女王誕生編3
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ハレシュが騎士とフレイアを案内したのは大聖堂だった。祭壇の前で祈りを捧げる紗を被った人。ハレシュはそれに声をかけた。
「アイテール、客人を連れてきた」
「あぁ、下がってくれ。ハレシュ」
「だが……」
「ハレシュ、お前には他の教員を集めてほしい。これはこの孤児院の存亡に関わる話になる」
「……言い過ぎだと思うが…わかった」
アイテールは渋るハレシュを下がらせ、フレイアと向き合った。そしてフレイアは膝をおった。王族に対する礼をするフレイア。しかし、騎士には本当にアイテールがユースティスには見えなかった。幾ら側室である20番目の娘でも王族の覇気があるはずなのにアイテールにはそれがなかった。まぁ、他の姉達にも無いが。
「お久しぶりでございます。ユースティス様」
「……久しいな、フレイア。20年振りか」
「はい。ユースティス様が5つの時に王宮を離れられましたから」
「長いなぁ……」
「えぇ、本当に」
再会を懐かしむアイテールとフレイア。見た目は穏やかだが二人にとっては腹の探りあい。二人の戦いが幕を開けた。
「それよりもいつまでその姿でいるつもりですか?」
「さっきも言っただろう。ユースティスは死んだと。彼女のための墓もある」
「あなたからすればあの忌まわしき王宮を忘れたいとは思います。しかし、今のこの国は……滅びるしかないのです。…現王は……あなたの言われた通り愚王です。このままでは民は餓え死んでしまいます。お願いします。ユースティス様。王宮にお戻りください」
「嫌だ」
「少しは考えてください」
「考えるまでもない。私は静かに暮らしたいんだ。あんなところに戻っても良いことなんて何も無いだろ」
ばっさり切り捨てられたフレイアだが、諦めてはいない。何としてでもアイテールを連れて帰りたいからだ。しかし、頑なに拒むアイテールと強要するフレイアを見ていた騎士は疑問に思う。フレイアが何故ユースティスに拘るのか。
「恐れながら、フレイア様。何故、ユースティス様に拘るのですか?」
「……近衛騎士にしては間抜けな質問をしますね。アガレス殿」
「へぇ〜、そっちの騎士ってラクシェの息子か」
「!?父を知っているのですか!?」
フレイアに質問をすれば何故か軽蔑をして目で見られた騎士―アガレス(名字)―。驚くアガレス(名字)を放置してアイテールはまじまじと見てアガレス(名字)の父親ラクシェとの共通点を探していた。
「知ってるも何も……なぁ……フレイア」
「……えぇ……ラクシェ様には多大な苦労をかけましたからね……」
「まぁ、5歳児がいきなり魔物のいる森に転移したら誰だって驚くがな」
「……………」
アイテールも当時を思い出し、遠い目をした。騎士なら聞いているだろう悪夢の出来事を。その片割れであったフレイアは今でもたまに古参の騎士達から見張られている。ピリピリした空気を気にしない新米近衛アガレス(名字)が凄かった。内容を聞いたアガレス(名字)が黙るのだった。
「ユースティス様…」
「ダメだ。どんなに私のツボを押さえようとも今の私には子供達がいる。この孤児院をそのままには出来ない。それにあのグズ共がほっとかないだろ」
捨てられた子犬のように瞳を潤ませながら上目使いで聞いてくるフレイアをバッサリ切り捨てるアイテール。凍てつく視線を装備して。それだけでアガレス(名字)は固まった。殺気を浴びているわけでもないのに死を感じさせる視線に冷や汗だらだら。
「それについては抜かりありません。何故なら…姉君達は既に亡き者にされています。実際には現王の不興を買って処刑にされました。他国に嫁ぐ嫁がないで対立してそのまま不和になり派閥争いをして武力行使です。加担したものは全て殺されました」
「はぁ……愚かしいな」
そんな視線を向けられている張本人はどこふく風。ニッコリ笑顔で姉達の死を話していた。その結末にアイテールはアホらしいとため息をつく。
「そういうことで現在、王族は現王とユースティス様だけになりました」
「要は私に反乱軍の指揮をしろと?」
「いえ、違います。ユースティス様には王族に復帰していただきたいだけです。ユースティス様は現在、誘拐された事になっております。私は父に頼みあなたを捜して貰っていました。あなたを見つけてもこの20年、何もせずに見守りずっと……この時を待っていました。―――ユースティス様による王政の時を―――」
「……」
今の王宮内がどのような状態なのかアイテールにはわからない。恐怖政治に怯えているが水面下で反乱の時を待っているのかと思えば……違うようだ。しかも、ミレイユ家の独断らしい。そして、ミレイユ家の真の狙いはユースティスによる王政だった。
「ユースティス様なら良き王になると我がミレイユ家は思っております。国政が立ち直れば孤児も減ります。そうすればここにいる子達も救われます。孤児のため、ひいては国民のためにどうかお戻りください、姫様」
「……はぁ……嫌になるね。私を王宮から追い出すときも戻るときも全部、ミレイユ家によって仕組まれてるんだから。本当に……国民を盾にとるなんて卑怯だぞ」
「それでユースティス様がお戻りになるのでしたら、どんな罪でも背負いましょう。それが我がミレイユ家の使命ですから」
「そんな使命は捨ててしまえ」
ミレイユ家は代々宰相の地位にいる。フレイアの父親であるニョルズは頭が良く、ユースティスの異質を感じ取り王宮から追い出した張本人。フレイアがその事を知っているかはわからないがミレイユ家に嵌められたのは間違いない。恨みを込めて唸るアイテールに素晴らしい笑みを向けるフレイア。アイテールの毒すらも飲み込んでしまう猛毒の所持者だった。
「アイテール、連れてきた」
「ありがとう、ハレシュ」
タイミング良くハレシュが教員達を連れてきた。アイテールを抜いて15人。全員孤児でアイテールが拾われた時からいるメンバーだ。
「集まってもらって悪いね、皆」
「院長が私達を呼び出すと言うことはここを出ていく事が決まったんですね」
教員達は全員アイテールを見る。アイテールに客人が来たと聞いた時から教員達はアイテールが出ていくことを悟っていた。アイテールも全員を見渡して口を開いた。
「あぁ。ここにいる皆は知っての通り、私は王族だ。訳あって居座っていたが王宮に戻ろうと思う。それにあたりハレシュに院長の座を渡したいと思うが、皆の意見を聞きたい」
「アイテールの決めたことなら従います」
「昔からアイテールの決めたことに間違いはない」
「アイテールが居ないのは寂しいですが、仕方ありません。あのクズ王をどうにかしてきてくださいな」
「ハレシュなら俺達がちゃんと支えるからアイテールは王様をやっつけてこいよ!!」
全員、アイテールの言葉に異議が無いようで応援の言葉をくれる。幼馴染みとも言える存在達はアイテールを信じ新しい時代を夢見ている。応援をする幼馴染み達に苦笑するアイテールだが、それが心強かった。帰る場所があるようで。
「アイテール、ここはお前の帰る場所だ。いつでも帰ってこい。何があっても俺達はお前の味方だ」
「ありがとう」
ハレシュの言葉に泣き出したアイテール。今まで泣いたことのないアイテールにハレシュ達は慌てふためく。それにつられるように女性陣も泣き出して大騒ぎになった。それを少し離れた場所で見ていたミレイユは無表情。近くにいたアガレス(名字)は冷や汗が止まらなかったとか。
一騒ぎした後、引き継ぎや荷物をまとめたりするのに案外、時間がかかり出発の準備が整ったのは一週間後だった。
「う゛ぇーん!!」
「い゛ん゛じょう゛ぜん゛ぜい゛ー!!」
アイテールが居なくなるのを一番に寂しがったのは子供達だった。子供達はアイテールを逃がすまいと回りに集まり服を掴んでいる。アイテールはそれに苦笑しながら一人ずつ顔を拭いていく。それでも泣き止まない子供達にハレシュ達が動いた。
「ほらほら、泣くな。アイテールは二度とここに来ない訳じゃないんだ。皆が大泣きするとアイテールが来てくれなくなるぞ」
ハレシュの一言が効いたようだ。子供達は一斉に泣き止んだ。その姿にアイテールは苦笑していた。
「それじゃ、行ってきます」
「「「行ってらっしゃい!アイテール!!」」」
「「「行ってらっしゃい!!院長先生!!」」」
皆に見送られながら馬車に乗り込み出発する。追いかけそうになる子供達をハレシュ達が止める。アイテールは窓から乗り出して手を振った。
「皆!!元気にしてるんだよ!!遊びにいくからね!!」
「「「せんせー!!」」」
泣き出した子供達につられてアイテールも泣いていた。見えなくなるまで手を振っていたアイテールをミレイユ達はそっとしておいた。