王妃内乱編3
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そんなある日、ユースティスは【薔薇院】《プリムローズ》を訪れた。
「姉上、ご機嫌は如何ですか?」
「ふふふ、とても良いですわ」
「そうですか。セルジュ王子は如何です?」
「この前、歩きましたの!言葉はまだなんですが…」
「歩くのが早ければ言葉はもう少し後になりますね。子供の成長は案外速いものです。この前、やっとハイハイしたと思ったのに…」
上面だけの挨拶に仮面の笑み。これが処刑以来、ユースティスとシャーリーの標準装備だった。メイド達も空気を読みすぐに消えるほど空気が凍てついていた。隣の部屋にいるシャーリーとシューナッツの嫡男、セルジュの話を振れば嬉しそうな笑みを浮かべた。
「シューナッツ様にもお見せしたかったです」
「そうですね。ですが…兄上はいつも姉上と王子を見守っています」
シャーリーの言葉にユースティスも同意した。しかし、ユースティスの言葉が気に入らなかったらしいシャーリーが声をあげた。
「ッ!!自分のしたことを棚にあげて何を言うんですか!!シューナッツ様が亡くなったのは貴女が殺したからでしょう!?」
「確かに私がこの手で殺しました」
「ッ!!」
シャーリーとユースティスが対立する。それにセルジュがキョトンとしていた。シャーリーには見えていないが、幽体になったシューナッツがウザったいくらいセルジュを構い倒している。それと同時にシャーリーやユースティスを心配していた。
「ですが、兄上はわかっていました。自分が王になる器では無いと。……兄上が言っていました。全ては私に王位を譲るためだと。私が生まれた時に王宮が二つの派閥に別れてしまったんです。兄上を王にする王子派と私を王にする王女派に。当時、国王は病に倒れていました。このままでは内乱が起きかねないと危惧したミレイユ家に私は王宮から追い出されたのです。それを知った兄上が私がいつでも戻ってこれるように愚かな王になることを決めたそうです。私が王宮に戻りやすいように。民のために兄を討つ妹として。その話を聞いたとき、愚かだと思いました。私の代わりに王族としての使命を果たしながら何故家族の事を考えなかったんだ、と言いました。そしたら兄上は家族がなんなのかわからないと言ったんです。確かに私達姉弟は親の愛情なんて知りません。だから、接し方がわからなかった。家族の形を理解できなかったんです。いくら姉上達から大切にされててもそれが愛情だと認識されなければ、それはただの甘やかしとなるんです」
「それだけならば殺す必要はなかったではありませんか!!」
ユースティスはどんなに否定されようが非道だと言われようが気にしなかった。既に終わってしまった事象をどうこうすることは出来ない。だが、人間はそうではない。いつまでもそれを引きずっている。
「それだけならな。兄上はやり過ぎたんですよ。国民を圧迫し、孤児や人身売買がこの15年弱でどれだけ増えたかご存じですか?一日に何百人単位で死者を出しています。佳業が本来の区画からはみ出している所もあります。この状況が何を示すかわかりますか?」
「…………」
国の情勢が悪化すればユースティスではなく反乱軍がシューナッツを殺したかもしれない。そうすればシャーリーだけではなくセルジュすら殺されるのだ。王家にとっては身内の責任を他人に押し付けずに済んだと思ってもらいたい。自分勝手なシャーリーはそんなことにまで頭は回っていなかった。
「国政を滅茶苦茶にしたのは紛れもなく兄上です。私は愚王を始末するために王宮に戻ってきたのです。民のために、兄だからといって容赦はしません。それに……兄上は姉上の罪も被って死んだと言うのをお忘れなく。自分がしたことを寛容してもらえると思ったら大間違いです。私は位が高ければ高いほど見せしめに殺します。もちろん…私の首が必要なら差し出しましょう」
シャーリーの気持ちは自分勝手な物だと思っているユースティスは置いていかれる者の気持ちが理解出来なかった。ユースティスはそれだけ言うと部屋を出ていった。突き付けられた現実にシャーリーは唇を噛み締めるしかなかった。その怒りは何に向いているのか本人のみが知ることだった。