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ポプラの道

 私は田畑に囲まれた小さな田舎町で生まれ育った。

 町の中心に飾り気のない教会が背を抜けて立っている以外、とくに目立ったもののないような場所だ。学校が一つ、八百屋が一つ、タバコ屋が一つ、パブが一つ。病院はない。

 そんな平凡で面白みのない小さな町だ。


 記憶が遡る限り、町はずれにはあの道があった。

 遠く遠く、視界の届かない先へと伸びていく一本の並木道。

 子供達はその方向に行かないように強く言いつけられていた。

 無論、私の母もよく「ポプラの道に行ったら帰って来れなくなるからね」と脅してきたものだ。

 その不思議な道がどこに繋がっているのか、幾度となく尋ねたが、大人は誰一人として答えなかった。

 抑々(そもそも)、誰も知らないかのようだった。


 当然のように、子供達の間では様々な噂話や憶測が飛び交った。

 あの世に行く道だろ。いやいや、別の次元に迷い込んじゃうんだよ、きっと。あの道の先に辿り着くと精霊が願いを叶えてくれるそうよ。昔はよく使われてた道だけど、怪物かなにかが居座って使えなくしたって聞いたぞ。

 実際に試そうというものはいなかった。

 誰もがあの道を進めば戻って来れなくなる、とそれだけは確信を持っていたからだ。


 夏の終わりに一度だけ、何を思ったのか肝試しの感覚で訪れたことがある。

 友人三人と私で、夜の家をこっそり抜け出して町外れの林で合流した。

 私達は長きに渡り隠蔽されてきた秘密を暴くのだという意気込みで胸が高鳴っていたのを覚えている。

 しばらく誰が先頭に立つかで揉めた。

 結局じゃんけんで決めることになり、私が負けたのだ。


 月も星も遠慮がちな暗い夜。

 地平線の先に只管ひたすら伸び続ける道は少し怖かった。

 両端にポプラの並木が続いて、黒く掲げられた尖端は、道を挟む無数の歯に見えなくもなかった。

 私は友人と視線を交わして、勇気を装った。

 そして一歩、また一歩と、石畳から黄色い土に変わる地面を踏んだ。


 一歩進む度に周囲を見渡して、景色はどこかしら異界のものに差し替わっていないか、怪物の気配はないか、と警戒しながら四人列を組んで進んだ。

 ポプラの茂みは風になびいて、昼だったら心地よいのだろうが、夜にはとても不気味に聞こえる囁きをリレーするように前から遠くへと零していった。

 まるでその先にいる何かに私達が縄張りに侵入したことを知らせるかのように。


 時間の感覚が得られないように思えた。

 まるでつい先ほど来たようで、一週間は経っているような気持ちに襲われた。

 そんな考えに突然、怖気づいた私は、友人に尋ねた。


「なあ、もうそろそろ帰らない? いつまで歩いても同じだよ」


 振り向くと、友人の不安な表情が安堵したのが分かった。

 同じ意思表示をその子が後ろの子に示す。

 夜はまるで厚みを増したかのように一層深く感じ、最後尾が見えづらいほどだった。

 そのときに三人目の子が悲鳴を上げた。


「いない、あいついないよ!」


 あいつとは誰のことか私達は尋ねたが、要領を得ないようにもごもごと答えた。


「あいつだよ、ほら、さっきまで一緒にいただろう!」


 何を言い出すのだろう。そんな人いるはずがないのだ。

 ここには三人で訪れたのだから。

 そう思ったのだが、少し考えると、確かに。もう一人いたのかもしれないと疑念を抱いた。

 しかし、名前が出てこないわけだし、私達は三人揃って何かを勘違いしているのだろうかと首を傾げていた。

 そのとき、地平線の更に先からざわざわと、風が一陣押し寄せてきた。

 ポプラの木が少し傾くので、目に見えて近付いてくるのが分かった。

 そして周りから子供のような、女性のような細く透き通った声が無数に上がった。

 抑揚はなく、淡々と呟くように。


「逃げろ逃げろ逃げろ逃げろいたい逃げろ逃げろいたい逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろいたいいたい逃げろ」


 身体中の毛が逆立って、私は一気に走り出した。

 友人二人の手を引っ張って、一目散に来た道を駆け戻った。

 恐る恐る振り返ってみると、夜を裂くように白くて大きな眼玉が二つ、遠くからおぞましい勢いでこちらに向かってきていた。

 そして辺り一面を震わすほどのけたたましい唸り声が響き渡った。


 左右を流れていくポプラの木々には何やら不可解なこぶが出来ていたように見えた。

 幹にしがみつくようなその突起は、私が通ると同時に腕やら、首やらを伸ばしてきて只管囁いていた。


「いたいいたいいたい逃げろ逃げろいたい逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ」


 さらに大きな声を上げた私は、無我夢中で足を動かした。



 翌日になり、多くの大人達が花束を持ってポプラの並木道に向かっているのが見えた。

 私も、母の手に引かれて同じ場所を目指していた。

 決して心地よい感覚ではない。

 あんなに恐ろしいことがあったのだから。

 何度か両親にその夜起こったことを伝えてみたのだが、まるで狂言を並べているかのように青ざめた顔で私の口を手で覆った。


 母になぜ大人が皆そちらに向かうのか尋ねてみた。

 苦虫を噛み締めたような表情で母は私を見つめ、ただ沈黙した。

 花束が道の手前に山のようになって綺麗で。

 その中心には私くらいの歳の男の子の写真が三つ、飾られていた。

 すぐに理解した、きっと彼らも私と同じようにポプラの道を進み、私とは違って戻ることは叶わなかったのだ。

 私は、その子達を知っているような気がした。

 気のせいだろうと思った。




 しかしそれは間違いだった。

 あの日、あのとき、私達は確かに四人であの道を訪れたのだ。

 ついさっき、実家に戻る途中にポプラの道を車窓越しに見て、思い出したのだ。

 多少は朧気で、所々欠けているようにも感じるが、そうだ。

 そうだった。そうだ、そうだ。


 突然の雨が車体を殴る音で思い出したのだ。

 あの夜の恐怖を。

 あの恐ろしい悲鳴を。

 地響きを。

 大きな二つの目玉。

 そして名前も思い出せなくなってしまった三人の友人はきっと。

 そう、きっと。



 この子のように、ポプラの根元に埋められてしまったのだろう。

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