尋ね人‐3
二手に分かれてニックを探しに出ていたフランクを見つける頃にはすっかり昼を過ぎていた。多かった人通りが落ち着いてきている。そのおかげか、フランクの声はよく通り中に響いた。
「本当ですか……!?」
アズから話を聞いたフランクは、そのまま掴みかかって行くのではないかと心配になるほど前のめりになって問う。疑いつつも、喜びは隠し切れていないようだった。
その傍で、ギルが腕組みをして語り出す。
「僕を誰だと思ってんのさ。恐れ多くもセロム王国――」
もしかして、とんでもない大人物だったというのか。グレイスは固唾を飲んで見守る。彼女は知らないことだが、アズは呆れていた。
「ケルティア地方の片田舎、エラータの次期町長ギルバートとは僕のことだ」
「エラータ……あの離島のですか」
凄いのか凄くないのか、よく判らない。グレイスは首を傾げた。
同様に、フランクも不可解そうな表情を浮かべていた。
「とにかく富と権力でどうにかしよう、だそうです」 アズが付け加える。
「失礼な。さっきのはちょっとした冗談じゃないか。それに、言うなら人脈と人望の厚さと言って欲しいね! エラータ島に大した富も権力もありゃしない、あるのは自然くらいなもんなんだからさ」
自慢にもならないことを、とうとうと自慢気に語るギル。なんだかよく知らないが、グレイスはギルが凄いような気がしてきた。
◆
ニックは膝を抱えて蹲っていた。
牢の中は薄暗く湿っぽい。心なしか、不快な臭いも籠っている。窓がないからだ。いつも見えていた空がここにはない。
外側では、売れるとか売れないとか、値段の話ばかりしている。魔性は売り物になるらしい。見た目が美しいものは高く、そうでないものは安く。
ニックに関しては、その羽根の色の珍しさや、顔の美醜についてひたすら言い争われていた。
まるで動物の扱いではないか。ニックは耳を塞いで俯いた。これまで、愛玩用や食用の動物を運んだことはあった。そのときは、自分がそのような扱いを受ける状況など、考えもしなかった。
やはりフランクは、こんなニックを恥だと思ったに違いない。だから、人目に付かないよう閉じ込めたのだ。尚更強くそのことを感じて、ニックは泣きたくなってきた。
人間のニックは父のフランクを尊敬している。たったひとりの親として、ここまで育ててくれた。嫌いになど、なりたくない。しかし、そのフランクから疎まれていたとしたらどうだろう。ニックの中の、魔性としての部分は酷くざわつくのだ。人間を仲間とみなす自分は愚かだ、と。さっきの男たちのように、人間は敵だ。従順でおとなしいふりをしておいて、裏切られる前に殺ってしまえば良かったのに、と。
「なんてこと、考えてるんだよ、ぼくは……」
人間として最低だ。しかし果たして、人間として最低だからといって何になる? ニックはもう人間ではないのだ。
ニックを押し留めていた人間らしい感覚が、壊れてしまいそうだった。
「おい」
檻の外からニックを呼ぶ声がある。
「こっちへ来い。おまえを欲しがってる方がいるんだ、早くしろ」
何か棒のようなもので肩を小突かれて、ニックは顔を上げた。
「本当にこいつで間違いないか?」
「――うん、そのようだね。さっき通りで捕まるところにいあわせたんだ」
暗くてよく見えないが、看守の他に、もう一人いる。金持ちそうな男だ。さしずめ、魔性を買いに来た客か何かだろう。
男は看守を窺い、尋ねる。
「で、いくら?」
「まだ『躾』が終わってねぇが、言葉を喋る珍しい魔性だからな――」
このくらいは払ってくれよ、と看守は男に耳打ちした。自分にいくらの価値が付けられたのか、ニックは少し気になって耳を澄ましたが、よく聞き取れなかった。
「でも、どうせ売れなかったら殺処分なんだろ?」
売れない魔性は殺されてしまうらしい。そんな目に会うくらいなら、男に買われて生き延びたほうがましかもしれない。生かされる保証はなにひとつないが、機会を見計らって逃げられる可能性がある。
「それにさ、さっき、僕の連れが巻き込まれて怪我してるんだよねえ」
男は言外に、まけろと主張しているようだ。だが、巻き込まれたとはいえ、直接的に被害を受けた人はいないはずだから、きっとニックを避ける際に、人波に揉まれてしまったのだろう。
「ところで、この魔性を買ってどうする気なんだ?」
看守が問う。
「当然、決まってんじゃないか。連れに怪我させられた分、痛めつけてやんのさ」
ニックの状況は絶望的だった。殺されるか、暴力を振るわれるかの二者択一だ。しかも、決定権はニックではなく、目前の男にある。
「……意外だな、そういうことは好まないと思っていたが」
「僕がっていうか、連れの腹の虫が収まらなくて、ね」
間接的に被害があっただけなのに怒りが収まらないなんて、相当気性の荒い女性のようだ。少なくとも、この男がニックを傷付けたがっているのではないと知って、ニックは安堵した。
「なるほど。そういうことか。……大変そうだな」
看守も、男に同情したらしい。
「という訳だから、まけてくんない?」
「しかしなあ」
看守が頭を掻いて、唸る。
「友人割引きとか優遇制度とかないの? まだまだ我儘に付き合わなきゃいけないからさ、金が必要なんだよね」
男は拝み倒し、説得を続けた。そしてついに、看守が折れた。
「ああ、わーったよ! 最大限にまけてやる、連れてけ!」
檻が開かれて、ニックは中から引っ張り出された。ニックはタダ同然で買い叩かれたらしい。殺処分は免れたが、これからは逃げることを考えなければならない。
「逃がすんじゃねぇぞ、バレたらクビ切られちまう」
ニックの足首に嵌められた足輪に紐を通され、その紐の端が男に手渡される。
「大丈夫、責任持って連れてくよ。ありがとう」
「おう、じゃあな」
男は手綱をしっかり握ったまま歩き出した。転ばないように、それに従ってニックも付いていく。
外は眩しかった。長い間閉じ込められていた気がしていたが、太陽はまだ高い位置にある。
目立つから、と背中の翼を隠すように上着を掛けられ、しばらく行くと住宅の多く並ぶ通りに出た。見覚えのある町並みだった。
「さあ、到着だよ」
ついに逃げ出す機会を見つけることは出来なかったが、たった今到着したその家を見上げて、ニックは心底驚いた。
「おじさん、どうして? ここは……?」
ここは、ニックが住んでいた家だ。間違いなく、フランクとニックの住居である。訳が分からず、尋ねると、男は不快そうに眉を顰めた。
「僕まだ十九なんだけど」




