9話 不穏分子と帰路
朝4時に投稿したものの検索に引っ掛からなかったので再投稿。
前にこれで誤って削除したんですよね。朝4時なんかに投稿すんなてことですかねw
椅子を蹴飛ばす勢いで賈駆は立ち上がり、眼前の男を睨みつける。
その男は今親友を、主君を侮辱した。その事実だけが頭の中を占め、身体がグツグツと煮え滾る感じさえしていた。
董卓は日向の言葉の意味を噛み締め屈辱を受けたと思い、顔を伏せ膝の上で手を強く握り締める。
「アンタ……いま月を、ボクの主君を侮辱したわね」
「そう聞こえましたか」
「どう聞いたって侮辱にしか聞こえないでしょ!?今の言葉を訂正しないとアンタを――――!」
「跳ねるな」
一言。男のたった一言で賈駆は沸騰した頭が冷えていった。
男はテーブルに肘をついて眼を細め、賈駆を見据える。
それだけ。たったそれだけの動作。
「一庶民の言葉一つで激昂するなんて程度が知れるぞ、賈文和」
なのに何故、この男に圧される。
貌に。所作に。言葉一つに力を感じさえする。
「そしてその先を言ってくれるな。言った瞬間、お前達の末路が確定させる事になる」
声色を変えずただ只管に冷淡な声を発す。
脅しでも無ければ虚勢でもない。
それは純然たる事実なのだと理解してしまう。
「だから落ち着いて、ちゃんと訳を話しますんで座って下さい。ね?」
そうして二コリと笑顔を見せ、賈駆は口をキュッと結ぶと倒れた椅子を起こし、座る。
頭は冷えたがそれでも心が落ち着かず、髪を摘まんだりする。
「まぁ確かに今のじゃ気を悪くするでしょうね。董卓さん、気を悪くされたらごめんなさい」
「い、いえ……」
「さて。俺が断らせて貰う理由はまず一つ。董卓さんが抱えている人達が実に面倒で、先行きがあまり明るくない事」
「……ッ」
それを言われた瞬間、賈駆がバツの悪い顔をする。
「根拠としては、もし賈駆さんが姜維さんに前から目を付けていたなら、集落のほうには手を回して安全を確保し姜維さんに恩を売る事が出来るはず。でもそれが出来ず、今回の様なことが起こった。これは推測するに、多方面でも賊が出没し出兵が追い付かず手も回らず、"たまたま"疎かになったこと。これが原因と考えたんだけど……疎かになったのはそれだけでは無い、とも考えています」
「……つまり?」
「そちらの家臣の人達が、血筋や家系で成り上がった人達が邪魔をした、とか」
その言葉を聞いた時、今度は賈駆の手が膝の上で強く握られる。
「賊の出没が頻繁で人手が足りないのは知ってますが、なら今回張遼さんが俺達の所に来なかったでしょう。そんな優秀な人はもっと大きな規模の賊を抑えに行ったでしょうし」
「アンタの言う通りよ。姜維は一庶人で、いくら文武に優れていようと周りが良く思わない。庶民をいきなり登用すると角も立つ、なんて言う者もいるし。それに姜維の優秀さを恐れ自分たちの地位が危うくなるのを――――」
そこでハッと気付き一つの可能性が賈駆の頭を過ぎる。
「まさか、いやでも、そんなっ……!」
「気付きましたか。俺もそれを考えてます」
「詠ちゃん……?何の話?」
突然目に見えて狼狽する賈駆に董卓は首を傾げ尋ねる。
しかし雰囲気から察するに余り良い話ではない、と感じてはいた。
「……月、もしかしたら今回の集落の件、ボク達の内部の人間が一枚噛んでいるかもしれない」
そして今度は董卓が狼狽える番だった。その言葉だけで心当たりはあったかもしれない。
つまりは。今回は集落の被害が軽微だったとはいえ賊の襲撃を許し、対応が後手に回った。結果的に見れば賊は全滅だが、対応が遅すぎた。理由は最初は奴らが斥候の目を巧く掻い潜り集落を襲撃した、と考えていた。
だが何故、姜維の居る集落を襲ったのか。
他にも賊の根城に近い村もあるのに、わざわざ天水城に近い集落を襲ったのは何故か?
そして集落から黒煙が上がった後でも斥候が"一切"城に戻らなかったのは、何故?
「どこの世界でも一緒なんですね。僅かな脅威を除く為になんでもやっちゃう人が居るのは」
その言葉で董卓は改めて理解する。
賊が姜維の居る集落を襲ったのは気紛れでも偶然ではない。
また斥候が戻らないのも偶然ではない。ならば導き出される答えは……
こちらの部下が賊に加担し、斥候を排除、もしくは買収した。
「それがもし本当なら、不手際どころの話じゃなくなる……!」
賊は既に全滅しており死人に口なしの状態。取り調べることは不可能。
加えて部下の怪しい奴を取り調べても証拠が無い上、シラを切られるのがオチ。
なにより問題なのが、召抱えようとした一庶人を亡き者にするために賊を利用したこと。及び人材登用を妨害するといった暴挙。最早罷免などで済む話ではない。
「ま。そんな人達が居るから断る、というのが理由の一つですね。面倒なのは御免です」
溜め息一つ吐くと同時に呆れた表情を見せる。
その表情を確認する事もなく、賈駆は奥歯を噛み締める。
「……信じたくは無いけど、高確率でありえる話ね。確かにアンタの気持ちからしたら仕えるなんて御免よね」
俯き、自重気味に乾いた笑みを零す。その姿は一種の焦躁に駆られている様に見えた。
「で。董卓さんと賈駆さんはどうするんです?犯人を捜しますか?」
「捜します」
ハッキリと言い放ち、董卓はその眼に意志を秘めていた。
その姿は凛としていて幼さをとても感じさせない姿。
「それがもし本当なら許される事ではありません。必ず見付け、事を糺します」
その言葉と姿に神坂は董卓を見つめると二コリと微笑み、何かを決めた様に眼を瞑る。
「……本当は断る理由がまだあったんですけど、"この"董卓さんなら大丈夫だよね」
何を、と賈駆は聞こうとしたが止める。
聞こうとした相手が席を立ち片膝をついていた。しかし包拳礼を取らず拳を床につけ頭を軽く下げる。
「臣下の礼は取れませんが、貴女達に付いて行ってみたいと思います」
「それって……」
「仕える事は保留として仲間になれたらな、と」
それを聞くと董卓と賈駆は喜びを露わにする――――が、疑問に思う。
「狙いは何?」
「ん?」
「さっきは仕えるのを断ったのに、どうして今になって月の下に?」
「仕える訳ではありませんよ。有り体に言えば何でしょう、お手伝い?客将?とか、その辺りで収めてくれたらなと。あと狙いはあるにはあるんですが、それは俺がお願いする事なんで狙いとは少し違います」
「何よ、その願いって」
「俺達がいた集落の絶対的な安全確保。そして俺にも賊に加担した犯人の捜索をさせてくれること。この二つです」
それを聞くと眼をパチクリさせて目の前の男を見据える。
普通に考えると意外なことではないが、この男に対しての印象で言えば意外に思える。
「……ちょいと賈駆さん、あからさまに顔に出てますよ。すっごい傷つくんですけど」
「あ、いやごめん」
少し拗ねる様に見せる男につい謝ってしまう。
「そちらがどう思ってるか知りませんけど、俺からしたらこの願いは何が何でも叶えさせて欲しい。俺の恩人が居る集落を。家族に等しい人達を守って欲しい。そしてそれを害そうとする人を捕まえる。俺は今これ以上の望みは考え付きませんね」
何を考えての発言か。何を思っての言葉か。
男の表情は真剣そのもの。
「……少し意外ね。今の今までアンタは頭の回転が速い古狸の様な男と思ってたのに」
「すみませんマジで傷つくんですけど」
「冗談よ。――――良いでしょう、アンタの望みは必ず叶える。あと、客将について詳しい事はまた話すわ」
それだけ言うと座っていた席を立ち、扉を開けて親友に出て行くように促す。
「もう行くんですか?」
「ボクとしてはまだ話したかったけど、姜維のほうにも話は通さないといけないし。それにアンタ達を良く思わない連中の目もあるしね」
「そりゃそうだ」
「……アンタのこと、姜維に話すのは?」
「姜維さんだけになら構いませんよ。どの道話す予定でしたし、賈駆さんが話して俺がまた明日話せば、混乱が少なく済みそうだし。あ、後出来ればご飯お願いしても良いですか?もう空腹で空腹で」
肩を竦めて表現する姿に、賈駆は気を抜かれた様に同じく肩を竦める。
「そう、姜維に話しても問題ないのね。分かったわ。あと食事は待女に運ばせるから、他に何かあったら言って頂戴」
「ほいほい。有り難うございます」
「では神坂さん。今後ともよろしくお願いしますね」
「どうもご丁寧に、こちらこそ……っと、そうだ董卓さんに一つお願いが」
「はい?」
「ああいや、嫌なら断っても構いませんので……ああでも」
「よく解らないですけど、私に出来ることがあれば構いませんよ?」
「マジですか!では、改めまして……」
コホンと一つ咳払いをし、凄く真剣な顔つきで見据える。
その顔に何故か賈駆は酷く嫌な予感がし、持っていた扉を閉じ身構える。
そして、男が頭を下げ腰を90度に曲げお辞儀をする格好となり、
「頭を撫でさせて下さい。出来れば膝の上に乗せて」
「え、ええっ!?」
幼馴染の驚いた声を瞬間、賈駆は日向の顎に向かって迷いなく容赦無いアッパーカットを
お見舞いした。
今の拳は世界を狙える、なんて事を日向は仰向けに倒れながら思った。
その次の日の朝、寝台に窓からの朝陽差し込んで来たことから目が覚めた。
身体を起こし伸びをして部屋に置いてあった水で顔を洗い、寝台の上でうつ伏せになる。
招かれたと言っても今の立場は庶人。勝手に城内をうろつくのは不味い為大人しくするしかない。
下手に動けず退屈になり、何をするでもなく寝台の上でただ手足をバタバタする。
「失礼致します。朝食の方をお持ち……」
「……どうも」
そして床に逆立ちをして、腕立てをしている所に侍女の人が入って来た。何とも恥ずかしい、てか間が悪い。
「いや、ほら退屈だったもので」
「は、はぁ」
逆立ちを解除して言い訳をすると凄く微妙な表情されました。気持ちは分かるけどそんな目で見ないで下さい。
「それと賈駆様から言伝がございます。『朝食を食べたら城門に馬と護衛を用意したから好きに帰っていい』と」
「へえ。賈駆さん忙しそうでした?」
「はい、何やら文官の人を呼んだり竹簡を見直したりと……」
「そっか。挨拶でもしたかったけど邪魔しないように帰ろうかな。なら自分は朝食食べ次第直ぐにここを発つんで、賈駆さんによろしく伝えてくれます?」
「はい」
そう返事をすると侍女さんは一礼して部屋から出て行った。
賈駆さんやる事はやってるんだ。尻尾を掴むのは骨が折れそうだが、ここは賈駆さんの手腕に期待しておこう。俺は用意された食事をかきこむ様に食べ身支度を整え、部屋の前にいた兵士さんに城門まで案内される事になる。そこには既に睡蓮さんと一緒に来た兵士の人達がいた。
「おはようございます、ひなたさん」
「おはよう睡蓮さん。もう来てたんだ」
「ええ、少し前にですけど……あ。張遼将軍は例によって忙しそうです」
「張遼さんも駆り出してるんだ?あの人も大変だなぁ。そういえば睡蓮さん仕官のほうはどうするの?」
「私は……取り敢えず母上に話し、それから考えようかと」
「そっか。睡蓮さんのお母さんにも話を通さないとね」
と、そこまで言って不思議に思う。
「……睡蓮さん、賈駆さんから俺の話は聞いたよね?」
「はい。昨日仕官の話と一緒に聞きました」
「俺の事聞かないの?その、色々聞かれると思ったけど……」
正直色々聞かれる覚悟はあった。まさか俺が未来から来たなんて荒唐無稽もいい話を信じるとは到底思えないし、俺を見る目が変わる、なんてことも予想していた、のだけど。
「確かに聞いた時は少し驚きましたけど、私はひなたさんのこと信じてますから」
「え、いやそうじゃなくて……」
「私は自分の目で見、そして感じたからこそひなたさんを信じてます。何より私はひなたさん個人を……その、ですね。えと……ああぅ。と、とにかく信じてるんですよ!」
「お、おおう。ありがとう」
そんな力強く強調しなくても良いのに――――ってか周りの兵士さんが冷やかす感じで見てるんだけどナニコレ。
「兎にも角にも。こんな俺を信じてくれて有り難う、睡蓮さん」
「い、いえ」
俺の言葉に照れてか、頬を朱に染めて顔を背けられた。うーん……照れ屋、なのか。
ともあれ、
「じゃ、帰ろうか。皆の所に」
「はい」
今は皆の所に帰ろう。俺の――――俺達の『家族』の下に。
別れを、言いに。
やっぱり会話文は段落空けずに詰めた方が良いのかね……
しかし展開の遅さに書いてて辟易する!
それでも読んで下さる方々に多大なる感謝を。




