尋ね人‐4
ニックが扉を開ききらないうちに、父フランクは飛び出してきて怒鳴る。
「ニック! 私がどれだけ心配したと思ってるんだ!」
普段穏やかなフランクが声を荒げるので、ニックは身を竦めた。
「まーまー、落ち着いてください。中でゆっくり話し合えば事情も分かりますって」
ニックをここまで連れてきてくれたギルという男はフランクを宥め、部屋の中に押し戻してくれた。
家の中にはフランクの他、見知らぬ男と奇妙な格好の少女がいた。例の我儘な連れというのは彼女だろうか。
「どうして勝手に出ていったりしたのだ」
彼らと改めて対面して座り、真正面のフランクが切り出した。ニックはフランクの顔色を窺う。さっきの剣幕から察するに、怒っているはずだ。だが、こんなときに赤の他人を家に招いて、いったい何のつもりだろう。
フランクの表情から、その意図を読み取ることはできない。
「……お母さんの、魔性の母親の声が聞こえたんだ。ぼく、ずっと会いたかった。だから、会いに行ったんだ。それに、父さんはぼくのこと、嫌い、だよね? 側にいないほうが良いんでしょう?」
きっと、フランクはニックにうんざりしているのだ。見知らぬ彼らは、フランクからニックを買い取りにきたに違いない。
ニックがフランクを見やると、彼は目を伏せ、大きな息を吐いていた。
「嫌いだなんて、そんなはずはない。ニックは私の懸けがえのない息子だ」
フランクの大きく優しい手が、そっとニックの肩を叩き、くしゃりと頭を撫でる。一度でも父を疑った自分が恥ずかしい。
「じゃあ……この人たちは、誰?」
乱れた前髪の隙間から、瞳だけを忙しく動かして、ニックは三人を見比べた。
「この人たちは味方だ。ニックを助けようとしてくださったのだよ」
フランクの紹介を受けて、ギルがニックに向き直る。
「申し遅れたけど、僕たちはアートと愉快な仲間たちってとこかな。僕の弟のアートはちょっと特殊でね。なんか役に立てるんじゃないかなって」
何が愉快なんだ、と言いながら、おもむろに、焦げ茶色の髪の青年が左目を覆う眼帯に手を伸ばし、外してしまう。彼の頭部に現れた三角の耳に、ニックは目を見張った。
「魔性の……」
「そういうことだ。ついでに訂正しておくが、名前はアートじゃなくアズだからな。アートは、もういない」
アズと名乗った男はちらりとギルに目線をやったが、知らないふりでかわされてしまったようだった。
◆
「つまり、人間の部分を隠してしまえば魔性の部分も隠せる、らしい」
青年アズの講釈によれば、隠したい部分と対応する場所か、それに相当する場所を封じなければならないらしい。隠す部分が広ければ、必然的に広範囲を封じなくてはならない。ニックの場合は、翼が移動手段であることから、足を封じるのが妥当だろう。背中の羽根を隠すためには、歩行のための足か、それに準ずる部位を犠牲にしなければならないのだ。
「ニックは、人間の中で暮らすつもりでいるのか?」
アズが問いかける。こくりと頷くニック。
「……うん。父さんと一緒に暮らしたい」
「それなら、封じをかけよう。人間の部分に魔力を寄せ集めて閉じ込めるから、少し窮屈だが――」
彼の話は途中だが、遠くから低い唸り声が近付いてくる。ニックが突然立ち上がって、窓に駆け寄った。
「お母さん!」
ぎゅぃぃ、しぃぃ。
ニックによって開かれた窓から、大きく鮮やかな青色をした鳥形魔性が転がり込んで、一声上げた。ニックはその魔性に駆け寄る。
フランクは警戒し、身構える。
「大丈夫です、敵じゃない」
「魔性のぼくの、お母さんなんだ」
彼女はニックに頬をすり寄せた。ニックは幸せそうに顔をほころばせる。この子がこんな風に笑うのを、フランクは久しぶりに目にした。そういえば、家に籠るようになってから、元気を失ってめっきり笑わなくなっていたのだった。
ぎしゅうぅ、ぎしゅあ。
「お母さんもぼくと一緒にいたいって」
この子にはいつも寂しい思いをさせてきた。だからせめて、なるべく願いは叶えてやりたい。
「そうか。ニック、私の心配はしなくて良いから、好きなほうを選びなさい」
「……どっちも好きだよ、三人じゃいけない?」
三人。フランクは考えてもみなかった。人間と魔性は相容れない存在で、共に暮らすことなどないと思っていた。少なくとも、魔性を連れて人間の町に定住はできないだろう。
「お母さんは三人でかまわないって」
それならば決まりだ。ニックの幸せのためなら、未知の生活でも、放浪の旅でも、乗り越えてみせる。
「三人で、暮らそうではないか」
それがフランクの結論だ。
話が決まるとすぐに、足を固定して通常の歩行をできなくしてしまった。これでこの子は、二度と人間として外を歩き回ることが叶わなくなってしまったのだ。憐れな二本の足に向けられたフランクの視線に気づいたらしいニックが顔を上げた。
「心配しないで大丈夫だよ。ぼく、父さんの馬車があればどこにでも行けるから」
その顔には、晴れ晴れとした優しい笑みが浮かんでいた。
◆
御者親子は、もうオニテュにはいられないと言って、ひとまず北へ旅立った。北部にはアズの生まれ故郷エラータもあることだし、機会があればいずれ再会するだろう。
「さて、僕はもう一泊してからオニテュを出るつもりだけど、二人とも今後の予定は?」
予定は特に決まっていなかった。そこから、何故か共に夕食を食べようという話になった。
「すごーい、こんなの初めて食べたっ」
オニテュのそこそこ値の張る高級な店に連れてこられ、グレイスは場違いな声を発しながら出された料理を頬張っていた。
途中で飽きてしまったらしいギルは食べる訳でもなく、肉をフォークでさくさくと刺しては戻している。
「グレイス、静かに。ギルも食べ物で遊ぶんじゃない」
「はーい」
素直なグレイスと、反発するギル。
「えー。アートだってこの味付け苦手なくせに」
昔から味覚だけは同じだった。そればかりは、いまだに変わっていないらしい。
「子供じゃあるまいし、我慢くらいできるだろ」
これではどちらが兄か分からない。
ところで、何故ニックを取り戻すことができたのかを問うと、フォークの穴だらけの肉を隣のグレイスの皿に移しつつ、ギルは答えた。
「魔性専門の治安維持部隊にエラータ出身の知り合いがいたのさ」
その知り合いが、本来処分すべき魔性の密売をしているという。ギルの知り合いにはそういう人間も多いようだった。
「つか、本人は忘れてたみたいだったけど、僕が勧めたんだよね。魔性の密売」
「はあ?」
ギルがさらりととんでもないことを口にした。
「ひっどーい、さいてー」
グレイスが非難しながらばしばし叩くのを、かわしながらギルは弁明する。
「捕まって殺されるよりゃマシ、生きてりゃそのうち見つかると思ってさ」
弟の行方について、ギルはギルなりに本気で心配したらしかった。いくらアズが否定しても、ギルにとってアズは身内なのだろう。
「そういえば――」
しばらくして、食べ物を口に詰め込んだままのグレイスが、思い出したかのように呟いた。
「二人って本当にそっくりよね」
アズとギルは、生まれてからこのかた、似ていないとしか言われたことがない。人間の少年であったアートは、父にも母にも似ず、双子の兄とも似ていなかった。きっと魔性の子が腹に紛れ込んだのだろう、と陰で噂されていたほどなのだ。
「……どこが?」
何かの冗談ではないのか。
一瞬、ふっと笑ってからグレイスが小首を傾げる。
「なんか、こう――匂いがおんなじだったの」
と、野性味溢れる答えが返ってきた。




