王妃内乱編8
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朝議が終了するとある官吏が質問をしてきた。
「あの、陛下。今朝がたの悲鳴はなんですか?」
「もしや賊が侵入しましたか!?」
官吏の言葉に騒ぎ立てる他の官吏達。それをユースティスは落ち着かせた。
「あーあー、落ち着け。大丈夫だ。賊じゃないから安心しろ。知り合いが来ただけだから」
「知り合い…ですか…?」
「あぁ、そうだ。どうやら、王妃に暗殺を頼まれたらしい。その報告に来た」
ユースティスの言葉に官吏達はまだざわつく。ユースティス的には大したことではない。しかし、官吏達にとっては一大事だった。
「「「暗殺!?」」」
「大丈夫なのですか!?」
「大丈夫じゃなかったらここにいないよ」
「そ、そうですね…」
騒ぐ家臣達を宥めるユースティス。無傷じゃなかったらここにはいない。それを聞いてほっとする家臣達がいた。
「しかし、最近の王妃様ですが何やら怪しい行動をしているようです」
「ふーん」
「多額の金額を動かしているようでして少し探りを入れています」
「王妃様御用達の商人にも確認中です」
家臣達が王妃の粗探しをするように次々と文官が報告する。
「うーん……あれだね。姉上は滅多なことじゃ外に出ないからパーティーをしよう。夜のパーティーじゃなくて昼のパーティー。今、バラが見頃だろ?だからバラ園でやるのはどうだ?」
「陛下……我が国の財政をご理解していますか?」
「わかってるよ。仕方無いから私がお金を出すよ。後で晶石を渡すから誰かお使い頼むよ。ギルドマスターに言えば換金してもらえるから」
「わかりました」
それを聞いたユースティスがフォローを入れた。それに突っ込みを入れる財務官達。ユースティスは自室にある隠し財産を差し出すことにすると財務官達はすんなり納得した。
「じゃあ……」
『ユースティス』
「んぁ?」
『頼みがあるんだが…』
「……」
ユースティスの言葉を遮ったのはシューナッツだった。深刻そうな顔をしたシューナッツが頼み事など身構えたユースティスがいた。
【薔薇院】《プリムローズ》にユースティス付きのメイド達がやって来た。それぞれ大きな荷物を持って。
「シャーリー様、本日のパーティーはこちらを着て出席してください」
「パーティー?」
「はい。本日、バラ園にて立食パーティーが行われます。シャーリー様には是非参加してほしいとユースティス様が仰られていました」
「こちらは全てシャーリー様の為に用意された品々です」
訝しげにメイド達を見るシャーリー。ユースティスは自分が殺そうとしているのに気が付いているはず。なのに出席させるとは何か裏があるのでは?と警戒していた。
「さぁ、着替えましょう。シャーリー様」
「キャァァァァ!!」
しかし、ユースティス付きのミーアを筆頭にシャーリー付きのメイド達もシャーリーを着替えさせるために襲い掛かった。襲われたシャーリーの悲鳴は執務室でぐったりしていたユースティスの元まで響いた。
無理矢理着替えさせられたシャーリーは渋々、バラ園まで来ていた。そこには貴族だけではなく、文官や武官がいた。シャーリーが来たのに気が付いた貴族や家臣が頭を下げる。それにキョトンとするシャーリー。
「姉上、よくお似合いです」
「ユースティス様……」
「シャーリー様!!」
「!?」
シャーリーの後ろからユースティスが姿を現した。深蒼のドレスを纏って《ヴィオリウムステラ》を身に付け。その後ろには《ユウラスティア》がいた。ユースティスがシャーリーに近付いて微笑むとシャーリーは驚いた顔をした。しかし、それは一瞬のこと。セーシェル夫人がシャーリーに駆け寄り瞳を輝かせていた。
「その装飾品はユースティス様の作品ではありませんか!?」
「よくわかりましたね。セーシェル殿。流石です」
「ユースティス様の作品は我が国の至宝です!!しかも真紅!!素晴らしいですわ!!」
ユースティスの作品だと一瞬で見抜いたセーシェル夫人にユースティスは苦笑していた。べた褒めするセーシェル夫人。
「姉上、今日用意した物は全て私がある方に依頼され作りました。お気に召していただけたら幸いです」
「……えぇ。とても気に入りましたわ。ありがとうございます。ユースティス様」
ユースティスの言葉にシャーリーは素直にお礼を言う。
「お礼は私にではなく依頼された方に。彼の方は今宵、薔薇真珠にいらっしゃると仰っていました」
「…そうですか。わかりましたわ」
ユースティスの言葉に半信半疑なシャーリーだが頷いた。
「それでは皆さん!パーティーを楽しんでください!!」
それをみたユースティスは合図を出す。それにメイドやバトラーが飲み物を配った。全員に渡ったのを確認してユースティスがグラスを掲げた。
「<ユクレシア>に栄光あれ!」
「「「<ユクレシア>に栄光あれ!」」」
パーティーの始まりである。
ユースティスは挨拶に回り、シャーリーは夫人達と話をしている。《ユウラスティア》はユースティスに引っ付いて害虫を退治をしていた。
「シャーリー様、またお茶会を開きましょう。お部屋に籠っているだけではお体によくありませんわ」
「ですが、ユースティス様に……」
「大丈夫ですわ!ユースティス様に直談判すれば折れてくれますわ!!」
「ユースティス様は私達に甘いですもの!!」
「………」
夫人達の申し出にシャーリーは困っていた。しかし、夫人達の押しには敵わなかった。話を進める夫人達にユースティスが許可を出す姿が脳裏に浮かんだシャーリーがいた。
「シャーリー様!!王子が!!王子が誘拐されました!!!」
「!?セルジュ!!」
王子付きのメイドが慌ててやって来た。そして、王子が誘拐されたと叫んだ。その話は全員に聞こえており、次々と口ずさむ。「隣国が攻めてくる」だの「この国を売ろうとしているやつがいる」だの根の葉もない噂を紡ぐ愚かな貴族。それをユースティスが一喝した。
「静まれ!!」
「「「!!!!」」」
「《ベルモット》はあの馬鹿を引きずって王子を保護してこい!!もし、逃げようとしたなら………………粉々にしてやる……」
「「「畏まりました」」」
ユースティスが《ベルモット》に命じる。その時発せられた殺気に誘拐犯が冷や汗をかいたのは言うまでもない。《ベルモット》はすぐに消えた。
「お前達も先代と同じ運命を辿りたいか?辿りたくなくば、その口を慎むがよい」
ユースティスはそれだけ言うとパーティー会場から姿を消した。何を思ったのかシャーリーはその後を追いかけた。
真紅の絨毯が広がる薔薇真珠。そこに幼子と大人が5人いた。第三者が見れば異様であろう光景に幼子は笑っていた。そこにユースティスがやって来た。
「あ〜に〜う〜え〜!!!!」
『!!!!!』
「なにしてんだ、貴様ぁ!!!!」
『すみませんでした!!!!』
ユースティスの怒声が響き渡った。誘拐犯であるシューナッツはユースティスの般若を見て土下座。《ベルモット》も全員、後ろをむく。そしてユースティスの説教が始まった。その間、セルジュはユースティスの怒声をBGMに《ベルモット》と遊んでいた。
長いユースティスの説教がようやく一段落した。
「良いですか、兄上。いくら自分の子供と遊びたいからって勝手に連れ出すな。わかったか」
『ずみまぜんでじだ…』
シューナッツ大泣き。どっちが年上だかわからない。王子がヨチヨチ歩いてシューナッツの膝に手を付きポンポンと叩いた。
「……兄上、子供に慰められてるよ……」
『セルジュー!!!』
「あー」
「うわぁ……」
涙ボロボロで鼻水を垂らしたシューナッツは王子を抱き締めた。それをポンポンする王子にドン引きするユースティス。《ベルモット》は全員見ないふり。
「そろそろ戻るぞ。姉上が探している」
「あー!」
『僕もい』
「来なくていい」
『!!!!!』
セルジュを抱き上げたユースティスはついてこようとするシューナッツをバッサリ切り捨てた。その言葉にショックを受けたシューナッツは固まった。《ベルモット》はそれに苦笑してシューナッツと一緒に残るのだった。
ユースティスを追ってきたシャーリーは薔薇真珠に入れずにいた。同じ道をさ迷っていると《ユウラスティア》が現れた。
「王妃」
「!!貴方は……」
「シュゼリア神と呼ばれている。まぁ、人間からすれば子宝の神だな」
シャーリーは現れた《ユウラスティア》に警戒する。
「……なんのようですの?」
「《ヴィオリウムステラ》の結界は迷宮だ。ついてこい。人間が迷い込めば二度と出られない牢獄」
「ッ、ついていくと思っていますの?」
「セルジュを一人にしたいならここにいればいい。ヴィオはお前がここにいるのは知っている。だが迎えには来ない。いや、来れないからな。今のヴィオにはそれだけの力がない」
《ユウラスティア》はそれだけ言うと歩き出した。王子の名前を出されたシャーリーは唇を噛み締め、《ユウラスティア》についていった。永遠と続く牢獄の様な結界は同じ景色を写し出す。《ユウラスティア》は迷いのない足取りで歩き続ける。シャーリーはその後を歩く。すると《ユウラスティア》が歩みを止めた。
「《ヴィオリウムステラ》」
「……《ユウラスティア》か」
「あー!!」
「セルジュ!!」
《ユウラスティア》が声をかければユースティスが振り向いた。その腕にはセルジュもいた。シャーリーに気が付いたセルジュは身を乗り出す。シャーリーもセルジュに気が付きユースティスからセルジュを受け取った。
「よかった…!!!」
「セルジュは薔薇真珠にいました。どうやらセルジュは魔力の保有量が大人並みにあるようで独自に魔法を操ったようです」
「ッ!!セルジュがそんな得たいの知れないものを持っているなんて…」
セルジュを抱き締めるシャーリー。ユースティスはシャーリーに本当の事を告げなかった。告げてしまえばシューナッツさえ否定される。ユースティスはシューナッツを守るために嘘をついた。そして、シャーリーは<ユクレシア>を否定した。
「貴女方からすれば得体がないかも知れませんが、私達からすればそれは当たり前な事です。もし、嫌なら祖国に戻って下さっても構いませんよ。ただし、セルジュは置いていってもらいます。この子は我が国の次期王です」
「…ッ!!」
ユースティスとシャーリーの衝突は静かに行われていた。仮面で偽り、本音を隠し、真実を悟られないように。しかし、それがいけなかった。
夜になり、シャーリーは薔薇真珠に来ていた。一面薔薇で埋め尽くされた薔薇の苑。昔、ユースティスが作らせたバラ園だ。だがそこには誰もいない。シャーリーは少しだけ待っていると辺りが淡く光を放ち始めた。薔薇真珠。それは薔薇が作る魔力の結晶。その力を借りてシューナッツがシャーリーの前に姿を現した。シャーリーはそれに驚き涙を流した。
「あなた!!」
『シャーリー』
「あなた!!」
感動的な再会である。薔薇真珠の力を借りて実体化したシューナッツはシャーリーを抱き締めた。
『シャーリー、僕からの贈り物は気に入ってくれた?』
「…この贈り物はシューナッツ様が…?」
『そうだよ。ユースティスに頼んだ。パーティーに間に合わせたくて寝かせなかった。デザインだって僕が考えたんだ。シャーリーの事を思って考えてたら楽しくなって色々と急かしたんだよ。その度にユースティスに怒られたよ。でも……シャーリーが着てくれてよかった。とっても似合ってるよ。ユースティスに怒られた甲斐もあった』
そしてシューナッツは一番聞きたかった事を聞く。それに驚いたシャーリー。そう、贈り物はシューナッツからだったのだ。寝る時間と食べる時間を削ってユースティスに作らせたシューナッツは着飾ったシャーリーを見て大満足の様子。
「しかし…どうやって…?」
『ユースティスは昔から死者が見えているからね。王宮に巣食う悪霊は全て祓われているから大丈夫だよ。それと、昼にセルジュを連れ出してごめんね。あんなに晴れてたから外で遊ばせたくて…』
「セルジュを連れ出したのはシューナッツ様だったのですか?」
シャーリーはシューナッツにある疑問をぶつけた。シューナッツは何でもないように答えるがせっかくユースティスが隠した真実を自分でばらした。それにシャーリーは驚いた。
『うん。あれ?ユースティスから聞いてない?』
「いえ……魔力の保有量が大人並みだと……」
『あぁ…確かにセルジュは僕に似て魔力の保有量は多いね。そっか…ユースティスは話してないんだね。……シャーリー。僕はね、ユースティスの力を使って現世に留まっているんだ。シャーリーとセルジュが心配でね。僕が死んだのは誰のせいでもない。だから、ユースティスを恨まないで。僕は何時でもシャーリーとセルジュを見守ってるから……笑って。僕は二人の笑顔が大好きだから。愛してるよ、シャーリー』
「シューナッツ様!!!」
時間が来てしまいシューナッツは消えてしまった。シャーリーはその場に泣き崩れる。それを心配そうに見るシューナッツ。姿は見えないがそこにいる。シャーリーはそれすらも感じ取る事は出来ないのだった。しかしこの時には既にシャーリーの中に狂気が根付いていた。その狂気は何を示すのか知るよしもない。