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SWitch  作者: 夏岸希菜子
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白か黒か‐1

 消えてしまいたい。死にたいと、七年前のアートは願った。親に似ずに生まれてきたため、魔性の子といわれ、父にも疎まれてきた。もしも、父によく似たギルと双子でなければ、アートと母はあらぬ疑いを掛けられ家を追い出されていたかもしれなかった。

 魔性は邪悪で、粗暴で、害をなす生き物であるといわれていたが、アートは努めて善良な子供でいた。相変わらず酷いことを言われることもあったが、本気でアートを『魔性の子』だと信じる者は多くなかった。

 ところがある日、退治屋を名乗る男たちがエラータにやってきた。そのうち一人の魔術師は、『他人の魔術師の素質が見極められる』と豪語し、よりにもよって人前で、アートに対して「君からは強い魔力を感じます。将来きっと良い魔術師になるでしょう」なんて言うのだ。

 その瞬間、アートはみるみる青ざめ、何も言えなくなった。アートが魔力を持っている事実を、誰もが皆、知らずにいた。なぜ隠していたのか、と皆口々に責めた。沈黙は肯定と捉えられ、これまでのすべては魔性であることを隠すために違いない、と噂が流れた。


 そして事件は起こる。

 退治屋が、むやみに魔性を殺したことで、魔性の怒りに触れたらしい。魔性たちは村を襲うようになり、魔性が連夜村人たちの夢に現れて要求した。「人間の子供を寄越せ」と。

 その話を耳にしたアートは、たった一人、(いけにえ)に志願した。害悪は消えてなくなってしまえばいい。それでいい。要求は『人間の子供』だというのに、行くのが『魔性の子』だなんて、なんという皮肉だろう。

 普通の人間の子供になろうと必死で、良い子をしていたけれど、どんなに頑張っても容姿は変えられない。暗い茶色の髪と目は、家族の誰にも似ていない。父と双子の兄は金髪碧眼だし、母は明るい赤毛と灰色の瞳の持ち主だ。母が不義の子を作ったのでなければ、魔性の子が腹に紛れ込んだに違いない。いっそ本当に、魔性だったら、これほど苦しまずに済んだのに。

 指定の場所まで草をかき分けて行く途中、大型犬に似た獣型の魔性に出会った。毛を逆立て、眼光は鋭く、全身で怒りをあらわにしていた。ついに迎えが来たのだと思った。

 見せしめに殺してくれたら、いったい誰が悲しむだろう。母と兄の顔が脳裏をよぎったが、家族の中で父だけは悲しまないことは容易に想像がついた。

 アートは生きることを諦め、死後のことばかり考えていた。


 ◆

「へっくしゅ!」

 アズは、自らのくしゃみで目覚めた。体調は優れない。ウィトでずぶ濡れになった翌朝、馬車に乗り込みプルメまで移動して来たのだが、途中でアズは熱を出した。風邪を引いてしまったようだ。そんな訳で、宿を取ってからはずっと寝ていた。

 一般的に、治癒魔術師は短命だという。魔術とは、生命力を望み通りに具現化させる技であり、治癒魔術の基本は、自分の生命力を削って分け与えることだ。その能力を望んで治癒魔術を手に入れた者は、消失願望を持っていることが少なくない。そして治癒魔術師の多くが、自己犠牲の上で死んでいく。

 治癒魔術師は死に急ぐものだとはいっても、自殺志願者ではない。アズはわざわざ死んでやるつもりはなかった。

 アズは自らに治癒魔術を施し、一晩安静にしていたのだ。おかげで熱が下がり、ようやっと落ち着いてきた。

 自分で自分に掛ける治癒魔術は、効き目が薄く、大きな副作用がある。自分の中で魔力を効率よく循環させることはできるが、魔力を与えることはできない。治癒魔力を使うために、他の器官の生命力は削られる。その結果、場合によっては治癒の間、感覚が閉ざされたり、身動きが取れなくなってしまうことすらある。だから、安全な場所と信頼のおける仲間がいなければ、そんなことはできないのだ。

 ――信頼のおける仲間。

 グレイスはまだまだ不安定で危なっかしいところがあるが、少し過剰なくらいにアズを慕ってくれている。ギルは――アートにとっては、唯一頼れる相手、実兄だ。

 アズは、ギルとはもう他人だといって距離を置きながら、結局なんだかんだいって、信頼し切っていたのだろう。

 遅くまで眠ってしまったためか、同室の隣のベッドにギルはいなかった。

 体を起こすと、喉が渇いていて、枕元にある水差しの水を、同じく枕元に用意されていたコップに注ぎ、喉を潤した。飲み下す喉の音が部屋に響いた。あまりに静かなので耳を澄ましてみたが、宿の中はしんとしていて、ギルもグレイスも出払ってしまい誰もいないのではないかと思えた。

 病み上がりのだるさを感じながらベッドをぬけ出ると、居室ではグレイスが一人寂しげにぼんやりと窓の外を眺めていた。

「……グレイス」

 声をかけると彼女ははじけるように窓から離れアズに向かってくる。

「あっ! アズ! だめ! 寝てなきゃ!」

「大丈夫、寝たらだいぶ良くなった」

「ほんと? 元気? 死なない?」

「死なない死なない、ただの風邪でおおげさな……。それはそうと、ギルは?」

 先ほどからギルだけが見当たらない。ウィトで宿泊したような立派なところではかえって居心地が悪いと言って、ギルに対しもっと庶民的な良心的価格の宿に泊ってくれるよう頼んだので、部屋の中はそんなに広くない。ただ、男女混合で三人だったため、寝室がふたつある大きめの部屋ではあるが。

「ギル? なんか今朝早く出掛けて行ったよ。これ、アズにお手紙だって」

 グレイス一人を置いて、どこへ出かけたのだろう。

 グレイスがその小さい両手で封筒をつかんで手渡す。置き手紙にしては大袈裟だ。ちょっとした冊子が入るほどの大きな封筒は、ろうでしっかりと閉じてある。グレイスに読まれたくない内容の私信なのだろうか。

 封を切って、中から便箋を取り出す。出てきたのは、ちょっとした言伝てとは思えない紙の束だ。

「なになに? なにが書いてあるの?」

 グレイスが、手紙を覗きこもうと首を伸ばす。

 一番上に書かれた入りの言葉はこれだ。

『アートへ』

 いったい何度言えば解ってもらえるのだろう。

 体は九割がアートのもので、アートの記憶もある。だが、アズは、アートではない。

 たとえば、グレイスの中では魔性と人間の少女の、相反する二つの意識がせめぎあっている。水と油のように、交わることはない。落ち着いた普段は人間、混乱に乗じて魔性が現れる。

 アズは真逆だ。もともと、似た者同士だった意識はいつの間にか境目が判らなくなっていた。

『いきなりで悪いけど、頼みごとがあります』

 そしてアズは、次に目に入った文を理解して、「裏切られた」と思った。

 ギルは、解っていないのだ。ギルは、アズがアートではないのだと、頭で解ったつもりになっているだけで、まだ理解していない。そういうアズも、もうギルが兄ではないのだと、解っていなかったのだ。

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