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【短編小説】蝉

掲載日:2025/12/26

 擦り切れそうなフェルトの上で竹牌を洗いながら「雀の鳴き声にしては煩えよな」とセンターが呟いた。

 あの日から俺たちは緑色のフェルトを飛び回る雀たちを撫で回している。

 扇風機が周り生ぬるい風を振り回し、俺たちの油汗を笑う。



 部室になっている倉庫はコンクリートが剥き出しで、高い天井だけが救いとなっていた。

 しかしスノコに敷いた座布団は汗と湿気で重たい。俺たちは慣れてしまったが、おそらくこの部屋はむせ返るくらいの獣臭がしているだろう。


「あの時、やはり勝負するべきだった」

 エースが鳴きやんだ雀を並べながら言った。

 部屋の外からは蝉たちの絶叫が聞こえる。

 蝉の存在意義が分からない。何年も土の下で眠って、羽化したらすぐに交尾をして、死ぬ。

 可食部が多い訳でもないし、受粉を手伝う訳でもない。まるで勉強も野球も就活も繁殖もしない俺たちだ。



「やめろよ」

 レフトが嗜める。

 部室の隅に積み上げられた成人雑誌は既にボロボロになっている。

 表紙が破けたり、千切って壁に貼られたりしていた。何代も前の先輩らが読んでいたと言う年代モノだ。

 だがそれを捨てるのは負け犬のやる事だ。そんな下らない意地だけが日々の支えになっている。



 スマホの無い時代を生きた先輩たちは大変だったと思う。

 手を伸ばして一番上に積まれた雑誌を開くと、少し古くさい化粧をした彼女たちの肉体は綺麗だと思えた。

 しかし女子高生と言うには無理がある。

 無理があるが煽情的だし、ヤりたさのあまり蝉みたいな声が出るのも分かる。



 この雑誌に出てきた彼女たちは今も生きているのだろうか。

 今はどんな生活をしているんだろう。

 彼女たちは俺とヤってくれるだろうか?

 俺が蝉の様に鳴いたところで、その声は彼女たちに届いたりしないけれど。

 


「俺がカーブに逃げたから」

 エースが手の中に並ぶ雀たちを見ている。

 俺はすっかり温くなった紙パックのお茶を飲んだ。

 センターが煙草に火を付ける。

 扇風機がかき回す。レフトが咳き込む。

「ストレートで行くべきだった」

 エースは中と描かれた雀を緑色のフェルトに置いた。

 ポン、と音を立ててレフトが炭酸飲料の蓋を開けた。

 シュワ、と立ち上る泡は外の蝉たちの声と混じる。俺には違いが分からなくなる。

 女子高生でも女子校生でも良いのと同じだ。



「やめろよ」

 レフトが静かに嗜めるて、雀を緑色のフェルトに置いた。

 カン、と言う音が響く。

 エースが転がしたコーヒーの空き缶の飲み口から吸い殻が溢れ出ている。

 灰が扇風機に飛ばされていく。


「ストレートで行くべきだった」

「やめろよ」

 カン

「俺たちの夏は真っ直ぐあるべきだった」

「曲げてでも行くべき道だった」

 ポン

「その道は間違いだった」

「曲げても地獄、真っ直ぐでも地獄」

「それなら悔いの残らない方だ」

 ロン

「どちらでも同じだよ」

 雀たちが翻る。


 部室のドアが開いて、薄暗い部室に光が射し込んだ。煙が筋を作り、埃が煌きを産む。

 入り口にはセーラー服を来た同級生が立っていて、俺はぼんやり見つめた。

「終わった?甲子園敗退チームごっこの耐久麻雀」

 彼女は訊いた。

 スカートから伸びた脚の向こうに見える体育室の窓は夜明けを迎えようとしている。

「剣道部に甲子園ってあるの?あっても一人じゃ出られないか」

 彼女は笑った。



 背中が割れる様に痛い。

 道着の染料と煙草の臭いが扇風機で混ぜられた部屋は酷いものだ。

 しかし──

「セックスしよう」

 明日死ぬかも知れないな、と思った。



 雀が鳴き止み、蝉が鳴き始めているのが聞こえる。

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