてあった薪を二つに重ね同時に割り始める。
「……やはりおかしいわい。なんで二つ重ねて倒れんのじゃ」
「溝に沿って置いてますからね。極力力の均等性を計算して保って置いて、んでちょっと力込めて割る」
「簡単に言うわい」
カッカと笑い飛ばし俺もそれに釣られて笑う。
「……で」
「ん?」
「おぬし、儂に何か言いたい事があるのではないのか?」
言われた瞬間驚いて宋老人の顔を見る。その顔はニヤついているが、その実つまらなさそうでもあった。
「なぜ、そう思うのですか」
「解らいでか。長年生きてて小童一人の考えてる事も解らんでどうする」
その言葉で頭を掻きどうしようかと思案する。
いずれ言う事だが、今ここで言ってしまおうか。それとも落ち着いた夜で話すか。
……取り敢えず言っておこうか。
「仕える訳ではありませんが、俺は董卓さんの所に少し厄介になることになりました。董卓さんの軍師と約を結んで、この集落の安全確保をしてもらうために。本当は皆の天水城への移住を提案したかったのですが、それは都合上どうあっても出来なかったもので無理でした」
「そうか。それで?」
「え、それでって……?」
「まだ何かあるのじゃろう?今一度言うぞ、長年生きてて小童の頭の中も解らんと思うてか」
「……こりゃ参ったな。敵わないや」
俺は観念して持っていた斧を置き、宋老人の前に座る。
そして姿勢を正し頭を下げる。
「俺、この集落から出ようと思っております。本当は董卓さんの所でやるべき事をやり、終わった後は再びこの集落に戻りたく思いましたが、この先を考えるとどうしてもそれは叶いそうにありません。故に、俺は宋老人にお別れを言わねばなりません」
頭を下げたまま言葉を紡ぎ宋老人の言葉を待つ。
一秒二秒と経ち、少しの時が過ぎ、そして沈黙が溜め息に変わった。
「……そんな気は、しておった。おぬしが戻ってくる前になんとなく、そうなるじゃろうと、思っておったわ」
「宋老人」
「今や賊が跋扈し官吏の汚職が蔓延るこの時代。都の渦中から離れていようと、治世を治める董卓様の地とて例外とは言えぬ。明日明後日のことなど誰にも解らぬ。故、おぬしの言う事も理解できる」
じゃが、と区切り空を見上げる。俺は顔を上げると、空は雲一つ無く陽が照っている。
「おぬしの様な若者が自ら渦中に飛び込んでいく様を見るのは、見るに耐えん」
だが目の前の老人の表情は曇り、さっきまで表情は無い。
俺は、この老人になんと声を掛ければ良いのだろうか。なんと取り繕えば良いのか。
「……儂もかつては国を憂い、忠を尽くし国の病を取り除くとこに躍起になっておった」
突然宋老人がぽつり、ぽつりと語り始めた。
「儂はかつて、都ではそれなりの地位に就いておった。儂には出来る事も多く、助けれる者も多かった。……じゃが、国を想う儂の心とは裏腹に、己の益しか考えぬ者が次第に増えていった。いつの間にか儂と心を同じくした者達は排除され、儂も周りの者が帝に諌言し、都から追放と相なった」
話を纏めると宋老人は都に、つまり洛陽に居たということになる。それなりの地位に居て、それで周りの人達が帝に諌言をして――――…って、
「ん、んん?え、い、今なんて?」
「都から追放されたのじゃよ、儂は」
「いえその前」
「北方の馬乳酒は中々じゃぞ」
「言ってないよね、そんなこと」
「……ふう。おぬしが今一度尋ねたいであろう言葉、聞かなかった事にせよ。儂も最早ただの爺。爺の過去を詮索をしたところで何も得るものは無いぞ」
「なら、せめて一つだけ聞かせて下さい。これだけ聞いたらもう何も聞きません」
「何を聞きたい」
「貴方の姓は宋、名は典。これに相違ないですか?」
「……肯。違いない」
それで理解した。今目の前にいる老人の正体に、都に居た頃の職に。
「儂は国から追放され、流れに流れ……この集落に行き着いた。ここには古くからの知り合いも居り、訪ねるには丁度良かった。そして気付けば集落の長に収まり、今に至る。知っているじゃろうが、気の良い連中が多いわい、ここは」
嬉しそうに、そして楽しそうに言う宋老人に俺は黙って目を瞑る。
「儂は名を捨て、姓だけ名乗る事とした。本名まで明かせばおぬしの様に"宋典"の名を知っている者に、大概良い目で見られるとは限らぬからの」
そこまで言い、俺の顔を見てくる。話終わった宋老人の顔には後ろめたさ、寂しさ、悲しさ
などの色は一切見られない。
あるのは微笑み。
年相応に、だけど子供のように無邪気に笑う老人がそこにいる。
これがあの十常侍、宋典などと誰が気付くであろう。
「……俺は、貴方が何者であろうとこの気持ちは変わりません」
俺の知っている腐った十常侍とは違う。
「俺の大事な大事な、命の恩人です」
快活で陽気で、集落の人達を束ねる長。
「大事な、家族と思っています」
ちょっとスケベで、でも皆に好々爺として好かれる老人。
「だから、お願いです」
そんな老人に、命を救って貰った恩をまだ返しきれていない。
「俺が再びここに戻ってくるその時まで、どうかお命、永らえて下さい」
戻ってくるのが叶わないだろうと。
「必ず恩返しに参ります」
いつか絶対。俺は戻って来よう。
「――――馬鹿モンが。ほんに馬鹿じゃのう、おぬしは」
顔を伏せ、呆れた様な、そして掠れた声で言う。
「こんな玉無しの爺など忘れれば良かろうに」
馬鹿にしたようで嬉しそうな声で。
「ならば待っておるぞ。おぬしが戻ってくるその時まで。こんな爺でもあと少しは生きれよう」
胡坐をかいた膝に肘をつき、目には涙を溜めて俺を見ていた。
「精々儂が死ぬ前に、戻ってくる努力でもするといいわい」
「もとより」
俺は宋老人を見つめる。宋老人も俺を見ていた。
お互い忘れない様に、その姿を目に焼き付け思い出せるように。
あれから数日と経たず内に天水城から賈駆さんの使者が来た。俺と睡蓮さんに対して董卓さんに参じる案内として、睡蓮さんには出仕の案内として。こんなにタイミング良く来るという事は、賈駆さんも睡蓮さんが士官すると予め予想はしていたかもしれない。
睡蓮さんのお母さんは最初、娘の出仕には難色を示していたらしいけど宋老人と同じく覚悟はしていたらしく、少し話をして了解を得る事は出来たようだ。
そして今、集落の入口には帰り支度を済ました臧覇さんと張遼さんの部隊半分と、睡蓮さんに俺。
集落の皆は俺たちを見送るため、俺達の前に集まっている。
「坊主、またここに戻って来いよ!」
「伯の嬢ちゃんも絶対生きて戻ってくるんだぞ!」
「お兄ちゃんたち元気でねー!」
皆がそれぞれ別れの言葉を言い、俺と睡蓮さんもそれに対して頭を下げたりする。
「神坂さん、どうか娘をよろしくお願いします」
「いえ。むしろ俺がお願いしないといけないですよ」
睡蓮さんのお母さんも俺に頭を下げてくるが、むしろ俺が睡蓮さんのお世話になるかもしれないので、逆にお願いしないといけない立場だろう。隣に居る娘さんも苦笑いしてますよ。
「……あと」
「ん?」
「孫の顔、楽しみにしています」
「何故それを俺に言うッ?」
そしてぶっ飛んだ事を言うのは親子揃って一緒みたいだった。睡蓮さんは今の言葉であうあうしてるし。
……そして、先頭にいる老人と目が合う。
「……気を付けるのじゃぞ」
「はい。宋老人、どうか壮健で」
「ああ。おぬしもな、"日向"」
「――――はい」
俺は宋老人とその後ろに居る人たちに一礼し、そして背を向け歩く。睡蓮さんも集落の人達に何か言葉を発し、俺の隣に並ぶ。
俺達を待っていた臧覇さんの前まで来ると声を掛けて来た。
「おや、別れの挨拶はもういいのかい?」
「ええ。今生の別れという訳ではありませんから。ね、ひなたさん?」
「まぁね。案外パッと戻る機会があるかもしれないし」
もっともそんな期待は出来ず望み薄も良い所だが、少なくともそうでありたいという気持ちは持っている。病は気から、とは少し違うけど望めば叶うことだってあるのだ。
「へえ、まぁ君たちは光るモノを持っているし、そう簡単にはくたばらないだろうね」
「えんらい物言いっすね」
「私の性分だからね。そこは気にしないでくれたまえ」
そう言いながら馬に乗り、俺達も乗る様に促す。
というかなんだろう、この臧覇さんはどこか物事に囚われない達観的な人かもしれない。
「さて。では行こうか君たち、我等が主の下へ」
そして臧覇さんが部隊に号令を飛ばすと一糸乱れぬ隊列を組み進み始める。
睡蓮さんは騎乗した状態で振り返り、皆に手を振っている。俺も振り返って右手を振り、挨拶の意を示す。
宋老人も、睡蓮さんのお母さんも集落の皆も、俺達に手を振っている。
……ただ。俺が手を振るというのは、どうも気恥かしいものだ。
「ばいばい皆。また逢うその日まで」
――――けど良いだろう。この気恥かしいという気持ちを、再びここに戻って来た時に笑い話として語るのもまた一興だ。
だから今は進もう。この兵隊達が行く先に、睡蓮さんと共に。
皆の声が徐々に小さくなり、聞こえなくなったのはそれから暫く経ってからの話だった。
「では姜伯約は明日より文武官として天水太守、董卓様に誠心誠意お仕えせよ」
「はっ!」
「神坂日向、貴殿は明日、この私賈文和と武官である将が見定めを行うものとする。心して臨まれよ」
「はい」
あれから数刻、再び天水城に来て玉座の間まで臧覇さんに案内された。そこには武官、文官といった人達が並び、臧覇さんが武官と思われる人達の列に加わる。その隣にいた張遼さんと目が合い、思わせぶりな表情で見て来たので、俺は軽く一礼しておいた。そして俺の見上げる先には董卓さんとその隣に賈駆さん。賈駆さんは先日まで俺と話していた口調ではなく、形式に則って進行を進めていた。ハッキリ言って結構シュールな気がしないでもない。
「では連日に続く移動で疲れているであろう。本日はもう陽が暮れ始めている、侍女に部屋の案内をさせるから身体を休めなさい」
はい、と俺と睡蓮さんは声を揃えて答え、一礼してその場から下がる。
……なるほど。今回の顔見せで腹に一物ある人間が少し解った。
だが解った所で、それが賊の集落襲撃を唆した人とは限らない上、今の俺にはどうしようもない。
これから俺の、俺達の行動で決まってくるのだ。
――――これからが大変だ。肚を括らなければ。
明日から絶対に忙しいのは必至。少しでも身体を休めないといけない。
だから今日は、取り敢えず部屋に戻ってゆっくり休む事としよう。
明日の事は、今考えても仕方が無いしね。
やっとここまでこぎつけました。多少やっつけ感があるけど、そこは私の非才故なのでどうか平に(^^;




