尋ね人‐1
市の広がる辺りには、人が集まる。グレイスはその中で、うきうきと心躍らせていた。
雑踏の中に身を置くと、改めてそれを感じる。
つい昨日まで、グレイスは、一生をトトナ村の外れの森で終えるものだと思っていた。それが、アズに引っ張り出されてこんな大きな街にまでやって来てしまった。不思議なものだ。
今も、グレイスの目と鼻の先をたくさんの通行人たちが行き交っている。彼らは包帯を巻いたグレイスの奇妙な形を見ても、敵意を抱いたり逃げ出したりしない。少し視線を向けてくる者もいるが、あくまで無関心を装おって通り過ぎていく。そして、一度往来の中に紛れてしまえばグレイスさえも街の中の一人にしてくれる。なんて心地良いのだろう。心なしか、足取りも軽やかになる。
アズに渡されたメモを握り締め、グレイスはそれを読み返す。メモは簡潔だった。
『必要な物があれば買うこと。朝食はきちんと食べておくこと』
その下には、必要な物リストも記述されている。グレイスはそれらに目を通して、さっそく買い物を開始した。
「まずは……服、服っと」
グレイスは辺りを見回して、それらしい店を探す。 噴水を中心とする広場を取り囲むように多くの商店が軒を連ね、その壁際や広場には、店を持たない商人たちの露店が溢れている。
ちょうど、グレイスのいる場所とは対極に一件、それらしき看板を出した商店があるようだ。それを確認して、グレイスは広場を横切ろうとした。
「そこのお嬢ちゃん! どうだい、安くしとくよ! なんと、この髪飾り、かの辺境エンセリオ産の珍しい品なんだがね――」
だみ声の露店商が、グレイスの長い灰色の髪をさわさわと撫で、髪飾りとやらをあてがう。かわせずにグレイスはたじろいだ。
「髪の色に映えて、よく似合うなあ。まるで誂えたみたいだ!」
「えーと。あたし……」
困った。どうやって逃げれば良いのだろう。それに、この露店から離れても、次から次へまた客引に引っ掛かってしまったら目的の店まで辿り着けないのではないだろうか。
それにしても、早く立ち去りたい。そう思ってグレイスが身を竦めたとき、
「ねえ、そこの君」
声が上から降って来て、彼女は何事かと見上げた。
金髪の青年の青い瞳が、グレイスの顔を覗き込んでいた。なかなか派手な顔立ちをしていてしかも身なりも良くて、お金を持っていそうだ。そんな人物がグレイスに何の用だろう。
「おひとり?」
彼は胡散臭そうな笑顔で尋ねてくる。変な男だ。警戒しても良いくらいなのだが、どこか引っ掛かる。見たことのない顔だし、声も知らない。それなのに、どこかで会ったことがあるような。
なんだろう。なんとなく落ち着くのだ。
アズに似ている?
グレイスは彼のことを思い浮かべて目の前の青年と比較してみる。……いや、似ていない。少なくとも外見は。アズは髪も瞳も落ち着いた茶色だし、顔の造りも似ていない。それに、この男と違って胡散臭い笑みを振り撒いたりしそうにない。強いて似ている箇所をあげれば、年齢や背の高さは同じぐらいだろうが、そんな人間は掃いて棄てるほどいるし。
「お嬢さーん?」
グレイスの考え事を遮って、彼が呼び掛ける。なかなかしつこい。
どうしてもグレイスとお茶したいとか、金に物を言わせてグレイスを自分好みに仕上げようとしているとか……。グレイスの想像力は果てしない。
「ごめんなさい、せっかくのお誘いだけど、あたしには一生を誓った夫がいるの」
「いやいや、そうじゃなくてさ」
彼の目的はグレイスではなかった。
「人を探してるんだ」
相変わらずの笑みを崩さぬまま、彼は言った。
◆
金髪の青年は、一抱えのの物品を両腕に抱えながら、その隙間から顔を覗かせる。彼は親切なことに、グレイスのお遣いの手伝いを買って出てくれた。要するに荷物持ち兼護衛といったところだ。護衛といっても、ただ彼女を強引な客引から守るだけのことなのだが。
「アートってば、出てったきりほとんど顔を見せないし、兄としちゃぁ心配じゃないか。せっかく見つけたんだし、久しぶりに話くらいはしたいんだよね」
金髪の青年、もといギルは双子の弟を探していた。というか、家を出て行った弟を旅先で偶然にも見掛けてしまったのだという。
しかし、グレイスなんぞにこんな話をして、意味があるのだろうか。
「それで、どうしてあたしに? 探し物はあんまり得意じゃないんだけど……」
グレイスはギルを見上げる。
「あのさ、今朝グレイスちゃんと一緒にいた若いのがいるだろ。僕はその人に会いたいんだよね」
アズのことか。グレイスにはよく解らないが、アズと彼の弟のアートとやらに何か関係があるのだろうか。彼の弟の居場所をアズが知っているということなのか。
「アズを紹介すればいいのね?」
「アズ? あー、確かそう名乗ってたっけね。ま、だいたいそんなもんかな」
ギルはそんなものはどうでもいいとばかりに適当に言い放つ。そのとき彼が浮かべていたのは人当たりの良さそうな作り笑いではなく、紛れもない苦笑だった。
悪い人ではなさそうだ、とグレイスは判断する。なんだかんだと助けてくれたし、どこかはまったくわからないけれどそこはかとなくアズに似ている気がするし。
「じゃあ、ちょうど良いから、合流地点で一緒に待つついでに荷物を運んでくれる?」
上目遣いで、グレイスは提案した。そうしてくれるとかなり助かる。
「りょーかい、グレイスちゃん」
楽しみだなあ、とギルは笑った。




